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第574回 文豪たちの「言い訳」集

2024-05-03 | エッセイ
 文豪といわれる人たちも、やむを得ざる事情で、「言い訳」を書くことがあるようです。「すごい言い訳!」(中川越 新潮文庫)には、それらの方々の言い訳も集められています。どう文才を発揮されているのか、ちょっぴり好奇心まじりで、覗いてみました。なお、<   >内は、同書からの「言い訳部分」の引用です。
★宮沢賢治★
 宮沢賢治といえば、清貧にして、高潔な人格者とのイメージがあります。お馴染みの画像です。

 でも、実家は岩手花巻で大成功を収めた商家でした。30歳の賢治は、チェロ、タイプライター、エスペラント語を学ぶため東京にいました。そして、本来、自立していいはずの賢治は、その遊学費用を一切父親に頼っていたのです。お金の支援を求める手紙では、東京での奮闘ぶりを伝えた上で、<今度の費用も非常でまことにお申し訳ありませんが、前にお目にかけた予算のような次第で、殊(こと)にこちらへ来てから案外なかかりもありました。・・・第一に靴が来る途中から泥がはいっていまして、修繕にやるうちどうせあとで要(い)るし、廉(やす)いと思って新しいのを買ってしまったり、ふだん着もまたその通りせなかがあちこちほころびて新しいのを買いました。>「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」の質実で抑制的で、物欲とは無縁・・・・のはずが、違う顔を見せています。賢治ファンにはちょっとショックかも。
★高村光太郎★
 昭和22年、菊池正という詩人から、詩集の序を頼まれた時、光太郎は、こんな説明をして断りました。作品は評価した上で、<ところで、序文という事をもう一度考えましょう。なんだか蛇足のように思えます。小生は昔から序文をあまりつけません。「道程」の時も書きませんでした。他の人の序文は一度ももらいません。貴下も自序を書かれたらどうでしょう。・・・>
 独自の「序」不要論です。ところが、その3年前に、菊池の詩集「北方詩集」に序を書いていました。また、他の詩人にもいくつも序を書いています。大上段に不要論を説いていますが、単にその時は面倒だっただけかな、と想像したくなります。
★坂口安吾★
 D・H・ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」(伊藤整訳 小山書店)が、猥褻物頒布罪で、東京地検から起訴されたのは、昭和25年のことです。多くの作家、評論家が伊藤と小山書店を支援する中、坂口安吾も協力を惜しみませんでした。しかしながら、安吾は、東京地裁からの証人召喚状を受けた時、急迫する原稿の〆切を理由に、拒絶しました。<小生、・・・目下至急執筆中・・・まったく寸刻のヒマもありません。召喚状の文中、応ぜない時は過料に処せられ且(かつ)勾引せられる、とありますが、・・・それに従わざる時は法律上の制裁をもって脅迫されても、私情やむを得なければ仕方がありません。>
 公権力に対して、私的な事情で対抗する・・・・戦後無頼派の面目躍如です。

★森鴎外★
 明治の医学界、文学界に君臨した巨人にして、その唯一といっていい弱点が「悪筆」でした。明治34年、鴎外34歳の時、新進の歌人・金子薫園から頼まれた揮毫を断っています。金子の作品への敬意を表した上で、<小生大の悪筆にて、かようのものに一字たりとも筆を染めしことなく、今又当惑いたし居候(おりそうろう)。地方人に責められしときは、大抵友人に代筆せしめし事にて候。>と断っています。鴎外直筆の手紙を見た本書の著者も「達筆には程遠い筆跡で、味わい深いヘタウマ文字ともいえない感じです」と評していますから、そうなのかも。
★尾崎紅葉★
 贈り物の礼状を上手に書くのは難しいものです。知人から朝鮮飴を贈られた紅葉は、それが美味しかったこと、謝意などを縷々(るる)述べた上で、<是は決してあとねだりの寓意あるにあらず。美味に対するお礼とも申す可きかお蔭にて久しぶりにてうまき物腹に入り申候>と書いています。「あとねだりの寓意」とあるのは、飴をまたねだりたい気持ちをほのめかすものではない、との意を伝えたかったのでしょう。でも、これだけお礼を言われた方は、かえってまた贈らねば、と感じ、双方が気遣いの無限ループに入ってしまいそうです。
★夏目漱石★
 明治39年、39歳の漱石は、東京帝大の先輩、菅虎雄に100円(現在の100万円くらい)の借金がありました。その必要性を、彼への手紙で、<僕のうちでは又去年の暮れに赤ん坊が生まれた。又女だ。僕の家は女子専門である。四人の女子が次へ次へと嫁入る事を考えるとゾーッとするね。>とだいぶ先のことを言い訳にしています。その上で<君に返す金は矢張り(毎月)十円宛(ずつ)にして居る。今年中位で済むだろう>と、借りた方が、返済計画を決める勝手ぶり。大文豪漱石も、こと借金となると、なりふり構わぬ調子が微笑みを誘います。

 いかがでしたか?私には、文豪の皆さんが少し身近になった気がします。それでは次回をお楽しみに。
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