まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

五里霧中

2019年10月31日 | 日記

目覚めると「霧の朝」でした。
東京では朝の最低気温が12度1分と
この秋一番の冷え込みでした。
昨日は雨だったので地表付近の空気が湿っていて
それが冷やされて水蒸気が水滴になって霧が発生したそうです。
以上、気象庁のオジサンの解説でした。

まことに幻想的な風景ですねえ。
立ち込める霧が塵や芥など余計な猥雑物をかき消してくれて
いつものオンボロ団地も別物のようです。
その昔、北海道の摩周湖に旅をしたことがありますが
美しい湖が乳白色のまるでミルクをたらしこんだような霧に塗りこめられて
一寸先まで闇ならぬ霧の海だったことを思い出します。
まさに布施明の「霧の摩周湖湖」状態でした。

ついでに「五里霧中」という四文字熟語も思い出しました。
一里は確か4キロですから20キロですか。
そんなに深い霧の中にいると方向すら判らなくなってしまいます。
転じて物事の様子が皆目わからず
人生の方針や見込みが立たない状態を言うそうですが
まさに今の自分を象徴する言葉です。(笑)
残りの人生が何里か知りませんが
このまま「五里霧中」状態で乗り切れるのでしょうか。
深く深く思いをした朝でした。

 


声はすれども・・・

2019年10月30日 | 日記

最初はゴキブリかと思いましたよ。
すぐさま殺虫剤を取りに行こうとしたのですが
よくよく見るとどうも様子が違います。
ゴキブリ特有の素早い動きではなく
何か戸惑ったかようにじっとして動きません。

オイオイ、これはひょっとしてコウロギ?
そんなことはありませんよねえ。
都会のど真ん中のマンションですし
しかも、ゴミ置き場の片隅ですからそんなはずはありません。
でも、どう見てもコウロギですよねえ。
そういえば以前どこからか虫のすだく声が聴こえたことがあって
まさかとは思っていたのですが・・・

  声はすれども姿は見えず・・・

あの和歌はキリギリスだったかウグイスだったか
声の主がいきなりお出ましです。
こんな草木も生えないビルの谷間の真ん中に
コオロギが生息しているなんて「奇跡」のようなものですねえ。
しみじみと秋を感じました。
感じている間にコオロギ君はどこへと姿を消しました。
肌寒いような雨上がりの午後でした。

 


八千草薫さん亡くなる

2019年10月29日 | 日記

女優の八千草薫さんが亡くなった。
ご病気なのは知っていたのでショックはなかったが
あの少女のようにはにかんだ笑顔が
もう見られなくなると思うと
感慨と寂しさが一緒にこみあげて来た。

いくつになっても可憐な人だった。
どんな役を演じても可愛らしく品のある人だった。
私は宝塚を見たことがないので
娘役時代の活躍ぶりはよく知らないけれど
当時から評判のトップスターだった。
その後の芸能界での活躍ぶりはご存じの通りである。
スクリーンやブラウン管で引っ張りだこだった。
監督なら演出家なら一度は使ってみたいと思わせる女優さんだった。
女優さんは年とともに美貌を演技力に変え
年齢と上手に折り合いながら存在感を発揮するものだが
それとは別次元の初々しさが常にあった。
天性の若さのようなものだろうか。

八千草さんと言えばやはり「岸辺のアルバム」である。
多摩川の決壊をモチーフにして
脚本家の山田太一さんが描いた渾身のテレビドラマである。
恋人役の竹脇無我が言う。
たとえセックスを伴わなくても
身近に親しい男友達もいない人生に満足していますか?
などと主婦の八千草さんに迫るのである。
これまでのホームドラマの常識を揺るがすようなドラマだった。
八千草さんはこのドラマに出演されるにあたって
女優としてのイメージもあるのでずいぶん悩まれたと聞くが
結果はテレビドラマ史を飾る金字塔となった。

今は亡き向田邦子さんの「阿修羅のごとく」の
すっとぼけたような長女役もよかった。
倉本さんのドラマでも大滝秀治さんと微笑ましい夫婦を演じておられた。
私にとっては忘れられないドラマばかりである。
享年88歳。
惜しみてあまりある女優さんだった。


ぶらり池上線②

2019年10月28日 | 日記

五反田駅から東急池上線に乗車。
ガタゴトとローカル線の匂いがする電車に揺られ
戸越銀座から洗足駅までやって来た。

駅を降りると目の前が池だった。
天気快晴の土曜日。
池面を吹き抜ける秋の風が実に心地いい。
足を洗うと書いて「洗足池」。
あの日蓮上人が旅の途中で足を洗った池だそうだ。

池のほとりにはボート乗り場があって
週末のせいか大勢の人がボート遊びに興じている。
彼女とボートに乗ったのは確か中学生の夏休みだったような気がする。
過ぎ去りし青春に思いをはせて乗ってみようかとも思ったが
オジサンが一人でボートに乗ってみても
面白くもなんともないし時間もないので先を急ぐことにする。



洗足池は野鳥の宝庫らしい。
見覚えのある鳥の写真がたくさん飾られている。
昔はバードウォッチングに熱中した時期もあったのだが
自慢の双眼鏡もすっかり埃をかぶっている。
ふたたび電車に揺られてゴトゴト。



御嶽山駅を通過。
思わず「えー、木曽の御嶽山はナンジャラホイ~♪」などと
口ずさんでみたがあの御嶽山なのだろうか。
立ち上がって周囲を見回してみたが山らしきものはなかった。



大田区久が原は都内有数の高級住宅街と聞いたことがある。
慌てて降りてお屋敷街を探したが
それらしき建物はなく駅前のチェーン店ばかりだった。



そのかわりに温泉があった。
駅前温泉とはなかなかシャレオツではないか。
温泉好きの私は、一瞬、ひと風呂あびていこうかとも思ったが
オジサンが一人で風呂に入っても
面白くもなんともないので我慢することにした。

ふたたたび電車に揺られ池上駅で下車。
ちょっと早い昼飯でも食べようかと駅前をウロウロしていると
池上線の由来というか正体がやっとわかった。

なるほど、そうなんだ・・・
池上線の池上は「池上本門寺」のことだったんだ。
参拝客のために設けられた鉄道だろうか。
先ほどの「御嶽山」の駅名もおそらく御嶽信仰の名残だろうし
日蓮上人も絶大な人気を誇る宗教家だった。
という訳で私も池上本門寺へ。

いやあ、これがなかなか遠かった。
歩けども歩けども寺らしき杜は見えてこないし
足は疲れるし腹は減るしで途中で引き返そうかとも思ったほど。

歩くこと15分、いや20分はあっただろうか。
やっとの思いで山門の前に立った時には
もう精も魂も尽き果てていた。



ご本尊へと向かう石段を見上げると
くらくらと眩暈がしたのでこの時点で断念。
石段の下からはるか日蓮上人の遺徳をしのびながら
わが不信心を詫びたのであった。

山門前のソバ屋で崩れるように休憩。
新そばの「十割そば」を食べてようやく一心地ついたのであった。
本当を言えば冷たいビールでのどを潤したかったが
まだ仕事前なのでこれも断念。
ぶらり池上線の旅はこれにて終了となった。
ブログの枚数の割には中身がなくて申し訳ない。

 


ぶらり池上線

2019年10月27日 | 日記

私の仕事先は五反田である。
最寄り駅はJR山手線の五反田駅だが
同じ駅から地下鉄浅草線と東急の池上線も出ている。
池上線には一度も乗ったことがない。
前からずっと乗ってみたいなあ・・と思っていた。

土曜日は仕事が午後からなので
午前中からいそいそと出かけて初めて乗ってみた。
どこかローカル線の匂いを残す電車だ。
五反田から大田区の蒲田を結ぶ各駅停車だと言う。
東急のワンデーパスという切符を買って
いざ五反田駅を出発!



五反田周辺を見渡すと高層マンションがやたらと目立つ。
かつては都内でも名だたる歓楽街だったそうだが
最近は「五反田ヴァレー」と呼ばれるIT企業の集積地だ。
電車はゴトゴトと走る。
土曜日だが意外に車内の乗客は多い。

人気の「戸越銀座」で降りてみる。
全国各地に「〇〇銀座」はあるがその代表格だろうか。
商店街が人気らしく前から来てみたかった。

東西か南北かよくわからないが
かなり長い商店街だ。
私はアーケードのある商店街が大好きなのだが
残念ながらここにはない。
<好きですこの街>という看板が誇らし気だ。

意外なほど人通りが多くにぎやかだ。
さすがにシャッターを下ろしている店は一軒もない。
ここでもやはりチェーン店が多いが
昔ながらの八百屋やトンカツ屋や乾物屋も仲良く軒を並べている
新旧が混然一体となっている印象だろうか。

大阪発祥の串カツ屋も店を出していた。
戸越銀座に大阪テイストはいかにも場違いな雰囲気だが
商魂たくましいというか・・・
うまくて安ければ「なんでもありでんがな」だろうか。

ちょっと小腹がすいたので
通りすがりの「タイ焼き屋」で一つ購入。
鳴門の鯛をイメージしたらしい大ぶりのたい焼きで
これがなかなか美味だった。
若いご主人に「なかなかいい仕事してまんなあ」と
思わず声をかけるほどだった。
ふたたび電車でゴトゴト・・・



電車は品川区から大田区へ。
聞いたことある池の名前を見て思わず下車。
駅名に池の名前があるとついつい降りたくなるクセがある。
日蓮上人が足を洗った池だそうだが
どんな池なのか気になる。


~つづく~