満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

      BOB DYLAN LIVE AT ZEPP OSAKA 2010.3.16

2010-03-21 | 新規投稿

キーボードから離れ、マイクを握って歌い始めたディランを見た時、「うわっ」と思ったのは私だけではないだろう。以前なら後ろにギタリストが三人いてもギターを肩から降ろす事のなかったディランがそのトレードマークとも言える‘分身’に触れず、ステージの右端にセットされたキーボードの位置から動こうともしない異様さを見せつけられた果てに、丸腰でステー中央に向い、スタンドからマイクをはずし、まるで‘歌手’のように歌い始めたのだから。

しかしディランによるその歌とキーボードはいずれも素晴らしいものであった。
器用にオルガンを繰り、ギタリストのチャーリーセクストンとフレーズの掛け合いをして‘ジャム’るディランには掛け値なしのカッコよさと音楽的レベルの高さしか感じなかったのは事実である。それは余興ではなくある必然に従った音楽の成果であった。アルクーパーの音色や断片が甦り、ディランをして固有のキーボーディストたる正プレイヤーにまで高めていたように思う。そのセンスは間の取り方やリズム感覚に於いて独特のものであり、私が想起したのは最後の来日公演となった87年のマイルスデイビスのキーボードプレイであった。

また、90年代以降のディランを象徴した‘つぶやきボイス’はここにきて‘うなりボイス’へと変容している。それは9年前である2001年の公演で観たディランのアグレッシブさに共通するものであり、あの時、「highway61revisited」の語尾をダミ声で叫んだうなり声の‘ロック指数’は正しく最高レベルであったのだ。それは更に遡る97年公演で見せたカントリーハウスを擬した(ように感じた)ステージの暖かさ、淡い光が差し込む静かな音響とフォーキーサウンドとは全く異なるものだった。想えば最初の東大寺ライブ(94年)から数え、私がディランを観るのは今回が4回目であるが、順を追って好印象になってくるのは面白い。それは年齢と共にアグレッシブな姿勢が甦るパフォーマンス度における進化とも言える。2001年公演に於けるディランの発声がフルボリュームのパワーであった事を私は鮮烈な記憶として持っており、その延長に今回の公演はあった。しかもカントリーやブルース、ブルーグラス、ジャズというオールドアメリカンサウンドに‘モダンノイズ’を経過したナウアメリカンサウンドを創造したのだと感じている。

ディランは『time out of mind』(97)以降、古いアメリカを巡る探求の旅を続けてきた。ダニエルラノワが集めた腕利きのアメリカンプレイヤーに各々が不得手な楽器の演奏を命じた時、出来上がった音楽のオルターネイティブな音響には最先端のアメリカが示されていた。そこには古いアメリカの別の顔が裂け目から現われたのだ。それはディランによるアメリカの回帰と再生の表現であり、『time out of mind』はディランの基点となった。言わば、嘗て言葉に生命を宿す事を一義と考えた歌う詩人が、アメリカを理解し、体現する旅に於いて、音響という空間にその詩的昇華の可能性を見始めたのだ。以後、ルーツミュージックに真正面から挑み、現代的ソングライティングで高度化した『love and theft』(04)のやや様式化したそのオールド路線に落ち着き、その延長の『modern times』(06)で完成を見る。このアルバムはディランの到達でもあり、ある‘引き返せない’場所に立つものであったようにも感じる。そして、はっきり言えば、レコーディングに於けるディランによる音響空間への旅が、ここで生き詰まった。
それはディランがルーツミュージックを今現在の解釈で先鋭的に創造するのではなく、はっきりとルーツミュージックそのものに溶け入る方法論を選択した事に顕われている。従ってディランミュージックの評価はもはや、発想よりも曲の善し悪しのみが基準になったと感じる。果たして『modern times』はその批評精神と音楽の力感にもかかわらず私にはスタイルに於いて、やや、マンネリを感じた。ソングライティングでは圧倒的に『love and theft』の方が勝っていると感じたのは事実である。

しかし、ヒットチャートでは30年ぶりの全米第一位になった『modern times』は以後の制作にやはり、暗い影を落としたと思う。即ち、映画のサントラ『together through life』(09)及びクリスマスアルバム『christmas in the heart』(09)という二つの受動的な制作にそのマンネリを脱しきれない新たな停滞期(80年代のような)の到来とも思える内容を感じていた。年老いてますます活発化するその活動に喝采をおくる世間の評価とは違い、私は少し醒めていた。コルトレーンと並ぶ音楽の神であるディランを当ブログで一度も取り上げなかったのも、ディランは停滞期に入ったと感じていたからだ。

しかし。
私はこの間のディランのステージを観ていない。そして、そもそもディランがその創造の真価を発揮するのはいつもライブパフォーマンスに於いてである事は承知していた。それは80年代以降のスタジオ機材の変化に‘とまどった’というディランの迷いを解決する手段としてのライブ本数の増加が、結果的に‘ネバーエンディング’な創造の習慣を自身にもたらせたものである。上下巻による大著『瞬間の轍(ときのわだち)』(ポールウィリアムス著)は克明なディランのライブの記録集だが、私がこの本によって、考え改めたのは、あのキリスト教三部作(『スロー・トレイン・カミング』(79)、『セイヴド』(80)、『ショット・オブ・ラブ』(81))のつまらなさに反した、当時のライブ音源の素晴らしさではなかったか。私は当時のブートレッグを多数、聴いてその感動とむしろスタジオ音源とのギャップを思い知った事を忘れてはいない。

同様の事が、今、起こっているようだ。
私が目撃したディランが以前、観た3回の公演とはっきり、異なるのはそれが、グループサウンドだった事につきる。メンバー間の電流とノイズがステージ上を行き来し、渦巻くようなボリュームになっていた。しかも、ディランはそこに埋没する事なく、屹立していた。‘うなりボイス’は一つの低音金管楽器のようであり、私はテナーサックスの号砲の如き響きを感得したと思う。しかも音量のセッティングがやたらでかい。リバーブはむしろ薄い。コンプレッシングされたボイスの堅い物質が飛んでくるような力感があふれ、その迫力に押されていただろう。度々、圧縮された声による言葉の語尾がグワー!と響くのである。この声の質を持ってディランの詩的世界の次なる段階が見えたと思う。それは言葉によるイマジネーションを従来の言語発声の空間のみに求めるのではなく、ノイズ、混濁された音響の中に放出した表現の拡大である。
歌いだしてからしばらくしないと何の曲かわからない事は以前からの特徴だが、ここにきてディランはメロディを解体しながら、音響の軋みのようなバックのサウンドと自らが参加するオルガンのランダムなリフやビートの中に言葉を散布しているように感じた。

このディラングループは互いに音をぶつけ合うような演奏を繰り広げた。
相手の音に反応し、生き物のような動くサウンドの磁場を形成する。ドラムの過剰とも思えたラウドネスからも、このバンドの型通りのオールドアメリカンサウンドとは違うイメージを植えつけられた。定型をはみ出し、絶えず、壊すようなスリリングさこそがこのバンドの本領のような気がする。
バンドディレクター然としたベーシスト、トニーガーナー。彼はエレベとアップライトを曲によって使い分ける。バイオリンやマンドリン、ペダルギター、バンジョー等でオールドアメリカンのカラーを担うのはダニーヘロン。地味で味わい深いリフを繰り返すサイドギターはスチュキンバルで巨漢が携えるギターが小さく面白い。そして唯一、ステージをうろうろ、せわしなく動き回ってバンドを牽引するリードギターはチャーリーセクストン。しかし、彼の動きはどことなく滑稽なほど、カッコ良くない。スター的風貌に似つかわしくないような、ぎこちなさは根っからのミュージシャンの風貌である。アイドル的なデビューで紙面を賑わしたのは昔話。その面影は本物のアメリカンギタリストとしての深みを湛え、ディランミュージックの核心を表現する。私はその鋭い音色に嘗てのロビーロバートソンの青い炎を見た。

旧友、斎藤と大谷と三人で会場の中央、左寄りに陣取った私は、当然、右端にスタンドするディランはおろか、ドラム、ペダルギターも見えない。見えるのはスチュとトニー、そしてあっち行ったりこっち来たりのチャーリーが時折、視界に入るだけという有様。しかも私の前方はやたら大柄な野郎が多かった。全く見えやしない。これはいかんと感じた私は意を決して満員電車のような人波をかき分けて前方に移動を試みるが、これは失敗。そこで斎藤と大谷をほっといて、一旦、外に出て会場を囲む通路をぐるっと一周し、右側から入れそうな扉から割り込む事にした。これがまんまと成功。ステージが一望できる前方右側に場所を確保した私は音も全然、違う最高のシチュエイションでディラングループのパフォーマンスを楽しんだのであった。

選曲の妙も光っていた。
一曲目から何の曲かわからず、私はとまどったが(後で『under the red sky』収録の「cats in the well」というナンバーである事が判明。あのレコードはあまり聴いてないな。)、2曲目になんと「火の車」(wheels on fire)をやった。リックダンコと共作したザ・バンドのファーストに入った名曲である。全セットリストはここでは書かない(もう覚えてない)がアルバム『love and theft』からの曲は多かった気がする。やはり、あのアルバムは良い曲が多かった。アンコールでやった定番ナンバー「like a rolling stone」、「all along the watch tower」のニューソングのようなアレンジの力感は現在のディラングループを象徴するものであっただろう。
ボブディラン。今回を最後とは思うまい。やはり、私は次を期待する。

2010.3.20




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