まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

都民ファースト

2017年06月25日 | 日記

都議選が近づいて来ました。
と言っても東京以外の人には全く関係ないことで
私もさっきマンション前の掲示板を見て初めて気づいたのですが・・



わが選挙区では10人ほどが立候補するようです。
誰が誰やらサッパリわかりません。
唯一、小池百合子都知事とペアで写っている村松某さんが
都民ファーストの会の公認候補てしょうか。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いですからコレは当選かも知れません。
それにしてもおかしな話ですねえ。
行政者にとって「住民ファースト」なんて至極当たり前のことで
選挙公約にすらならない基本スタンスなのに
それを政党名に掲げただけで有権者の支持を得るとは
いかに都民不在の政治がまかり通って来たと言うことでしょう。
石原都知事然り、舛添都知事然り・・・
都政を「私物化」して来た悪代官ばかりですねえ。〈笑〉
でも、それを選んだのは他でもない
私たち都民だということを忘れてはいけません。



早々と投票用紙も届いています。
そろそろ自分の投票行動も決めなければなりませんねえ。
築地か豊洲かが大きな争点になっているようですが
1300万都民の選択肢がたかが「市場」の存否だけで左右されるような
そんなバカバカしいことが許されていい筈はありません。
もっともっと大事な争点はあるはずです。
この際、私は「東京オリンピック」そのものの是非を問うても
いいのではないかと個人的には思っているのですが・・・
東京都は日本でもっとも裕福な自治体です。
それをいいことにやりたい放題
豊洲の建設費だけで800億円もの大金を浪費したあげく
未だに汚染まみれで「無害化」さえ実現できず
使い物にならないという状況をつくりだしたのは誰の責任なのか!
あ、ちょっと興奮してしまいました。〈笑〉

いずれにしても・・・
この都議会選挙はおそらくは自民党の惨敗でしょう。
カゴイケ問題然り、カケ問題然り・・・
散々、国民を愚弄して来た安倍政権は手痛いシッペ返しを食らって
いよいよ命運が尽きることでしょう。
国民なんてバカだと思ってナメて来た報いが
一気に噴き出ることでしょう。
と言って、小池百合子が総理大臣になるのもちょっと・・・
そんな日が来るような気もします。

 


無慈悲

2017年06月24日 | 日記

治るといいのにねえ。
もう一度元気になるといいのにねえ。
そんな女性たちの声をあちこちで聴いたような気がする。
もちろん男性だって口にこそ出さないが
彼女の笑顔を祈るような重いで見つめて来たと思う。



とうとう麻央さんが亡くなってしまった。
昼過ぎだったかスマホのニュースで「死去」の文字を見た時は
思わず「ええ!」と声を上げてしまった。
新聞や雑誌で闘病中の写真を見かけることがあって
その深い影を宿した表情に「ただならぬ」病状は推察できたが
どこかで奇跡を信じていたのかも知れない。
だいたい乳ガンは胃ガンなどと同様
今の医学ではかなり治癒率が高まったガンではないのか!
などと腹立たしい思いになったりした。

彼女の結婚は少なからずショックだった。
当時の海老蔵は世の中をナメきったどうしようもない不良で
さまざまな騒ぎを起こす問題児だった。
麻央ちゃんはどうしてこんなバカな男がいいのか!
などと理不尽な怒りを覚えたのだが・・・
ご存じのようにその後の海老蔵は人間的にも見違えるように成長し
歌舞伎役者としての芸の幅もぐっと広がった。
結婚は男を変えるとは言うけれど
私は逆に真央ちゃんの「無垢な魂」と妻としての一途な思いが
海老蔵を「浄化」したのだと思っている。
キャスター時代から単なる育ちの良さだけでなく
不思議な「癒し」の雰囲気を持った女性だった記憶している。
闘病ブログは読んだことはないけれど
運命に負けまいとする彼女の懸命な努力と人間としての強さが
多くのがん患者さんに勇気と共感を与えていた。
それだけに残念でならない。
神も仏もないものかと「無慈悲」を思う。
今はすべての痛みや苦しみから解放されゆっくり休んでほしい。
そう思うしかないのである。


 


放心状態

2017年06月23日 | 日記

気合いの入った打ち合わせの後
気合いの入った「暑気払い」に出かけました。
今年初めてのような気がしますが
ひょっとしたらそうでないかも知れません。〈笑〉



この年になるとやっぱり魚ですねえ。
なかなか上等なお刺身盛り合わせで堪能しました。
ただ、情けないかな・・・
新鮮すぎるサザエの刺身には歯が立ちませんでした。〈涙〉



定番の玉子焼きとポテサラ。
やっぱりコレがないと始まりませんよねえ。
いつものTプロデューサーもこれが大好物で目尻が下がります。

いつものロケ話で盛り上がった後
話題はいつしか将棋の「藤井四段」の連勝記録へ。
いつも眠そうな顔をしているあの茫洋とした中学生のどこに
そんな勝負師の血が流れているのか?
何百手先を読むという頭の構造はどうなっているのか?
将棋も囲碁もできない二人は、ただただ驚嘆するしかありません。
それにつけても引退を決意した加藤一二三九段。
一世を風靡した「神武以来の天才」も若い力の台頭には抗えず
結局、こうなってしまうのかと深いため息。
今年八月で定年を迎えるTプロデューサーは格別の感慨があるのか
そのため息もひときわ深いように思われました。



大阪は泉州名物の「水ナス」が登場!
他のナスに比べてとくに水分が多く
まるでフルーツのようなみずみずしい食感なんですよねえ。
最早、みずみずしさの欠片もない定年男たちは
涙とともにいただきました。



うーん、ビールだけにしておいたらよかったのに
結局、こうなってしまうのですよねえ。
北陸・富山の名酒「銀盤」はほどよく冷えていて
思わずラッパ飲みしたくなりました。



大手町サンケイビルの地下「放心亭」でした。
あまりにも気持ちよく酔って
ほとんど「放心状態」で家路につきました。

 


猫のミティがいなくなった

2017年06月22日 | 日記

電信柱にこんな貼り紙が・・・
どうやら猫の「捜索願い」のようである。
時々、街中でこうした貼り紙を見かけることがあるけれど
飼い主の必死の思いについつい同情する。

名前は「ミティ」と言うらしい。
猫にはいたって不案内だから「茶トラ」はよく知らないが
写真を見る限りよく見かける猫のような気がする。
いなくなった長谷寺裏というのは
昨日、このブログで紹介した永平寺別院のことである。
昔から「犬は人につき 猫は家につく」という言い伝えがあるが
猫が勝手にいなくなることはあるのだろうか。
私のように人生に疲れた中年男は
時々、このままフラリと家を出たいと思うことはあるが〈笑〉
まさか猫にそんな苦悩があるとも思えない。
いったい何があったのか?

茶色の燕尾服を着ているよう・・・
という表現に飼い主の深い愛情を感じてしまう。
おそらく自慢の猫だったのだろう。
尻尾は長く「びゅん」と伸びているという表現も素敵だと思う。
どうして「びゅん」と姿を消してしまったのだろう?
中でも「猫に不審な行動をとっている者」
という心配がやはり気になる。
最近、猫に限らず「動物虐待」の事例が増えて来たのではないか。
中には目を背けたくなるような陰惨なニュースもある。
ストレス社会の反映などと
わかったようなことを言うつもりはないが
根深いところで命の「軽視」が始まっているような
そんな気がしてならない。

捜索願が出されてもう一週間以上が経つ。
ミティはまだ見つからないのか。
私も心配している。



西麻布に永平寺があった!

2017年06月21日 | 日記

永平寺と言えば曹洞宗の大本山である。
雪深い北陸は福井県永平寺町に760有余年の法灯を点す。
鬱蒼たる杉林に囲まれた本堂では
今も300人近い修行僧たちが日夜きびしい修行に励んでいる。

ところ変わって港区西麻布の高台。
こんな東京のど真ん中にも永平寺があるとは驚きだった。
別院とあるから東京支店のようなものだろうか。
威風堂々たる山門である。

境内はとにかくただっ広い。
寺名は長谷寺〈ちょうこくじ〉専門僧堂と呼ぶらしい。
奈良や鎌倉の長谷寺とは兄弟に当たると言う。
正面が本堂、左に鐘楼堂、その奥に修行僧たちが集う僧堂がある。
これだけ広いとさぞかし固定資産税も・・・
と思ったが天下の宗教法人には無用の心配かも知れない。



曹洞宗の開祖・道元禅師である。
14歳で比叡山延暦寺に入り中国でも修業を積んだ名僧である。
悟りを開くにはひたすら座禅しかないと教えられた。
体の硬直で今や座禅さえ組めない私は
永遠に悟りを開けないまま死んでいくことなるだろう。



本来なら滝にでも打たれたかったが
せめて堕落して汚れ切った体を清めようと境内の手水舎へ。
真夏日だったので冷たい水が最高だった。
ついでに煙草を一本吸ったのですべては台無しだった。(涙)



境内の奥にはこれまた広大な墓地が広がる。
何度も言うようだがオシャレなビルが建ち並ぶ西麻布の真ん中に
これほどの規模の墓苑があるとは・・・
一区画いくらするんだろうと気になって仕方がなかった。
この中に画家の黒田清輝の墓があると聞いたが
残念ながら見つからなかった。



墓地のもっとも奥まったところには
なんと竹林まであった!
残念ながらタケノコはすでに伸びきって収穫不可能だったが
竹林を渡って来る風がなんとも涼やかで
しばし緑陰に憩う気分だった。



紫陽花の向うには六本木ヒルズ。
うーん、なかなかの一枚だなあと自画自賛。〈笑〉
昼休みの一時間ほどの散歩だったが
もう一度、雪深い真冬の永平寺を訪れてみたいと思った。