満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

KIP HANRAHAN   『BEAUTIFUL SCARS』

2007-09-18 | 新規投稿
   
待望の新作。待望の傑作。
ラブソングがストリートに映える。路上の感覚。背後のざわめき、話し声。周辺で演奏に参加するパーカッション。歌は前方にある。が、昨今の真空パックされたような歌と音の乖離はなく、歌も演奏もそれらが同時に空中へ散布されたような混じり具合。限りなく空気感を伴った解放感がある。窓を大きく開けっ放しにしたような部屋に音響がこだまする。まるで屋外の質感だ。そう、マイクははるか天上にある。しかも一本だけ。その下で様々な人が歌い、楽器を鳴らしている。そんな無作為の音楽の宴を録ったもの。それがこの『BEAUTIFUL SCARS』だ。キップハンラハンの生まれ育ちであるブロンクスのラテンコミュニティの雑踏をそのまま音楽化したような作品。しかも今回は歌をより強調した事による映像性、物語性が浮かび上がる。

キップハンラハンは果たしてパーカッションが上手いのか。そんな事を考えながら彼の音楽を聴く者はいるまい。今回もどの曲で彼が叩いているかはよくわからない。あのへなへなの歌も今回は遠い場所で聞こえる。バンドは最強の布陣。話題のブランドンロスやペドロマルチネス、重鎮のスティーブスワローもしっかりサウンドサポート。

2ndアルバム『desire developes an edge』(83)を衝動買いして後悔していたのは学生の頃。当時、熱中していたNYダウンタウンシーンのアート・リンゼイ、アントン・フィアー、デビッド・モス、ジャマラディーン・タクマ等をクレジットに見つけた私はキップを誰とも知らず購入し、予想外なそのエスニックな音楽に勝手に失望していたのだ。しかし当時、彼の世界を理解していたのは日本では少なかった筈。『deep rumba』(98)は私の遅い目覚め。その先鋭的エスノミュージックにサムルノリと同質の現在性を感じ、ハンラハンの音楽にハマッていく。キップの<ラテン>とは徹底的な都市音楽だった。<ワールドミュージック>等とは相容れぬ都市生活者としての表現は彼の<居場所>というこだわりから生じていると感じられる。素朴主義ではない批評性こそが音楽を豊かにしていた。

キップハンラハンのCDはいつも高い。3000円以上ばかりだ。あの、まるで階級闘争史観の持ち主のように、その階級的バックグラウンドに対するこだわりを持つ彼に似つかわしくない商売だ。いや、わかる気もする。松山晋也氏のインタビュー(面白すぎるインタビュー)で借金にも触れていたハンラハン。確信犯だ。高価な商品を買わせて少しでも利益を増やさねば。毎度のアルバムジャケットの豪華な装幀は彼のアートへのこだわりと同時にハングリー精神によるものだ。しかし日本でどこまで売れるのか。話題作りに一役買うかどうかの菊池成孔の解説が功を奏すか。果たして。この人の言語感覚は好きではないが、「真っ暗な場所に潜入して振り回されたキャメラに似ている。何も映っていないが、はっきりとそこを映しているのである」という言葉には大いに納得した。

2007.9.17

  

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