まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

乗りかえの多い旅

2019年06月25日 | 日記

作家の田辺聖子さんが亡くなったのが
確か2週間ほど前だった。
私自身は決して熱心な読者ではなく
読んだ著作もわずか数冊に過ぎないのだが
以来、何かにつけて田辺さんの本を斜め読みしている。



自宅の本棚に「乗りかえの多い旅」という文庫本があった。
たぶん家人が買い求めたエッセイ集だが
何となくタイトルに惹かれてパラパラと拾い読みをしてみた。
人生はよく旅に例えられるけれど
田辺さんはそれを「乗り換えの多い旅」と表現している。
乗りかえとは何か・・・
例えば一生懸命に仕事をしていても以前のように能率があがらない。
思うような傑作が書けない、才能に限界を感じる。
それは小説家として一つの節目で
乗っている列車の「乗りかえ時」の合図だと言うのだ。
それに気づかず今までと同じようなペースで漫然と仕事をしていると
乗りかえるべき列車は発車してしまい
暗いホームにたった一人で取り残されるハメになると説く。
つまりは時代に置いてきぼりを食らうのである。
確かに若さや美貌、才気などを一生持ち続けて終点に着くのは至難の業で
本来なら途中で別の列車に乗り換えるべきなのだが
人はそれに気づかかないのか、あるいは気づきたくないのが
いつまでも停まったままの列車にしがみついて
暗闇で絶望に打ちひしがれる。

確かに私にも覚えがある。
10年ほど前から少しずつ仕事が減り始めたのが兆しだったが
それに気づかず相変わらずの放蕩無頼の日々。
次々と番組が終わり、もともとなかった貯金もたちまち底をつき
一気に苦境に立たされてしまった。
フリーランスに浮き沈みは付きものとは言いながら
今から思えばあれがまさしく「乗りかえどき」ではなかったろうか。
すべては私の不徳のなせるわざではあるが
有為転変は世の習い、田辺さんの言葉がつくづく身に沁みる。
これからも乗りかえ時は続くのだろう。
たとえば病気、離婚、倒産や破産、肉親の死・・・
人生はまことに「乗りかえ」の多い厄介な旅なのである。


梅雨寒

2019年06月24日 | 日記

朝から雨が降ったり止んだり・・・
梅雨どきだから雨は仕方がないけれど
その割には気温が低く
先日までの蒸し暑さがウソのような肌寒さだ。
網戸全開でうたた寝していたらクシャミ三連発だった。



この時期の肌寒さを「梅雨寒」と呼ぶらしい。
俳句では夏の季語にもなっているから一般的な言葉だろうか。
梅雨どきは蒸し暑いと相場は決まっているだけに
人一倍汗っかきの私には有り難いけれど
それにしても寒すぎる。
思い立って昼間から風呂を入れることにした。
風呂で冷えた体をあたためて後に缶ビールという魂胆である。
テレビではオリンピックのチケット争奪戦に
落ちた受かったと大騒ぎしている。
まことにお目出度い光景でそのノーテンキさに呆れ果てる。
つくづく日本は平和だなあと思う。
それにしてもオリンピックがもう来年だなんて
月日の早さにただただ驚くばかりだ。

昼間からゆっくり風呂に入ってようやく体が温まった。
梅雨寒はやっぱりコレに限る。

  梅雨寒や 長風呂 文庫本 缶ビール (杉作)

おかげでそれなりにいい休日だった。(笑)


カルガモ一家

2019年06月23日 | 日記

ツバメに続いてはカルガモです。
最近はどうも小さな動物の可愛らしさに癒やされることが多く
ついつい目尻が下がってしまいます。
寅さん映画の再放送を見ても涙ぐむことがしょっちゅうで
いよいよ本格的な耄碌が始まったようです。

カルガモの親子を見かけました。
近所の石神井公園です。
この公園は第二のホームグランドというほど
よく来ているのですがカルガモを見かけるのは初めてです。
ご覧のように母親の周りを
五羽の子ガモたちがつかず離れず泳ぎ回っています。
その仕草の一つ一つが可愛らしくて
オジサンであるのを忘れて思わず「カワイイ!」などと
黄色い声を上げてしまいました。
テレビのニュースなどでよくカルガモ親子のお引越しが話題になりますが
この親子連れもどこからかお引越しして来たのでしょうか。
見ながら4、5年前のスケッチを思い出しました。

場所は江東区の清澄白河庭園です。
日本庭園に降る雨の風情がとても素敵だったので
久しぶりに絵筆をとりました。
絵の方は相変らずの「ナンチャッテ風」ですが
池の中央を仲良くカルガモの親子連れが見えますでしょう。
あれれ、母親の姿が見えませんが・・・
なにせ雨の中だったので描き忘れてしまったのかも知れません。
手前の岩の上にカメの姿が見えますでしょうか。
いい加減な絵のように見えて
これでもディテールにはこだわる方なんです。(笑)
カルガモの内実は知りませんが
仲のいい親子連れはの姿は微笑ましいものですねえ。
人間だって仲のいい時は短いですから
大事にしたいものですねえ。


 


ツバメ来たる!

2019年06月22日 | 日記

朝の掃除の真っ最中だった。
繁華街のせいかマンションの周辺は
とにかくポイ捨てタバコの吸殻が多く閉口するが
それを掃き集めている最中に目の前をサッとよぎるものがある。
しきりに「チュンチュン、チーチー」と鳥の声がする。
何ごとかいな、と見上げると・・・

ありゃまあ・・・ツバメではないか!
地下駐車場へ続く天井である。
残飯を狙って飛来するカラスはしょっちゅう見かけるが
ツバメを見るのは初めてである。
へえ、最近のツバメはこんなビルの谷間にまで出没するのか!
と思って見あげているとすぐにもう一羽がやって来た。
どうやらカップルらしい。



やたらにバタバタと飛び回る。
屋根裏のパイブの上で羽を休めていたのを
スマホカメラなど無粋なものを向けて驚かせてしまったらしい。
それともカップルで巣作りでもするつもりだろうか。
うーん、それはそれで愉しみだなあ・・・
などと懐かしいような思いでしばらく眺めていた。
天敵のカラスには気をつけて!


白い紫陽花

2019年06月21日 | 日記

どこもかしこも花盛りである。
特にめずらしいような花でもないけれど
この季節はついつい足を止めて見入ってしまうことが多い。
どれを見ても独特の風情があって
思わず「ああ、いいなあ・・」と呟いてしまう。
そう、紫陽花の花である。



紫陽花は「七色」とか「七変化」とか呼ばれて
とりどりの色を楽しませてくれる。
だいたい「青系」や「赤系」が多いように思うが
それにも微妙な色目の違いやグラデーションの変化があって
一つとして同じ色はないように思える。
最近、妙に心惹かれるのが「白い紫陽花」である。
それとて別にめずらしくもないのだろうが
混じりっけのない「白一色」の潔い花姿に他にはない涼しさを感じる。
一点の汚れもない「高貴」のたたずまいさえ感じる。
年とともに紫陽花の好みも変わって来た。

JR五反田駅にほど近い
幹線道路沿いに白い紫陽花が健気に咲いている。
とにかく交通量が多くて人の往来も激しい大都会の空の下
スモッグにまみれながら力強く咲いている。
最初に見た時は鉢植えかとも思ったのだがドッコイ
アスファルト脇のわずかばかりの地面に
しっかりどっしりと根を張って白い花を風に揺らしている。
歩道を行く人たちは誰一人見向きもしない。
昨日は作業をしていても汗ばむような蒸し暑い日だったが
ひとときの涼を求めて貌を見にやってくると
暑さにバテた風もなくニコニコと涼し気な絵顔で迎えてくれた。
紫陽花は体内のアントシアニンという色素が
咲いている土壌との化学反応で花の色が決まるそうだが
白い紫陽花はどのような塩梅なのか・・・
紫陽花は確か万葉集にも載っていたように記憶するが
それほど歴史も古く奥深い花なのである。
今度、有休をとってどこかのアジサイ寺にでも出かけて見ようか。

   紫陽花の 白き花かがやきて 無限かな (杉作)