しろくま日記

読んだ本の感想を記録してみたいと思います。
なんだか忘れてしまうので。

続明暗 水村美苗著 新潮文庫

2016-08-21 | 日本小説
本書は「明暗」を3年前に読んだあとブックオで見かけて入手済みで「いつかは読まなきゃなぁ」と思っていました。
今回なんとな~く読みたくなり手に取りました。

写真の新潮文庫版は現在絶版のようですがちくま文庫では入手可能なようです。

「明暗」の続きを書こうなどという人はどんな人なのだろうと思ったのですが著者の水村氏は12歳で渡米した人なんですね。
アメリカの大学で近代日本文学を教える傍ら本作を書いたようです。

「あとがき」で「漱石に比べられるべきもないが、外地より漱石を望み見た人として云々」というようなことが書いてありましたが外地から見た方が漱石の偉大さが素直に見えてくるのかもしれませんね。

「続明暗」出版が1990年、著者39才、早いような遅いような…。
本書で芸術選奨新人賞を受賞、多作ではないようですがその後も実験的な作品を発表しすべての単著がなにかしら「賞」を取っているようです。
「すごい」ですが「なんだかな」という気もしますね。

内容紹介(裏表紙記載)
漱石の死とともに未完に終わった『明暗』―津田が、新妻のお延をいつわり、かつての恋人清子に会おうと温泉へと旅立った所で絶筆となった。東京に残されたお延、温泉場で再会した津田と清子はいったいどうなるのか。日本近代文学の最高峰が、今ここに完結を迎える。漱石の文体そのままで綴られて話題をよび、すでに古典となった作品。芸術選奨新人賞受賞。


読後の感想ですが「明暗」読んでそこそこ面白いと感じた人であれば、まぁ楽しめる作品かと思います。
面白くて4日くらいで読了してしまいました。
(1日読書に充てれば1日で読めるでしょう)

かなり丁寧に未完の「明暗」の最終部分から話をつなぎ、解釈もつじつま合わせて話を進めていきてなんとか「完結」させています。
「清子の心変わり」の原因やら吉川夫人の「いじわるな行動」にいたる性格描写やら、伏線をうまくつないでいて正直「うまいなぁ」と感心しました。

清子と津田にからむ、温泉宿の中年夫婦(もしくは不倫カップル)や温泉宿での清子と津田のかけあいも秀逸でした。

ただしこれはこれで労作とは思いますが、本人も書いているようにあくまで「似て否なもの」で漱石の「明暗」の全体をつつむなんとも救いのない重苦しさまでは表現できていないとは思いました。

オリジナルの「明暗」では延子の内面もかなりどろどろしていたように感じられましたが、本書では津田の「どうしようもなさ」の被害者として描かれているように感じられ、「善玉」にはなりましたがその分印象が薄くなったような...。

一見女性に優しいようですが、教育を受けた男子である津田の自我に巻き込まれず「自分」を持ち暗部に落ち込んでいく「強い」延子に対し、男性側や吉川夫人の策謀に他動的にに翻弄される「弱い」延子像になっているのではないでしょうか。

津田も自分のプライドと弱い感情との間のどうしようもないギャップに救いようもなく落ち込んでいくという感じでなく、「弱さ」で周りを不幸にしていく単純な悪者…というか「迷惑な人」に矮小化されているように感じました。

津田に影を落としていた小林も終盤で温泉宿まで駆けつけて狂言回しをするいい人になってしまっている….。

漱石が生きていたらどう完成させていたかはわかりませんが、津田も延子も自分の強烈な自我を譲らずもっと泥沼化していたのでないでしょうか?
小林もなんの救いも与えず、どうにもならないところまで二人を追い込み、清子は救いになっていたのか破壊者となっていたのか…。

あくまで仮定の話でありますが未完のまま漱石が逝ってしまったのが悔やまれますねぇ。

ということで本作、ストーリーや文体は「明暗」をなぞっていますが日本には珍しいドストエフスキー的に「人間」のつよい「自我」とその「情念」から生まれる事態を描こうとしていたと思われる漱石の「明暗」と本質的なところで違って日本的な小説世界におさまってる気がします。

海外経験豊富な水村氏が書いて日本的に収まるというのが面白いところですが(笑)まぁ文学賞を器用に獲得する才女であっても漱石を超えるのはなかなか難しいんでしょうね。

ちょっとけなしたようになりましたが、「続 明暗」を書こうという意気はすばらしく、面白い作品ではありました。

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虚無への供物 中井英夫著 講談社文庫

2016-08-10 | 日本ミステリ
いずれは再読しなきゃと思っていた作品で、これまた本棚で目が合い(笑)手に取りました。

私が中学生時代(35年くらい前)から日本ミステリーの伝説的な作品となっていましたが、近年でも人気なようで'12年週刊文春東西ミステリーベストでは日本ミステリーとしてなんと2位にランクインしていました。
もはや神格化されている作品ですねぇ...。

1964年刊ですが、原案は1954年の洞爺丸転覆事故辺りに得ているようで、作品舞台もその後の1955年辺りになっています。

小栗虫太郎「黒死館殺人事件」夢野久作「ドグラ・マグラ」と並ぶ日本推理小説 三大奇書としても有名です。
「黒死館殺人事件」は未読なのでいずれと思っているのですがいろんな意味で難物な作品のようなので手が出にくいです…。
「ドグラ・マグラ」は同じ文春のベストで4位になっております。
推理小説というより幻想小説の名作で、小説としては「虚無への供物」より上の日本小説誌に残る名作であると思っています。

さて本書、初読は中学生頃、当時乱歩賞を受賞した「写楽殺人事件」を読んで面白くて江戸川乱歩賞受賞作品をできるだけ読もうとしていた時期があり、その流れで幻の乱歩賞受賞作品(2章までで応募していた)としても名高い本書を読んだ記憶があります。

今回読んだ本もその頃から持っているものですが、当時古本屋で入手したものなので古いです…。

何回となく繰り返し読んだ記憶があるのでかなり好きな作品だったのだと思います。

内容紹介(裏表紙記載)
戦後の推理小説ベスト3に数えられ、闇の世界にひときわ孤高な光芒を放ち屹立する巨篇ついにその姿を現す!
井戸の底に潜む三人の兄弟。薔薇と不動と犯罪の神秘な妖かしに彩られた四つの密室殺人は、魂を震撼させる終章の悲劇の完成とともに。漆黒の翼に読者を乗せ、めくるめく反世界へと飛翔する。

細かいトリックは覚えていませんでしたが、さすがに何回も読んだ作品なので内容は結構覚えていました。
2章までで乱歩賞に応募され、江戸川乱歩先生が完成作と勘違いしていたというだけあって「2章で終わった方がまとまりがよかったかもしれない」などと「伝説的作品」に対して不謹慎なことを思いながら、ほぼ30年ぶりの再読をしました。

2章までの推理小説のパロディ的素人探偵4人の推理合戦や目黒、目白、目青、目黄、目赤 五色の不動尊を「謎」として使うところ、麻雀をつかった犯人探索など楽しく読めました。
2章終わりで藤木田老の謎めいた示唆や、なんともしゃっきりしないところもまぁこれはこれで終わりとしてありな気がします。

対して後半は全体的に間延びしていたように感じました。
特にアパートで死んだ(殺された?)鴻巣玄次の事件のなんとも中途半端な扱いは最後まで読んでもはぐらかされたようでどうにも納得できませんでした。(30年前も同じ感想もったことを思い出した。)

名探偵役にあたる牟礼田が書いた作中作としての「解決編」もはぐらかしている感満載なので基本後半は読者の推理小説的期待を徹底的にはぐらかすことに主題があったのかもしれませんが…。(この辺は前半も共通なのかもしれない)

思わせぶりに謎的なものを提示しながらもはぐらかし、しゃっきりしない結論で読者を含む「推理小説」的世界に喧嘩を売るラストなどは当時としては斬新だったのでしょうが、今の読者から見たらそれほど目新しさはないような気もします。

おどろおどろしい内容紹介や三大奇書という言葉に騙されますが、基本的には推理小説の枠組みを使って少しいじっただけで、全体的構造としてはそれほど突飛な作品ではないかと思います。

戦後急速に復興していき変容しつつある1955年辺りの社会の雰因気・空気感や独特なおどろどろしさと実験性をもった時代を代表する作品ではあり、忘れ去られるのは惜しい作品だとは思いますが本作がいまだに日本ミステリーの2位にランクインしているのはどうなんでしょうかねぇ。

私個人としては今回読み返して本作を読んでいた中高生時代に感じたことやなにやかやを思い返したり「当時は今と違い戦後も近かったよなぁ…」などと感慨にふけったりしたりで楽しめたのは事実ですが、その分客観的に評価できていないところもあるかもしれません。

意外と今の若い読者が読んだら新鮮なのかもしれませんね。

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アマノン国往還記 倉橋由美子著 新潮文庫

2016-08-06 | 日本小説
倉橋由美子のSF(的)作品です。

1986年発刊、1987年泉鏡花賞を受賞(wikipediaによるとマンボウ賞も受賞しているようで…こちらの方がより気になりますが…)しています。

倉橋由美子の作品は先日「聖少女」を読んだのみなのですが、私の中で「いつかは読もう」という作家の位置づけで、古本屋で著作を見かけるたびに購入しています。
本書も10年位前に購入してそのままになっていました。

ふっと気が向き読んでみました。。

内容紹介(裏表紙記載)
モノカミ教団が支配する世界から、幻の国アマノンに布教のため派遣された宣教師団。バリヤの突破に成功した唯一の宣教師Pを待っていたのは、一切の思想や観念を受け容れない女性国だった。男を排除し生殖は人工受精によって行われるこの国に〈男〉と〈女〉を復活させるべく、Pは「オッス革命」の遂行に奮闘するが……。究極の女性化社会で繰広げられる、性と宗教と革命の大冒険


上記の内容紹介「オッス革命」のところがなにやら大江健三郎チックですが、読んだ印象はひたすら「エロ」で、そんなに難しい話ではありません….多分。

未来(と思われる)モノカミ教団が独裁的に支配する地球上の世界で、異色で謎の存在で不可思議なバリアで保護された鎖国状態となっていて、ほぼ女性で構成されているアマノン国に往還した宣教師Pの物語です。
往還記とはなっていますが本当に往ったのか…還ってきたかも最終期には怪しいような気はします…。

アマノン国、80年代の日本的社会を風刺している風でもあり天皇制やら宗教、マスコミ、政治等々当時の日本の社会を批判している部分もあるのでしょうが…そこはそんなに鋭い批判という感じでなく、まぁ「滑稽だねー」くらいなイメージです。

女性が支配する世界では宗教やら政治が「理念」的な面が薄れよりあけすけかつ実利的にになっているという見方は面白かったです。
お寺のお坊さんはわかりやすくお金のためだけに動いています。
そんな世界でもビッグマザー的存在の黒幕エイコス(田中角栄をイメージ?)はそれなりに理念的に動いていた感じもあるので「社会を支配するにはある程度理念的なものが必要」というメッセージもあったのかなぁとも思います。

対するPは「モノカミ教普及」というかアマノン国支配のため「オッス革命」=「アマノン国の女性とセックスしまくる」ことに注力し、アマノン国の政界の有力者や有名人とひたすらセックスしまくるテレビ番組「モノパラ」を企画し大当たりさせます。

書いていて恥ずかしくなるくらいあけすけですが….。

冷静に考えれば「そんなもので支配できるのか?」という話なのですが、本書の中ではPのその方面の非凡な才能の力により見事にその戦略が成功するようになっています、いやはや….。
著者の写真見ると真面目そうな風貌なのでこんな話を書くようには見えないのですが….意外ですね。

まぁ性描写はそれなりに巧みでよくも悪くもエロ小説として読ませています。
純愛の対象として、ティーンエイジャーの秘書(本書では「セクレ」なる呼び名)ヒメコを最後まで精神的な対象と残しておいたりするじらし方もまた巧みです….。

その他なんとも不気味な存在の不死人=イモタル人や天皇的存在=エンペラを描いた部分が不可思議感でていましたがなんだかそこだけ描写が浮いていた感じはしました。

ラストも唐突かつ力技過ぎるような…。
ギリギリ夢オチではないんでしょうが肩すかしされた感じはあります。

まぁ読み物として読んでいて面白い話ではあり、骨太で個別のエピソードは印象に残っています。
終盤のボスキャラとの相撲の場面などもなかなか迫力ありますが….。
ただ全体としてみると何ともまとまりないような気もしますし、何やら肩すかし感はありました。

「聖少女」の緊張感あふれる印象と大分異なります。
単なる失敗作なのか純文学者が娯楽小説を書くとこんな感じになるのでしょうかねぇ。

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