政府は今月、有事の際に自衛隊や海上保安庁が使うことを想定する「特定利用空港・港湾」を選定し、全国16カ所の一つに石垣港(沖縄県石垣市)が選ばれた。石垣島には昨年陸上自衛隊の駐屯地もできたばかりで、同島を含む先島諸島には今後の攻撃リスクに備えて住民の避難計画策定やシェルター整備の方針も示された。太平洋戦争の際のマラリアの記憶も残る島々で、住民の不安をはらみながら要塞(ようさい)化が加速している。(曽田晋太郎、森本智之、安藤恭子)
◆全国で16カ所、沖縄では那覇港と石垣港
特定利用空港・港湾は、戦闘機や艦船が利用しやすいように滑走路の延長や岸壁の増築などを行い、本年度の改修費として370億円が充てられる。普段は民間利用されるが、年に数回、訓練で利用される見通しだ。
今回選ばれたのは38カ所あるとされる候補地のうち、地元合意が得られた16カ所にとどまる。中国を念頭に防衛力を強化する自衛隊の「南西シフト」が進む沖縄県は候補地が最多だが、決まったのは国管理の那覇空港と石垣市管理の石垣港のみ。県管理が多い残り10カ所では合意は得られず、継続協議となった。
石垣港の整備について「まだ具体的な話は下りてきていない」(内閣府沖縄総合事務局)というが、危ぶまれるのが日米同盟で一体化する米軍の利用だ。日本政府は否定しているが、同港ではそれをほうふつとさせる出来事があった。
◆米軍の軍艦が先月寄港「日米軍事一体化の地ならしでは…」
先月11日、米軍のイージス駆逐艦が寄港。全日本港湾労働組合沖縄地方本部は、駆逐艦が13日に出港するまでの間、物流を止める抗議のストライキを行った。担当者は「受け入れた石垣市から安全なのか何も説明がなく、労働者が危険にさらされてはいけないので実施した」と言う。
石垣島では昨年3月、ミサイル部隊を置く陸上自衛隊の駐屯地もできた。市民団体「基地いらないチーム石垣」代表の上原正光さん(71)は「石垣で初めて陸自が駐屯地の外で物資輸送訓練を行うなど、目に見える形でいろんなことが動き出している」と不安を明かす。
加えて今回の石垣港の選定。島では「日米軍事一体化の地ならしでは」との見立ても広がっている。「『状況が変わった』と一方的に決定事項として利用するのが米軍の常とう手段。軍事的側面が強まる昨今の島の状況を受け、島の分断が進んでおり、腹立たしい」と上原さんは嘆く。
◆波照間島は住民アンケートで約6割が「NO」
一方、石垣島の南西に位置し波照間空港が選定候補に上がる波照間島(竹富町)では、有志が島民に特定利用空港への見解を問うアンケートを実施。約460人の全島民のうち18歳以上を対象とし、回答した233人のうち58%が反対の意思を示した。
アンケートを企画した町議の東金嶺(ひがしかなみね)肇さん(62)によると「平和に暮らしたい」「攻撃対象にならないか」と不安視する島民の声が多かった。結果は2月に町に提出し「軍民共用はやめてほしい」と要望。町長は「民意を尊重する」と答えたという。
今月8日には町側と島民の意見交換会も初めて開かれた。約50人が参加し「軍事強化につながらないか。絶対に来てほしくない」「将来安心して子育てできるのか」と不安の声が上がる一方、「滑走路の延長で活性化が期待できる」といった歓迎の声もあった。
東金嶺さんは「小さな島の生活に悪影響が及ぶことを危惧し、アンケートでは半数以上の島民が空港指定に反対している。国にはしっかり波照間の思いを受け止めてほしい」と訴える。
◆有事の際の「シェルター」、本当に12万人避難できる?
中国の海洋進出や台湾有事を想定した動きはこれだけではない。政府と沖縄県などは非常事態に備え、先島諸島の住民ら約12万人を、九州や山口県に避難させる計画だ。石垣市や竹富町など5市町村には、国が財政支援し、住民避難のための「特定臨時避難施設」(シェルター)も整備する。
沖縄県によると、有事の際の避難計画の検討は2022年度から開始。先島諸島でも人口の多い石垣島の場合、5万人を島内の集合地点からバスで港や空港に運び、民間の船と飛行機で避難させ、6日程度で避難は完了する計画という。
受け入れる側の計画についても昨年10月、松野博一官房長官(当時)が「24年度までにまとめたい」と表明している。ただ12万人もの避難を巡ってはその実現性を疑問視する声も多い。
住民を守るシェルターの規模もはっきりしない。今年2月、中山義隆市長が市役所の隣接地に整備される防災公園の地下に26年度までに整備する方針を公表。市企画政策課によると、これまでは約5万人の全島避難が前提だったが、「リアルに考えると、市民の送り出しを担う市職員らが取り残される可能性もある」と担当者。何人分必要かは市で検討しているが「1000人、2000人の規模は大がかりすぎて無理だろう」とみる。
◆川崎のオバーたちからも怒りの声
住民保護の具体的な手だてが見えない中、沖縄出身者が多く暮らす川崎市で今月、「沖縄を再び戦場にさせない!」と題した学習会が開かれた。石垣島在住で「いのちと暮らしを守るオバーたちの会」の山里節子さん(87)が「国や行政からどんな指示や命令が下ろうと、私は一歩たりともこの島を離れる気になれません」とオンラインで訴えた。
同島など八重山諸島には、太平洋戦争の際の「戦争マラリア」の記憶が残る。米軍が上陸した本島のような戦闘は起きなかったが、旧日本軍の命令などで住民はマラリアを媒介する蚊が生息する山岳地帯などに強制疎開させられ、3600人以上が亡くなった。
終戦当時8歳だった山里さんも島内の疎開先でマラリアにかかって死線をさまよい、祖父と母を亡くした。「こちら特報部」の電話取材に「終戦から80年近くたち、悲惨な戦争を肌で感じられる人は少なくなった」とため息をつく。
「南西諸島防衛と言いながら、結局有事となれば住民保護は不可能だから、島外への避難計画の策定が進められている。九州に逃げたとて安心安全なのか。島には戻れるのか。私たちはまた、本土防衛の『捨て石』とされるのか」
◆識者ら「国民にリスクをごまかしている」
戦争の記憶も残る島々で進む軍事要塞化。名古屋学院大の飯島滋明教授(憲法学、平和学)は特定利用空港・港湾について「有事の際に軍事利用する前提で指定しているのだから、戦争になれば攻撃目標になるのは歴史的、軍事的常識だ」とみる。にもかかわらず、政府は「攻撃目標とみなされる可能性が高まるとは言えない」と説明してきた。「リスクをごまかし国民にウソの説明をしている」と批判する。
軍事評論家の田岡俊次さんも「シェルターをつくっても、中国や北朝鮮から弾道ミサイルが着弾するまで7分程度で、逃げる時間がない。全くないよりマシという程度だろう」とその効果を疑問視する。
そもそも「政府もマスコミも沖縄の防衛強化ばかり問題にするが、とんちんかんだ」という。中国と日本が戦争になれば、在日米軍の中枢である横須賀(神奈川)や佐世保(長崎)の基地、東京の防衛省をまず狙うだろう、とみるためだ。「一番の安全保障は戦争をしないことだ。日本は米中が戦争しないようにさせるしかないが、その姿勢が見えない」と嘆いた。
◆デスクメモ
沖縄戦では米兵に投降した住民が「スパイ」と見なされて日本兵に殺害される悲劇が起き「兵隊は住民を守らない」との教訓が残った。父を殺されたという当時4歳の女性は「戦争は悪魔を生む」と取材に語った。「また本土防衛の捨て石とされるのか」という言葉はあまりに重い。(恭)
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