うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

日本橋本石町 やさぐれ長屋

2014年03月16日 | 宇江佐真理
 2014年2月発行

 日本橋本石町の長屋で暮らす、庶民の日常を背景に、情愛を描いた作品。

時の鐘
みそはぎ
青物茹でて、お魚焼いて
嫁が君
葺屋町の旦那
店立て騒動 計6話の短編連載

時の鐘
 時の鐘の音を聞き入るのが好きな、真面目一徹の大工・鉄五郎。そろそろ嫁取りを勧められる中、気になる相手は、若くして出戻りのおやすという娘だった。明け透けのない物言いに次第に引かれる鉄五郎は、おやすと身を固める決意をする。

 物語の要となっていく、鉄五郎とおやすの出会いに、時の鐘を絡めて、鉄五郎の人柄を現すなど、大きな盛り上がりこそないが、しっとりとした一編となっている。

みそはぎ
 老いた母・おまさの面倒を見ながら居酒見世の井筒屋で働くおすぎは、隣の店子の16も年の離れた喜助から、一方的に思いを寄せられ、いつの間にか所帯を持つと思い込まれてしまった。そんな折り、おすぎに良縁が舞い込むと逆上した喜助が暴挙に及び、寝たきりのおまさが、最期の力を振り絞りおすぎを守る。
 
 現代にも通じる老人介護問題を、身体の不自由な母親の面倒を見るため、婚期を逃した喜助と、そろそろ逃しつつあるおすぎの、両面から、介護の大変さ、親への思い、そして自分の将来への不安と幸せを求める姿を綴る。

青物茹でて、お魚焼いて
 亭主の茂吉が元吉原の女の元に居着き、長屋に戻らなくなった。おときは、居酒見世・井筒屋に働きに出るが、そこで上方から来ていた尾張屋の番頭・忠助から、一緒に上方に行こうと言われ、心が動く。だが、忠助からは、子どもは置いてくるようにと告げられ、2人の幼い子をそれぞれ奉公に出し、待ち合わせの場に走るも、忠助の本心を知り、目が覚める。

 寂しさから逃れたい。上方への思慕。そんな女心を随所に押し出し、母親として子を選ぶか、女の幸せを取るかを迫られる。
 思ってもいなかった忠助からの申し出に、舞い上がる中年女の様が、実に臨場感を持っている。が、「子どもを選んで」と進言したくなるのだ。
 結果、忠助の人となりが分かり、茂吉も元の鞘に収まる。目出たし目出たし。
 「見上げた空には鱗雲が繁っている。耐え難い夏は、ようやく終わったようだ」。の一文が物語る。

嫁が君
 おやすの宿に鼠が出た。どうにも苦手で不安なおやす。折り悪く、亭主の鉄五郎は、染井の現場に泊まり掛けの仕事である。不安と恐怖で眠れない中、長屋に越して来たばかりの駕籠舁き・六助とおひさ夫婦が親身になって手を貸してくれた。
 長屋では、六助が寄せ場帰りだと悪口を叩く者もいるが、おやすは困った時にこそ、損得抜きで親身になってくれたこの夫婦を有難いと思う。

 鼠に悩まされるといったそれだけの話である。鼠出現から退治までの過程に起きる、周りの人々の反応をおやすの視線で語り、人の本音や気質など、現代の近所付き合いと変わらない人の長短所が描かれる。

葺屋町の旦那
 芝居茶屋・福之屋の、妾の子から、本妻の死により、総領息子となった幸助だったが、先妻の娘たちとの跡目争いや、父親との確執から、家を出ておすがの元に身を寄せながら本材木町の魚市(新場)・魚新で働いている。
 迎えに来た父親に、これでもかと悪態を浴びせる幸助だったが、六助の執り成しに心を開き、福之屋へと戻ると、父親の商いを学ぼうと、若旦那修行に精を出すのだった。

 複雑な家庭環境の中で、己の進むべき道と親の子への無償の愛情を手繰り、幸助が成長する過程を描いている。

店立て騒動
 弥三郎店が米問屋・秋田屋から売り出され、町医者・石井道庵の地所になった。道庵はそこを病人部屋にするつもりで、弥三郎店の取り壊しに掛かり、店子たちは行き先を探しながらも名残惜しみ井戸さらいをする。
 大方の落ち着き先が決まった矢先、道庵が死去。その妻・藤江が地主となった弥三郎店は、藤江の意思により存続される。

 出会いと分かれ、その時去来するものとは。
 
 全話、冒頭出だしの季節感。そして締めのこれまた季節感ながらも、そこには一話を物語る深さを秘めた終わり方。宇江佐氏の持ち味である、美しい情景がたまらなく生きている。
 やはり長屋の庶民を描いたら、天下一。これ以上の臨場感はないくらいの江戸がそこに広がるのだ。
 宇江佐氏が得意とする切なさや、胸の詰まる話ではないのだが、現代に通じる題材を見事に江戸で再現する、宇江佐氏の筆が光る。お江戸日本橋に雲ひとつない青天が広がる。そんな物語であった。

主要登場人物
※日本橋本石町2丁目・弥三郎店(やさぐれ長屋)の店子たち
 治助...差配
 鉄五郎...手間取り大工
 おやす...鉄五郎の女房、本石町莨(たばこ)屋・旭屋の手伝い、神田・薬種屋の娘
 おすぎ...本銀町居酒見世・井筒屋の女中
 おまさ...おすぎの母親
 喜助...左官職人
 おまき...喜助の母親
 茂吉...日本橋上槇町・亀甲屋の簪職人
 おとき...茂吉の女房、本銀町居酒見世・井筒屋の女中
 朝太...茂吉・おときの長男(12歳)、浅草・質屋の丁稚
 作次...茂吉・おときの二男(8歳)
 おちよ...茂吉・おときの長女(5歳)
 おすが...隠居
 清三郎...おすがの息子、大伝馬町呉服屋・尾張屋の手代→番頭
 六助...大伝馬町駕籠屋・和泉屋の駕籠舁き
 おひさ...六助の女房、煮売り屋の手伝い
 梅蔵...青物の棒て振り
 おたま...梅蔵の女房
※日本橋本石町界隈の人々
 石井道庵...町医者
 石井藤江...道庵の妻
 井筒屋為五郎...本銀町居酒見世の主
 旭屋惣八...本石町・莨(たばこ)屋の主
 おかね...惣八の女房
 福之屋幸助...葺屋町・芝居茶屋の息子
 おりき...幸助の母親





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