まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

しづこころなく・・・

2018年03月31日 | 日記

風の強い日でした。
せっかくの桜が無情にも散っていきます。
結局、今年もゆっくり花見が出来なかったなあと
ため息ひとつの春の日です。

ここ数日、大量の花粉が飛散しているらしいです。
くしゃみと鼻水が止まりません。
日本人ほどマスク好きの民族はいないそうですが
昨日も電車の中はマスクだらけでした。
眼鏡が曇るのでマスクは大嫌いな私ではありますが
さすがに禁を犯そうかと思いました。

ママさん軍団の花見の宴でしょうか。
日本人ほど花見が好きな民族もいないと言います。
遠くからでも嬌声が聴こえてきます。

  ひさかたの ひかりのどけき 春の日に 
        しづ心なく 花の散るらむ  (古今和歌集)

百人一首の有名な和歌です。
柔らかな春の日差しの中を、桜の花びらが散っていく。
こんなにのどかな春の一日なのに
花びらはどうしてこんなにあわただしく散っていくのか
静める心はないのか、という歌です。
桜の美しさ儚さが匂い立つような味わい深い和歌ですねえ。

今年の桜は本当に慌ただしい桜でした。
先日、「もう咲いてるやん!」とブログに書いた飯田橋の桜も
もうすっかり葉桜になってしまっていました。
年がら年中バタバタとして落ち着きのない私ではありますが
静める心=しづ心はないものでしょうか。


江田島のつくし

2018年03月30日 | 日記

友人のFさんがFacebookに
素晴らしい「つくし」の写真を投稿されていた。
あんまり素敵だったのでついつい勝手に拝借してしまった。
Fさん、ごめんなさい!

つくしの「群生」とでも言ったらいいのだろうか。
こんな大量のつくしは見たことがない。
春うららの野っ原に無数のつくしがニョキニョキと顔を出している。
向こうに見える民家の家並も風情があっていい。
まさしく「牧歌」の風景で激しく郷愁を覚えてしまった。
子供の頃はよくつくし採りをしたものだ。
ハカマ〈袴〉と呼ばれるピラピラを取るのが面倒くさかったが
おひたしにするとホロ苦くて春の香りがした。
卵が大好きな私はよく「卵とじ」にしてもらったものだ。
もうずいぶんつくしを食べていない。

Fさんは広島の江田島市にお住まいである。
ご存じのように江田島はかつて海軍の兵学校があった島で
いまも海上自衛隊の一大拠点となっている。
その「海軍魂」のパワーのせいか、つくしも実に野性的でたくましい。
わが団地でもごくたまにつくしを見かけるが
これとは比べ物にならないぐらい小さくて貧層である。
そう言えば、今年はまだつくしを見ていない。
最近、カメラマンとしてもメキメキと腕を上げておられるFさん。
素晴らしい写真をありがとうございます。
ぜひコンクールに応募を!〈笑〉

 


絶景の桜

2018年03月29日 | 日記

地下鉄・九段下駅から地上に出ると
そこは阿鼻叫喚、空前絶後の人の波みでした。
武道館に外タレでもやって来たのかしらんと思ったのですが
それにしてはオバチャンが多すぎます。

原因はコレでした。
皇居・千鳥ヶ淵の戦没者墓苑です。
言わずと知れた東京きっての桜の名所ですねえ。
そんなこととは露知らず、うっかり駅を降りてしまった私がバカでした。
とにかく十重二十重の混雑ぶりでまったく前に進めません。
このままでは打ち合わせの時間に遅れそうです。
焦る心で必死に人混みをかき分けやっと撮った写真がコレです。
確かに千鳥ヶ淵の桜は絶景ですねえ。
皇居のお濠と石垣を背景に浮かび上がる桜の美しさは
独特の風情があって思わず見とれてしまいます。
最近はインターネットでも世界に紹介されているようで
とにかく外国人が多かったです。

ところ変わってこちらは自宅の近所の石神井川です。
芋の子を洗うような混雑とは無縁ですし
やかましい外国人もやって来ませんからゆっくり花見ができます。
川べりの桜もまた違った風情があって
私は「隠れた絶景」と呼んでいるのですが・・・
皆さん、今年はもうお花見をされたのでしょうか。
今年は陽気のせいか桜のスピードが例年になく速くて困ってしまいます。
ボヤボヤしていると散ってしまいますねえ。
まあ、咲く桜に散る桜、それもまた桜ならではの風情ですが・・・

 


桜守・佐野藤右衛門

2018年03月28日 | 日記

桜前線が日本列島を北上中である。
煙草のパッケージにも桜が描かれる季節である。
猫も杓子も桜一色である。

このご時世にまだ煙草を吸っているなんて
非国民のそしりを免れない。
情けないとは思うが生来の意志薄弱者だから
どうしようもない。
キレイな桜を見るとついてい一服したいと思ってしまう。
冷たい缶ビールでもあれば最高だと思う。

この桜の下でも何度となく酒盛りをした。
ベロベロに酔っぱらってビールを頭からかぶったこともある。
京都は円山公園の枝垂れ桜だある。
学生時代を京都で過ごした私には忘れがたい「青春の桜」である。
この夜桜を見ながらデートをしたこともあった。
もう全ては茫々たる時の彼方であある。

  清水へ 祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人 みな美しき哉  (与謝野晶子)

あの晶子さんもこの枝垂れ桜に魅了された一人だった。

新聞で懐かしい顔を見た。
京都で代々園業を営む桜守・佐野藤右衛門氏である。
おお、ジイサンまだ生きていたのか!と思わず叫んでしまった。
もう何年前になるか思い出せないが
一日、仕事ぶりを密着取材し、インタビューを重ね、晩飯までご馳走になった。
女性スタッフにシモネタ連発の下品なジイサンだったが
桜によせる「執念」は並外れたものがあって
円山公園の枝垂れ桜を体を張って守り抜いているのもこのジイサンである。

この人の桜に対する見識と哲学はズバ抜けている。
日本の桜で自分で種から生える「実生」で育つ桜は
ヤマザクラとヒガンザクラ、オオシマザクラの三種類だけで
それを地域の人たちが大切に守って来たのが日本の「文化」だと言う。
樹齢300年、500年の桜はザラで
中には樹齢1000年の桜もあって一つとしておなじ花、同じ顔はないと言う。
それに対して人間がつくったのが「ソメイヨシノ」で
どれも同じ顔をして「面白い桜ではおまへんな」などと平気で言う。
全国各地にあるソメイヨシノの桜並木は
ほとんどが戦勝記念、国威発揚のために植えられた桜だそうで
軍国主義のイメージと重なるのはそのせいとか。
桜がとれだけキレイでも
戦争だけは二度とやらかしちゃあきませんな・・と桜守の気骨が覗く。
この桜の季節に90歳になるというジイサン。
まだまだ長生きして欲しいものである。

 


東京下町セレナーデ

2018年03月27日 | 日記

初夏を思わせる陽気に誘われて
久しぶりに美術館に出かけて来ました。
竹久夢二の作品で知られる東京・弥生美術館です。

漫画家・滝田ゆうさんの展覧会です。
開催最終日だけに大勢の人たちで賑わっていました。
その名も「昭和×東京下町セレナーデ」と題された展覧会は
懐かしい昭和の匂いがプンプンと漂っていました。

滝田ゆうさんは月間漫画誌「ガロ」で一世をせ風靡した
かつての売れっ子漫画家です。
くりくりの坊主頭に着流し姿がトレードマーク。
漫画だけでなくイラストやエッセイの世界でも多才ぶりを発揮しました。
展覧会には滝田さんが出演したお酒のCMなど
数多くのポスターなども展示してあって
誰からも愛されたその作風や人柄が大いに偲ばれました。

滝田さんの作品のベースになっているのは
自らが生まれ育った墨田区寺島町界隈〈現:墨田区東向島〉の風俗で
かつて「玉の井」と呼ばれた私娼窟地帯です。
春をひさぐ女性たちの姿に心からの共感を寄せながら
作品の中にもしばしば「やさしいお姐さんたち」として登場します。
まるで細密画を思わせる細かな線描に
愛する街への尽きせぬ「愛情」と「郷愁」があふれていました。
食い入るように絵を眺めていたおばあちゃんが
ああ、懐かしいねえ・・・
と感極まった声を上げていたのが忘れられません。

お気に入りの絵です。
滝田さんの絵は普通はセリフを書く「吹き出し」の部分にも
インスピレーションで絵を描きこむのが特徴です。
そのさりげない小さな絵を見ていると
懐かしい面影の街へタイムスリップしたような不思議な感覚を覚えました。
かつて「赤線玉の井ぬけられます」という映画がありましたが
滝田ゆうさんの絵は見ているだけで
遠い昔に瞬時に「ぬけられる」ような絵なんですねえ。

美術館の外は満開の桜でした。
今年の桜はちょっと早いなあなどと思いながら
足元を見ると・・・

もう花びらが散り始めていました。
それにしても「東京下町セレナーデ」は秀逸なタイトルです。
滝田さんの絵を見ていると
ショパンのピアノの音色が聴こえてくるようでした。