まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

七年目の春です。

2018年03月11日 | 日記

今年もまた3月11日がやって来ました。
あの未曾有の大災害からもう7年が経つんですねえ。
この時の流れはズッシリと重いです。

今年は七年目の節目だからでしょうか
それとも日曜日のせいか例年になく報道量が多いようで
朝から震災関連の特別番組が目白押しです。
記憶を風化させないためにも大事なことですが
この報道ラッシュは被災者の皆さんたちにはどうなのでしょうか。

私が石巻を訪ねたのは
2014年の5月、震災から3年後でした。
震災とは関係のない仕事でしたが
いつものTプロデューサーと一緒に足を延ばしてみました。
津波による死者行方不明者3800人以上と
東日本大震災でも最大の被害を記録した石巻の町は
不気味に静まり返っていました。

かつて東北随一の活気を呈した漁師町は
根こそぎ津波に流され見渡す限りの更地が続いていました。
視界に入って来るのは遠くを行く工事車両だけで
道行く人も通りかかる車さえもない
ただただ静寂の風景でした。
ああ、本当に何もない、呆れるぐらい何もないなあ・・・
ため息のじりにそんな言葉を呟きました。
つい先日、テレビのニュースで同じ場所からの映像を見たのですが
見事なぐらい何も変わっていませんでした。

そんな荒廃の大地に
五月のぼりが元気よく翻っていました。
なぜかその鮮烈な光景だけが目に焼き付いています。
数日前、何かのドキュメンタリーで
津波で小学校三年生の息子を亡くしたお父さんが
息子が大好きだったこいのぼりを
毎日のように自宅の庭に上げている光景を紹介していましたが
胸を突かれるようで見ていられませんでした。



やがて山背〈やませ〉と呼ばれる海霧が立ち込めて来て
昼間なのに寒いぐらいでした。
七年前のあの日から日本は何が変わったのでしょうか。
物理的な復興は着実に進んでいても
原発避難者がいまだに7万人以上もいるという現実を
国はどう考えているのでしょうか。
ドイツはもちろんあの原発大国のフランスでさえ
東日本大震災の教訓を生かし「脱原発」に大きくカジを切ったのに
今や再生可能エネルギーの設備容量は
原発はおろか石炭火力をもしのぐ伸びを見せているのに
未だに原発再稼働にこだわり続けるのは
世界の潮流に背を向けているとしか思えません。
七年目の春とは言いながら
まだまだ春は遠し・・・でしょうか。