結婚できない男は、最後まで楽しかったな。
☆風雲児たち1【徳川家誕生編1】☆ (1982年3月10日刊)
~大乱戦関ヶ原~◆表紙絵;徳川家康とお姫さま(だれ?)
◆裏表紙絵;法律書を懐に入れた坂本龍馬
◆巻頭;幕末の風雲児たちの名前のリスト。勢いよく宇宙を飛んで落ちる坂本龍馬とお姫さま(だれ?)●第一章 関ヶ原 午前八時 (29ページ)
トビラ;(ナシ)
時期;慶長5年(1600)9月15日
登場人物;徳川家康、石田三成、大谷刑部、毛利輝元/宇喜多秀家、宮本武蔵、本位田又八
エピソード;◎東軍10万4千、西軍8万5千(の数字についての諸説)/◎午前7時半に霧が晴れた/◎西軍の総大将について/◎三成の石高について(19万石と36俵3斗4升2合1つかみ半)/◎嫌われ者の石田三成。三成を憎む者(福島正則・黒田長政・細川忠興・池田輝政)はみな東軍についた/◎石田三成の義侠心/◎三成の勝ちの算段/◎豊臣秀吉の大谷刑部評/◎大谷刑部の決意/◎福島正則-宇喜多秀家間で戦闘開始/◎最初に戦闘に入った軍隊(宇喜多・石田・大谷・小西隊)、のこりは様子見/◎宇喜多軍の中にいた若き日の宮本武蔵/◎桃配山の家康/◎東軍と西軍の配置図、常識で考えれば東軍はボロ負け/◎家康の秘策●第二章 関ヶ原 正午 (26ページ)
トビラ;馬で追う三成、逃げる家康
時期;慶長5年(1600)9月15日
登場人物;石田三成、大谷刑部、徳川家康、小早川秀秋、徳川秀忠、(アホな作戦を立てた)榊原康政、猿飛佐助、三好清海入道、霧隠才蔵、毛利秀元、吉川広家(毛利軍参謀)
エピソード;◎激戦、優勢な西軍/◎動こうとしない毛利・小早川・長宗我部/◎三成大慌て、しんぼうたまらん三成、異常性格の馬で毛利の陣へ行く/◎家康の裏切り工作/◎アホの小早川秀秋/◎信州で真田昌幸の罠にはまっている徳川秀忠/◎毛利軍の進撃をとめる吉川広家/◎裏切りを胸に秘める吉川広家の心の中の嘆き/◎石田三成と吉川広家の対話/◎毛利軍、おべんとうの時間●第三章 関ヶ原 午後二時 (32ページ)
トビラ;天下を取り合う三成と家康
時期;慶長5年(1600)9月15日
登場人物;石田三成、吉川広家、長宗我部盛親、徳川家康、小早川秀秋、大谷刑部、宇喜多秀家、島津義弘
エピソード;◎毛利秀元との直接会談を断られる石田三成/◎百二十万石の戦法/◎三成の怒り、19万石が戦争しちゃいかんのか/◎長宗我部との対話、毛利が飯喰ってるから動けん/◎長宗我部、ややこしい政治のかけひきに悩む/◎戦場に戻る三成/◎小早川の裏切りが遅いので焦る家康/◎悩む小早川秀秋/◎天下の命運を握った男/◎疲れが出てきた大谷刑部/◎宇喜多秀家の男気/◎動かない島津、島津は誰の指示も受けない!/◎足並みの揃わぬ西軍、焦る三成/◎三成軍の最終兵器・大筒/◎三成の大筒に対抗して、家康は小早川の陣へ火縄銃を撃った/◎小早川秀秋の裏切り、戦いのゆくえは決まった●第四章 関ヶ原 午後三時 (24ページ)
トビラ;戦いの趨勢が決まった時の面々の表情をフィルム形式に
時期;慶長5年(1600)9月15日
登場人物;徳川家康、大谷刑部、石田三成、宇喜多秀家、小早川秀秋
エピソード;◎裏切りの面々、東軍の面々/◎裏切者に対する大谷軍のの備え/◎朽木・脇坂・小川・赤座、一斉に裏切り/◎大谷刑部の死/◎敗北が信じられない三成/◎戦場脱出命令/◎宇喜多秀家の怒り/◎午後3時15分頃、戦争終結●第五章 関ヶ原 午後五時 (18ページ)
トビラ;戦争終結の各大名の表情
時期;慶長5年(1600)9月15日
登場人物;福島正則、細川忠興、小早川秀秋、毛利秀元、吉川広家、長宗我部盛親、宮本武蔵、徳川家康、島津義弘
エピソード;◎東軍の勝ちどき/◎小早川秀秋の迷い/◎毛利秀元愕然/◎吉川広家の覚悟/◎西軍の敗退行/◎長宗我部の険しい逃避行/◎宮本武蔵の誓い/◎浮かれる家康/◎だだ一人残る島津軍/◎島津の陣を見てひるむ東軍/◎前代未聞の前に向かって退却●第六章 関ヶ原 午後八時 (29ページ)
トビラ;刀の鍔3つ
時期;慶長5年(1600)9月15日
登場人物;徳川家康、島津義弘、毛利秀元、吉川広家、長宗我部盛親、黒田長政、福島正則、細川忠興、小早川秀秋、大谷刑部の霊
エピソード;◎島津勢の決死の特攻、1600名が60に/◎島津義弘の嘆き/◎敗軍の将たちの悲壮な決意/◎諸将に厚く礼を言う家康/◎家康と小早川秀秋の対話/◎なんのために関ヶ原に来たのかまったくわからぬ三人/◎関ヶ原の後遺症/◎エピローグ;石田三成の刑死
……記念すべき第一巻。
もうびっくりするぐらい内容の濃い第一巻だと思います。
私は「幕末を語るには、まず関ヶ原から語らなければならない」という書き方にシビレたし、しかしこの巻の実際の主人公は(幕末とは全然結びつかない)石田三成と大谷刑部の友情。関ヶ原のことを書く事に夢中になって、幕末を忘れている作者にも惚れました。
私は、もうなによりもなによりも石田三成という歴史人物が大好きなんですが、たぶんそのきっかけはこの漫画の三成と、たぶんこれを読んでたころNHKの大河ドラマで江守徹が演ってた石田三成だったと思います。(たしかその頃の私はまだ司馬遼太郎の関ヶ原は読んでませんでした。今やってる大河ドラマの三成はどうなんだろね。観てないからわかんない)
この漫画の石田三成、世に正義をもたらすために必死で必死で、見ていて思わず悔し涙を流さずにはいられない。どうしてこの戦いで三成が勝たなかったんだろう? 序盤は西軍が優勢だっただけに悔しくてなりません。
といって敵方の徳川家康。これはこれで「陽気な陰謀家」という風に描かれていて、自然に好感が持てるんですよね。
この巻ではまだまだギャグ要素が史実を圧倒するほど強く、「異常性格の馬」とか「毛利軍のおべんとの合唱」とか「小早川秀秋の福わらい顔」とか「立川文庫風味の真田十勇士」とか「滑稽に走り回る三成」とか「頑固を極めた島津人」とか、伝説になりそうなエピソードがてんこもりです。また、あんなに複雑な関ヶ原の戦いの経過が、ギャグを基線にしてスッキリとても分かりやすい構成でまとまっていることだけでも、伝説となってもいい本だと思います。
しかし、作中で一番笑いを誘う人物・小早川秀秋は、
…というような風に描かれていて、その描写もさんざんなのに、作者はト書きで「しかし彼は関ヶ原に参加する事で、歴史を大きく動かしている。それだけでも彼の行動は歴史の中で大きな意味があった」と予想外に大きく見える評価をしている。それに対比して、
「なんのために関ヶ原に来たのかまったくわからない藩が三つある。すなわち、長州・薩摩・土佐の3つの藩であった」として、これがこの本の最後の落としとして大きな笑いどころになっているのですが、、、 しかしひるがえって自然に次巻以降、このことをこの後数十巻に渡る大きなテーマにしてしまっていることが、この作者の一番の魅力でして、それが私を何年来も虜とし続けた最大の魅惑の部分だと、改めて感銘を受けた次第です。
それにしても、、、、 さすが25年も前の第一巻目だけあって、坂本龍馬も村田蔵六も桂小五郎も島津斉彬も、現在連載中のものとはすっかり顔が違ってしまっている。まぁー、25年も前の第一稿なのですから、それが現在のと同じだったとしたらもっとビックリしてしまうというものですが、でも25年前の彼らの顔も、それぞれがヒトクセありそうな者たちばかりなので、それらの違う顔での彼らの冒険も見てみたかった、と強く思うところです。そんななかで、吉田松陰の顔だけは今のと寸分違わずおんなじ(笑)。これはすごい。25年前から、あのヘンテコな性格で行く設定だったのかしらね。
(私にとっては)伝説の「毛利さんちのお弁当」などてんこりの内容でしたね。
>(アホな作戦を立てた)榊原康政
このフレーズもなぜか強烈でした。
それから
「この戦いで生き残ったもの以外はすべて死んだ」
というよく考えれば当たり前のことを笑えるに書いたフレーズも良かったです。
歴史上有名なこの戦いをギャグ交じりにきちんと書いたみなもとたろうさんは素晴らしい!!
毛利さんは西軍の総大将に担がれていながら、実際には陣立てにも作戦にも士気の鼓舞にも全然関与していない。にも関わらず毛利軍参謀の吉川広家は「120万石には120万石の戦い方があるによってな」と言ってのける。その、関ヶ原の戦いにおける最大のやるせない部分が、「これっくらーいの おべんとばーこに おにぎりおにぎりちょいとつーめて あ にんじんさーん♪(※4時間歌い続ける)」の合唱に凝縮されていると思ったのです。(←ぉぃぉぃ) ホントに、全権をすべて三成に任せてくれればよかったのになー、それができない日本の歴史の悲しさ。19万石に120万石、61万2千五百石、51万8892石などがすべてをゆだねることができたらば、日本の歴史はさらに大きく変わったのに。19万石だって十分にすごいのに。
>(アホな作戦を立てた)榊原康政
>この戦いで生き残ったもの以外はすべて死んだ
さがみさんはこれでしたか(^-^)
私は追加して、
「(三成)この戦さ、勝ったな。これ~で日本も安心だっ♪」
「(大谷刑部)ホラをふけーーい」
「聞いてません聞いてません~。耳に入っても私は字が読めませんからなにもわかりません~~」
「つつつよいほうとよわいほうでは、どっちがつよいのかな?」「それはやっぱりつよいほうがつよいでしょうなあ」「おおー そんならつよいほうについたほうがいいな。わしはあたまいいなっ」「それが、さっきまで西軍有利でしたが、いまはまったくの五分です」「そそそそれはこまるな。五分五分では、どっちがつよいかな?」
「申しわけござらぬ宇喜多殿、出番も少ないのに…」
「なんということだ~。いったいなんのために関ヶ原まできたのだーっ」「お弁当を食べに来たと思えば」「じゃかしいっ」
あたりのセリフがたまりませんでした。(キリがありませんね)
それにしても「何をしに来たのかわからない3つの藩」よりも、私は宮本武蔵が何のために登場していたのか分かりませんでした。幕末の剣豪たちに繋がるのならいざしらず。当時は何か宮本武蔵ブームでもあったのかな? それを言うならば、大谷吉継の役割もちょっと疑問なんですけど。