まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

案山子

2019年09月30日 | 日記

さだまさしに「案山子」という歌がありました。
都会で一人暮らしをする弟(あるいは妹)を案山子になぞらえて
故郷にいる兄がメッセージを送る歌です。

   元気でいるか 街には慣れたか
   友達できたか
   淋しかないか お金はあるか
   こんどいつ帰る

この歌を聴くと自分の学生時代と重なり胸がジーンとなります。
なかなか街に馴染めず、友達も出来ず
いつもお金がなくて心細い思いを抱えていた青春時代でした。



そう言えば、最近、案山子を見ないなあ・・・と思っていたら
近頃の案山子はずいぶんファンキーになっていました。
歌のイメージとは違ってご陽気です。
これで案山子の役をちゃんと果たせるのでしょうか。
そう言えば、最近、雀もあまり見かけなくなったような気がします。
というか田圃そのものを見かけなくなって来ました。
トランプのご機嫌取りでアメリカから米を買っている場合でしょうか。



案山子のルーツは島根県の津和野だそうです。
島根県はわが故郷です。

    手紙が無理なら 電話でもいい
    金頼むの一言でもいい
    お前の笑顔をまちわびる
    おふくろに 聴かせてやってくれ

心配ばかりかけて来た田舎の母と重なり
いい年をしたオジサンはまたまたジーンと来てしまいました。
そのおふくろが亡くなってもう何年でしょうか。
電話をかけることも、手紙を書くこともなくなって
ふるさとはドンドン遠くなります。


芭蕉の秋

2019年09月28日 | 日記

暦の上ではドンドン秋が深まっていきますが
いつまでたっても蒸し暑いですねえ。
昨日もちょっと張り切って(?)掃除をしたら
昼間は汗ばむほどのほどの陽気でした。
そろそろ10月が来ると言うのに
30度近い気温とはやっぱり温暖化の影響でしょうか。

  秋深し 隣はなにを する人ぞ

なんて句がありましたねえ。
ハイ、芭蕉の句です。
記録では彼がこの句を詠んだのは元禄7年の9月28日。
つまり今日ですね。
確か亡くなったのが10月12日ですから
亡くなる2週間でしょうか。
彼はすでに病床にあって寝起きもままならぬ身でしたが
静かに寝ていると隣家の生活音が聴こえて来ます。
隣りは何をしているのであろうか・・・
死の床にあっても持ち前の好奇心は最後まで健在でした。

  旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる

それから10日後の10月8日。
芭蕉は有名な辞世の句を残して旅立ってしまいます。
すべてをやり終えてもう悔いはなかったのか・・・
なんど詠んでも味わい深い句ですね。
秋はゆっくり芭蕉の句にひたる季節かもしてません。

と、ここまで書いて来て初めて気づきました。
このブログにはカウント機能があって
今日の投稿で数えて1000回目になるそうです。
始めたのが確か2017年の1月ですから
3年ちょとでしょうか。
前ブログの「まろの公園ライフ」の7年も含めると
私もいよいよ10年選手の仲間入りです。
好きなビールで祝杯でもあげようかと思います。(笑)

 


ブログ閉鎖

2019年09月27日 | 日記

息をのむような朝焼けだった。
朝焼けの写真は今まで何度も載せてはいるが
歴代の中でも出色ではなかろうか。
いよいよ秋だなあと思う。
自宅のベランダからこんな風景が眺められるなんて
つくづく幸せだなあと思ってしまう。

息をのむような出来事があった。
私にも懇意にして通っているブログがいくつかあって
その記事を読むのがささやかな楽しみなのだが
最近は自分のブログを更新するのに精一杯で足が遠ざかっていた。
それは「雫石鉄也のとつぜんブログ」と言う。
昨夜、久しぶりに覗いてみると
「これにてこのブログは終了します」との閉鎖宣言。
文字通りとつぜんである。
まさに寝耳に水の出来事で息を飲んでしまった。
ご本人はもう20年選手の大ベテランで
互いにコメントを寄せ合うようになってからも10年以上である。
ショックでしばらく呆然としてしまった。
いったい何があったのだろう・・・
コメント欄を検索してみると悪意に満ちた言葉が大量にならんでいた。
もともとはSF好きの同好の士だったようだが
何かの拍子に記事の中の一つの言葉にひっかかったようで
以来、執拗なコメント攻撃が始まっている。
もちろん詳しい事情はわからないしあくまでも推測に過ぎないのだが
私には悪意の「言いがかり」としか思えなかった。
なにもブログ閉鎖までしなくても・・・
コメント欄を閉じる方法もあったのではと思うのだが
誠実で何ごともキッチリした人だったからそれは出来なかったのだろう。

つくづくSNSは難しいなあと思う。
人間、悪意にはなすすべがないなあと思う。
20年近く続けて来たブログを閉鎖するのには
余程の覚悟があったのではと思う、
それともややこしい奴が出て来て嫌気がさしたのだろうか。
私も似たような経験があるだけに
たかがブログとは言いながら他人事ではないのである。


ラグビー愛に泣く

2019年09月26日 | 日記

いやあ、思わず泣いてしまいました。
ラグビーの試合を見るなんて何年ぶりでしょうか。
試合も希にみる熱戦で興奮しましたが
つい8年前はこの場所が震災と津波の被災地だった思うと
それだけでもう胸が熱くなってしまいました。



折から開催中のラグビーワールドカップの
フィジーVSウルグアイ戦が行われた釜石鵜住居復興スタジアム。
被災地としては唯一の試合会場となりました。
釜石と言えばあの新日鉄釜石の黄金時代を支えた鉄の街で
ラグビーファンの「聖地」と言われていますねえ。
それだけに釜石市民のラグビー熱も半端なく
この日は復興スタジアムに1万4000人もの人が詰めかけました。
試合はウルグアイが格上のフィジーを30-27で破る
まさに歴史的勝利だったと言っていいでしょう。
試合も手に汗にぎる熱戦でしたが
大漁旗を振って両チームに声援を送る釜石市民の熱気が
まさに復興を象徴しているようでした。

本当によくここまで復興したなあと思いますね。
釜石は津波の被害も甚大ですべてが灰塵と化してしまいました。
この地区だけで900人以上の犠牲者が出たとか。
そんな街に再びラグビーができる日がやって来ようとは
釜石市民の喜びはいかばかりだったでしょうか。
偉そうなことを言うつもりはありません。
スポーツはしょせんスポーツですが
人間の「生きる勇気」になることもあるんですねえ。

素晴らしいスタジアムでした。
素晴らしい試合でした。


シリアの子

2019年09月25日 | 日記

新聞の小さなコラムに目がとまった。
毎日、俳句や短歌を一つ紹介する「四季」という欄で
結構、楽しみにして読んでいる。
宇多喜代子さんの衝撃の一句が取り上げられていた。
蛇笏賞にも輝いた現代俳句の泰斗である。

  霧深き 森に隠そう シリアの子

シリアの子というさり気ない文字に怒りが込められている。

シリアで内戦がぼっ発してもう8年である。
戦火で祖国を追われた難民は500万とも600万とも言われる。
そのことは報道などで知ってはいるが
それが日本の新聞で俳句に詠まれるとは驚きだった。
散り散りバラバラになったシリア難民は
世界中で不自由な生活を送っていて食料事情も列悪である。
ご存じのように日本は難民たちに冷たい国で
難民申請が認められるのはわずか0.2パーセント程度だと言う。
作者の宇田さんはNPOの支援活動か何かを通じて
シリアの子供たちを知ったのだろうか。
シリアに限らず難民の子供たちを見るといつも思う。
おそらく地獄を見たであろうにも関わらず
汚れのないあの澄んだ大きな瞳はいったいなぜなのだろうか。
あれは深い深い悲しみの色なのかもしれない。

  霧深き 森に隠そう シリアの子

さあ、みんな霧の森に隠れてなさい。
大人たちの愚かな戦争が終わるまで。
確かに地球的な共感を呼ぶ秀句である。
大人たちが勝手におっぱじめた戦争の犠牲になるのは
いつも子供たちである。