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幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

幸福の科学の、高知の信者による共同ブログです。
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【悲願達成】トヨタル・マン24時間耐久初優勝!『努力するものに道は開かれる』

2018-06-29 00:35:42 | 自動車から見える日本と世界

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今、ワールドカップロシア大会予選で、サッカーが大盛り上がりですが、サッカー日本代表に先んじて、今月21日にトヨタが、耐久レースの最高峰、ル・マン24時間耐久で、初優勝を果たしました。

日本の自動車メーカーとしては、1991年のマツダ以来、日本人ドライバー(中嶋一貴・小林可夢偉選手)としては史上初の快挙です。

本年のル・マン24時間耐久は、これまで三つ巴の戦いで退会を盛り上げていた、ドイツのアウディやポルシェなどが参加せず、自動車メーカーとして参加し、ル・マン規格のハイブリッドシステムを搭載していたのはトヨタだけで、あとはプライベーターのみという条件があり、トヨタの前評判は断然高かったのですが、その中で取りこぼしをせず、1位2位独占の1-2フィニッシュでの横綱相撲は立派です。

耐久レースとは、決まった時間の中での距離を稼ぐモータースポーツで、通常の、決まった集会の時間を競うものが短距離走ならば、自動車レースのマラソンのようなものです。

トヨタは1980年代からル・マンに挑戦し、1990年代以降、少なくとも5回の2位になっていて、スポーツならば、シルバーメダルコレクター的な存在だったと言えます。

特に昨年などは、残り数分までトップを走っていて、突如エンジンが回らなくなり、土壇場でポルシェに負けるという、歴史に残る惜敗中の惜敗でしたし、トヨタの独走を恐れた開催者側の意向をを組み、トヨタは昨年仕様の車両で参加し、他にも重量などの面で、他チームとのアドバンテージを設けた上での勝利ですから、ポルシェやアウディのいない大会だからと言っても、その価値は決して劣るものではありません。

アウディやポルシェなど、トヨタよりもモータースポーツの結果が販売に直結しているはずのメーカーが、何ゆえに今回参加できなかったかは、私にはわかりません。

ただ、長年ディーゼルエンジン搭載車で参加し、ディーゼルの優秀性をアピールしていたアウディも、そしてスポーツカーの雄ポルシェのいずれも、実質上の親会社はVW(フォルクスワーゲン)ですので、一昨年のVWによる、ディーゼルエンジンの排気ガス規制対策の、悪質な対応は、ひょっとしたら影響している可能性があります。

VWは世界規模で信用を失墜したのみならず、ディーゼルエンジン車販売に、希望を託していた欧州自動車メーカーそのものが大打撃を受けましたので、アウディもポルシェも、ル・マン参加どころではなかったやも知れません。

しかもVW・アウディ・ポルシェなどの超有名自動車メーカーが軒を連ねるドイツは、ごく近い将来原発を止め、自然エネルギーを重視する方向にシフトすることを決めていますが、最近ではドイツ国内での電力不足が始まってきています。

こうなると、安定した十分な電力がない環境での産業は、両も質も、どうしても落ちていかざるを得ない状況下になるのは、火を見るより明らかなこと。

その仮説が正しいのなら、老舗ぞろいの欧州自動車メーカーの斜陽は、止まることはないだけでなく、どんどん勢い付いてくる可能性がでてきます。

とにかくも、トヨタは偉業を成しました。

トヨタ2000GT然り、セルシオ然り、初代プリウス然り、レクサスLFA然り、使命感を前面に出した時のトヨタはスゴイの一言です。

今トヨタは、ル・マン耐久のみならず、ラリーでも年間世界一を目指せる位置にいて頑張っています。

おそらく今のトヨタは、日本の自動車メーカーの代表というだけでなく、世界随一の企業としてモータースポーツの発展に寄与していくという使命感を感じてしまいます。

トヨタのル・マン24時間耐久優勝おめでとうございます。

そして本日は、経典『感化力』(幸福の科学出版)より、苦手克服の努力の方法について、大川隆法幸福の科学グループ総裁が若者たちに語った一節をご紹介いたします。

         (ばく)

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努力する者に道は開かれる 「幸福への第一歩」シリーズ

2018 ル・マン24時間レース トヨタ悲願の初優勝!

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=129

ある分野に対する苦手意識を克服するには、その分野に関心を持つことが必要です。
関心を持てば、いろいろなかたちで情報が入ってきます。テレビ、ラジオ、新聞など、情報源は数多くあります。まず関心を持つことです。そうすれば、必要な情報は集まってくるのです。(中略)

しかし、自分なりの一定の視点を得るためには、関心を持つだけでは駄目です。ある程度、知識の蓄積がなくてはいけません。すなわち、勉強が必要なのです。

知識の蓄積があれば、人の意見に振り回されずに物事を見ることができます。
そのためには、どのくらいの蓄積が必要でしょうか。

これは、なかなか難しい問題ですが、できれば、その分野の本を千冊ぐらい読むことが必要だと思います。そのあたりが一般的なラインでしょう。

政治・経済などの一般的な教養書を千冊ぐらい読んでいると、新聞記事や、テレビで発言しているジャーナリストおよびキャスターたちの嘘や間違いが、だいたい分かるのです。もっと数多く読めば、さらによく分かります。

ただ、現代人は忙しいため、「本を千冊も読むのは大変だ」という人も多いでしょう。その場合は、それより少ない冊数でもかまわないので、大事だと思う分野を重点的に勉強するとよいでしょう。

八割の労力で自分の専門分野を勉強したならば、残りの二割の労力で、自分が苦手な分野について、コツコツと情報を集め、知識を蓄積していけばよいと思います。

ある分野に関する本を百冊ほど読んでいると、マスコミの嘘が分かるレベルまでは行けなくても、その分野について多少の専門的な話ができるぐらいまでは行けます。

すぐに百冊は読めなくても、年に十冊読めば十年で百冊まで行けます。年に二十冊読めば五年で行けます。そのくらいの数なら、読めないことはないでしょう。(中略)

小さな分野であれば、やはり百冊ぐらいが一つの目安だと思います。現代人は忙しいから大変でしょうが、仕事などの合間に少しずつ努力することが大切です。そうすれば道は開けるのです。(中略)

なお、幸福の科学からは、仏法真理の本がすでに何百冊も出ていますが、さまざまな教養を網羅しているので、幸福の科学の本の百冊は他の教養書の一万冊分ぐらいに相当すると言えます。(中略)

さらには、「友人を活用する」という方法もあります。賢い友人を持ち、その人に、「これは、どういうことか」「何が正しいのか」などと訊けば、教えてくれるでしょう。自分で勉強すれば十年かかることが、耳学問だと、一、二分で済みます。一言で終わりなのです。

賢い友人を持つためには、あなたが「よい人」にならなくてはいけません。要するに、賢い人が「付き合ってもよい」と思える人になることです。
『感化力』(幸福の科学出版)P53~57


『さらば青春、されど青春』の時代の街並みと『常勝思考』

2018-06-07 00:42:34 | 自動車から見える日本と世界

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幸福の科学の映画『さらば青春、されど青春』が、全国各地でロングランがなされているようです。

5月12日から上映開始で、集客が第1週4位、第4週でも8位だそうで、この作品を多くの方に愛していただいて、心より感謝申し上げます。https://blog.goo.ne.jp/eternal-h/e/82c8bcffc0f9190bd4c4732e1ab092f2

『さらば青春、されど青春』の時代は、昭和50年代ですが、その頃をこのブログらしく自動車から覗いてみたいと思うのですが(笑)、「えっ、宗教から見るんじゃないの?」と思われるかも知れませんが(大笑)、いやぁ、ここの代表管理人は、自動車ヲタクなもので、「このブログらしく」となれば、なぜだか自動車記事になります。(爆笑)

この昭和50年代と言えば、日本では、空前のスーパーカーブームでした。

私は小学校高学年から中学校の世代で、とても良く覚えているし、スーパーカーを皮切りに、自動車大好き人間になったんですね。

スーパーカーと言えば、イタリアやイギリスやドイツの高性能車であって、当時の日本車と比較すれば、「とてもじゃないが相手にならない」と思えるレベルではありました。

これは当時の日本の技術レベルで語られることも当時は多くて、それがまだ現代でも、「昭和50年代の日本技術は未熟」と誤解されている節があるのですけれども、これは大いなる誤解です。

というのも、当時の日本車は、世界で唯一、真面目に、排気ガス対策と燃費対策と安全対策を取組んでいる真っ最中だったからです。

他の欧米諸国では、排気ガス規制はあまり力が入っておらず、日本の後追いだったので、当時の欧米者の方が、日本車より性能が良かったのです。

 

世界で初めて、厳しいマスキー法の排気ガス規制をクリアしたのが、CVCC方式によるホンダシビック(初代)で、その後他の日本の自動車メーカーも、どんどん排気ガス規制基準をクリアしていきました。

アメリカの陰謀を打ち砕いた、偉大な市民。

CVCC方式、そしてその後の他のメーカーによる排気ガス対策は、「薄いガソリン混合器を、素早く燃焼させる」という原理を用いていました。

この方法論だと、基準が厳しくなればなるほど、ガソリン混合器を薄くするなり、燃焼温度を下げていく必要があり、年々日本自動車の性能は落ちていきました。

その性能低下の流れを食い止めたのは、日産が成立させた、高額な電子制御燃料噴射装置による、排気ガス規制対策でした。

【スカイライン・ジャパン】世界の空気をきれいにした『人類の選択』

そして日本車がドイツ車の性能に追い付いたのが、トヨタの初代ソアラだったでしょう。

名車ソアラと、知って得する「心の法則」

そして、排気ガス規制以前の性能にまで、日本車を回復させたのも、やはり日産のスカイラインRSでした。

これもまた、シーケンシャル燃料噴射装置といって、高額な燃料噴射装置を、それまでのエンジン一つに付き一つの噴射装置ではなく、エンジンの気筒ごとに一つ装着した、レーシングカーなみに贅沢な構造で、市販車として世界初の試みでした。

スカイラインRS以降、どんどん日本車の性能は上がっていきました。

日産スカイラインRSの燃料噴射革命と「未来産業のつくり方」

その後1989年(昭和64年)にホンダからVTECという画期的な可変バルブタイミング機構が開発されて、名実ともに世界最高の技術を示していくのですが、この機関の日本車の取り組みを見る限り、「第3の道」というものを追及していたと思います。

第3の道の選択と追及で思い出すのは、経典『常勝思考』(幸福の科学出版)。

ということで本日は、経典『常勝思考』より、志と地道な努力の大切さが良くわかる一節をご紹介いたします。

        (ばく)

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「スランプを乗り越えよう」 幸福の科学大川隆法総裁御法話抜粋

映画「さらば青春、されど青春。」メイキング映像 第2弾

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=164

短期的に儲けることは可能です。商売をしている方であればおわかりでしょうが、短期的に儲けることは簡単にできます。たとえば、他の人が売っていないような品を仕入れて売ったり、おまけをつけてみたり、あるいは新発売の製品を出したりと、短期的には、いろいろな商売の仕方があります。

それは一時期は当たります。しかしながら、長期的にはだめになっていきます。アイデア商品などでヒットして、一時期ものすごく儲かったりすることがありますが、そうしたものというのは必ずライバルが出てきます。真似する者が出てくるのです。そして競争されると、だんだんだめになっていきます。あるときまで景気のよかったものが、競合者が出てくると落ちてくるということがあるのです。

たとえば、(中略)地の利がよく、まったくホテルがない所に、「いい場所だ。ここに建てれば儲かる」と思って、ホテルを建てたら、案の定、儲かったとします。それで、「うまくいった」と思っていると、競争相手が参入してきて、すぐだめになっていきます。

このように、目新しさだけで勝負した場合には、やがてどこかで失敗をして、衰退していくことがあります。したがって、他の人ができないような目新しいビジネスに挑戦するということは大事ですが、それが成功した段階において、心しなければならないことがあるのです。

ホテルにおいて大切なことは何かというと、やはり、何度も同じお客さんに来てもらうことです。一回泊まったお客さんを、また来たいという気持ちにさせるためには、サービスのよさ、内容のよさが必要です。「周りには、ほかにホテルがないから、たまたま来た」というのではだめで、それで「儲かった」などと言っていたのでは、だんだんと客足は遠のいていきます。やはり、何度も来たいと思わせるようなサービスをしていくことが大事です。

ホテルがほかになければ、そうした工夫をしようがしまいが、全客室の八割ないし九割にお客さんが入るわけですが、やがて同業者が参入してきたときに、真の実力が明らかにされます。もっとサービスのいいところが出来れば、とたんに採算がとれなくなって潰れていきます。

一見、非常に好都合なこと、便利なこと、自分にとって神風が吹くようなことというのはあります。そうしたものに出会うことも、実際、考える以上にあります。しかし、それに頼ってはなりません。そうした幸運というものは、あることはあるので、それは受け入れてもけっこうですが、その幸運がきたときには、すでに次なる備えをしていかなければなりません。

そして、根底において、基底においては、環境がよかろうが悪かろうが、景気がよかろうが悪かろうが、やはり一定以上の打率を維持することができるように、内容を充実していく必要があるのです。これは地味ですが、きわめて大事な考え方なので、みなさんもどうか学んでいただきたいと思います。
『常勝思考』(幸福の科学出版)P224~228

 

   

 

6月10日(日)

映画「さらば青春、されど青春」上映会 IN高知黒潮ホテル

時間①11時~ ②13時10分~ 2回上映。(15時20分~「心に寄り添う」を上映)  

 

  

 

https://happy-science.jp/info/2018/34145/   

 

 

 

 

 

高知支部精舎
幸福の科学高知支部精舎 

 

飛行機 : 高知空港より車で15分。
電車 : JR「高知駅」より15分。
車 : 高知自動車道「高知IC」より15分。
駐車場 : 8台分の駐車場(無料)がございます。お車でお越しの際は、ぜひご利用ください。   

〒781-8105 高知県高知市高須東町2-11  

TEL:088-882-7775 FAX:088-882-7779 

 

高知支部精舎拝聴会が開催されます。

■6月7日(木)
「人間の運命について」
①11時30分~13時15分 ②15時~16時45分 ③20時~21時45分

■6月8日(金)
「パパの男学入門 講義」
①14時~15時半  ②19時~20時半


【N360他】自動車から見た『さらば青春、されど青春』

2018-05-13 22:48:39 | 自動車から見える日本と世界

ホンダN360(通称Nコロ)最初期型

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深い感動を伴って始まった映画『さらば青春、されど青春』。

初日東京では、主役の大川宏洋、千眼美子ご両名が参加した舞台挨拶のニュースが、たくさんのメディアで報じられました。

幸福の科学の映画が、これほどのメディアで取り上げられたのは初めてではないかと思い、少しづつ、浸透してきているのを実感いたします。

ご紹介しますと、

【千眼美子が告白「生意気なところもあったと思う」】
日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201805120000566.html

以下、転載記事

・朝日新聞
http://www.asahi.com/and_M/interest/entertainment/Cfettp11805126382.html
・BIGLOBEニュース
https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0512/nsp_180512_4112733546.html
・gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/nikkangeinou/entertainment/f-et-tp1-180512-6382.html
・so-netニュース
http://news.so-net.ne.jp/article/detail/1571050/?nv=r_cmn_photo
・infoseek
https://news.infoseek.co.jp/article/moviewalker_146589/
・ニコニコニュース
http://news.nicovideo.jp/watch/nw3509290

【千眼美子、改名後初の映画に満面の笑み!「一生忘れられない大事な映画になりました」】
MovieWalkar
https://news.walkerplus.com/article/146589/

以下、転載記事

・niftyニュース
https://news.nifty.com/article/entame/movie/12222-146589/
・YumerumoNEWS
https://news.merumo.ne.jp/article/genre/7418193
・YAHOO!JAPAN BEAUTY
https://beauty.yahoo.co.jp/enta/articles/886969


【千眼美子、出家後初の映画に誇らしげ「一生忘れない」】
シネマトゥデイ
https://www.cinematoday.jp/news/N0100677

以下、転載記事

・楽天WOMAN
https://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/cinematoday_N0100677
・グノシー
https://gunosy.com/articles/aPil7
・55(ゴーゴー)ニュース
http://c.gogouki.jp/gogonews/newsdetail/288921

【千眼美子、歌手デビューの主題歌を自画自賛「のびしろを褒めてあげたい」】
映画.com
http://eiga.com/news/20180512/10/

【『さらば青春、されど青春。』千眼美子、女優復帰に涙浮かべ「一生忘れない、大事な大事な映画に」】
映画ランドNEWS
https://eigaland.com/topics/?p=76020

ライブドアニュース http://news.livedoor.com/article/detail/14705010/

この映画、リアリティー追求型の作品で、その時期時期を現わすのに、背景や使っている道具へのこだわりが感じられます。

その一つが自動車。

えへへ、私、宗教布教ブログ編集長でありながら、『自動車から見える日本と世界』というカテゴリー記事をも投稿している自動車ヲタク。(笑)

このブログならではの、自動車から見た『さらば青春、されど青春』にチャレンジしてみたいと思います。

この映画の映像は、時期が特定できる仕掛けが出ておりますので、場面で出てくる自動車は、当然ながらその時期より後の製品を出すわけには参りません。

映画冒頭、1976年に出てきたのは、通称Nコロと呼ばれるホンダN360です。

1967年~1972年まで生産されたN360ですが、映画に出演したNコロは最初期型ですので、この時期でも、結構オールドカーに分類されます。

Nコロは360㏄エンジンの第1世代の軽自動車ですが、4サイクルOHC2気筒エンジンで31馬力~36馬力と、当時の軽自動車の主流は2サイクルエンジンで20馬力と、圧倒的な性能で、その後の高性能軽自動車ブームの火付け役になっただけでなく、日本車初の横置きFF車でもあり、「高い効率」という、その後の日本製品の生き筋を示した点で、偉大な先駆者といえると思います。

以前ご紹介したホンダSシリーズも同じく「超高効率」を目指した作品ですが、Sシリーズは趣味性の高い、純粋なスポーツカーでした。

しかし、N360が実用性が高く、また優れた経済性を求められる軽自動車だっただけに、その後の日本自動車界に与えた影響は多大だったと思います。

日産ローレル4ドアハードトップ(3代目 C230型)1977年~ 1980年

その次は名古屋でのシーン、1983年で、日産ローレルとクラウンです。

この2台、共通する部分があって、それは今はもうない、4ドアハードトップであることです。

ハードトップとは、Bピラー、要するに、ボディの前席と後席を区切る柱がなく、そして窓枠もありません。

ですのでデザイン上、とてもすっきりしていて、今見てもかっこいいと思えるいで立ちでございまして、1990年代までは、結構生産されていたのですが、年々厳しくなる安全基準のもと、今では絶滅してしまったボディ形状です。

安全基準を克服する技術ができれば、また生産されるやも知れません。

トヨタクラウン4ドアハードトップ2800ロイヤルサルーンG 1983年~1987年

クラウンは2.8という数字が移りますから、当時最高級のグレードですね。

しかしローレル&クラウンの4ドアハードトップコンビが、共に交通事故を起こしてしまいますが、それは何かの暗示でしょうか?(苦笑)

日産パルサー(3代目)1986年~ 1990年

さて、そしてちょっと自信がないのですけれども、映画作品のクライマックス、1985年のシーンで、主人公が運転していたのが、おそらくトヨタカリーナの4代目ではないかと・・・。

と思っていたのですが、映画のパンフレットを見ると、まさかの日産パルサー(3代目)でした!(苦笑)

まさかまさか、大トヨタのお膝元名古屋のシーンで、日産車を使うとは思いませんでしたので、私、すっかりトヨタのカローラか、もしくはカリーナだと思い込んでいました。

このシーン、よく聞くと、エンジン音に、「カシャカシャ」という、世代前のOHCエンジン特有の音がします。

またキャブレターという気化器でガソリンを気化していたら、エンジン音に濁音が混ざるのですが、それもないので、燃料噴射装置付きだと思われます。

地元の信者さんが、「この当時で、ドアミラーなのは、正しいのか?」と仰る方もいたのですが、1981年に発売されたいすゞピアッツァ以降、国民の声に押される形でドアミラーが解禁されましたので、年代的にもOKです。

いすゞピアッツァ 1981~1993年(映画未出演)

ということで、あまりにもマニアックな視点ですので、絶対に映画のネタバレにはなっていないと思われますが(爆笑)、そういう小道具としての背景にも着目しながら、『さらば青春、されど青春』という名作に、興味をもっていただけたらなぁと思っております。

さて本日は、経典『仏陀再誕』より、一部抜粋をお届けいたします。

            (ばく)

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人を愛し、人を生かし、人を許せ/千眼美子が語る、映画の魅力 天使のモーニングコール 1389回(2018.5.12,13)

映画「さらば青春、されど青春。」予告編(TVCM30秒)

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=175

しかし、諸々の比丘、比丘尼たちよ。
あなたがたはすでに修行の道を歩んでいる。

すでに修行の道を歩んでいるあなたがたであるならば、
心強くありなさい。
長旅を一人で耐える覚悟をしなさい。
孤独に耐える実力を養いなさい。
人生に勝利する鍵は、実にこの孤独に耐えるというところにあるのだ。

孤独に耐えることに失敗した者は、真に成功したためしがない。
なぜならば、真に成功する前に、
何人にも孤独の瞬間があるからである。

孤独の後には、にぎやかさがやってくることもあるであろう。
しかし、いつもいつも真実は一つである。

成功の前には、必ず一つの孤独がある。
その孤独をいかに生き切ったかが問題であるのだ。

この成功の前の孤独は、
短期間で済む場合もあるが、長く続く場合もある。

十年、二十年と孤独の時を過ごす者もあるであろう。
しかし、恐れるな、孤独を恐れるな。

あなたがたが孤独である時に、
仏もまたあなたがたの傍らにいるということを、
忘れてはならない。

あなたがたが一人坐しているときに、
大いなる者もあなたがたのそばに来て坐しているということを、
忘れてはならない。

あなたがたは、孤独であるのではない。
あなたがたは、単に孤独であるのみではない。
あなたがたは、真に今、魂を鍛えているのだ。

魂から、今、光が出んとしているのだ。
魂が、底光りしてこようとしているのだ。

若者たちよ、孤独を恐れるな。
孤独のなかにこそ、あなたがたの魂が伸びてゆく機会があるのだ。

真に孤独の時間をどのように耐えたかが、
あなたがたが本物であるかどうかを試すチャンスとなる。

若者よ、にぎやかさのみを求めるな。
人びとの間で、騒がしく生きることのみを求めるな。
人びとの目につき、人びとの称讃を受けることのみを望むな。

孤独の時間のなかに、永遠にあなたがたを生かす何かがある。
その、永遠にあなたがたを生かす何かをつかめ。
その、永遠の何かをつかんだ時に、あなたがたは変わる。

いや、変わらざるをえない。
あなたがたは、一八〇度の転回を見るであろう。

そして、大いなる時間、大いなる瞬間、
大いなる生命と出会うことになるであろう。

この孤独に打ち克ってこそ、真の勇者は生まれるのだ。
『仏陀再誕』(幸福の科学出版)P209~213

 

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「心に寄り添う」高ランキング 5/9 Yahoo!映画ユーザーレビュー評価ランキング1位を獲得

 


ホンダSシリーズの超高効率への挑戦と『太陽の法』

2018-05-07 00:23:32 | 自動車から見える日本と世界

ホンダS600(1964年)

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お久しぶりの自動車関連記事です。

前回が日本のライトウェイトスポーツカーの最高傑作、トヨタスポーツ800でしたので、ヨタハチ(トヨタS800のニックネーム)を掲載したなら、この日本車の最高傑作をご紹介しないわけには参りません。

本日のお題は、ホンダS500~800までの、通称Sシリーズです。

ライバルのトヨタS800が、エンジンパワーはそこそこで、軽量で空気抵抗の少ないボディを積んだもので、ライトウェイトスポーツカーのお手本と言って良い作品ですが、一方のホンダSシリーズは、純粋なライトウェイトスポーツカーとは言い切れないところがあります。

というのも、ホンダSシリーズは、姿かたちが小さいだけで、実際の中身は、スーパースポーツカーだったからです。

当時、世界中にこのようなカテゴリーはなく、ほぼホンダSシリーズがオンリーワンですので、トヨタS800とライバル視されがちですけれども、全く別のカテゴリーの作品であると私は考えております。

というもの、エンジンがハンパない、超がつく高性能だからで、このまま排気量を大きくしたり、ボディーの外寸をちょっと大きくするだけで、世界随一のスーパースポーツカーになります。

これは海外で言えば、ロータスがそういう分類に属するのかも知れませんが、ロータスはエラン(初代)でも1600㏄ありますし、ロータスは骨組みとボディを創りますが、エンジンはフォードやルノー、最近ではトヨタのエンジンのロータスチューンですし、その他の部品も他社製品の余り物を使っています。

その点、幌以外、何から何まで自社作のホンダSシリーズは、50数年前の作品としては世界的にも驚愕の出来だし、その作品の市場となった50年数前の日本は、どれだけ豊かな経済的土壌であったかと思います。

 

さて、ホンダは日本で最も若い自動車メーカーで、ホンダ初の乗用車として、S500が発売されたのが1963年(昭和38年)10月です。

もう50年以上も前に、事実上のデビュー作で、たった500~800ccですけれども、4気筒DOHC4キャブレターという、当時の世界最高峰のエンジンを積んでいたのがSシリーズです。

ホンダSシリーズは、世界中から「走る精密機械」と呼ばれました。

デビュー作が世界最高峰の技術というのは、立宗当初、最初の体系化された理論書が『太陽の法』という、創世記が書かれている幸福の科学と期を一としているような気がします。

話を戻しますが、DOHCエンジンだからと言って、即高出力になるほど、技術の世界も甘くはありません。

DOHCというのは、エンジンの吸気と排気を司るバルブを押す機能の一つで、DOHCはバルブを押すカムとバルブが直結していて、間に関する部品がないので、慣性重量が少なく、高回転になっても追随性が良いのですが、毎分1万回転以上を使うレースならいざ知らず、数千回レベルでは他の形式と、それほど出力は変わりません。

一昔前の古典的DOHCエンジンは、他の形式より出力が高いのですけれども、それはウェーバーとかソレックスというような、ガソリンを強制的に供給するポンプ機能の付いたキャブレターを使っていたからです。

だから、昔の高性能車は燃費が悪かったですし、ホンダもSシリーズ以降、「OHCで十分」と言わんばかりに、12年もの間、DOHCエンジンを作りませんでした。

また、ホンダSシリーズのキャブレターはCV型と呼ばれるもので、自然な動きが信条で、燃料供給用ポンプはありませんから、4個つけているからと言って、それで最高出力は1馬力だって上がりません。

ですが、各気筒に1個キャブレターを付けることで、吸気干渉という、ガソリンを含んだ空気を取り合う現象がなくなるので、エンジンの回転の上りがとても良くなりますし、CVキャブレターですと、それほど燃費の悪化はありません。

4つのキャブレターを操作しないといけないので、アクセルの踏力は、そうとう必要とされたはずですが。 

またSシリーズのエンジンは、最高出力発生回転数が8000回転以上という、市販車随一の超高回転エンジンながら、シリンダー径(ボア)が小さくストロークが長いロングストローク型です。

これは本来なら低回転を得意とし、高回転を苦手とするタイプですが、ロングストロークで低速トルクを稼ぎ、その上で高回転の追随性を良くして出力を稼ぐという、その後ホンダエンジンの基本骨格となる設計戦略を読み取れます。

しかしそれを設計通りに、実際にやるのは大変なことですし、とにもかくにも、かなりの労力とコストをかけている、Sシリーズの超高性能エンジン。

この50年数前の日本における超高性能の挑戦と実現は、ホンダの目指すものを垣間見るれるように思います。

それは「高効率への限りない挑戦」です。

このホンダの高効率への挑戦は、その後のCVCCによる排気ガス規制クリアにつながるだけでなく、初代CR-X、S2000,NSXらの、超一級品のスポーツカーの理念とも一致します。

そう言えば、初代CR-X、S2000,NSXも、小さなスーパースポーツカーでした。

今F1に再挑戦しているホンダ。

ホンダの50数年の歴史には、常に、技術の力と志の力で、実際に未来を切り開いてきた足跡があります。

幸福の科学の30数年の歴史もまた、全人類の幸福への挑戦、宗教戦争の克服とユートピア社会の実現など、愛と悟りと志の力によって、様々な困難を克服する歴史でしたし、今後もそうでありましょう。

さて本日は、大川隆法幸福の科学総裁の最初の理論経典『太陽の法』(幸福の科学出版)より、ほんの一部抜粋して御紹介いたします。

            (ばく)

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【On the Sofa】千眼美子ラジオ地上波初登場!

人生は一冊の問題集 天使のモーニングコール 1388回(2018.5.5,6)

Honda Collection Hall 収蔵車両走行ビデオ S600(1964年)

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=153

魂の二番目の特徴としては、仏の光の集中、発散中枢としての機能、性質をもっているということです。
仏の光とは、なにか。それはすなわち、大宇宙に満ち満ちている仏のエネルギーです。

地上界に太陽の光があるように、四次元以降の多次元宇宙、高次元宇宙に燦々とふりそそいでいる熱エネルギーそれが仏の光なのです。

地上世界の生物は、太陽の熱エネルギーなくしては生きてゆくことができません。それと同様、四次元以降の世界においても、仏の光、仏の熱エネルギーなくして、生命体は生きてゆけないのです。

魂のなかには、この仏の光を集中、吸収したり、発散、増幅したりする性質があるということなのです。

そして、仏の光を大量に吸収し、それを大量に放出することのできる人は、光の量が多い人といわれます。いわゆる光の指導霊と呼ばれている方たちです。

すなわち、如来や菩薩といわれる方は、仏の光を集中、放射するための巨大な機能をもっていて、ほかの人々に、光を送り込むことができるのです。つまり、人々の心に光明をつくり出してゆくことができるのです。

人間の魂は、すべて、仏の光を吸収発散しながら生きております。しかし、世の中を輝かせ、人々の心を光明で満たすために、仏の光を放射している高級霊、諸如来、諸菩薩という光の指導霊(光の天使)たちは、ほかの人々のために仏の光を供給することができる人たちなのです。

魂は、仏の光の集中、発散機能をもっているわけですが、では、地獄界にいる悪霊たちはどうなのでしょうか。彼らには、仏の光エネルギーの供給はとめられているはずです。

とめられているというよりも、むしろ、彼らは、自らがつくった巨大な悪想念のエネルギーで、そのくもりで、仏の光をさえぎっているといったほうがいいでしょう。

つまり、彼らは、ほらあなのなかのように、暗くて、ジメジメしたところで生活をしているのです。

彼らは、もはや、仏のエネルギーを生命の糧としておりません。というのは、彼らがエネルギー源としているのは、地上界の人々の心に巣くう悪想念だからです。

地上界の人々は、仏の光を精神エネルギーとして吸収する一方では、食物を摂取して、それを生活エネルギーに転換している、いわば、自家発電をしているようなものだといえます。

そして、この自家発電の電力をぬすみに来るのが、実は、地獄霊たちなのです。

地上の人々の心のくもっている部分、真黒な部分に、コンセントを取りつけて、そこからエネルギーをうばっているのです。

すなわち、つぎつぎと人間に憑依しては、その人のエネルギーをうばい、その人の活力をうばい、その人の人生を狂わせてゆく。彼らは、いわば、生きている人間のエネルギーをうばう吸血鬼なのです。

こうした地獄霊に憑依されないようにするには、彼らに、コンセントを取りつけさせないことです。

そのためには、地獄霊に通じている部分、つまり、心の薄暗い、ジメジメした部分をつくらないようにしなくてはなりません。

とにかく、心のなかに、仏の光を受け入れないガン細胞をつくらないことです。

そうすれば地獄霊たちは、エネルギーの供給を断たれるので、地獄というものはなくなってゆくはずです。
『太陽の法』(幸福の科学出版)P76~79

 

 https://happy-science.jp/info/2018/34145/

 

映画「心に寄り添う。」

 

 


【トヨタS800】日本のお家芸、マイクロスポーツと『ユートピア創造論』

2018-04-25 00:36:31 | 自動車から見える日本と世界

トヨタスポーツ800(1965年~1969年)

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いやなかなかこれでも、結構読まれていて、「来ていただいて布教する」というブログサイトによる布教で言えば、幸福の科学の信者さんでない方に読まれているのは、案外、自動車関連記事なのかも知れません。(笑)

で、今日のテーマは、私の趣味性で言えば最も好きなカテゴリー、「小さなスポーツカー」です。

小さなスポーツカーというのは、いわゆるライトウェイトスポーツカーと言われている分野で、つまり強いエンジンを積むのではなく、車体を軽くして性能を稼ぐというものです。

今世界全体を見れば、このライトウェイトスポーツカーというのは、イギリスのロータス以外、ほとんど絶滅危惧種でして、日本のみで製造と発売がなされていて、ライトウェイトスポーツカーは、今や、日本のお家芸だと思います。

日本のライトウェイトスポーツカーの流れは、大きく2つに分かれます。

ひとつは、原理主義的なライトウェイトスポーツカーで、その源流にあるのはトヨタスポーツ800(以下トヨタS800)だと思います。

なぜトヨタS800が原理主義的かというと、エンジンを含め、その他の部品は凡庸なものであっても、徹底的な軽量化など、エンジン以外の要素でスピードを稼ぐという、本来のライトウェイトスポーツカーの原理を、世界のライトウェイトスポーツカーの中で、最も良く体現していると思うから。

このトヨタS800、通称ヨタハチは、エンジンの性能は、空冷2気筒水平対向OHVで、たかだか45馬力ですから、今の軽自動車より非力だし、まだ調べが完全にはついていないのですが、恐らく、世界一非力なスポーツカーは、実はトヨタS800なのではないかと睨んでいます。

 

もう一つは、ホンダS500~800の流れで、「姿かたちが小さいだけで、中身は立派なスポーツカー」というものです。

ホンダS500~800は、小さな排気量でありながら4気筒のDOHCエンジンで、ライトウェイトスポーツカーというよりは、世界で最も小さな本格的スポーツカーなんですね。

その後もホンダは、S2000やNSX、ビートやS660など、優秀なスポーツカーを製造販売していますが、それはホンダの草創期に作ったS500~800と同じく、「姿かたちは小型でも、中身は立派なスポーツカー」でして、この分野も、とてもオリジナリティーのある魅力的なカテゴリーなのですが、文字数の関係から後日のテーマに譲るとして、本日はトヨタのS800、通称「ヨタハチ」について触れてみたいと思います。

トヨタS800は当時のトヨタの最小モデル、パブリカのエンジンとシャシ(基本骨格)を流用し、独自に軽く空気抵抗の少ない車体(ボディ)を載せた作品です。

このボディは当時、自動車としては先進的で製造難度の高いモノコック構造で、第二次世界大戦中は軍用機開発に携わっていた元航空技術者たちが設計したと言われるだけあり、軽量化と空気抵抗の抑制が図られたもので、重量は僅か580 kg に抑えられ、空気抵抗係数0.35だというからスゴイ!

空気抵抗係数は、ボディが長ければ長いほど有利ですが、全長全長3.6ⅿしかないのに、1978年に発売された初代マツダサバンナRX-7の0.36以下ですので、これは「スゴイ!」という以外ないです。

小さなエンジンで、軽く空気抵抗の少ないボディでスピードを稼ぐという意味では、トヨタS800ほど、徹底したライトウェイトスポーツカーはないだけではなく、とても燃費が良かったので、決まった時間内での走行距離を稼ぐ耐久レースでや、雨の中などの悪天候のレースに、トヨタS800は滅法強かった。

なぜなら、ほとんど壊れるところがないし、タイヤも減らないし、燃料補給もしなくて良いから、見た目が速くなくても、他の車が燃料補給やタイヤ交換してる間に、パタパタパタと距離を稼げるし、コーナーリングも速くはないが、扱いやすいので、悪天候ほど有利になったわけ。

この遺伝子は、その後のトヨタカローラレビン・スプリンタートレノや、現代のトヨタ86&スバルBRZに受け継がれるものです。

 

また決して速くはないが、愛らしいスタイルや、オープンカーの楽しさ、軽さとそれゆえの楽しい操縦性は、マツダのロードスターや、ダイハツのコペンなどが引き継いでいると思うんですよね。

 

以前、マツダのロードスターについて触れた記事では、「ライトウェイトスポーツカーは、商売的にキツイ」と言いましたが、世界で唯一と言って良いほど、ライトウェイトスポーツカー市場のある日本というのは、やはり消費者が成熟しているのだと思うのです。

というのも、この手の商品には、あまり実用性はないので、「単純に、走ることが好き」でないと高いお金を払えないのですね。

この、「単純に、走ることが好き」というのは、「スピードを出すのが好き」ではありません。

このカテゴリー作品は、それほどスピードを第一義としていないキャラクターなので、純粋に「走ることが好き」な消費者が、まとまった数、日本の市場にはいるという証だと思うのです。

トヨタS800は、総生産は3000台あまりと、商品としては成功作とは言えませんでしたが、その後、大きな大きな市場開拓を行った、日本ライトウェイトスポーツカーの偉大な先駆者でした。

日本のライトウェイトスポーツカーの先駆者はトヨタS800ですが、日本でライトウェイトスポーツカーが愛されるのは、やはり「わびさび」の精神であるとか、仏教の「足ることを知る」という思想などが背景にあるのかも知れません。

本日は、未来の方は必ず「新時代の思想の先駆者」と言うであろう、大川隆法幸福の科学グループ総裁が語る経典『ユートピア創造論』(幸福の科学出版)より一部ご紹介いたします。

              (ばく)

あたご劇場ホームページ http://neconote.jp/atago/

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【MV】千眼美子(清水富美加)「眠れぬ夜を超えて」(Short ver.)

トヨタ スポーツ800(後編)

 

幸福のとらえ方には、古典的な考え方が二つあります。

一つは「満足」の面を中心に考えるものです。(中略)

たとえば、汗を流して一日じゅう働き、家に帰ってお茶を一杯飲みながら、「きょうもよく働いたなあ」と思って満足するという幸福があります。

あるいは、子供が毎日すくすくと育っていくのを見て、うれしく感じる幸福もあります。(中略)

一方、幸福というものを、もっとドラスティック(過激)に、もっとダイナミックにとらえる人たちも、歴史上、数多くいました。(中略)

このようなリーダーたちは、歴史の転換点においてそそり立ち、「人間の幸福は停滞のなかにあるのではない。人間の幸福は、向上を目指す、より積極的で力強いもののなかにあるのだ」と獅子吼(ししく)してきたのです。

この「進歩・向上」の面を中心とする幸福は、きわめて力強いものがあります。

その結果、各時代において、人類の幸福の水準そのものを引き上げてきた面があることは否めないと思うのです。(中略)

しかし、古来から、「真理は中ほどにあり」と言われています。

二つの相対立するものがあって、どちらにも強く心ひかれるならば、必要な面がどちらにもあることを認めなければなりません。

すなわち、幸福の二つの側面は、車にたとえると、アクセルとブレーキの意味を持っているのです。

人はともすれば過熱し、無我夢中の人生を生きることがあります。

そうした人は、ときおり、ブレーキ役としての「足ることを知る」という幸福を知る必要があります。(中略)

このような人は、人生において、ときおり挫折を経験し、「現在ただいまのなかにある幸福」というものを発見しなければならなくなります。(中略)

逆に、足ることを知り、毎日、堂々巡りの人生を生きている人、その日暮らしの人生を生きている人に対しては、次のようなアドバイスが必要になります。

「それだけではだめです。人生にはアクセルも大事です。アクセルを踏むことを忘れては、車は前に進みません。

停まっていれば自分は安全だと思っているのかもしれませんが、あなたがいる道路を、どこだと思っているのですか。

単なる田舎道だと思っているのですか。しかし、そこは高速道路かもしれませんよ。あるいは、都会の道路かもしれませんよ。」(中略)

道路の混み具合を見ながら、アクセルを踏まなければいけないときもあれば、ブレーキを踏まなければいけないときもあるのです。

同じ道路であっても、車が渋滞しているときもあれば、車の量が少なくて非常に速く走れるときもあり、日によって、あるいは時刻によって、走行の仕方は違ってきます。

同じように、数十年の人生のなかでは、いろいろな環境に合わせて、自分の操縦方法を変えていく必要があるのです。
『ユートピア創造論』(幸福の科学出版)(41~48ページ)


技術の鬼トヨタが、セルシオでやったスゴイこと。

2018-04-16 00:00:34 | 自動車から見える日本と世界

 

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時折お届けしている自動車関連記事で、以前書いた初代セルシオ(輸出名レクサスLS)の物語の続きです。

トヨタのセルシオ(レクサスLS)による感動の創造。

以前の日本車は、欧米の作品に追いつき追い越せで開発していましたが、性能の面で欧米を追い越したのが、1981年の日産スカイラインRSからで、1989年のトヨタセルシオで、品質で欧米を追い越しました。

それも僅差とかではなく、圧倒的に引き離してしまったのです。

セルシオでトヨタが成した努力は、尋常ではありませんでした。

まさに技術の鬼です。

セルシオの特徴は、圧倒的な静粛性、つまり静けさと、振動の少なさです。

それは、トヨタでしか成しえない方法論で行われていました。

それは、エンジンと車体のシャーシ(骨組み)、そして部品のなにからなにまでも、すべて一気に開発してしまったのです。 

 

自動車業界の通例では、同一車種のエンジンとシャーシは、一度には開発しません。

なぜならば、エンジンもシャーシも、それぞれ膨大な開発費がかかってしまうからで、新車種の開発であっても、通常はそれまで使用していたエンジンなりシャーシなりを使って、モデルチェンジの際に、交互に新機種を投入するものです。

そうでないと、もし売れなかった場合、投資回収ができないばかりか、会社がそれに耐えられなくて倒産してしまうのですね。

しかしその方法論だと、古いシャーシに合わせざるを得ませんので、エンジンを理想的な位置に搭載できないのです。

トヨタがセルシオでやりたかった、静粛性と振動のなさの実現のため、ボディー前側にあるエンジンと、駆動輪である後輪をつなぐプロペラシャフトという部品を、水平に一直線に配置したのですが、そのためには、エンジンとシャーシの同時開発という、自動車メーカーとしては、とてもリスクが高く、前例のない方法論を選択する必要があったし、それを実際にトヨタはやってのけたのです。

 

初代セルシオを特徴である静粛性と低振動は、『源流対策』というテーマで開発が行われたというのが有名な話。

つまり、発生してしまった騒音や振動を、防音材やマウントなどで消したり抑え込むのではなく、「そもそも騒音や振動が発生しないように作る」というもので、つまりはそれを実現するために、徹底した精度の向上を目指したわけです。

つまり、エンジン内のベアリングなどの球体は限りなく球体になるように、また、バルブやピストンとシリンダーすき間などが、限りなく少なくなるように、精度そのものを大幅に向上させたのです。

そのためにトヨタは、新たにより厳密な精度測定器を開発し、またセルシオ用に新たに工場まで造りましたし、北海道にドイツの速度無制限高速道路アウトバーンを想定したテストコースまで造っています。

 

セルシオに搭載されているエンジンは、V型8気筒エンジンですが、この形式は、爆発の順番の関係で、どうしても振動が発生してしまうとされています。振動面だけでいうと、BMWなどが好む直列6気筒エンジンの方が有利なのですね。

しかし初代セルシオには、V8エンジンで懸念される振動がほとんどなかったということで、当時の記事を読むと、「セルシオを運転していて、これまで振動がないと思っていた、シルキー6(BMW6気筒エンジン)に、ごくわずかな振動があるのを実感した。」というコメントがありますので、これはスゴイことです。

これでセルシオは北米を中心に大ヒットし、一代でレクサスという高級ブランドを構築する原動力になったのですが、このセルシオショックの影響はこれだけでは済みませんでした。 

まずセルシオ登場以降、世界の高級車の基準は、初代セルシオになりましたが、問題はそれがその後に何を引き起こしたかです。

初代セルシオ以降、世界の自動車メーカーの部品が、ほぼ日本製に変わったのです。

今では、ベンツであろうがBMWであろうが、フェラーリであろうがポルシェであろうが、部品は日本製ですが、そのきっかけは、時系列で見る限り初代セルシオの影響です。

つまり、セルシオを超えなければ、ベンツやBMWなどは、北米の大きな市場の利益を失いますので必死です。

そのためには、それまでのセルシオ以下の部品の精度では、セルシオ越えは不可能でした。

そしてその高度な精度は、メイドインジャパンでなければ成しえなかったのです。

もちろん、世界の自動車メーカーが、トヨタのセルシオに関して、いちいちコメントしているわけではありませんが、その後、日本製の部品を使いはじめ、ヨーロッパ車からは、つまらない故障が消えました。

しかし問題は、日本の自動車マスコミの方です。

セルシオをもってしても、相変わらずドイツ車を中心としたヨーロッパ偏重の評価体系にはうんざりします。

セルシオを評した動画があったので、過去記事に貼っていますが、「下りの250㎞/hでコーナーを曲がるときに不満を感じた。」と自動車評論家さんがおっしゃったのですが、「そんな危険すぎるシチュエーション、評価に値せずじゃ!」と思うのですが。

どだい、当時のベンツやBMWのセダンでは、時速250㎞/hは出ませんので、「一体、どこの誰と比較して不満なのか?」と思います。

つまりセダンタイプのボディでは、時速250㎞/hでコーナリングできるだけでスゴイことなのです。

ここまでくると、自動車マスコミには「ドイツ車がトップになるヒエラルキーでないと困る人が、経営陣のどこかにおるんじゃないか?」と疑いたくなります。

いや案外、経済産業省あたりからの報道規制があるのではないかとも。

ですから私は、セルシオ以降、マスコミをあまり信じないようになりました。

しかしいくら文字で評し、また歴史に残そうとも、高いお金を実際に払う市場の方が、長い目で見れば正しい結論を出します。

セルシオショックは、まだ多くの方には知られていませんが、確かに起こったことで、今もまだ継続中なのです。

本日は、『リーダーに贈る「必勝の戦略」』(幸福の科学出版)より、大川隆法幸福の科学グループ総裁が、「理想実現のための心の使い方」について語った部分をご紹介します。

要は、「働いて稼いだお金を、何に使うか」まで考えればよいのだそうです。

            (ばく)

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 「反省の習慣を身に付けよう」 幸福の科学大川隆法総裁御法話抜粋

【ビデオカタログ】 初代(10系) トヨタ セルシオ(前期) 「F10 Toyota CELSIOR video catalog」  

【MV】千眼美子(清水富美加)「眠れぬ夜を超えて」(Short ver.)

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=123

理想や信念を固めたら、次には目標設定が必要です。(中略)

目標を設定したあとは、「ビジュアライゼーション(視覚化)」によって、目標が達成されている姿を、ありありと心のなかに描くことです。

一年後にその目標が達成されている姿、あるいは十年後にその目標が達成されている姿を、ありありと心のなかに描かなければいけないのです。

その結果を、心の深いところに何度も何度も刻印していくことです。

そのように、明確に未来を設定すると、この世の現象界は、設定された未来の目標に向かって進んでいくのです。

本人の自己念、自分の念も、目標を実現する方向に動きますが、本人の守護霊や、さまざまな指導霊たちも協力してくれます。さらには、そういう強い念は、自分が仕事をする相手にも影響を与えます。

当然、相手に霊的な影響を与えますし、相手の守護霊や指導霊にも影響を与えるのです。(中略)

その力の根本は何であるかというと、理想実現の結果をありありと思い浮かべ、それを受け入れること、そのようになった状況を受け入れることです。

たとえば、自分の会社の売り上げが年間一億円である段階で、「やがては百億円企業にする」ということを言ったとしても、実際に一億円企業と百億円企業では経営のスケールがずいぶん違います。その差は百倍です。

その場合、口だけで「百億円、百億円」と言っていても、「現実にそういう会社になったら、どうなるか」ということを心に描けない人は、その途中で、やはり実現を逃してしまうのです。

一億円企業には一億円企業の行動の仕方、組織の動かし方、判断の仕方が当然ありますが、「百億円企業になったら、どうなるか」、あるいは、「一千億円企業になったら、どうなるか」ということを、思い浮かべられるようでなくてはなりません。(中略)

自分自身が、十億円企業、百億円企業、一千億円企業のイメージを、ありありと描くことができ、その実現を信ずることができ、「それを実現することは多くの人の幸福につながる」ということが確信できて、その事業を成し遂げることに強い使命感、信念を感じるのであれば、それを達成した姿を心に描くべきです。(中略)

それを心に受け入れていくと、だんだん、ものの考え方が経営規模に合わせて変わっていきます。経営規模に合わせて考え方を変えられない人は、事業を大きくすることはできず、事業は自分の器以上のものにはならないのです。

ヤドカリでも、大きくなるためには貝殻を替えなければいけません。ほかのもっと大きな貝殻に移らなければいけないのです。同じ貝殻のなかにいたら大きくなれません。また、「脱皮しない蛇は死んでしまう」とも言われています。

同じように、考え方や行動の様式を変えていかなければならないのです。(中略)この力を持たない人、つまり、「理想の結果がほんとうに来たら怖い」という人は、理想の状態を心に受け入れることはできなくなります。
『リーダーに贈る「必勝の戦略」』(幸福の科学出版)(222~228ページ)

 

  

 

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トヨタ2000GTの志とスピリット。ードラマ「真夜中のスーパーカー」見てー

2018-04-01 00:23:03 | 自動車から見える日本と世界

トヨタ2000GT(左)&レクサスLFA(右)ドラマ「真夜中のスーパーカー」のワンシーン

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10月28日夜10時より、NHKBS1で放送されていた、ドラマ「真夜中のスーパーカー」を観ました。

たまたまテレビをつけていて、番組予告で、トヨタ2000GTとレクサスLFAが、サーキットらしきところでランデブー走行しているところが映っていて、「こりゃぁ、見んといかんぜョ!」と番組予約しました。

ドラマのストーリーとすれば、映画ナイトミュージアムと、深夜ドラマのアキバレンジャーをコラボしたような展開でしたが、車好きにとっちゃぁ、国産屈指の新旧名車対決というか、この二車が同時に走っているところを見るだけで、もう全身からヨダレが出る(笑)というもの。

トヨタ2000GTもレクサスLFAも、共にエンジン音が良いことで有名で、そのエンジン音を聞き比べることができるかと思えば、自動車ヲタクの私は放送が楽しみで仕方がありませんでした。

こんなことばっかり書いていたら、「おい、ばくちゃん、おまん、宗教布教ブログの編集長じゃろぉがぁ!」と、またまた地元信者さんからお叱りのお言葉を頂いてしまいますね。(爆笑)

とにかくも、名優唐沢寿明さんの存在が、ドラマのクオリティーを跳ね上げていました。

唐沢さんはクラシックカーファンのようで、トヨタ2000GTも所有しているらしく、ドラマの撮影はさぞかし楽しかったことでしょうね。

唐沢さんの役どころは、なんと「トヨタ2000GTの魂」。

これは日本古来から言われている、付喪神(つくもがみ)の思想から来ているのでしょう。

唐沢さん演じるトヨタ2000GTの魂が、「人間が精魂込めて作ったものに、魂が宿るのは当然のこと」と、実にさらっと、そしてかっこよく言っていたのが印象的でしたが、自動車をドラマにしたり、「魂」を事実上の主人公にするなんざぁ、今回NHKが、最もNHKらしくない演出でしたね。

しかしまぁ、トヨタ自動車のことはナゴヤ自動車、ヤマハ発動機のことをハマヤ発動機、日産自動車のことをニッシン自動車と呼んだりしていますが、そんなの日本人なら「ああ、あのことね。」と呼べるレベルですので、公共性を保持すると言っても、ほほえましくもありましたね。

ドラマのストーリー展開としては、荒唐無稽とも荒っぽいとも言える内容でしたし、540馬力のレクサスLFAが、150馬力の2000GTの後塵を拝するところとか、「嘘じゃろう。(笑)」という場面も多々ありましたが、ドラマを貫いているコンセプトが「志」であって、信仰者である私は痺れてしまいました。

なお、レクサスLFAの名誉のために言わせていただきますが、ある意味で、自動車作品の革命児的なところがあるのですけれども、そのエピソードなどはまたの機会に。

さて、唐沢さん演じるトヨタ2000GTの魂が語る、トヨタ2000GTの開発秘話はグッと来たし、知らなかったことも多かったです。

「高速道路が通り、自動車の輸入が自由化されれても、日本車だってスーパーカーが作れるということを証明するために、俺(トヨタ2000GT)は突貫工事で作られた。」

「それが時代の要請であり、俺の使命だ。」

「日本の自動車は欧米に負けない。これが戦争で負けた世代の、アメリカへのリベンジだ。」

だからこそトヨタは、純国産の部品のみで、しかもたった1年でトヨタ2000GTをつくり、果敢に速度記録に挑戦し、1台当たり60万円の赤字であっても、3年と短期間でしたが、継続販売をしたのですね。

そして山本水月さん演じる、トヨタ2000GTに強いあこがれを抱く、ナゴヤ自動車のカーデザイナーにこう問いかけます。

「お前への時代の要請は何だ。」「使命は何だ。」と。

新旧ジャパンスーパーカーのランデブー走行シーンだけでなく、いろいろ考えさえられる、良いドラマであったと思いました。

世界は宗教紛争に手立てを打てず、憎しみは増幅するばかりです。

また中国や北朝鮮などの共産主義(無神論)国家の横暴にも、国際社会は右往左往し、このままでは、神仏を信じる国々は、神を信ぜぬ者どもに食い破られてしまう未来が待ち受けます。

時代は確かに「光」を求めているのに、それをまだ多くの人は、ちっぽけな自分や古い文明の価値にとらわれて、求めていることを認めようとしないし、いまそこにある「光」に気づいてもいません。

しかし「光」はやはり「光」

時代の暗闇が進めば進むほど、「光」の存在は大きくなります。

「光」はもう降臨しているのです。

本日は経典『仏陀再誕』(幸福の科学出版)より、かつてインドの地で釈尊として法を説き、涅槃経で説かれたとおり、仏陀が今再び、東の国にて太陽を上らせていることを宣言した説法をご紹介いたします。

「時代の要請とは何か」「使命とは何か」

皆さまにも、共に心を賭して、考えていただきたいのです。

                (ばく)

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愛知発地域ドラマ「真夜中のスーパーカー」みどころ紹介

2000GT VS.LFA 新旧スーパーカー真剣勝負~愛知発地域ドラマ「真夜中のスーパーカー」

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諸々の比丘、比丘尼たちよ。
今生にて、ふたたび、相見えることができたことを、我は嬉しく思う。
今生にて、ふたたび、相見えることができたことを、我は嬉しく思う。

我はかつて、あなたがたに約束したはずだ。
末法の世に、ふたたび甦るということを。

末法の世に、再誕し、
あなたがたとともに、仏国土建設のために、
その身を投げ出すということを。

末法の世にこそ、
新たなる法を説かんがために、地上に降りるということを。

我は、かつてあなたがたに約束したはずである。
我は、その約束を違えたことはない。

今、また、末法の時代が来、
時代が我を要請し、
時代が、あなたがたを要請している。

縁生の弟子たちよ、
我が声を信じよ。
我が声に目覚めよ。

我が向かう方向に、つき従え。
我に従い来よ。
我の振る、この白き手に従い来よ。

我は、あなたがたの永遠の師である。
永遠の師の、その後ろに続くことが、弟子の使命であるということを、
ゆめゆめ忘れてはならない。
『仏陀再誕』(幸福の科学出版)P51~53

 

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
よくよく言っておく。
私のこの言葉を憶えておけ。

あなたがたは、仏と同じ時代に生まれることが、
いかほど難しいかということを知っているか。

仏が下生(げしょう)する時に、生まれ合わせるということは、
これは、たとえようもない幸福であるのだ。

そのような時代に、
そのような地域に、
同世代として生まれ合わせることができた者は、幸いである。

また、生きて仏に相見(あいまみ)えることができた者は、また幸いである。

生きて仏に相見え、仏の声を聴き、
仏の姿を見ることができた者は、幸いである。
その幸福は、おそらく幾千万年、幾億年の幸福に匹敵するであろう。

 

また、仏の世に生を享け、仏の世に仏に巡り合い、
仏の教えを聴き、
そして仏の教えをよすがとし、縁として、
そして悟りに到ること、これまた難し。

そのようなことは、
希有なる幸福であるということを知らねばならない。
仏と同じ時代に生まれることでさえ、希有なることであるのだ。

また、生きて仏に相見えることも、希有なることなのだ。
ましてや、仏に相見えて、悟りを与えられるということは、
さらに希有なることなのだ。

あなたがたは、こうした大いなる幸福を得るためには、
他の一切が惜しくないという気持ちを持たねばならない。

他のすべてのものを捨ててでも、その道に入らねばならない。
それは、あなたがたが忘れてはならないことなのだ。

この世であなたがたが握っているところの、さまざまな執着は、
これは、地上を去る時にまったく虚しくなる。
そのようなものは持って還れない。

どのような者であっても、齢百歳を超えるのは難しい。

その時に、持って還れるもの、
地上を去る時に持って還れるものが、いったい何であるかを知れ。
地上を去る時に持って還れるものは、心しかないのだ。

心しか持って還れないならば、
その心を幸福に満たす以外に手だてはないのだ。
心を幸福に満たすには、悟りの喜びを味わうに如くはないのだ。

悟りの喜びを味わい、心幸福ならば、
今世はすなわち成功したと言ってもよい。

その幸福のために、すべてを賭けよ。
『仏陀再誕』(幸福の科学出版)P267~270

 

映画「さらば青春、されど青春。」予告編


トヨタのセルシオ(レクサスLS)による感動の創造。

2018-03-24 23:50:32 | 自動車から見える日本と世界

トヨタセルシオ(海外名レクサスLS)初代 1989年発売開始

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このブログ、幸福の科学高知の在家信者による宗教布教ブログですけれども、編集長の自動車好きが高じて、時折自動車ネタをやります。

もちろん、自動車メーカーからは、1円の広告費もいただいてはおりません!(爆笑)

しかし「自動車から見た日本と世界」からは、やはり「日本って、やっぱりスゴイ!」というエッセンスが山盛りで、それがどこかのお隣の国のように、単なるコピー製品などではなく、極めてオリジナリティーに富んだ作品が山盛りなのが素敵なところです。

日本人は身内に厳しいところがあって、なかなかそういうところを評価しないのだけれど、やはりこと技術においては「感動」するものがたくさんあると思います。

何事も感動なくしては、多くの人の心を動かすことはないです。

私とて、1円ももらわずに「書く」という時間=人生の一部を使っているのですから、「時間を使う価値あり」「言わせていただく価値あり」と「思わせる何か」 がなければそうはならないのです。

これは、宗教における在家信者の伝道活動、布教活動も同じことで、それはやはり、教団や関係各所からは1円のギャラも発生しない(爆笑)からです。

私たち在家信者は、1円ももらわず、むしろお布施をして教団を支えつつ、人生の時間を投資しているわけで、そこには何か「真実を伝えねばならない」という必要性と、それを私たちに「使命感」とするだけの「感動の創造」があるからなのです。 

さて、今日のお題はトヨタセルシオ(初代)、海外名はレクサスLSで、発表は1989年です。

奇しくも、以前ご紹介したマツダ(ユーノス)ロードスター(NA)や、日産のスカイラインGTR(R32)も1989年生まれで、セルシオを加えて「花の89年トリオ」と呼ばれていて、1989年(平成元年)は、全世界に影響を与えた名車の当たり年なんですね。

セルシオの何がすごかったって、「何もかも」がすごかった。(爆笑)

セルシオは全長5m級の大型車で、私は小型車が大好きなので、このブログで取り扱うのは初めての大型高級車です。

私が小型車が好きなのは、やはり感動するから。

小型車では性能を出すのも利益を出すのも大変なので、自動車メーカーや部品メーカーの血のにじむような努力がなければ、小型車中心の日本の自動車メーカーの繁栄はないのですね。

私は大型高級車を見ても、「それだったら、高性能でも当たり前かな?」と思ってしまうところがあって、大型車はあまり心にビンビン来ないのだけれど、トヨタセルシオ(特に初代)は別格で、これはホントにスゴイので書かざるを得ないのです。

せセルシオ登場以降、ドイツのメルセデス・ベンツやBMW,イギリスのジャガー、アメリカのGMなど、誰でも知っている世界の大御所、高級ブランド自動車メーカーがセルシオを買い求め、ばらして研究していたのは有名な話なんですね。

それは、「セルシオ・ショック」と呼んで差しつかえない衝撃でした。

イギリスでは王室御用達の超老舗ロールス・ロイスは自社経営をやめてBMW傘下に入りましたけど、案外、セルシオショックの影響かも知れません。

セルシオ以前の世界の高級ブランドメーカーたちは、ある意味で日本車を見下していたところがあったと思うのですね。

「日本は、2000㏄クラスの小型車つくりはうまいが、高級車は苦手だ。」と。

それは歴史的背景があるはずで、ヨーロッパで生まれた自動車文化は、そもそも、「金持ちの道楽」から生まれたもので、レースやラリーなどのモータースポーツも、金持ちしかできなかった分野で、要するにヨーロッパでは、金持ちは高級車を乗り回す歴史的、文化的な背景があるわけです。

一方、日本人も車好きですけれども、日本ですと、高級車を乗り回すようなお金持ちは、運転手を雇って後部座席に座って移動することがイメージとしてはあったのですね。

今はだいぶ事情が違ってきましたけれども、セルシオ以前ですと、クラウンとかその上のセンチュリーとか、日本的高級車だと、それほど性能を追求しないものが主流でした。

クラウンもセンチュリーも輸出しておりませんでしたので、海外の方は、「日本には高級車は作れない」と思っていたはずなんですね。

 

しかし当時、1980年代後半には、トヨタを始めとする日本メーカーは、もう事実上世界一の性能を持っていました。

なぜかと言うと、各メーカーの地道な技術向上と創意工夫によって、世界で初めて、排気ガス規制と燃費問題を克服していて、それで浮いた開発エネルギーを、性能やクオリティー向上に向けることができたからです。

そして満を持して登場したのがトヨタセルシオです。

排気量4000㏄のV型8気筒エンジンを搭載し、全ての領域で、「それまでの高級車が、前世代の遺物になった」、「セルシオが、今売られている世界の高級車を、クラッシックカーにしてしまった。」と言わしめるだけの内容を持っていました。

特に凄かったのは、静けさと振動のなさと動力性能です。

「感動」というものは、「予想外の何か」「予想以上の何か」がないと発生しません。

この「静けさと振動のなさと動力性能」の実現のために、トヨタが行ったことというのが、これまた「嘘やろ!」って言ってしまうレベルのものすごさで、いつもは「販売のトヨタ」と言われているのに、トヨタ2000GTや初代プリウス開発秘話などで、時折トヨタが見せる「嘘やろ!」な一面は、まさに「技術の鬼」で、セルシオの時も「技術の鬼トヨタ」でした。

 

というところで、文字数制限が。(爆笑)

この「技術の鬼トヨタ」の成した技は、noblesse oblige(高貴なる義務)そのものだったと思うし、企業として、かなりリスキーな判断と決断だったと思うのですが、その話題はまた次の機会に。

セルシオは名車中の名車ですきに、一話完結は難しいですし、布教もありますので。

「動画や経典紹介がなければ、もっと書けるのでは?」とお思いかも知れませんが、「自動車関連話を、いかに布教につなげるか」に、このブログサイトの付加価値とオリジナリティーがあるわけで(笑)、そこにいたる創意工夫こそが、このブログの「感動の創造」の秘密なのでございます。(爆笑)

では本日は、3月25日の御法話ご紹介と、経典『成功の法』より「ザリガニ型人生を生きてはいけない」という一節のご紹介です。

         (ばく)

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幸福の科学グループ創始者兼総裁大川隆法先生
「人はなぜ幽霊になるのか」

【開示日】
≪本編[61分]≫
3月25日(日)
【開催場所】
幸福の科学 全国支部、精舎
☆-☆-☆-☆-☆
◇あなたは大丈夫?こんなにもある幽霊になる条件!

・春のお彼岸の最中である3月21日、主より幽霊に関する御法話を賜りました。

・ホラー映画やドラマではわからない霊的世界の真相が明かされた本御法話は、信者はもちろん、ホラー映画やドラマが好きな方、霊的な世界に興味のある方、百歳まで生きる会層、学生・青年層などにお勧めです。

【Point】
◆幽霊にもタイプがある?生霊も幽霊?

◆ペットとのかかわり方や、ペットの供養はどう考えるべきか?

◆身の周りでこんなことが起きたら、それは幽霊の仕業?!

◆幽霊にならないために必要なこととは何か?

◆吉永小百合や石田ゆり子が、いつまでも美しいワケは?

◆本当に強い人とはどんな人?その特徴とは?

◆人生の真の勝者になるためには?

☆-☆-☆-☆-☆

【拝聴者の声】

・伝道のきっかけとしての話題作りの切り口にもなるお話だと思いました。(40代女性)

・気をつけないと自分が幽霊になる可能性があるのだと思いました。(50代男性)

☆-☆-☆-☆-☆

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「不況を乗り越える智恵」 幸福の科学大川隆法総裁御法話抜粋

セルシオ初代登場!! ベンツやBMWより良い? 黒澤元治がチェック【Best MOTORing】1989

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=138

二度、三度と失敗を繰り返した人のなかには、もはや勇気が枯渇して出てこないように思っている人もいるでしょう。何度も挫折経験を繰り返した人は、逃げることのみを考えます。

尻のほうから逃げていくこと、後ろに向かって逃げていくことだけを考えるのです。これを、私は「ザリガニ型人生」と呼んでみたいと思います。

田んぼのなかや小川のなかに、ザリガニという、エビに似た生き物がいます。

彼らは後ろに逃げることしかできません。人が来たり、水のなかで魚が跳ねたり、あるいは、石ころを投げ込まれたりすると、その昔に反応して、すぐ、二十センチか三十センチ、後ろにサーッと下がります。

したがって、ザリガニを捕まえることは、そう難しいことではありません。

彼らの十センチか二十センチ後ろに、そっと網を入れておいて、目の前に石ころを一つポトンと落とせばよいのです。そうすると、ザリガニは、みすみす網のなかに入って一巻の終わりとなります。(中略)

「敵は前にばかりいる」と思って、いつも後ろに逃げる傾向のある人は、後ろに網が仕掛けられている場合には、もはや逃れようがないのです。

「目の前に起きることが、自分を害することばかりである」と考えるのは早計です。

そうではなくて、勇気を持って前に進むときに、そこに道が開けることもあるのです。

自分を守ることのみを考え、後ろに下がることばかりを考えていては、真に自分を救うことにはならないのです。勇気ある行動をとることが大切です。

いま、自分自身を振り返ってみて、失敗癖のある人、挫折癖のある人は、よくよく考えていただきたいのです。

おそらく、そういう人は、なかなか決断が下せない、優柔不断の性格なのではないでしょうか。自分自身の意思決定ができないのではないでしょうか。

意思決定ができない上に、おそらく行動に出るのが遅いのでしょう。

「できれば、危険を避けたい。不幸な経験を避けたい。傷つきたくない。人との接触を避けたい」という気持ちが強いのでしょう。

それに輪をかけて、今度は、後ろに逃れることを考えはじめるのでしょう。まるで、ザリガニが水のなかを後ろに向かって逃げ去るように、後ろに向かって進んでいこうとするのでしょう。

このような人は、「勇気を持って前に出ていく」という気持ちを持たねばなりません。(中略)

そのときに、おそらく、ほんとうの意味での失敗というものはないでしょう。

決断、そして実行が大事です。
『成功の法』(幸福の科学出版)P74~78

 

映画「さらば青春、されど青春。」予告編

 


マツダロードスターのオンリーワン現象と『財務省と国民を救う道』

2018-03-14 00:53:02 | 自動車から見える日本と世界

マツダ ユーノス ロードスター(初代)1989年発売開始 通称NA

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本日は、時折書かせていただいている自動車関連記事です。

私、自動車大好き人間ですので、楽しく書かせていただいておりますけれども、「この分野を、幸福の科学の布教に結び付けるにはどうするべきか。」には、毎回頭を悩ませている代表管理人ではあります。(爆笑)

ただ、取り扱う作品や関連画像が、ネオクラシックと呼ばれる分野に該当するようで、「昔懐かしの感があるのやも?」でして、結構評判よろしくて安堵しちょります。

私自身もスーパーカー世代ではあるのですが、実は記事としては、「社会に与えた影響」という観点から記事を書いているつもりでして、最近の作品も好きなものは多いですけれども、どうしても過去の作品にスポットが当たっています。

今回の対象は、1989年発売のユーノス・ロードスター(現マツダ ロードスター)です。

1980年代後半から2000年あたりまで、自動車に関して言えば、ジャパン・アズ・ナンバー1な時代でございました。

はっきり言えば、日本で一番なら、世界でも1番の時代があったのです。

世界で最も早く排気ガス規制と燃費問題を克服し、性能問題解決策を構築したのが日本メーカーでした。その日本メーカーの世界的な立ち位置を、事実上引きずりおろしたのが、日本の運輸省(現国土交通省)ですけれども、文字数制限がありますので、それは過去記事をご参照くださいませ。

関連記事 日本の役人が、日本車から自信を奪った!

そのジャパンアズナンバー1な時期でも、1989年というのは、世界に与えた作品が数多く生まれた当たり年ですけれども、今回はその中でマツダの小型スポーツカー、ロードスターに着目してみたいと思います。

 

マツダロードスター(以下ロードスター)と言えば、小型軽量で、そこそこのエンジンを積んでいるオープンカーで、ライトウェイトスポーツと呼ばれるカテゴリーに属する作品で、私が子供のころは、イギリスのMGミゼットや、イタリアのアルファロメオスパーダ―など、まだそのカテゴリーに属する新車が発売されていましたが、ロードスター発表の1989年には、世界から消えていたジャンルなんですね。

なぜ消えたかと申しますと、80年代から世界的に厳しくなり始めた車体安全基準を、小さなオープンカーではクリアできなかったからです。

大きな車体ですと、ボディなどを強化すれば何とかなったのでしょうけれども、小型軽量ですと、技術的にもコスト的にも厳しかったですし、頑丈にしてしまえば当然重くなるわけで、ライトウェイトな作品ではなくなってしまって、それでは売れる商品にはなりません。

世界の自動車メーカーは、膨大な開発費用のかかる車両の新規開発を諦め、それまでのモデルが発売中止と同時に、世界中で次々とカタログモデルから消え続けていたわけです。

そのような自動車を取り巻く社会環境の中、ロードスターは発売され、瞬く間にヒット商品となりました。

しかし、重量1tを下回る車両重量で、安全基準をクリアするとは、マツダの技術力の凄さを垣間見る歴史的事実です。

当時マツダは、販売チャンネルの多角化をしていて、その後バブル崩壊と共に、会社自体が危機的状況に陥るのですが、その中でスポーツカーでありながら、マツダの唯一の光明と呼べるくらい売れ、累積販売台数で、4代目(NDモデル)となった今では、「世界で最も売れたオープンカー」としてギネス記録を持っています。

デザインは、かつてのロータスエラン(英)に似ていて、今見ても可愛らしい普遍性を持っています。またリアコンビネーションランプは、デザイン性と機能性の両立を評価されて、ニューヨーク近代美術館(MoMA) に展示・永久収蔵されているとのこと。

またディズニーのアニメ映画、「カーズ」の主役マックイーンに似ているようにも思うのですが、それは私だけが思っているだけかも知れません。

さて発表当時、世界でオンリーワンな存在だったロードスター、世界中のニーズを独占したわけで、それは世界の自動車メーカーも奮い立ちました。

マツダの英断により、「ライトウェイトオープンスポーツカーに、十分な顧客ニーズがある。」ということが証明されたからです。

そしてイギリスの名門MGからMGFが、ドイツからはBMW・Z3やメルセデスベンツSLK、イタリアからはフィアットバルケッタなど、ロードスターと同じ企画であるライトウェイトオープンスポーツカーが、次々と雨後の筍のように発表されました。

ロードスターは、ライトウェイトオープンスポーツカーの中興の祖となったのですが、ロードスターが偉大だったのは「その後」なんですね。

日本のマツダロードスターの成功を受けて、たくさんの作品が世に出たライトウェイトオープンスポーツカーですが、当時から約30年後の今現在の世界には、ライトウェイトオープンスポーツカーは、またマツダのロードスターだけになっているのです。

他の作品は、あるものはカタログモデルから消え、あるものは肥大化し、大きなエンジンを積んでしまったからで、ロードスターはまた、「オンリーワン」な存在となっているのです。

   

これはマツダというメーカーの、ロードスターに対する志もありましょうが、やはり、ライトウェイトオープンスポーツカーという分野が、商業的な面において、そうとう難しいカテゴリー作品であることだと思います。

自動車というのは、特に日本では誤解されがちなのですが、自動車は小さければ小さいほど、作ったり利益を出すのが難しい商品なのです。

自動車というのは、大きな作品も小さな作品も、エンジンは1個、ハンドルは1個、タイヤは4つと、基幹部品に大きな差はありませんので、大きなエンジンを積む大きな作品で、大きな動力性能を持つのは簡単ですが、小さなエンジンで、動力性能を稼ぐのは大変です。

また、大きな作品だと高級化できて、高額で売ることができますが、小さな商品だと値段を高くできないので、利益を出すのは高級車が圧倒的に有利です。

結局、ロードスターオンリーワン現象は、「今、日本以外の国で、利益の薄い小型車で、利益を出すノウハウがある国は、もう存在しない。」という現実を、示していると思うのですね。

かつて、日本の軽自動車の税金が、他の小型車と比べて安いことが、欧米など自動車主要国から、まるで輸入障壁のように言われたことがありましたけれども、日本人的には、「だったら、欧米の人たちも、軽自動車を作ればいいじゃないか!」と思うのですが、その背景には、「彼らには、軽自動車を作ったり、それで利益を出すことができない。」という現実があるわけです。

そしてもう一つ言えることは、1989年からずっと、マツダはロードスターを作り世に出し続けているのですけれども、ロードスターは他の商品とは、エンジン以外の部品の共有部分がほとんどない独立した作品で、結構高コスト商品です。

これを作り続けていられるのは、「ロードスターを作って売っても利益になるように、安く安定した部品供給体制が、今の日本にはある」ということを示しています。

これは、世界のシェア90%以上、事実上100%を持つ、部品大国日本の産業形態が大きいのですけれども、この世界でも稀有な技術力と、製造能力を持つ部品メーカーのほとんどは中小企業です。

これを、不景気であるとか、自己責任であるとか、そういう薄っぺらい観点で失っては、国富そのものが危うくなるということで、何としても、次世代まで頑張って企業経営していただいて、日本の富を支えていただかなければならないと思うのです。

それは、事実上世界のシェア100%ということは、「日本の部品メーカーが頓挫すれば、世界ではその日から、日常の工場製造ができない」といことで、とても重い責任を持ってるということです。

これは絵空事ではなくて、東日本大震災のとき、東京での長期の計画停電で、東京の下町の部品工場が操業できず、その結果、ドイツやアメリカで自動車工場が操業停止になったことがあっています。

小さな企業は、経営基盤は小さく、ちょっとした景気変動や、資金の不足に悩んでいます。

2020年からと言われている10%消費増税は、そうとう企業基盤を揺るがすと思われます。

さて今、この国の政府は、森友資料改ざん問題で揺れています。

森友と言えば文科省かと思いきや、財務省が叩かれているわけで、私にはその因果関係などはよくわからないのですが、政府はこの苦境、減税で乗り切ってみてはいかがでしょうか?

どうせ、国民の信用を失った財務省で増税は無理でしょうから、いっそ「1000兆円を超える国債は、国民の借金ではありません。これは政府の借金ですので、これを機会に国民の皆様に稼いでいただき、自然増で税収増を目指す財務省に生まれ変わります。」とでも言えば、国民も、「おおこれで、雨降って地固まるじゃな。」と言って納得なさるんじゃぁないでしょうかね。

本日は経典『震災復興への道』(幸福の科学出版)より、財務省の経営能力のなさを批判した一節をご紹介いたします。

                (ばく)

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「友情を築く」 幸福の科学大川隆法総裁御法話抜粋

マツダ新型ロードスターを初代ロードスターと対決させてみた!!

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=38

私は何度も述べていますが、財務省は駄目なのです。

「財務省にいる人たちは、一つの会社さえ満足に経営できない人たちなので、その財務省に操縦されている政治家の意見に翻弄されてはいけない」ということを、どうか知っていただきたいのです。(中略)

例えば、個人が、銀行から三千万円を借りて、三千万円のマンションを買ったとします。この場合に、「借金が三千万円もあるから大変だ。もう破産する」というような騒ぎ方をしているのが、今の政府なのです。

しかし、三千万円の借金はありますが、もう一方には、三千万円のマンションという資産があるわけです。つまり、それは、いざというときに、転売すればお金に変わるものですし、値上がりすれば利益が出ることもあります。あるいは、そのマンションを又貸しすることも可能です。
 そのように、「負債」に見合うだけの「資産」があるのですが、財務省は、この資産の部分について、一切、公表していません。それを知らなければいけないのです。

また、例えば、(中略)銀行から一億円を借りて、一億円の工作機械を入れたら、それで金型をつくり続けることができます。つまり、それを商品として売り続けることができるわけです。借りた一億円が、それ以上のものになって返ってくるのです。

これが近代資本主義の精神です。

貸借対照表の一方に借金があったとしても、もう片方に資産の部分が着実に増えていけばよいわけです。(中略)

確かに、その資産の部分について、それが、「投資に当たるものなのか。単なる浪費にすぎないものなのか」を見分けるのは難しいことです。

今回は、堤防などを単なる浪費だと思っていたのでしょうが、浪費ではなかったということです。また、水力発電のダムも浪費ではなかったことが分かったと思います。

今後、東日本、特に東北地方を中心に、もう一回、インフラの再構築をしなければなりませんが、これは単なる浪費ではありません。

使ったお金の分だけの財産が、きちんと残っていくものなので、そこを間違わないようにしなければいけないのです。

こういうときには、国債でも他のものでも構わないので、気にせずに、お金を集めてインフラをつくったらよいと思います。そうすれば、そのお金に見合ったものが、きちんと財産として残ります。

したがって、国の財産と思われるものを正直に発表したらよいのです。

「これ以上、国債残高が増えたら、日本もギリシャのようになる」などと言われていますが、それは、財産の部分について発表しないからです。(中略)

発表したがらないのは、国あるいは地方公共団体に財産があることが分かった場合、「そんなに財産があるのなら、税金を取らなくてもよいではないか」と言われるからです。

財務省は、税金をもっと取りたいので、減税圧力をかけられるのが嫌なのです。あるいは、「そんな無駄な資産を持っているのか。それを売りなさい」と、すぐに言われるので、発表することができずにいるわけです。

このあたりに対してはマスコミもまったく無力だと思います。
『震災復興への道』(幸福の科学出版)P45~49

カーズ/クロスロード 『エンジン』 奥田民生


サバンナRX-7とポルシェ924と『釈迦の本心』

2018-02-28 22:22:20 | 自動車から見える日本と世界

マツダサバンナRX-7(初代)ニックネームは「プアマンズポルシェ」1978年発売開始

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本日は、高知の信者さんの仲間においても、賛否両論ある自動車関連記事です。

まっこと(土佐弁)、「宗教と何の関連があるのか?」と書いている私ですら時折思いますし(笑)、布教ブログ記事を書いているはずなのに、私が自動車の画像検索したり、動画検索しているので、家族から「遊んでるんじゃないの?」と思われているかもです。(爆笑)

しかし結構な御評判をいただいておりまして、それは恐らく、ここでは自動車雑誌等では書かれていないことが書かれていて、それがオリジナリティーになっているのではないかと、代表管理人である私は思っております。

なぜ自動車雑誌では書かれていないことかと申しますと、思考アプローチが通常と違うから。

仏教には、『正見(しょうけん)』という修行徳目がありまして、八正道(はっしょうどう)という心の反省の最初に出てくるのですが、要するに、「自分や世の中や、諸々の事柄を、正しく見ているか」また、「正しい見解をもっているか」ということです。

「正見」には、「主観」とか「思い込み」というものを排除しないといけません。

そのためには、「因果の理法」というのがありまして、要するに原因と結果の関連のことですが、この因果の理法とか正見というものに対して、「さあ、自動車なら、どういう見解になるのか」ということに挑戦してみたいと思っているのです。

自動車雑誌の記事などからですと、自動車評論家の方とか、その方面の記事を書くことの多い記者などの試乗記事が主ですが、それを読む私はいつも「?」なんですね。(笑)

自動車雑誌だと、まぁ概ねは、「価格の高い自動車とか、一流ブランドの商品とか、スタイルの良い自動車作品の評価は甘くなる」と思っていただいた方がよろしいかと思います。(大笑)

ある時なんぞは、「2000㏄4気筒ターボ対決」いう企画で、ドイツのベンツ、そしてスウェーデンのボルボと、日本からはスバルのインプレッサと日産のスカイラインの比較がありましたが、「ヨーロッパ勢のエンジンの回転は滑らかで力強い。日本のエンジンは、まだまだだ。」という結論でしたが、あちらは価格が7~800万円で、日本勢は350~500万円ですので、「価格が倍の商品を比べてどうするんじゃ!」と思いました。

価格が高いのなら、品質が良いのは当たり前ですので、そんなの、消費者にとっては何の意味もない企画なわけですね。

消費者は、古今東西老若男女、「良い商品が、いかに安く手に入るか」ということの情報を得たいわけですので。

同じネタでも、銀座の一流のお寿司屋さんと、回転ずしとでは、味が違って当たり前ですので、それならばネタは違っても、「同じ値段ならどうか?」ということに着目するべきですよね。

でもまぁ、高額商品やブランド商品をお買い求めになる方は、当然ながら高所得者が多いですので、雑誌広告料収入などの関連から、マスコミの一種である自動車雑誌には、「言いたくても言えない諸事情があるのではないかな?」と私は睨んでいます。

ですので、自動車について真実を知りたければ、「消費者の意見」とか、「その後のメーカー全般などに与えた影響」をくみ取っていくのが、最も因果の理法に則った、正しい見解(正見)なのではないかと思います。

ポルシェ924(ドイツ)1975年発売開始

ともあれ、今回着目するのは、スポーツカーの大御所、全世界に知らぬものなしのポルシェと、日本のマツダを比べてみようかなと思います。

ポルシェ924(以下924)の方がデビューが3年早くて、マツダサバンナRX-7(以下RX-7)が発売されました。

RX-7が924にとても似ていたので、「マツダがデザインをまねた」と言われましたが、開発当初のRX-7は、開発コンセプト的にも、また販売価格を抑えるために、特徴的なリトラクタブルライトではない一般的な丸型ライトだったことがわかっていますので、車両デザインに関しては、結果的に似てしまった可能性があります。

当初のRX-7は、どちらかというとロータスヨーロッパに近い雰囲気だったようで、「時速200㎞のためには、空気抵抗を減らせる格納ライトは必要だ。」「リトラクタブルライトなしで最高時速200km/hを実現するならば、もっと大型のロータリーエンジンが必要。」と、当時の開発陣が経営陣を説得したとのこと。

まぁ2代目のRX-7は、もっと924に似ているので、こちらは真似た可能性がありますが。(笑)

この両者、日本がスーパーカーブーム真っ盛りのころの商品で、私が自動車雑誌を読み始めた中学生ごろの作品でして、スタイルとか車体サイズが似ていたこともあり、自動車雑誌では、対決ものがよく企画されていましたが、子供心に、「どっちがどう良いのか、どうもよくわからない」という、煮え切らない結論が多かったのですね。

今思うと、「さすがポルシェ!」と記者が言えなかったんじゃぁないかと・・・。

今の私には、「RX-7の方が速かったんじゃぁないの?」と、また「ひょっとして、ぶっちぎりだったんじゃぁないの?」と思えるんですね。

RX-7デビューは、1970年代後半で、この頃から日本車が世界に与える影響が表に出てくるころです。

というのも、そのころ日本では、排気ガス規制へのめどが立ったのですが、欧米ではその方面での対応が遅れていたのです。

で、RX-7と924、この両者の「重量バランス」に着目してみたいと思います。

重量バランスは重要で、自動車作品の性格をほぼ決定してしまいまして、スタイルの似ている2者は、開発の思想は、まるで全てが逆であることがわかります。

マツダRX-7と言えば、エンジンは世界で唯一、マツダだけが市販できたロータリーエンジンで、ポルシェは一般的なレシプロエンジンです。

ロータリーエンジン

  レシプロエンジン

初代マツダRX-7透視図を見て注目すべきは、エンジンの位置。

エンジンは重いので、それがどこにどうあるかは、とても重要なので、RX-7は車体の前方、前輪のすぐ後ろの低い位置に、コンパクトなロータリーエンジンがあります。

完全なフロントミッドシップ構造であり、そして重要なのは、重心が低いこと。

RX-7は、世界の全ての市販車のなかでも、ベスト何位くらい行くのでないかと思える「低重心」です。

これはロータリーエンジン回転軸に秘密があります。

エンジンというのは、「エンジン回転軸を、車軸、つまり駆動輪の中心より下げられない」という宿命がありますが、ロータリーエンジンは、回転軸のまわりのローターだけというシンプルな構造ですので、エンジンが低く搭載でき、これはコーナーリングでとても有利に働きます。

 

一方ポルシェ924ですが、これは問題があると思います。

ポルシェ924も、RX-7ほどの完全なものではありませんが、現代的なフロントミッドエンジンで、ギアを後ろタイヤ側につけた、トランスアクスル方式で、「前後」の重量バランスは優れているのですが、問題はエンジンの高さ。

次の画像がポルシェ924のエンジンですが、エンジンのてっぺんが、大きく左に傾いています。

これは、できるだけ重心を下げたいときに使う、業界ではよくある方法ですが、問題はその「角度」です。通常ですと、傾けは数度程度で、ここまで傾けることはありません。

余り傾けると、左右のバランスが崩れますし、エンジンルームのスペースの関係上、吸気や排気を自由に設計できないからです。

このピストンのあるレシプロエンジンですから、エンジンのてっぺんの下方延長線上に、エンジンの回転軸がありますが、この角度ですと、そうとう高い位置に、回転軸があると思われます。

となると、一見かっこよい924は、おっそろしく重心が高いはずなのですね。

それを知らせたくないのか、ポルシェ924の、横方向からの透視図が、どうしても見つからないのです。

エンジンのパワーは924が本国使用が125馬力、日本仕様が100馬力ですので、RX-7の130馬力とどっこどっこいでしょう。

というのも、ドイツと日本では馬力測定方法が違っているので、当時は日本の測定方法の方が、2割ほど高く表示されるから。

しかし問題は、当時の燃料噴射装置はエンジン1台に付き1個なので、吸気干渉、つまり空気の取り合いが起こっていたはずで、最高出力はあっても、そこに至るまでには時間を要したはずですが、ロータリーエンジンには、吸気干渉も排気干渉もありませんので、一気に回転が上がるわけです。

これらの両者の条件を考えると、高速道路やゆったりとしたコーナーなら924が有利なところもあるかも知れませんが、通常の走り方ですと、RX-7がぶっちぎる場面が多かったのではないかと思うのですね。

ポルシェがRX-7に対してどのように感じていたかの史実はありませんが、RXー7登場以降、それまでおしゃれなスポーティーカーでしかなかった924が、急激にパワーアップを続け、その後大型エンジン搭載の944シリーズも加わることとなりますので、車両価格3分の1のRX-7は、十分に大御所ポルシェを脅かしたのではないかと思います。

ポルシェ924ターボ 1978年発売開始

とまぁ、「マツダのサバンナRX-7が、ポルシェのイノベーションを促した」ということとか、「RX-7がプアマンズポルシェなのではなくて、924が、リッチマンズマツダなんじゃないのか?」というお話でした。

ということで本日は、経典『釈迦の本心』(幸福の科学出版)より、八正道の正見について、大川隆法幸福の科学グループ総裁が語った部分の抜粋をご紹介いたします。

         (ばく)

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「心の指針」シリーズ2 ~仕事ができるようになりたいあなたへ~

MotorWeek | Retro Review: '83 944 Vs. RX-7

 http://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=151

人間の悩みは、結局、「見る」という行為を中心にして起きているように思います。もし目が見えなければ、罪を犯す機会がそれだけ少ないとも言えましょう。

欲望というものは、たいていは目によって生じます。異性など他人の姿を見たり、金銀財宝や豪華な食事を見たりすることによって、しだいに欲望がつのってくるのです。

 


したがって、大切なのは、目を通じて入ってくる情報を、いかにさばいていくか、ふるい分けしていくかということです。人間の感情が波立つ原因の多くは、目を通して得られる情報にあるのです。

 

そこで、一日が終わるときには、呼吸を整え、心を調律し、みずからの内に深く深く入っていく必要があります。そして、「みずからが仏と一体になった」「大いなる光のパイプからエネルギーが流れ込んでくる」と感じられるようになった段階で、その日一日を生きてきた自分をまったくの他人だと考え、その他人が見てきたことを、第三者の眼で批判的に検討してみるのです。

 

この「見る」ということは、結局、「見たことをどう認識するか」ということにかかわってきます。

 

ある人がある行為をしたとき、それに対する見方は人それぞれです。たとえば、会社のなかで、若手の社員が「こういう方針でやっていきませんか」と新しい提案をしたとします。しかし、この行為に対する認識は、人によって分かれることになります。

 

その人の上司が、その提案を肯定的にとらえようとすれば、「彼はたいへんやる気があり、進取の気性に富んでいる。非常に将来性がある」と見ることもできるでしょう。

 

しかし、否定的に見れば、「彼はまだ入社してまもないのに、大言壮語し、自分の分を知らずにいる。日々の事務仕事がきちんとできてこその、大きなプランであり、理想である。彼はまだまだ謙虚にならねばならん。うぬぼれがすぎる。彼にもっと自覚を促す必要がある」と感じる人もいるでしょう。

 

ここが見方の分かれるところなのです。

 

この二つの見方のうち、どちらがより真実に近い見方なのかを考えてみる必要があります。

 

そして、前者の見方が正しいならば、自分はなぜ後者の見方をしたのか、この若手社員に対してなぜ不愉快な見方をしたのか、その根本原因をたぐっていく必要があるのです。

 

その結果、自分が若手社員のとき、いろいろな人に批判された反動だったり、自分自身は積極的な提言ができないタイプであることへの自己嫌悪だったりすることに気づくことがあります。

 

そうした原因を見いだしたならば、それを取り除いていく必要があるのです。
『釈迦の本心』(幸福の科学出版)P66~69

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