2014年最初に読んだ本です。
一昨年辺りから海外SFを積極的に読みだしていますが、それまではほぼ中高生くらいで海外SF読書体験は止まっていました。
その頃は、今回実家から持ってきた本書「発狂した宇宙」「都市」「聖者の行進」と「夏への扉」「星を継ぐ者」「わたしはロボット」「鋼鉄都市」の評価が私の中では飛びぬけて高く何回も読み返していた記憶があります。
昨年は「わたしはロボット」「鋼鉄都市」を久々に読み返し当時の輝きが感じられなかったという悲しい思いをしたので若干怖いのですが、今年1発目は「発狂した宇宙」としました。
読むのは多分中学生のとき以来だからざっと30年ぶりくらい。
1949年発刊、指標にしている’12年ローカス誌オールタイムベストではベスト100に入っておらず340位です。
私は本作歴史的名作だと思うのですが、評価が低いなぁ。
「パラレルワールド」ものの定番となっている作品ですし。
‘06年SFマガジンでもベスト入りしていない…。
納得いかないですが…まぁしょうがないですね(笑)
内容(裏表紙記載)
第一次月ロケットの計画は失敗に終わった! 不運にも墜落地点にいたSF雑誌<サプライジング・ストーリーズ>の編集者キース・ウィンストンの遺体は、粉微塵に吹き飛ばされたのか、ついに発見されなかった。 ところが、彼は生きていた―――ただし、なんとも奇妙な世界に。 そこでは通貨にクレジット紙幣が使われ、身の丈7フィートもある月人が街路を闊歩し、そのうえ地球は、アルクトゥールス星と熾烈な宇宙戦争を繰り広げていたのだ! 多元宇宙ものの古典的名作であると同時に、“SF”の徹底したパロディとして、SFならでは味わえぬ痛快さと、奇想天外さに満ちた最高傑作!
何度も読んだので覚えているかと思っていたのですがさすが30年ぶり、細部はほとんど覚えていませんでした。
(大きな流れは覚えていましたが)
今回読了後のとりあえずの感想「ブラウンは奇才だ…。」
ストーリーそのものは陳腐といえば陳腐ですし、文章もうまいような下手なような微妙な感じもないではないのですが、発想とシニカルさが尋常ではない…。
なんとも唖然としながら、楽しく読める作品です。
人を食った形ですがハッピーエンドですし。
ディックとブラウンの作品の裏表紙内容紹介にはよく「奇才」と書かれてますが、私はディックは「天才」でブラウンは本当に「奇才」な人な気がしました。
いわゆるパラレルワールドものの古典的作品なのですが、徹底的「SF」をバカにした(愛はある??)世界を造形しています。
基本いわゆるスペースオペラを馬鹿にしているのですが、「なんでもあり」のハチャメチャな設定をSF的論理では批判できないように仕組んで書いておりハードSFも含めSFというジャンル全体を茶化しています。
一方でストーリーはブラウンらしく軽妙で楽しく、シニカルで素直に読んでいても楽しめるようになっています。
中高生頃は「楽しい作品」の方で評価していたと思うのですが、今回読み返してみてSFというジャンルへの茶化し方がなんともツボにはまりました。
例を挙げれば
○恒星間飛行発見
ミシン改良をしようとして偶然発見
それを知るのがH.G.ウェルズの「世界史概観」を読んで。
○月に空気があって「月人」がいる。
当時のSFでもさすがに月には空気はないだろうというのが主流だったようです。
当然火星人も金星人もガニメデ人もいる。
○元の世界で主人公が編集していた「宇宙の驚異」誌はこの世界では冒険小説。
SF雑誌は他にあり、タイムマシンものなどを掲載している。
○この世界のヒーロー「ドペル」
超絶的頭脳の科学者にして、高い身体能力、素晴らしい容姿、司令官としての能力を持つ人物。
17歳にしてハーヴァード大で設けている全ての講座を残らずとり優を取り、フットボール部の主将として活躍、余暇に冒険小説を書いてたちまちベストセラーという人物。
23歳で全太平洋宇宙艦隊の司令長官。
作中主人公キースはドペルを評して
「あまりにも完璧、あまりにも空想的で、実在人物にはとてもなりがたい。大衆雑誌に登場する人物としてさえ不相応なのだ。正常なこころをもつ編集者なら、こんな現実離れした登場人物をあつかった作品を採用するはずない。漫画本の編集者はいざ知らず・・・・」
と言っています。(笑)
確かにライトノベルでもここまでの人物は出てこないし、出てくるのは幼児向け漫画くらいかなぁ、「出木杉くん」でもここまでではないですが…。
こんな世界でも人物でも「あり」なところがこの作品宇宙の「発狂」しているところですね、しかもこんな宇宙でもSF的論理ではまったく破綻していない。(笑)
いやー馬鹿にしている。
他、宇宙連邦警察を向こうに回しピストルを奪う場面、ベティの服装などにやりとりなど思わず「ニヤリ」とする場面多数でした。
昔はこの辺の楽しさわかっていませんでした。
いやーこどもだったんだですねぇ。
あとこの作品で記憶に残っていたのは「霧」の場面でしたがこれも期待通り印象的でした。
ブラウンといえば短編の名手といわれていますが、本作は短編より伸び伸びと余裕たっぷり書かれているように感じました。
もしかしたら長編の方が向いていたのかも知れませんね。
この作品が処女長編らしいですが素晴らしい出来です。
読みながら「誰が解説を書いていたんだっけなぁ?」と気になっていたのですが、楽しみに読了まで見ないで置いたら....。
解説は「筒井康隆」でした。
まさに適任、いいこと書いていました。
確かに「筒井康隆のパロディ精神も本作のブラウンほどではないかもしれないなぁ」などと感慨にふけってしまいました。
(筒井康隆が本作についてasahi.comに書いているのも見つけました。ほぼ本解説と同様)
他ネットで見ていたらwikipediaでは本作について
フィリップ・K・ディックは後にこれをモデルとして、独自の現実と虚構が交錯する小説を生み出した。
などと書かれていました。
本当か嘘かは「?」ですがなるほどねーです。
福島正実氏が、SF入門的な本で本作と「夏への扉」をパラレルワールドとタイムマシンもの作品の例として紹介していて、「タイムトラベルで歴史を改変するということはある意味パラレルワールドに移行したともいえる」的なことを書いていた記憶があります。
そういわれてみると「夏への扉」も基本構造が本作とよく似ています。
タイムマシンもパラレルワールドも何でもありではありますが、それだけに逆に構造が似てくるのかもしれませんね。
しかし書けば書くほどスゴイ作品だと思うのですが、これほどの傑作が新品で手に入らないのは残念です。
SFへの入口ににこれほど最適な作品はないと思うのですが。
パラレルでなくボーゲン(?)という方も、スペースオペラ上等!という方も。
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一昨年辺りから海外SFを積極的に読みだしていますが、それまではほぼ中高生くらいで海外SF読書体験は止まっていました。
その頃は、今回実家から持ってきた本書「発狂した宇宙」「都市」「聖者の行進」と「夏への扉」「星を継ぐ者」「わたしはロボット」「鋼鉄都市」の評価が私の中では飛びぬけて高く何回も読み返していた記憶があります。
昨年は「わたしはロボット」「鋼鉄都市」を久々に読み返し当時の輝きが感じられなかったという悲しい思いをしたので若干怖いのですが、今年1発目は「発狂した宇宙」としました。
読むのは多分中学生のとき以来だからざっと30年ぶりくらい。
1949年発刊、指標にしている’12年ローカス誌オールタイムベストではベスト100に入っておらず340位です。
私は本作歴史的名作だと思うのですが、評価が低いなぁ。
「パラレルワールド」ものの定番となっている作品ですし。
‘06年SFマガジンでもベスト入りしていない…。
納得いかないですが…まぁしょうがないですね(笑)
内容(裏表紙記載)
第一次月ロケットの計画は失敗に終わった! 不運にも墜落地点にいたSF雑誌<サプライジング・ストーリーズ>の編集者キース・ウィンストンの遺体は、粉微塵に吹き飛ばされたのか、ついに発見されなかった。 ところが、彼は生きていた―――ただし、なんとも奇妙な世界に。 そこでは通貨にクレジット紙幣が使われ、身の丈7フィートもある月人が街路を闊歩し、そのうえ地球は、アルクトゥールス星と熾烈な宇宙戦争を繰り広げていたのだ! 多元宇宙ものの古典的名作であると同時に、“SF”の徹底したパロディとして、SFならでは味わえぬ痛快さと、奇想天外さに満ちた最高傑作!
何度も読んだので覚えているかと思っていたのですがさすが30年ぶり、細部はほとんど覚えていませんでした。
(大きな流れは覚えていましたが)
今回読了後のとりあえずの感想「ブラウンは奇才だ…。」
ストーリーそのものは陳腐といえば陳腐ですし、文章もうまいような下手なような微妙な感じもないではないのですが、発想とシニカルさが尋常ではない…。
なんとも唖然としながら、楽しく読める作品です。
人を食った形ですがハッピーエンドですし。
ディックとブラウンの作品の裏表紙内容紹介にはよく「奇才」と書かれてますが、私はディックは「天才」でブラウンは本当に「奇才」な人な気がしました。
いわゆるパラレルワールドものの古典的作品なのですが、徹底的「SF」をバカにした(愛はある??)世界を造形しています。
基本いわゆるスペースオペラを馬鹿にしているのですが、「なんでもあり」のハチャメチャな設定をSF的論理では批判できないように仕組んで書いておりハードSFも含めSFというジャンル全体を茶化しています。
一方でストーリーはブラウンらしく軽妙で楽しく、シニカルで素直に読んでいても楽しめるようになっています。
中高生頃は「楽しい作品」の方で評価していたと思うのですが、今回読み返してみてSFというジャンルへの茶化し方がなんともツボにはまりました。
例を挙げれば
○恒星間飛行発見
ミシン改良をしようとして偶然発見
それを知るのがH.G.ウェルズの「世界史概観」を読んで。
○月に空気があって「月人」がいる。
当時のSFでもさすがに月には空気はないだろうというのが主流だったようです。
当然火星人も金星人もガニメデ人もいる。
○元の世界で主人公が編集していた「宇宙の驚異」誌はこの世界では冒険小説。
SF雑誌は他にあり、タイムマシンものなどを掲載している。
○この世界のヒーロー「ドペル」
超絶的頭脳の科学者にして、高い身体能力、素晴らしい容姿、司令官としての能力を持つ人物。
17歳にしてハーヴァード大で設けている全ての講座を残らずとり優を取り、フットボール部の主将として活躍、余暇に冒険小説を書いてたちまちベストセラーという人物。
23歳で全太平洋宇宙艦隊の司令長官。
作中主人公キースはドペルを評して
「あまりにも完璧、あまりにも空想的で、実在人物にはとてもなりがたい。大衆雑誌に登場する人物としてさえ不相応なのだ。正常なこころをもつ編集者なら、こんな現実離れした登場人物をあつかった作品を採用するはずない。漫画本の編集者はいざ知らず・・・・」
と言っています。(笑)
確かにライトノベルでもここまでの人物は出てこないし、出てくるのは幼児向け漫画くらいかなぁ、「出木杉くん」でもここまでではないですが…。
こんな世界でも人物でも「あり」なところがこの作品宇宙の「発狂」しているところですね、しかもこんな宇宙でもSF的論理ではまったく破綻していない。(笑)
いやー馬鹿にしている。
他、宇宙連邦警察を向こうに回しピストルを奪う場面、ベティの服装などにやりとりなど思わず「ニヤリ」とする場面多数でした。
昔はこの辺の楽しさわかっていませんでした。
いやーこどもだったんだですねぇ。
あとこの作品で記憶に残っていたのは「霧」の場面でしたがこれも期待通り印象的でした。
ブラウンといえば短編の名手といわれていますが、本作は短編より伸び伸びと余裕たっぷり書かれているように感じました。
もしかしたら長編の方が向いていたのかも知れませんね。
この作品が処女長編らしいですが素晴らしい出来です。
読みながら「誰が解説を書いていたんだっけなぁ?」と気になっていたのですが、楽しみに読了まで見ないで置いたら....。
解説は「筒井康隆」でした。
まさに適任、いいこと書いていました。
確かに「筒井康隆のパロディ精神も本作のブラウンほどではないかもしれないなぁ」などと感慨にふけってしまいました。
(筒井康隆が本作についてasahi.comに書いているのも見つけました。ほぼ本解説と同様)
他ネットで見ていたらwikipediaでは本作について
フィリップ・K・ディックは後にこれをモデルとして、独自の現実と虚構が交錯する小説を生み出した。
などと書かれていました。
本当か嘘かは「?」ですがなるほどねーです。
福島正実氏が、SF入門的な本で本作と「夏への扉」をパラレルワールドとタイムマシンもの作品の例として紹介していて、「タイムトラベルで歴史を改変するということはある意味パラレルワールドに移行したともいえる」的なことを書いていた記憶があります。
そういわれてみると「夏への扉」も基本構造が本作とよく似ています。
タイムマシンもパラレルワールドも何でもありではありますが、それだけに逆に構造が似てくるのかもしれませんね。
しかし書けば書くほどスゴイ作品だと思うのですが、これほどの傑作が新品で手に入らないのは残念です。
SFへの入口ににこれほど最適な作品はないと思うのですが。
パラレルでなくボーゲン(?)という方も、スペースオペラ上等!という方も。
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