代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

軍産複合体を社会的共通資本に!?

2017年09月13日 | 政治経済(国際)
 睡り葦さまから、資本主義終焉の次にくる経済システムについての対話の中で、軍産複合体を社会的共通資本に・・・というコメントをいただきました。真剣に検討せねばならない課題だと思います。以下一部を紹介し、私の感想も付記します。

***以下睡り葦さまのコメントの転載****
http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/57f952559622113d21a834df65c5bb80

 これまで存在した「混合経済」は、私的な営利資本による資本主義を維持し「延命」させるためのものであったように思います。
 政府事業による社会資本を「社会的共通資本」に置き換えることによって、これが変化するのか、私的な営利資本がすべてをその手におさめることが社会の崩壊を招くことが経験的にあきらかになったこの時代において、実際の社会設計の提案としてこころみるべきではないかと思います。

 金融が資本主義のインフラストラクチャーではなくなり利己的専制的支配者となった歴史的段階において、金融を社会的共通資本とすることの意味と、そうするための方策を提示することのインパクトは激烈でしょう。
 さらに、いわゆる民間軍事会社、それにエンジニアリング企業を含めて軍需産業・武器産業についてはどうでしょうか。現代の世界の最大のガンである米系軍産勢力を究極的には社会的共通資本に改組する・・・・?!
 それは国家のあり方そのものを変えることにならないでしょうか。これこそが弁証法的代替案になるのでしょうか?


***引用終わり******

 慧眼だと思います。以下、蛇足ですが私の感想です。
 金融を社会的共通資本として、投機やさまざまな有害行為(軍事を含む)に資金が流れることを制度的に規制していくことで、資本主義の「かたち」は確実に変わっていくと思います。

 その上で、ご指摘の通り、米国の軍産複合体をどのように無害化するかという大問題は、21世紀の人類が生き残りをかけて取り組まねばならないでしょう。

 米国の軍事産業がプライベートな営利セクターに握られている限り、決して戦争はなくならないでしょう。
 軍事産業は、利潤拡大のためには、在庫が絶えず消費されることを必要としており、それは「戦争」を意味します。そのためにはホワイトハウスやCIAなどの政治・軍事権力と癒着して軍産複合体を形成し、戦火のないところに、わざわざ火を付けて回るような工作をする必要が発生します。シリアで内戦を起こすために、ISに裏でこっそりと武器を流すといった・・・・。

 核がない中東諸国での戦火の拡大は、米国の軍産複合体にとっては理想的な利潤追求の条件でした。しかし、イスラム国が壊滅し、中東の戦火が下火になることになれば、米国の軍産複合体は、次の商機として東アジアに戦火を求めるでしょう。これは陰謀論でもなんでもなく、合理的な予想にもとづくシナリオです。 実際、金正恩のおかげで、日本や韓国が大量の武器を購入することで、ロッキード・マーティン社やボーイング社などは巨利を得ることでしょう。アメリカのある種の人々にとっては、「金正恩サマサマ」です。

 もし軍事産業がすべて公有化され、彼らが公務員になったとしたら? 
 武器の売れ具合が良かろうが悪かろうが関係なく、公務員として安定した固定給が国から支払われるようになれば、こっそりテロリストに武器を流すといった裏工作を行ってまで、無用な戦火を煽る必要はなくなるように思えます。

 ここで問題になるのは、軍事産業が国営の国家と、それが複数の競争的民間企業である国家が戦争になった場合、どちらが強いのかという点です。
 新古典派のいうとおり、競争がイノベーションをもたらすのであれば、武器の総量が量的に同じという条件で、その性能の優劣さにおいて後者が勝ってしまうということです。となると、最新の軍事技術を持たねばならないという国家的要請として、軍事産業を国営化できないことになってしまいます。

 この問題をどう解決したら良いでしょうか? 
 米国・ロシア・中国・仏・英の国連安保理5か国が、お互いの合意の上で、一斉に軍事産業を公有化し、軍拡競争に終止符を打って戦力削減に動くということが必要になるでしょう。アメリカでサンダース、フランスでメランション、イギリスでコービンのような人物が指導者に選ばれるようになれば、あながち夢物語ではなくなるようにも思えます。

 
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軍事イノヴェーション事情と競合環境について(1/2)。 ( 睡り葦 )
2017-09-17 19:17:38

 関さん、思いつきではあれ長いあいだ抱えたままでおりましたことを正面から受けとめていただいて感激いたしました。ありがとうございます。
 軍事・軍産複合体のみならず、資本主義そのものに関する中核的な問題への射程を持つ、イノベーションと競争に関する威力ある問題提起をいただき眼を丸くしました。
 狭い視野の見聞に小さな踏み台を置いて腰だめの仮説を立て、また近視眼的類推をこころみます。

 なお、ご承知のことと思いますが、トランプ大統領は、財政緊縮に固執する共和党茶会派を尻目に、ハリケーン被害救済金法案と抱き合わせに民主党を獲り込んで財政赤字上限法規制の効力を3か月間止め、12月までに「へそくり」を再び積み増し来年の春か夏まで持たせるという、聞けばなるほど!と唸るウルトラCを成功させたとのことです。
 「与党」共和党の抵抗を封じるために「野党」民主党をあやつるという術を手に入れたことは今後トランプの大きな武器になると、大統領側近ポジションから野に降ったバノンによる入れ知恵の可能性をほのめかしているように思える田中宇氏は見立てています。

 「巨大金融崩壊」まで時間を稼ぎ、その間にトランプがどのような仕掛けをしようとしているのかを読む力と材料は手もとにありません。以下の米国軍産複合体に関する仮説的議論がそこまで届くかどうか、すでに実体経済のための資金導管としての役割を果たすものではなくなっているように思える日米欧の現代的金融と米国軍産複合体とを繋ぐものを浮かびあがらせることができるか、まったく自信がありません。尻尾を巻いて逃げ出すことになるかと思います。

 おそらく関さんの念頭にあることかと思いますが、国営軍事産業国家と民営軍事産業国家と、いずれが強いのか、イノベーション力があるのか、という問題について、まず思いうかぶのは、国家統制計画経済の旧・ソ連とそれに対して軍事生産のほとんどが(9割と聞きます)民間の営利企業による米国の対比です。

 世界史の受験参考書を見ますと、「ソ連は第二次世界大戦中ドイツ軍に国土を荒らされ、連合国のうちで最大の物的・人的損害をこうむったが、・・・1946年から第4次五カ年計画にはいり、1950年の完成年度には工業生産力は1940年の173%に達し、・・・1956年には、基本的工業の生産力がアメリカの水準に達することを目標とした第6次五カ年計画に着手した」とあります。

 大戦後に飛躍的に拡大した工業力を背景に、おそらく米国同様に移入したドイツ人科学者の大きな貢献があって、ソ連は核兵器開発でアメリカに追いつき、1957年にはICBM大陸間弾道ミサイルを完成し、世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功、1961年には「地球は青かった」と言う言葉を残した27歳のガガーリン少佐を載せた世界初の有人宇宙船の打ち上げと回収に成功しています。

 武器を買う消費者は自国国家または自国国家が武器援助する特定の国家であるわけで、将来の開発目標を含めて買い手ならびに需要の内容とヴォリュームが明確に確定するものであることから、軍事宇宙はソ連型統制計画経済がおそらく唯一(?)西側を上回る成果をあげた分野だったのではないかと想像します。

 第二次世界大戦においてアメリカがはじめて世界戦争の中心プレーヤーとなり、国家の全資源、全産業力、全知的能力を投入する総力戦によってアメリカの軍事産業が飛躍的に発展して軍事経済によって、1929年恐慌のインパクトを完璧に消し去ったわけです。
 その世界大戦の終結がそのまま東西冷戦の始まりとなり、戦時体制が維持再編され軍事支出が増加し続けました。

 1947年「国家安全保障法」によって、のち1949年に国防総省( Department of Defense = ペンタゴン)に改名される国家軍政省 ( National Military Establishment ) が設けられて、それぞれ独立していたアメリカ陸軍・海軍・空軍・海兵隊に対する軍政を、また統合参謀本部( Joint Chiefs of Staff )をもうけて戦略立案をひとつに統合しました。またこの法律によって対共産圏情報謀略機関としてCIAがつくられました。
 1950年の朝鮮戦争と同年トルーマン大統領が対ソ軍備拡大の必要性を喧伝するためにつくった第一次「現在の危機委員会(CPD)」をバネにして、ペンタゴンとCIAという二つの戦後新組織が、1961年1月のアイゼンハワー大統領退任演説において軍産複合体と名づけられることになる軍事経済システムの核となったわけです。

 宿敵ソ連に追い越されたという驚異が衆目にさらされた1957年の「スプートニク・ショック」により、翌1958年国防総省内に「 Advanced Research Projects Agency 」が発足し、軍事宇宙の研究開発の企画・計画と厖大な資金提供を行うようになりました。
 宇宙開発のためのNASAを分離して「国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)」となり、ステルス技術、暗視技術、防空ミサイルの精密誘導技術、空中照準レー ザー、無人航空機といった軍事技術を開発。さらにインターネットの基盤となったARPANETやGPS、手術支援ロボットのダヴィンチ、アップルが用いている音声アシスタントアプリのSiriを開発したとのことです。

 この「国防総省国防高等研究計画局」は、当面の軍事ニーズではなく、現行システムや支配的概念を覆すものを含めて将来必要となると考えられるニーズをみずから設定し開発を進めるそうです。
 このような研究開発の委託先は、主として大学研究機関であろうと想像します。軍事企業には「実用化・量産化」を目前としたプロトタイプの開発が求められることになるのではないでしょうか。

 「軍産複合体発生学」についてくだくだしくマニアックにトレースしてしまい申しわけありません。
 1976年ベトナム戦争の後遺症から立ち上がるために復活した第二次「現在の危機委員会(CPD)」に発し、ソ連を崩壊させる要因となった1980年代のレーガン大統領のスター・ウォーズ計画、ソ連崩壊後の1990年以降の軍需業界の再編とあらたな展開、またAIやロボットを典型にして「民間」におけるICT技術、制御技術の発展と軍事的応用の問題については機会あればあらためて考えます。

 アイゼンハワーは「軍産複合体」ではなく、軍事産業ロビーの力を念頭において「軍産議会複合体」という言い方をするはずであったとのこと。
 米国では大学が軍事技術の研究開発の実働部隊であることに加えて、軍事産業のある地域を地盤とする議員たち、それにNASA(米航空宇宙局)はもとより、FBI、さらに航空機産業、石油産業、IT産業それに金融機関、きわめて重大な影響力を持つ有力シンクタンクを含めて人脈とコネクションの網が張り巡らされており、ペンタゴンとCIAそして軍事企業を核とする軍産複合体を形成していると考えられます。
 この存在はあまりに大きく、アメリカは「軍産複合体国家」であると言って過言ではないだろうと思えます。

 米国の巨大な海軍基地、空軍基地、広大な芝生の向こうに見える軍事企業の研究所のある地域におりますと、まさに軍事国家であることを目の当たりにする思いがします。
 米国の軍事企業は非常に特殊で閉鎖的な条件にあり、その製造現場自体のみならず関連情報の一切が一般から厳格に隔離されていることは在米時の経験で実感しました。
 軍事企業が一般の民生産業企業とはまったく異なるのは比較的容易に想像がつくことではないでしょうか。
  (つづく)
軍事イノヴェーション事情と軍事企業の競合環境について(2/2)。 ( 睡り葦 )
2017-09-17 19:22:13

 市場原理が突如として公共工事入札制度を支配するようになる前の時代、旧・建設省による「土建国家=建設企業建設官僚複合体」の時代におけるゼネコン大企業のあり方、そして現在の「医薬厚労省複合体」における製薬企業のあり方、こういった畸形的市場条件に保護された特殊な企業のあり方を、さらに極端にしたものが軍産複合体における軍事企業ではないかと想像します。

 大企業の軍事部門を含めて米国軍事企業は、米国内にとどまることを強制され「国内空洞化・グローバル化」とは無縁、かつ単一顧客である国家に対する受注生産産業であり、原価低減努力は無用という、自由市場を前提とする資本主義企業とはかけ離れた経営となるかと思います。
 いわゆる株主価値経営による短期的利益と株主還元の圧力のあり方を含めて新古典派経済学が想定する競争企業とはまったく異なる条件にあるにちがいありません。
 そのような企業による産業に決定的に依存して成り立っている国の主流派経済学が市場原理主義経済学であると言うのはまことに皮肉であり、現実を無視する演繹のみで成り立つ学問、すなわちカネと情報を動かすだけの自由な空間にのみ存在する 経済神学ならではのことかと思います。

 ともあれ、米国は、ほとんどの軍事生産を民間営利企業に依存していながら、生産技術はともかく「製品」研究開発レベルのイノベーションは、唯一のユーザーである国防総省が国家機関として握っており、その中心にあるのが、武器と軍事技術イノベーションの知恵とカネの源泉である国防高等研究計画局であると考えてよいのではないかと思われます。

 軍事については、ありていに言って、覇権のためのものであれ防衛のためのものであれ、国家間のイノベーション競争ということになりますから、企業間の競争というのは二義的なものになるような気がします。
 自衛隊への売り込みにおける米国戦闘機メーカー間の競合は、既製品の売り込み競争であって、イノベーション・レベルの競合ではないように思いますが。ミサイル「防衛」兵器であれ、御巣鷹山ゆかりのネーミングと聞くオスプレイであれ、日本防衛省はすべて既製品を高価爆買いさせられているわけで。

 さんざん弁じたあとの、関さんのイノベーション競争力問題へのお答えは「実質的に互角ではないか」ということでご勘弁ください。
 勝負をきめるのはおそらく国家全体の総体としての工業力・産業力・知的資産・資源開発力・資金力、すなわち総合的経済力とアベ氏には皆無の知的理性的リソースの大きさではなかろうか(いまどき溢れている、わる知恵、小知恵ではなく)という仮説をソ連の崩壊事情からの憶測として出させてください。

 余計なことではありますが最後に狭い経験論から、競争がもたらすものはイノベーションではなく模倣(俗に言う「パクり」)であると思います。
 競合相手がやっていること、やろうとしていることを知り、追いつき、自分の強みを生かしてその一歩先に出ることです。これはイノヴェーションではないと思います。

 オデッセイをパクった「天才タマゴ」エスティマ、エルグランドをパクったアルファード、アップル経由ゼロックスと日本のトロンからグラフィック・ユーザー・インターフェイスをパクってウィンドウズ3.1に入れたウィンドウズ95が念頭に浮かびます。

 では、イノベーションをもたらすものは何かと考えますと、かのエディソンが、彼の個人的条件が大きいのであろうと思いますが、敵意むき出しの競争意識を持ち、えげつないパクりや対敵工作を平気でやったと聞くとうろたえてしまいます。
 競争とイノベーションの正相関を示す実証研究はおそらく枚挙にいとまがないでしょう。しかし「資本主義大国中国」からイノベーションがまるで生まれないという中国指導部の悩みの種である問題に対して、「後発優位」から「先発優位」に転換するには市場自由化と企業間競合をさらにすすめればよい、という答えにはならないように思いますが、いかがでしょうか。

 テクノロジーの進歩によって軍産学が結びつくのは現代的必然であることから出てくる軍産複合体を、社会的共通資本として運用する場合に、気の早い話ですが社会とは国民国家社会をさらにすすめて究極的には「人類社会」となるのではないかと思います。・・・あたまがくらくらしてきましたので、すみません、思考崩壊をふせぐためにここで投げ出させてください。

 関さんのご明察のように、サンダース・コービン・メランションというトリオに、メイやメルケルを遙かに上回る器量と理想力をもった女性がつづくならば、このような地球警察軍の編制運用は可能なことであると思います。
 そしてメランションの第6共和制をさらに発達させた赤松小三郎ルーツの政体になるように思います。
 眼の前のできごとを見ますと、いまや人類の滅亡との競争になってきたように思えてなりません。
イノヴェーションをもたらすのは経済ではなく文化的環境? (関)
2017-09-21 00:16:59
>米国は、ほとんどの軍事生産を民間営利企業に依存していながら、生産技術はともかく「製品」研究開発レベルのイノベーションは、唯一のユーザーである国防総省が国家機関として握っており、その中心にあるのが、武器と軍事技術イノベーションの知恵とカネの源泉である国防高等研究計画局であると考えてよいのではないかと思われます。

 ご指摘ありがとうございました。確かにその通りでした。私の記述内容の不明をお詫びいたします。

 その上で、スプートニクショックの頃は確かに一時的に純粋軍事国営のソ連が軍事技術でもリードしたものの、最終的には国家と営利企業が癒着した軍産複合の米国が凌駕したのは何故だろうという問題は残ります。

 純国営の軍事体制よりも、国家と企業の軍産複合体制の方が、戦争に、「金儲け」のファクターが加わりますので、より陰湿さと邪悪さが増すようにも思われます。
 
 また旧ソ連や中国に比べて、米国の方が技術的イノベーションで優位に立ったのは(少なくともこれまでは)何故かと、つらつらおもんばかるに、文化や制度の差異が大きいように思えます。
 これは国営か私営かという経済システムの問題とはまた別次元でしょうか。

 中国は、やはり学問が形式主義とタテマエ論で終始してしまいます。中国の大学などで研究会に参加すると、それは痛いほど感じます。やはり共産党の目が気になるという制約があるので、認識のアウフヘーベンをともなう弁証法的な討論が、なかなか成立しないです。そういう雰囲気では、なかなか知的イノベーションは生まれないですね。
 中国人がアメリカに行くと世界的なイノベーションをするので、やはり知的生産をはぐくむ環境の差が大きいという点は否めないのでしょうか。

 米国については、米国在住経験の長い睡り葦さまには馬の耳に念仏になりますが、人と異なる新しいアイディアを面白がって励ますという文化的雰囲気があり、それがイノヴェーションを生みやすい土壌をつくっているという点は、確かにあると思います。

 同じ研究内容でも、日本人の前で学会発表をするのと、アメリカ人の前で学会発表をするのとでは反応がまるで違いますから。
 アメリカの学会だと、新しい発想の研究であれば、少々論証に粗があっても、面白がって、前に進めるよう励ましてくれる雰囲気があります。

 日本の学会では、重箱の隅をつつくように粗を探して、「ダメだ」と全否定され、せっかくの新しい着想の研究の芽を潰されてしまったりします。
 
 その辺の差異は、遺憾ながら否めないところで、ここは経済システムの問題というより、文化的な差異なのかと思えます。
滅亡を回避できるか時間との闘いですね (関)
2017-09-21 01:33:13
睡り葦さま

 続きです。

>サンダース・コービン・メランションというトリオに、メイやメルケルを遙かに上回る器量と理想力をもった女性がつづくならば、このような地球警察軍の編制運用は可能なことであると思います。

 思えば日本の憲法9条も、国連軍による安全保障体制の構築を前提として生まれた条項でした。

 「親ロシア」で「世界の警察」たることを拒否するトランプ政権の誕生は、国連軍誕生のチャンスでもあったのですが、やはり米国の軍産複合体は、それを許さなかったですね。国連軍の安全保障体制ができれば、膨大な軍事予算を、貧困対策や教育や温暖化対策に転用できるのですが・・・・。愚かしいことこの上ありません。

 宇宙人でも攻めてきてくれないことには、国連軍創設は不可能なようにも思えます。今日の地球環境の破局的な危機は、宇宙人が攻めてきたのに匹敵するくらいの、全人類共通の危機なのですが・・・・。その脅威を目前にしても、目先の国家対立の方が優先されてしまうのですから・・・・・。。

 本当に、このままでは滅亡するしかないようです。
イノベーションの条件について考えて迷路に。 ( 睡り葦 )
2017-09-24 20:08:36

 関さん、軍隊の社会的共通資本化という奇矯に思えたアイディアが、絶望的な核汚染を含めて既に衆目の認めるところとなっている地球環境危機問題とのリンケージを持つことになること、さらに国家のあり方、権力・支配構造に関する根底的な構造的検討に導くことを、晴れた夜空の星を仰ぐように明確にしていただいた9月22日の記事「軍隊の社会的共通資本化(2)」まことにありがとうございます。次の週末をはさんで時間をかけてたどり、繰り返し考えてみます。

 以下イノヴェーションについて、関さんの体験的実感による示唆に富む考察によって思考が導かれるままに書きつらねさせていただきます。
 その前に申しあげなければならないことは、戦争に「金儲け」のファクターが加わると、より陰湿さと邪悪さが増す・・・という、さりげないご指摘の衝撃です。

 資本主義は「カネもうけ」を、後先のない至上のパラダイムとして、おそらく株式会社が典型であると思いますが、それを社会制度化したものであること、日々の実感としてまことにそのように思います。そして成功した経営者の人格に表象されているように「資本主義の精神」は、じつにジキルとハイド的構造を持っていることを痛感します。もしや軍産資本主義はハイド・オンリーなのかと。

 さて、中国共産党指導部は、中国の地でイノヴェーションが生まれないのは彼らの存在自体に起因するという事実を扱いかねているように思います。
 それを指摘するまじめな言論をともかく圧殺しているわけですから。
 弁証法により導かれたはずのひとつの原理が演繹的に適用されると即座に形式論理化して古典力学的決定論となり、いったん権力をまとうと暗黒の恣意的圧政と私利腐敗の跋扈になるというのは「左派のマルキシズムからの脱却」の必要性を見とおしておられる関さんには自明のことであろうとあらためて思いました。

 ソ連の軍事リソースの8割を引き継いだと言われるロシアの軍事企業がエリツィン時代の金融オリガルヒ支配を脱して独立経営となったことが、今般、米国とNATOをバックにするISに対する正確無比の攻撃力をもたらしたと思われることが、関さんの言われる、純国営軍事開発生産体制に対する国家と企業の統合的協業による軍産複合体の優位を示していると言うべきかと考え始めています。

 中国アカデミズムの形式主義と建て前論は長く権力と結びついた儒学の伝統が、公式には儒学を排斥しながら思潮の底流にあることに起因するものなのでしょうか。
 他方日本のアカデミズムの不毛な権威的「完璧」主義は、ビジネスのシーンにおいて共通であると思います。芸能における家元制度にある瑣末主義文化の影響か、それに類似する仏教の無形の規制力によるものなのか・・・非常に興味深い問題です。

 瑣末完璧主義による創意的ダイナミズムの喪失は、日本の企業文化に大きな影響を与えたトヨタ生産方式に見ることができます。
 多品種少量生産に対応するものであった当初の理念は完璧に失われて量産コストダウンというビジネスの隘路に嵌まり込み、日本のクルマから魅力をすっかり洗い流してしまいました。
 自動車産業を国策産業とするドイツが政府主導ですすめている産学協同のAI展開=「インダストリー4.0」のはるか後塵を拝する事態になっています。

 トヨタ生産方式の社会的影響が、効果を云々するよりともかく効率を追うという、金融資本主義=資本市場原理主義と協奏して日本の社会文化と人心を変貌させてしまったということから逆に推測できることは、国また社会の経済・ビジネスシステムと文化は、資本主義においてと限定すべきなのかどうか気持ちが揺れますが、表裏一体のものであろうということです。

 米国において存在する、「都市の空気は自由にする」と言いたくなるようなオープンさ、新しいものの称揚という社会的文化、人間的特性は、ビジネスと企業内部においての要請から生ずるものかと思いました。強迫観念とすら言うべきものかと。経理部門のマネージャーが替わるたびにコンピューター・システムが取り換えられるのに眼を丸くしました。

 このメンタリティを動かすものは、ひょっとして「フロンティア」と呼ばれる、米国白人にとっての永遠の価値なのかと思ったことがあります。
 たしか、J・F・ケネディの選挙スローガンとして人心を魅了したと聞きますが、この言葉自体は西部開拓「フロンティア時代」の先住民と野生動物の虐殺と根こそぎの土地奪取の原罪と結びついているためか、米国におりますときには、フロンティアという言葉が人の口にあがるのを聞いたことはありませんでした。

 ともあれ、米国で産軍「学」複合体となったのは、企業側の事情によるのではないかと思えます。
 1930年代以降、米国メーカーは基礎研究を内部化して競争力をつけようとする傾向が強まり1950年代に中央研究所創設ブームとなりました。
 いくつかの中央研究所ではノーベル賞級の研究成果を生み出したものの、新製品開発や生産工程の革新には結びつかず、現場から切り離された存在と化したと言います。
 技術進化のもとで研究開発はきわめて多分野の基礎研究を必要とするようになり、1970年代後半に基礎研究を大学に委託するという手法が社会的規模で拡大定着したと言います。
 1974年モンサントによるハーバード 大学への23百万ドルの資金供与を皮切りに有力企業による大学への委託研究が活 発化し、ベトナム戦費や社会保障プログラムによって連邦政府から大学への研究開発資金の供給が伸び悩んでいた時期にあたります。

 また、この研究開発外部化の動きは、あらたに米国企業間の共同研究開発に発展したわけです。グローバルな競争という時代となったことが背景にあり、連邦政府 が反トラスト法を緩和する1984年以降に本格化したとか。
 これが米国企業のイノヴェーション力の背景にあり、また現在の「第四次産業革命」につながるものとなっていると想像します。

 ドグマになるかと思いつつ言いますと、イノヴェーションは自由と平等と解放・開放という風の吹くところの言葉なのではないでしょうか。

 関さん、話の筋から脱線してしまいますが、社会主義ハンガリー生まれのコルナイ・ヤーノシュが老いてなお興奮とともに語り、シュンペーターが「起業家精神」とともに経済のキィ・ワードとした「イノヴェーション」にドライヴされる社会のありようについて、あらためて考えてみることが重要なのではないかと思いつつあります。
 イノヴェーションが、停滞、束縛、閉鎖、圧迫、人的差別、固定的階層支配、模倣、繰り返し、といったものの対語として無条件にポジティヴでヒューマンなものとしてあることに対する懐疑が必要なのではないかと、直観的に思います。けっして疑い深い性格ではありませんけれど。
 イノヴェーションに反対するわけではありませんが、それを核にしてしまったのではまずいことがあるかもしれないと。何が大切かは、あたりまえのことかと思いますけれど、水と緑と大気、ゆたかな自然の中で生きる人間のおだやかな暮らしであり、人間の体内はまさに自然であることを忘れないこと。AI時代が謳われるせいでしょうか、妙にそういう思いに駆られます。

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