11日夕、ノーベル平和賞に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が選ばれた。核兵器廃絶に向けた長年の取り組みが評価された。被団協は折しもこの日の昼、国会で集会を開き、核なき世界が実現しない現状に危機感を表していた。日本では今月、「核共有」を持論とする石破茂氏が首相に就任した。今回の平和賞を踏まえてもなお、核抑止力への依存を強める考えだろうか。(太田理英子、山田祐一郎)
◆「受賞が政府を変える一つの力になれば」
「大変驚いている。被爆者の思いがようやく認められてうれしい」。被団協の工藤雅子事務室長(62)は11日夜、東京都港区の事務所で喜び、こう続けた。「被爆者への国家補償と核廃絶を求めてきたが、政府は背を向けてきた。受賞が政府を変える一つの力になれば」
この日昼、被団協は東京・永田町の参院議員会館で集会を開いていた。
会場であいさつする被団協の田中重光代表委員=11日、東京・永田町の参院議員会館で(池田まみ撮影)
「来年で被爆から80年。核兵器をなくすこと、国家補償を求める運動をしてきたが、残念ながら今も達成されていない」。7人の現職・前国会議員を前に、長崎で被爆した田中重光代表委員(84)は訴えた。
◆受賞発表の日に集会、自民は欠席
被団協は集会で、各政党と厚生労働省に全ての原爆被害者への国家補償の法制化、核兵器禁止条約の署名・批准などを求める要請書を出した。
政党への要請時、立憲民主、維新、公明、共産、国民民主、れいわ、社民の7党から各1人が出席した。だが、自民は「出席できる議員がいない」として欠席し、広島選出の寺田稔前衆院議員がメッセージを寄せるにとどまった。
各政党への要請書を手渡す被団協の関係者ら=11日、東京・永田町の参院議員会館で(池田まみ撮影)
政党の出席者は「核兵器のない世界をめざし全力で取り組む」「核禁条約締約国会議へのオブザーバー参加が必要」などと前向きに発言。だが愛知県原水爆被災者の会の金本弘理事長(79)は「先生方の話を聞くと、きっと要求を実現してくれるといつも思う。でもその後『なんだ、こんなもんか』と思わされる」と不信感をあらわにした。
◆石破氏は「核共有」に前向き
国連での核禁条約採択から7年。94の国・地域が署名し、73の国・地域が批准したが、被爆国の日本は消極的だ。金本氏は「この7年で何万人の被爆者が亡くなったか。悔しさが込み上げた」と漏らした。
核廃絶を求めて闘う被爆者たちの思いに逆行するように、核を巡る持論を展開してきたのが石破氏だ。
9月の自民党総裁選の討論会で、石破氏は米国の核兵器を日本で運用する「核共有」に前向きな姿勢を示し「非核三原則に触れるものではない」と強調した。同月下旬に米シンクタンクのホームページに掲載された寄稿では、アジア版の北大西洋条約機構(NATO)を創設し、「核の共有や持ち込み」を具体的に検討すべきだと主張した。
◆石破氏の主張など「もってのほか」
先の田中氏は集会で、「こちら特報部」の取材に「79年たっても被爆への補償が十分なされず、戦後処理は終わっていないのに、核共有なんてもってのほか」と語気を強めた。集団的自衛権の行使を認めた安倍晋三政権、敵基地攻撃能力の保有を決めた岸田文雄政権に続く石破政権。「新しい戦前が始まっている」と危機感を募らせていた。
被団協の代表者会議は10日、原爆投下から80年となる来年に向け「再び被爆者をつくらないために、日本と世界のみなさんと訴え歩み続ける」とのアピール文を採択している。その中で日本政府が責任を果たしていないとも追及した。
田中熙巳(てるみ)代表委員(92)は「政府は核兵器でもたらされた無残な被害を全く理解していない。核廃絶の論戦の先頭に立たなければいけないはずだ」と力を込めた。
◆「被爆地出身」の岸田氏、やがてトーンダウン
石破氏は1日の首相就任会見で、平和を守るための抑止力の強化を訴える一方、核共有について具体的な説明はしなかった。主張をやや抑制したようだが、核廃絶には一切触れず、3年前の岸田氏の首相就任会見とは差異がみられた。
2021年10月の就任会見で岸田氏は「被爆地広島出身の総理大臣として、核兵器のない世界に向けて全力を尽くす」と宣言。核兵器保有国が核禁条約に参加していない状況に触れ、「唯一の被爆国として米国をはじめとする核兵器国を、この核兵器のない世界の出口に向けて引っ張っていく」と意気込みを語った。
ところが、岸田氏はその後トーンダウンし、関係者の期待は一度しぼんだ。昨年5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)で取りまとめた共同文書「広島ビジョン」は、米国の「核の傘」の下で核抑止を肯定する内容だった。日本は核禁条約に不参加のまま。被爆者団体は条約の締約国会議に、せめてオブザーバーとして参加するよう求めているが実現していない。
◆受賞に「この道しかない」
「広島出身として『核なき世界』を掲げたはいいが、何もできなかった」と冷ややかに振り返るのは、被団協の代表理事で、東京の被爆者団体「東友会」の代表理事も務める家島昌志氏(82)。3歳の時、広島で爆心地から約2.5キロの場所で被爆した。
平和記念公園で記念撮影に納まる岸田文雄首相(中央)と先進7カ国(G7)の首脳ら=2023年5月、広島市中区で(代表撮影)
11日夕のノーベル平和賞受賞の報に「予測していなかった。長年、期待はしていたが、もうその時代は過ぎたと思っていた」と戸惑いつつ、再び原爆被害に目が向けられたことに希望を抱く。「被爆者が望んでいるのは、核抑止でも核共有でもなく核兵器廃絶。この道しかないということが認められた。ありがたいことですよ」
◆7年前はICANにノーベル平和賞
史上初めて核兵器を非合法化する核禁条約が国連で採択されたのは2017年7月。その年の10月にノーベル平和賞に選ばれたのが、条約の実現に主導的な役割を果たした「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)だった。
ICAN国際運営委員で、NGO「ピースボート」共同代表の川崎哲氏は被団協の受賞の報に「今こそ世界は、被爆者の声に耳を傾けなければならない」とコメントした。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員の川崎哲さん=2024年4月撮影
川崎氏は「こちら特報部」の取材に「いま、条約に署名・参加するのは世界の約半数に上る。一方、核保有国は核兵器の役割を高めており、ロシアやイスラエルの場合は実際の戦争での使用も懸念される」と現状を説明する。
◆核共有は「非核三原則に抵触」
そして、かねて核共有を主張していた石破氏について「政権が落ち着くまで(核共有論を)封印するのだろう。だが時間をかけてかじを切る可能性がある。核共有は、非核三原則に抵触し、核拡散防止条約(NPT)にも違反する可能性が高い。軽はずみな議論は日本の国際的信頼をも傷つける」とくぎを刺す。
被団協の受賞を受け、川崎氏は「日本は唯一の戦争被爆国であり、核兵器廃絶に向けて世界を主導する役割を担わなければならない」と呼びかけた。
◆石破内閣の基本方針は「守ること」というが…
長崎大の鈴木達治郎教授(核軍縮)は、石破氏が就任会見で内閣の基本方針を「『守る』ということ」とアピールしたことに触れ、「核兵器の共有はかえってリスクを高めることになり、国民を『守る』ことにはならない」と指摘する。
ICANの受賞から7年たち、被団協が平和賞を受賞した。鈴木氏はこう訴える。「被爆者が核兵器の非人道的影響について世界に訴え続けてきたことでその後80年間、核兵器が使われなかった。いま核兵器を使おうとしている国がある中、世界が必要としているのは核兵器廃絶だった」
◆デスクメモ
2009年、オバマ米大統領(当時)がノーベル平和賞を受賞した。核兵器のない世界実現への姿勢が評価されたが、就任して1年未満。実績より核廃絶への期待を込めた授与だった。それから15年、期待はどれだけ現実化したか。私たちは時の経過を重く受け止めなければならない。(北)