代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

神社本庁からの離脱運動加速

2017年09月06日 | 政治経済(日本)
 週刊ポストによれば、東京深川の富岡八幡宮が神社本庁からの離脱を決定し、全国の八幡宮の総本社である大分の宇佐神宮でも離脱の動きがあるとのこと。すばらしい。(以下の記事参照)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170906-00000004-pseven-soci

 いずれも人事をめぐるトラブルとのこと。神社本庁が、本庁の息のかかった天下り宮司を押し付けようとしてきた結果である。より詳しくは、週刊ダイヤモンドの取材班の「神社本庁の『恐怖政治』の実態、地方の大神社で全面戦争も」という以下の記事にあった。読むと、まさに「恐怖政治」という表現が言い得て妙である。

http://diamond.jp/articles/-/134148

 先にこのブログで、私の郷里の保守系の元県議会議員さんの、次の言葉を紹介した。

「神社は本来、氏子のもんだ。それが日本会議に乗っ取られとる!」

 氏子が選んだ宮司を、神社本庁(∈日本会議)が介入して変えさせているのであるから、まさに地元の神社、氏子の神社が、地元とは縁もゆかりもない「日本会議に乗っ取られた」という表現も的外れではない。

 八幡宮は、そもそも神仏習合の八幡大菩薩である。明治維新の神仏分離と廃仏毀釈によって、仏教的要素はすべて破壊され、その信仰形態も無理矢理に改変させられた。これを機に、全国に4万4000社あるという八幡様が一斉に神社本庁から離脱し、「国家神道」のくびきから逃れて、明治維新以前の本来のあるべき信仰形態を回復するのがよいのではないだろうか。

 神社本庁の総長は、以下のSAPIOのインタビューにおいて、改憲の署名運動を展開している真意として以下のように語っている。

国民や国家を深く思う陛下の御心のもとで私たちは生かされている。それが、日本らしさであり、世界に誇る皇室の伝統文化なのです。

 https://www.news-postseven.com/archives/20170208_491645.html

 国民のために現行憲法を護らねばならぬと考えている「陛下の御心」を、もっとも踏みにじっているのは彼らであろう。それを「陛下の御心」と偽って平然としていられるのだから、恐るべき厚顔無恥さである。人間としての最低限の道義心すら持ち合わせていない。それとも、「陛下の御心」の「陛下」とは安倍晋三のことを指しているのだろうか? 

 まさに彼らの行為は、孝明天皇の意志に反する「偽勅」を勝手に乱発した長州尊攘派のそれの延長上にある。

  
 
 

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