まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

スーパーボランティア

2018年09月26日 | 日記

ボランティアというものをしたことがない。
ボランティアのような安いギャラで原稿を書いたことは
何度もあるが本当のボランティアは経験がない。
もちろん私にだって人様の役に立ちたいという無償の精神はある。

人呼んでスーパーボランティアである。
行方不明だった男の子をわずか20分で発見して
一躍、時の人となってしまった。
確かに快挙は快挙だがスーパーという表現はどうなのだろう?
ボランティアにスーパーの称号などあるのだろうか?
先日、そんなことを思いながらドキュメンタリーの「情熱大陸」を観たが
うーん、この人はやっぱり凄いと思ってしまった。
地元の大分では人気店だった魚屋を65歳の年にたたんで
世の中に恩返しをしたいと、今はボランティアにのみに専念する日々だ。
活動資金は年金収入だけ、お礼は一切受け取らず
節約を心がけ車中泊をしながら全国の被災地を回っている。
東日本大震災の際は南三陸町で500日にもわたって活動したという。
そんな彼のボランティア哲学を支えているのは
意外にも「世の中なるようにしかならない」という独特の諦観だった。
幼い頃に母親に死に別れて以来、塗炭の苦しみを味わって来た。
その不幸の中で「それならやるだけのことをやろう」と決心したと言う。
私ならとっくの昔にグレてしまっているのに
常にものごとを前向きにとらえる姿はやはりが非凡ではない。
被災地などのボランティアの現場でも
仲間は「尾畑が来ると現場が活気づく」と言い
昔から「神のようだ」とその存在感を絶賛する人は多かったと聞く。
その一方で死に別れた母への思慕は未だに尽きず
78歳の爺さんが「母に抱きしめて欲しい」とポロポロ泣くのである。
スーパーとまで尊敬と称賛をあびる彼の
ボランティアの原点が「母親」だったとは知らなかった。

私もそろそろボランティア年齢に近づいて来た。
世の中の人に恩返しをしたい気持ちはヤマヤマなのだが
そんな余裕が生まれる日は来るのだろうか。


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十五夜

2018年09月25日 | 日記

昨日は十五夜でした。
旧暦で言うところの「中秋の名月」です。
夜が涼しく空が澄んでいることから
お月見の風習が生まれたと本で読んだことがあります。

生憎の時雨模様でしたが
東の空に満月が明るく輝いていました。
お月見が盛んになったのは確か平安時代だったと記憶します。
平安貴族たちは名月を見上げながら
詩歌管弦を奏で酒を酌み交わして大いに楽しんだそうです。
空を見上げるのではなく
池面や盃に映る月を愛でたと言いますから
なかなか風流なイベントだった訳です。

仕事帰りにスーパーでお月見団子を買って来ました。
198円で山のように積んでありました。
世間の習いには素直に従うのが我が家の方針ですから
こしあんの団子を一つだけ頂きました。
私の田舎では白玉団子ではく
母がつくった「ぼたもち」をお供えしたような気がするのですが・・・

ちょっと赤みがかっていて
見るからに暖かそうな満月でした。
十五夜の頃は稲が育ち、間もなく刈り入れが始まる時期です。
無事に収穫できることを喜び合い
自然に感謝する収穫祭の意味合いもあったのでしょうねえ。
もはや収穫するものがないオジサンは
月見団子を肴にさびしくビールを飲むばかりでした。

 

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速水御舟を飾る

2018年09月24日 | 日記

思い立って玄関の模様替えをしてみました。
靴箱の上を整理してスタンドを設置。
おもむろに速水御舟の柿の絵を飾ってみました。
この季節の我が家の恒例行事です。

どうです、いい感じでしょう?
もちろん本物ではなく展覧会で買ったポストカードです。
わび寂びた風情のお気に入りの一枚です。
味気のない団地暮らしにも潤いを与えてくれます。
速水御舟は徹底した写実と細密描写で知られた日本画家です。
わずか40歳で亡くなった夭折の画家ですが
さまざまに画風を変えながら数々の名作を残しました。
そう言えばスーパーの店頭にも柿が並び
本格的な秋の訪れを感じさせます。

公園を歩いていたらドングリを拾いました。
この細長い形状は確か「マテバシイ」の実だったでしょうか。
あたりを見回すと無数のドングリが散らばっていて
何やら狂おしいような気持になって来ました。

  ドングリを ポケットに入れし 日暮れかな 〈杉作〉

別に持って帰ってもどうしようもないのですが
秋を拾ったような幸せな気分でした。

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稲穂と赤トンボ

2018年09月23日 | 日記

テレビで「秋の味覚特集」をやっていました。
秋刀魚に栗に柿にサツマイモ。
松茸などのキノコ類も今年は大豊作だそうですよ。
オイオイ、何か忘れちゃいませんか?

ということで公園にやって来ました。
黄金色の稲穂が見事に実りの時を迎えていました。
秋の味覚と言えばやはりお米ですよ。
ここは近所の幼稚園児や小学生たちが育てている学習田圃で
今ではすっかり公園の風物詩になっています。
動物にしろ植物にしろ
命あるものを大切に慈しんで育てることが一番の教育ですよねえ。
田植えが行われたのは確か五月の連休頃でしたか・・・

こんな風景が見られるのは
もう都内の学校では少ないのではないでしょうか。
オジサンは田植えも稲刈りもしたことがなく
そのせいでこんなひねくれ者の大人に育ったのかも知れません。
反省しても今さらどうにもならず
うーん、このままで行くしかありませんねえ。

今年の新米の出来具合はどうでしょうか。
実るほど頭をたれる稲穂かな・・・
自民党の総裁選は大方の予想通りの結果となりましたが
安倍さんは頭をたれるどころか
そっくり返って憲法改正に突き進んでいくのでしょうか。
ますます希望のない時代になって来ました。

田圃の上を赤トンボが群れ飛んでいました。
とにかく動きが素早くて
30枚以上撮ってまともに撮れたのはこれ一枚でした。
おかげで汗ビッショリ!
でも、実りの稲穂に空飛ぶ赤トンボ。
もうそれだけで十分に満足なオジサンでした。

 

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ああ、上高地!

2018年09月22日 | 日記

例によって明け方の3時に目が覚めた。
記憶が消えたのが確か夜の10頃だったと思うから
睡眠時間5時間は長いのか短いのか・・・
テレビをつけるといきなりの大自然だった。

お馴染みの風景は上高地だった。
へえ、もう紅葉が始まっているんだなあと思いつつ
懐かしい風景にしばし見とれてしまった。
手前を流れる梓川と河童橋。
彼方に広がるのは奥穂高連峰や槍ヶ岳の雄大なパノラマ。
定番と言えばあまりにも定番過ぎる風景だが
いつ見ても心躍るような高揚感を覚えるのは私だけだろうか。
仕事でも何度か行った記憶があるが
10年ほど前に行った家族旅行がやはり忘れられない。
ようやく少年らしくなった息子を連れ
梓川沿いを焼岳や大正池、明神池などをめぐり
その夜は麓の乗鞍温泉に泊まった。
夏休みの終わりだったが夜ともなるとシンシンと冷え込み
温泉で身も心も温まったものだ。

おお、上高地の紅葉スポットと言えば
何と言ってもこの涸沢カールではなかろうか。
ここまでは行ったことがないが
ナナカマドの赤やダケカンバの黄色が燃えるようで
それはそれは美しいらしい。
まさに紅葉綾なす「錦繍」という言葉がピッタリである。
宮本輝の「錦繍」の舞台は蔵王だったが
時々刻々と色どりを変える紅葉はまさにドラマチックである。

もう一度、上高地に行ってみたい。
涸沢カールの錦繍を目に焼き付けてみたい。
と思いつつ今日も仕事である。
昨日の東京は今シーズン一番の寒さだったそうだが
上高地の紅葉の見頃はいつだろうか。

  上高地 行きたしと想えども 秋遠し 〈杉作〉

皆さんは上高地、行ったことがありますか?

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