まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

お引越しでした。

2023年05月29日 | 日記

突然ですが・・・
思うところあって引っ越しました.。
長年慣れ親しんできた東京都民を返上して
なぜか埼玉県民となりました。
ダ埼玉なんて悪口も言われそうですが・・・

相変わらずの団地暮らしですが
家の窓から正面に富士山が見えると言う
絶好のロケーションが気に入りました。
この一週間ほどは引っ越しの準備や荷物の梱包にてんてこ舞いで
何度やめようかと挫折しかけたか知れません。
よけいなものは持たずに身軽に暮らしてきたつもりですが
二十年以上も一つ所に暮らしているとその荷物の多さは驚くほどで
不用品・廃棄物の処分にまさに「断捨離」気分でした。
それでも何とか山のような段ボールを片付けて
夕暮れに染まる富士山の深紅のシルエットを眺めていると
この歳にして新しい人生が始まったことを実感します。



ゼレンスキー・サミット

2023年05月22日 | 日記

広島で賑々しくG7サミットが開催された。
途中から戦時下のウクライナからゼレンスキーも参加し
岸田もバイデんも吹き飛んでしまった。
かくして広島サミットは一転ゼレンスキーサミットとなり
世界の対立と分断はますます深まった。

 

戦争の方やの当事者が来日したとあっては
もはや平和への祈りどころではなく欧米諸国はウクライナ支援を次々に表明。
ついには戦闘機の供与まで射程に入って来た。
中国・ロシアの反発は必至で戦争の終わりはまったく見えない。
ああ、どこまで続く泥沼ぞ・・・



不憫な花

2023年05月18日 | 日記

仕事帰りにブラブラ公園を歩いていると
陸橋の欄干の下に無数に咲き乱れる白く小さな花が・・・
これはまさしく「群生」状態です。
そうか、そうか、もうそんな季節なのかと思いつつ
顔なじみの花に出逢ったような気分です。

この白い花はドクダミですねえ。
なかなか可愛らしい花なのにド・ク・ダ・ミとは・・・
誰がつけたか知りませんが何ともひどいネーミングではありませんか。
大昔、わが家は庭の隅にトイレ(厠)があるような古い家で
夜中でも家の外で用を足さねばなりませんでした。
ドクダミはそんな薄暗い湿った場所に決まって群生していて
私たちは「便所草」などと呼んでいたものです。
ドクダミ、便所草、うーん、何とも不憫な花だと涙がこぼれます。

鼻を近づけると独特の「臭気」が周囲に漂います。
アンモニア臭とでも言ったらいいのか・・・
もともと薬草としても重宝されたと言いますから殺菌力も強く
他の植物を駆逐してはびこるような繁殖力もあります。
世の中に嫌われる花という不憫な花もあって
その代表選手かも知れませんねえ。
こんなに白くて可憐な花なのに人々に敬遠される花。
そんなドクダミに魅力を感じる私も相当の変わり者でしょうか。(笑)


モネの庭

2023年05月15日 | 日記

雨模様の庭園を傘を差しながら
そぞろ歩く人たちがいます。
その名も「空中庭園」と名づけられたデパートの屋上。
かつて大型遊戯やペットショップがあった場所を
大改修して誕生した広大な庭です。

ビォトープと呼ばれる人工の池には
睡蓮などの水生植物がのどかに浮かんでいて
癒しの風景が広がります。
この風景、どこかで見たことありませんか?
ホラ、どこかの美術館の名画で・・・

そうなんです、画家クロード・モネの連作で知られた
あの「睡蓮」の絵画そのものの世界です。
パリの郊外「ジヴェルニーの森」に晩年の居を構えたモネは
亡くなるまでの数年間にわたって憑かれたように
この睡蓮の制作に励んだと言います。
いま世界にどれだけの数の「睡蓮」が残っているのか知りませんが
連作に賭ける執念たるや凄まじいものでした。
このデパートの屋上の庭園はまさにモネの世界を再現したものです。

庭園には季節のバラも美しく雨に濡れています。
モネの絵にも確かバラが描かれていたような・・・
雨模様のせいかひときわバラが匂い立つ昼下りでした。


泰山木に降る雨

2023年05月14日 | 日記

朝から雨が降り続いています。
泰山木の葉っぱが雨の雫に濡れて光っています。
水も滴るいい男・・という言葉がありますが
なかなかの男っぷりに見えます。
昔から泰山木という木が大好きなんです。

泰山木の木を見ると
なぜか「泰然自若」という言葉を連想します。
物ごとに動じない、自分を見失わない堂々とした人間のことですが
いつもバタバタ、オタオタばかりしているだけに
そんな人立派な間に憧れるのでしょうか。(笑)
共通するのは「泰」という字だけなのに・・・
泰山木はこれから初夏にかけて大ぶりの白い花を咲かせます。
空に向かって大きな盃を広げたような純白の花です。
この大きな花に並々と酒を注いで祝杯を上げたら美味いだろうなあ・・・
いつも決まってそんな気分になるのです。

  この盃を受けてくれ どうか並注がしておくれ
  花に嵐の例えもあるぞ サヨナラだけが人生だ

井伏鱒二のそんな名詞があったことを思い出す。