昨年末のクリスマスに、ミケ嬢にいただいたDVDです。私が「ヨーロッパではスペインが一番好き~~」と言ってたのを覚えててくれて、プレゼントしてくれたんですよね。えへへ♪ それを二回目の鑑賞。
さてさて。スペインの悲しい女王、 “狂女ファナ”のお話をご存じでしょうか?
≪狂女ファナ≫ (1479~1555年/76歳)
ヨーロッパのルネッサンスの時代、大航海時代の始まった頃。
母はイザベラ女王、カスティーリャの女王としてスペインからイスラム王国を駆逐してレコンキスタ(国土回復)を完成し、またコロンブスを支援して新大陸を手に入れた女傑。父はフェルディナンド王、アラゴン王としてフランスと何度も戦ったので“戦争王”と呼ばれた。
二人の末娘であったファナは、政略結婚で神聖ローマ帝国の王子フェリペに嫁がされた。相手のフェリペ美公がとんでもないハンサムさんだったので、純情な彼女は一目惚れ。ところが、彼女がのぼせあがるほどに浮気な夫は彼女に飽き、彼女を邪険に扱うようになる。やがて愛に狂った彼女は精神を病んだ。若くして彼女は周囲のお荷物となる。
ところが、ファナの兄姉たちがすべて急死し(ファナ23歳のとき)、母王も死に(ファナ25歳のとき)、夫も死んだ(ファナ27歳のとき)ので、スペインの王位が彼女のものとなってしまった。
狂女なのに、彼女はすぐれた子供たちに恵まれた。愛する長男カルロスが(←のちに彼は“欧州の覇王”と呼ばれる)、親孝行のつもりで「ママの代わりにボクがスペインを統治するよ!」と言うのに、狂った彼女は「ノー!」と言い続け、とうとう退位しなかった。こうして、統治能力のない狂人が50年も王位にありつづけ、しかし堅牢な要塞の中に幽閉され、やがて臣民たちからも忘れ去られていく、、、 という不思議な状態が誕生してしまったのでした。実際にはファナには統治能力がなかったので、息子のカルロスが摂政として母の共同統治者となり、実質的にスペイン及び神聖ローマ帝国及びネーデルラントを支配します。この時代に、新大陸の広い領域がスペインの物となり、スペインは“太陽の沈まぬ帝国”と呼ばれるようになるのでした。
私はスペインという国(の歴史)がことのほか好きだった。光りきらめくヨーロッパ大陸の諸国の中で、いちばんのはずれにあるスペインは、とても寂しく風が吹き抜ける風景の中で苦難の歴史を歩んでいたのに、その長い歴史の中で一回だけ、まばゆく輝く光を放ち、やがて消え、そして、今は料理がおいしくて情熱的な人々が住む。
そんな眩惑的なスペインの、一番煌めいていた時代の、一番ロマンティックな愛の物語がこのファナの物語なのですから、観る前から私の心がウキウキと躍り出さずにいられましょうか。
この映画を観る上でのポイントは、いくつかあったと思うです。
①ファナは本当に狂っていたのか?
②太陽帝国スペインはどれほど輝かしい様子だったか?
③この時期の歴史上の有名人物はどれだけ出てくるか?
④狂ってすべてを失ったファナの生涯を、悲しく描くかハッピーエンドで締めるか?
≪浮気男、美王フェリペ≫
観た結果。 この映画で一番印象的だったのは、夫である“美公”フェリペであったと思います。ファナの心の中を得体知れなく深く描くために、それに対する夫の様子も、とても丁寧に描かれていた。
彼が浮気ばっかりしていたからファナが果て知れぬ狂気の淵に落ち入っていったという話なのに、映画では、むしろ妻をとても普通に愛していたように思います。愛の世界では、ペアの一方がたくさん水を注いだら、もう一方はそれを受け入れられる限り静かに受け入れるものなのだ。もちろん美公はファナと出会う前からモテモテで、ちょっとは浮気性でしたでしょうが、妻の注ぐ愛があまりに激しく嫉妬プリプリで量が凄すぎたので、安らぎを求めて浮気に走らざるを得なかった気がするなー。(もちろん浮気はいけないことですし、ましてや繰り返してはいけません)
夫の方も妻に対する愛は感じているし、やましい気持ちは自分の中にあるし、妻の方が立場は高いし、なので結局その都度、妻の言うムチャに付き合って自分を押さえなければならなくなる。結果、ストレスがたまって別の恋愛に走る。妻はますますエキセントリックになる…… 浮気はいけませんが、こんな状況の中でフェリペ美王は頑張って素敵に振る舞っていたと思うよ。自分は浮気をするような人間は許さない性格なのに関わらず、映画を観ていて浮気をするフェリペに同情してきてしまうのが、とても不思議な感じだったです。
実際、彼がこんなに聞き分けの良い気の良いハンサムならば、彼女が気が狂う必要は無かったと思います。なんで気が狂ったんだろう。(本当に狂っていたの?) むしろ、気が狂うべきだったのは、美公であるべきだったと思う。
妻は、夫がすねようとするたびに夫を脅します。 「私がいるからあなたは王なのよ」「私の方が身分が高いのよ」と。
でも、そんな夫のフェリペだって、神聖ローマ帝国の皇子なんですよね。皇帝マクシミリアンの嫡男なんです。美公が司令官だったネーデルラントはスペインより人口は多いし、歴史あり文化の香り高いブルゴーニュ公国の公王なんです。でも彼は妻に対して自分の力をひけらかしたりしません。ただ従順に妻の言うことを聞こうとし、自分もカスティーリャの王たろうとするのです。なんでなのかな? ドイツの方が貧乏だったからかな。
ま、ともかく、賢明(?)な夫フェリペがエキセントリックでヒステリックな妻に我慢をしつづけ、とうとう爆発する寸前、予期せぬ悲劇が起こって突然すべてが失われる、という物語のつくりになっているのでした。
≪ファナは本当に狂っていたのか≫
「ファナがどの程度狂っていたか?」が気になります。この映画で一番重要な部分です。参考資料を読むと、ファナの狂気の度合いの描き方は作品ごとに差があり、混乱が増しています。この映画ではどんな表現なのか。
観てみた感想。 劇中で、主人公が、強い嫉妬衝動を表現したり、「私は狂っているのよぉッ!!」と叫ぶシーンはありました。でも、私の眼には、この人はただヒステリックなだけで、狂っているとまでは思えなかった。
この程度で“狂女”なのならば、私だって同じように狂人だ(嫉妬心は人一倍強いと思うから)。ファナ狂ってないよ、ぜんぜん。ただちょっとスケベが強いだけだよ。今の時代でも、この程度の人はたくさんいる気がするよ。(ストーカーだとかドメスティックバイオレンスとかは、言われるかも知れないけど) ただ、それがこの当時の王家の中ではどう人の目に映るのか、ということは考える必要はある。…そんな感じで興味深く思う程度だったよ。
むしろ周囲の人々が、やっかいな女性を、「狂っている」ことを口実にして宮廷内での発言力を滅却しようとしただけのようにも見えました。夫が、手に負えない妻を苦笑いと共に「狂ってる」と言っただけのようにも見えました。宮廷の女官たちが、逆らえない高貴な人の手に負えない感情の爆発を「狂ってる」と言って怖がったのだと思いました。貴族たちも、複雑な政治情勢の中でなぜか民衆の人気だけは高い女王の影響力を、排除したいために狂っていることを口実にして女王を排除したかったのだと思いました。女王みずからが、(誰でも持っている)自分の中の押さえきれない感情のどす黒い部分が怖くて、もしくは夫の心が自分から離れていってしまうのは分かっているけど悲しくて「本当に狂っているんなら良かったのに」と言っているんだと思いました。
もっとも、王女も美公も求めていることはことは「贅沢な暮らし」「愛だけの生活」だけで、ハナから政治をしようとする意識はありませんので、そんな王族は「狂っている」も同じですけどね。(その点は、娘にいろいろ大事なことを伝えようとした母イザベルが偉大なのだ)
公式サイトで監督が語っている。 「“フアナ・ラ・ロカ(狂女王フアナ)”。…しかし彼女は、ほんとうに狂っていたのか?現在残っている資料等からは、確実な結論は導き出せない。歴史家たちのあいだでは、フアナはもう350年以上にわたって「狂女」とされてきた。しかし、19世紀半ば以降カスティーリャのフアナ1世は、「狂女」ではなく、いつの 時代にもいる普遍的な女性として、つまり「恋に狂う女」として解釈され始めた。現代からすれば、フアナは狂ってなどいなかった。しかし、彼女の生きた時代であれば そうみなされたかもしれない。16世紀初頭の宮廷では、自分の感情を他の何よりも優先させることなど、狂気の沙汰以外なにものでもなかっただろうから」
≪この時代の有名人物のほとんどは出てこない≫
この時代、隣国には神聖ローマ皇帝マクシミリアン、邪悪なローマ法王アレクサンドル、もっと邪悪なユリウス2世、素敵なチェーザレ・ボルジア、フランスの征服王シャルル8世、狡獪なルイ12世、イギリス王ヘンリ7世、ファナの姉キャサリン・オブ・アラゴンと結婚した豪傑王ヘンリ8世、ポルトガル王マヌエル善良王などなどなど、ぜひぜひぜひぜひ映像で観てみたかった人々がてんこもりだったのに、それらは全く出てきませんでした。
こんなにオールスターな大人物どもがスペインという国を取り囲んでいたのに、狂った女王に牛耳られて身動きの取れなかったこの国が、しかも新大陸という宝の山を抱えているのに、どうやって周辺諸国の野望の間をすり抜けていたのかがとても気になる所なのに、でも、そういうことは全然描かれませんでした。残念。
私の大好きなイザベラ女王と戦闘王フェルディナンドがステキに渋かったから、いいとするかー。
イザベル女王、くたびれてるなー。
≪大航海時代の様子も出てこない≫
この時代一番の大イベント、大航海時代。その様子はセリフのはしばしにちょっとずつ出てくる程度でした。残念。本当にこの時代のスペインは、新大陸をどうしていたんだろう? はっ、議会内で熱心に狂女を廃位することをたくらんでいた貴族たちが、本当はその議会内で新大陸を堅実に経営する方法を真剣に話し合っていたのかもしれん。だからファナは早めに廃位されなければならなかったのかもしれん。狂ったファナは新大陸の重要性なんか全然わかっていなかったし、強い個性のリーダーが欲しい時期だったものな。本当はあの時ファナが廃位された方が、スペインのためには良かったのです。
「イタリア方面で頑張っている提督」として、コラレス提督なる素敵な中年が登場してくるのですが、彼みたいな人がいっぱい新大陸方面でがんばっていたのかもしれませんね。でも、後半のクライマックス、議会で女王の廃位を決定し、フェリペ王がそれを宣言した場面で、それに反対する提督がカスティーリャの民衆を連れてきて「カスティーリャ女王万歳!」と叫ぶので、その廃位は無効になるのでした。(カスティーリャ人は狂った女王よりも外国人が大嫌いなのです) 提督は、いらんことをしたのかもしれん。
≪息子カルロス、家族の愛≫
冒頭のモノローグで、「夫と息子は私を裏切った・・・」という字幕が流れます。だから前半では美しいファナが夫に裏切られ続け、物語の後半で息子カルロスとの確執が描かれるのか、、、と思ったら、結局映画はファナと美王の愛のこざこざに終始していました。息子カルロスは出産シーンにしか現れなかった。息子が一体いつ母を裏切ったというのでしょう?(この息子は母思いでした)、映画は夫フィリップ美公が死んで、彼女がその遺骸を3年も引きずって荒野を彷徨った場面で、終了なのでしたが、
ファナ好きにはそれ以後の43年間が地獄の連続で、重要だというのに。母ファナと息子カルロスの間のやりとりも、観てみたかったです。
いったい、ファナの狂気の原因が何だったのか、考えてみたくなります。ファナはどうしてこんなに愛を強く求める性格になってしまったのか。映画中では「ポルトガル王家から伝わる狂気が遺伝した」を原因としてしまっていますが、そんな単純なものなのかな。劇中で、父王フェルディナンドがファナを嫌い、さらに馬鹿にする発言が出てきますが、その分ファナは母の愛を強く受けています。姉妹たちからも愛されていた。愛情が薄く育った、というわけでは無さそうです。むしろ父王は国民たちからも疎外されていて、かわいそうでしたね。
息子のカルロスですが、彼はネーデルラントで誕生し、やがて母ファナがスペイン女王になって父も母もスペインに行ってしまったため、ネーデルラントに置き去りになってしまいます。フランドル地方は当時のヨーロッパの文化の一大中心地だったため、帝王教育にはいいと思われたのでしょうかね。カルロスの養育には、美王フェリペの姉である(つまり神聖ローマ帝国皇女の)マルガリータが当たりました。この人も賢明な女性でした。ファナの次男フェルディナンドはスペインで母の愛情をいっぱい受けて育ったため、のちにカルロスが王位に就いたとき、弟の処置に苦労したそうです。(カスティーリャ人は外国人を異様に嫌うため、弟はカスティーリャ人王子として人気が高かったのに、カルロスは外国人とみなされて嫌われた) …カルロスの方が愛情に飢えてそうですが、彼は狂わなかったのね。
そんなカルロスがいつ母を裏切ったというのか。カルロスは「母を喜ばすためならどんなことでもした」といいます。ま、幽閉されてるわけですから、何をしても母にとったら「裏切られてる」ということなのでしょうかね。悲しい話です。
≪結論≫
というわけで、歴史映画として私が期待していたことはほとんど描かれず、「残念~~」と思う部分は多かったのですが、その分ファナと美王フェリペについては丹念に描かれていたので、それなりに楽しかったです。スペインの荒涼とした風景や石造りの堅固な要塞、厚ぼったそうな当時の衣装、精強なスペイン兵士のボコボコ響きそうな甲冑姿などはふんだんに出てきたし。細かい所を言えば、当時のルネッサンス文化の2大中心地、ネーデルラントとカスティーリャの違いがちゃんと描き分けられていて、そこもおもしろかったですね。私が注目したいのがスペインとフランドル学派の舞踏音楽。フランドルの宮廷では、人々が好んで踊りまくっていた様子がさりげなく描かれます。でもルネッサンス音楽のフランドル学派の音楽とスペイン宮廷の音楽の違いは、ささやかすぎて良く聴き分けられませんけどね。フランドルの人々は、軽薄で、少なからず淫猥なんですよね。はっ、さっき「ファナの狂気の理由」を考えようとしたのですが、スペインにいたファナとネーデルラントに来たファナは、性格がいっぺんに変わってしまったので(あろうことか、素晴らしい母にさからう言動を見せるのです)、彼女の狂気に見える感情の激しい起伏は、ネーデルラントの空気がもたらしたものかもしれん。
スペイン語の、早口で思いっ切りまくしたてる感じの話し方は、とても好きだと思いました。鋭く突き刺さってきて、とても気持ちいい。日常会話でもあんな感じなのかしら。
DVD★女王フアナ★
(2001年、スペイン映画) ¥4,700
監督;ビセンテ・アランダ
出演;ピラール・ロペス・デ・アジャラ
ダニエレ・リオッティ
★参考本★
◎『女王フアナ』 ホセ・ルイス・オライソラ (角川文庫、2004年)
◎『物語スペインの歴史(人物編)』 岩根圀和 (中公新書、2004年)
◎『世界史 闇の異人伝』 桐生操 (学研、1997年)
◎『皇帝カルロスの悲劇 ~スペイン帝国の継承~』 藤田一成 (平凡社、1999年)
◎『スペイン女王イザベル ~その栄光と悲劇~』 小西章子 (朝日文庫、1985年)
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