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第437回 古書マニアの面白苦労話

2021-09-03 | エッセイ

 安く読めればいいので、私が利用するのはもっぱらチェーン系の新古書店。でも、本格的に古書の収集や探索に情熱を燃やすマニアの人たちの苦労話を読むのは結構好きです。

 若い頃、「子供より古書が大事と思いたい」(鹿島茂 青土社 1996年)という本をタイトルに引かれて面白く読んだのが著者との出会いです。フランス文学が専門ですが、19世紀のフランス語の古書で、豪華な装丁の挿絵本を主なターゲットに収集に励んでおられます。

 当時のことですから、現地の古書店から送られてくるカタログの情報だけで本の状態、装幀、内容などを判断しなければいけません。また、セリだといくらで応札するかも悩みどころで、読んでるだけでハラハラ、ドキドキさせられました。
 そして、お金の工面です。モノによっては百万円を超えるものも珍しくありません。大学(当時は共立女子大教授)からの実入りは限られる中、「3度の食事を減らしてなんとか」「家を担保に銀行融資でも」(同書から)など、古書にかける情熱と苦闘ぶりを楽しく読んだものです。

 先日、氏の「それでも古書を買いました」(2003年 白水社)が古書店で目にとまりました。相変わらず古書熱は続いているようです。同書から、フランスの古書の面白苦労エピソードをいくつかご紹介します。

<家具を売る古書店>
 豪華な革装丁の本だけを扱う古書店はいくつもあります。例えば、こんな本でしょうか。

 その手の店のひとつに氏が入ってみると、確かに豪華な本が並んでいるのですが、どうも変な感じがするというのです。全70巻もので、普通は1万フラン(25万円)から4万フラン(100万円)はする全集に、なんと、500フラン(1万2500円)という値札が付いています。よくよく見ると全巻揃ではなく、巻数がばらばらの39冊売りです。
 で、氏が店内を見て回ると、豪華な革装丁の全集もので、巻数がばらばらというのがあちこちに並んでいます。

 そこで、氏はハタと気づくのです。ああ、ここは、家のリビング、書斎などを飾る「家具」としての古書を売る店だと。そういえば、日本でも百科事典が、調度家具として、ブームになったことがありました。立派な本を調度としてして「見栄で」利用するのは洋の東西を問わないようです。

<献辞本をめぐって>
 本の著者が、その本を贈ったり、買ってくれた人に、その人の名前と自分のサインをするのが「献辞」です。両方が有名人であれば古書としての付加価値が付くこともあるようです。

 さて、滞仏中に、氏が長らく探していたパリの古い写真集が300フラン(約7500円)で見つかりました。いざお金を払う段になって、本の扉を見た店主は献辞本であることに気づき、「こんな値段じゃ売れない」と言い出します。

「誰あての献辞か」と尋ねられた店主が調べると、なんと店主本人あて!
「売りなさいよ。有名人じゃないことが分かったんだから」と詰め寄る氏に「いや、これは非売品だ」と突っ張る店主。結局、売ってもらえませんでした。随分悔しかったのでしょうね。「この店、代替わりしてしまって、いまは別の古書店になっている。」(同書から)と精一杯のイヤ味で締めくくっているのが笑えました。

<ズルい仕組み>
 勝負どころでは、現地フランスでのオークションに参加することがあります。氏をそこまで熱くさせたのは、18世紀から19世紀初頭にかけて流行したファッション・アルバムと呼ばれる服飾関係の挿絵本です。当時最高と言われた画家の肉筆画付きですから世界に1点しかありません。

 オークション業者の落札予想価格は15万フラン(375万円)から20万フラン(500万円)という途方もないもの。でも、乗りかかった船。家、土地を抵当に入れて、銀行融資を引き出せると腹をくくって、いざパリへ。
 14万フランと低めで始まったセリは、氏が18万を提示した瞬間にハンマーが打ち下ろされ、予定より2万フランも安く落札できたのです。ところが、ここでとんでもないことが起こりました。

 1人の中年の女性が「ビブリオテック・ナシオナル(国立図書館)!」と叫んだのです。そうすると競売吏は「18万フランでビブリオテック・ナシオナルに決定」と宣言しました。
 訳がわからず呆然とする氏に、知り合いの古書店主が小声で教えてくれました。国家的な財産を守るため、どんな本でも国立機関が優先権を主張すれば、その落札価格でその機関のものになる、と法律で決まっているというのです。
 またまた悔しい思いを噛み締めた鹿島氏に同情しつつも、自国の文化に大いなる誇りを抱くフランスならではルールであるな、と納得しました。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。


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