ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

高貴なる不良バロン西の血中海軍度

2010-11-08 | 陸軍


陸軍戦車部隊隊長として硫黄島で戦死した西竹一中佐(死後大佐)です。

海軍ファンであるところのエリス中尉が海軍に目覚めるずっと昔、
さかのぼれば少女時代から西中佐、バロン西は憧れの軍人でした。

今日の画像を見ていただけると何となくお分かりかと思いますが、
西中尉(当時)の軍服は特別仕立てです。
腰を極端に絞り、ジョッパーズという乗馬ズボンの腿部分は大きく広がった独特のデザイン。
襟はハイカラー。
軍帽も自分好みにデザインしています。
横に大きく張り出したトップ(他の将校と写っている写真ではバロンだけ軍帽が大きい)、
短く垂直なひさし。
これを世に「西式軍帽」と言ったそうです。
もちろん軍服の仕立てもヨーロッパでの特別誂えでした。
ブーツ、鞭、馬具は全てフランスはエルメス製。

 戦後何十年を経ていまだにぴかぴか光るキーパー入りのエルメスのブーツを見て、
その美しさにため息をついたのが、何を隠そう、
エリス中尉がエルメスファンになるきっかけであったともいえます。
死地となった硫黄島でも西中佐はエルメスのブーツ、手には乗馬鞭を離さなかったそうです。

大金持ちの男爵家に生まれた西中佐はもともと車やバイクを乗り回すスピード狂でした。
陸軍幼年学校のとき乗馬に関心を抱いたバロンは、帝国陸軍の花形、騎兵士官に任官。
伝説の馬術家、バロン西が誕生します。

当時の男性としては長身の175センチ、そして何より腰高の足長体型を生かした
「首に乗る」独特の騎馬法で、バロン西はあっという間に才能を開花させます。

そして、1932年のロスアンジェルスオリンピック。

プリデナシオン(優勝国賞典競技)といい、オリンピックで最終日に行われる乗馬競技、
大賞典障害飛越(この競技の勝者で真のオリンピック優勝国が決まるという意味合いを持ち、
特に敬意が払われている競技)で、日本の陸軍中尉が信じがたい飛び越しを繰り返し、
人馬一体、端麗優美の妙技を披露して優勝を成し遂げました。
場内のアナウンスは優勝者の名前を高らかに告げます。

「ファースト・ルテーナント・バロン・タケイチ・ニシ」

バロンは優勝後のインタビューに
We won」、われわれ(=私と愛馬ウラヌス)は勝った、と答え、
その答えは世界の人々を熱狂させます。

天才バロン西は、また高貴なる不良少年でもありました。
十歳のとき男爵位とともに巨万の財産を引き継いだバロンは、まずカメラに没頭。
邸内に暗室まで作って現像焼き付けをする凝りようでした。(子供ですよ)
バイオリン、空気銃、そしてバイクはハーレーダビッドソン。
クルマも少尉候補生の分際でアメ車をとっかえひっかえ。
銀座、築地川には高速ボートをつないで、ホステスを乗せて酔っぱらい運転。

あり余るお金を惜しげもなく遊びにつぎ込み、酔うとケンカもする酒豪でした。
アメリカやヨーロッパでも臆することなくハリウッドのスターと「マブダチ」になり、
船の甲板で真っ裸の追っかけっこ。
美人女優との一夜を賭けて一気飲みの末ぶっ倒れる。

リベラルで遊び人の多い海軍にもこれだけの人物はそういません。
そう、タイトルにある「血中海軍度」が異常に高いバロンでした。
バロンのためにかれが海軍軍人でなかったことを心から惜しむエリス中尉ですが、
海軍に騎兵隊は・・ないですよね。


もちろんのことそれをこちこち石アタマの陸軍が快く思う筈がありません。
大尉になり、少佐になって東京オリンピックを控えた頃満州の荒野に転勤させられてしまいます。

昭和16年には、騎兵科は歩兵科の流れを汲む戦車兵と統合されて機甲兵となり、
兵種としての騎兵は消滅することになりました。
騎兵の多くは、西中佐に代表されるように戦車部隊の要員となるのです。
西中佐が最後に激戦の硫黄島に赴任させられらたのは、
陸軍上層部が派手すぎるこの士官を嫌い、あえて死地に追いやったためだいう説があります。

また、ロスアンジェルスの四年後のベルリンオリンピックで落馬し棄権したという
「失態」に対するものだという説もあります。

日本の切羽詰まった戦況を鑑みて、
特に西中佐だけが懲罰的人事を命じられたというわけでもない、と当初私は思っていましたが
「竹槍事件」を調べて以降、どちらの説も当時の陸軍なら、
あっても不思議ではないと思うようになりました。

しかし、ベルリンで同盟国ドイツの競技者を勝たせるためにわざとバロンが落馬したのだという
とんでもない説に対しては、スポーツ競技者であり、軍人であり、何よりも日本人であるバロンを
徒に貶めようとする悪意のある噂で、全く愚にもつかないとだけ言っておきましょう。


クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」では、
西大佐を伊原剛志が演じていますが、エリス中尉的にはこの配役、全く不満です。
長身の男前なら誰でもいいってもんじゃなかろうと思います。

当時西中佐は43歳。
とても伊原剛志のあの年齢ではその風格もなければ余裕もありません。
何と言っても、伊原剛志からはバロンのゴージャスでエピキュリアン的な貴族らしさが
全くと言っていいほど感じられません。

さて、ここで有名な「降伏勧告」です。

この勧告が本当にあったのかどうかについては諸説あるようです。
硫黄島にいたが全く聞いたこともないという説や、
アメリカに実在するフィルムで、稚拙な日本語で呼びかけている音声が入っているものが
それではないかという説もあり、事実は永遠に謎のままです。

「バロン西、あなたの名誉はすでに十分保たれた。降伏してください。
我々はオリンピックの英雄であるあなたを殺すに忍びない」


バロンはまたロスアンジェルスの名誉市民に名を連ねています。
こういう放送があった、というのは、あくまでも日米合作による伝説で、
実際は単なる一般的な勧告であったのかもしれません。

しかし、バロンの旧知の映画人で、米軍の情報将校として
グアムの第315爆撃航空団に赴任していたサイ・バートレット陸軍大佐
アメリカ軍制圧後の硫黄島に降り立った際に拡声器を用いて西に投降を呼びかけた、
という証言もあるにはあります。
大佐は、戦後、靖国神社でのバロンの慰霊祭に訪れ、涙で追悼の辞を述べています。


これが作られた美談であったかどうかはともかく、この伝説が生まれることそのものが、
この高貴な不良、一代の痛快児に、日本は勿論、
敵国のアメリカ人ですら憧憬を寄せていたということの証明ではないでしょうか。



最後に少し切なく不思議な話をしましょう。

バロン西が硫黄島で戦死した一週間後、遠く離れた東京の厩舎で、
静かに老後の余生を送っていた愛馬ウラヌスが息を引き取ったそうです。
バロンは最後のときもウラヌスのたて髪を胸ポケットに入れていました。

かれは愛馬を迎えに来たのでしょうか。
そして、かつてのように共に空を駆けていったのでしょうか。




参考:「20世紀号ただいま出発」 久保田二郎 マガジンハウス刊
   『オリンポスの使徒 「バロン西伝説はなぜ生れたか」』 大野芳 文藝春秋刊
    ウィキペディア フリー辞書 





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12 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
「バロン西と愛馬ウラヌス物語」 (エリス中尉)
2012-08-14 13:02:21
こういうタイトルでサイトを持っている方が、この項を取り上げ、抜粋して記事にしてくださったので、逆追跡でそのサイトに行ってみたところ、実にすばらしい資料ともなり得る力作でした。
わたしもバロンについてはいろんな資料を見てきたつもりでしたが、知らないことがたくさんあり、熱意と情報収集力に心から感服した次第です。

http://hokudai-horse.xsrv.jp/monogatari/04.html

バロン西に興味を持った方は、是非一度見てください。
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バロン西 (しん)
2012-08-14 16:59:18
(`・´)ゞエリス中尉殿、度々お邪魔致します。バロン西の記述、再確認致しました。読んでおりましたが、バロン好きの友人のメールとまぜこぜになってしまいました。また、ご紹介いただいた、北大馬術部の方のブログも拝読いたしました。読み応え有りました。読んでいたら気付いたのですが、本日(日本時間)8月14日は、バロンがロスで優勝を飾った日ですね!奇しくも!呼び寄せの法則でしょうか?ま~バロンの破天荒な生き方は、白洲次郎と重なる部分も多いです。映画硫黄島の伊原さんについては、友人も中尉殿同様、ミスキャストであると酷評しておりました。伊原さんは190cmぐらいあるらしいですね、でかすぎです。日本陸軍の戦車に乗るには・・・頭がハッチから出そうです。ウラヌスの障碍飛越時、前足を折らない飛越とは・・・すごい馬です。そんな飛越方法が有った事自体、初めて知りました。ロスの観客もさぞ、驚いた事でしょう。私も乗馬が、オートバイに乗るよりも好きです。といっても、山や草原をクロスカントリー、ワンダリングするだけですが。馬とのコミュニケーションが楽しいです。日本では、なかなか乗馬の機会が無いのですが、駐在地では、安く手軽に乗馬が楽しめるのでありがたいです。ただ、鞍の品質が良くないので、尾てい骨付近の尻の皮が何時も剥けてしまうのが難点です。3泊4日ぐらいの馬旅をするのが近い将来の目標です。バロンも白洲も資産家の息子、もちろん彼ら個人個人の実力が高く評価されるのですが、資産家の息子って、羨ましいですね。世に名を残す機会が与えられる確率が高くなると思います。では、失礼致します。 (`・´)ゞ
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乗馬 (エリス中尉)
2012-08-15 05:22:08
乗馬もなさるのですか・・・(絶句)
わたしは小岩井牧場に行ったときと、洞爺湖のウィンザーホテルに行ったときに乗ったくらいです。
小岩井は柵に沿って歩いてくれたので、馬の背中を触って
「あったかいー」
などといいながらはしゃぐ余裕がありましたが、洞爺湖は馬場をぐるぐる回るだけなので、馬にナメられっぱなし。
隙あらば近道してサボろうとするのをコースに戻そうとしているだけで終わりました。
でも、こんな風に「人間をナメてかかる」ような動物だから面白いんですよね。
降りてから思わず「失礼いたしました」と謝ってしまいました。
知人が富士五湖沿いの馬場で乗馬教室をやっていて「ぜひ」と言われているんですが、一度行ってみようと思いつつ、馬が怖い(文字通りではなく、気おくれするという意味)で、まだ果たせていません。
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乗馬の楽しさ (しん)
2012-08-15 16:16:52
(`・´)ゞエリス中尉殿、お邪致します。乗馬のご経験があるなら、ある程度ご理解されている事と思いますが、我々は毎回、初めての馬に出会い、初めて乗せてもらうので、文字通り「馬が合う、馬が合わない」になるのです。なので、新鮮な草を食べたい馬に、手綱を厳しく引いて食べさせないようにしなければなりません。「お食事は後で!」と。厩舎を背にしている方向では、積極的に走らないし、厩舎方向の場合、黙っていても急ぎ足になります。まずは、主従関係をはっきりさせるべきと思います。それで右旋回左旋回と進めとストップのコミュニケーションが出来れば、とても安全な乗り物だと思います。毎回同じ馬に会いに行き、「おはよう!今日もよろしくな!」とできたら、楽しいです。私は、車で一時間ほどの所の草原の博労と親しくなり、彼に電話予約して、指名した馬を借りています。1時間:1300円、安いでしょ?2時間も乗ると、完全に皮がむけます。この事は、乗馬中は全く気にならないのですが、帰りの車の中や、お風呂に入った時などに(略)。エリス中尉殿も富士五湖のお知り合いを訪ねてみてください。そして、お気に入りの馬を決めて、コミュニケーションを楽しんでみてください。ギャロップで走れるようになったら、とても快適です。時速40Kmで、オフロードなのに、ほとんど揺れないんですよ!振動無し。たぶんご存知ですね。では、失礼致します (`・´)ゞ
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馬が合う (エリス中尉)
2012-08-17 00:52:17
思わず目からうろこが落ちました。
そういえばそういう言葉がありましたね。
車や飛行機などの無機物を操縦するのと違い、この乗り物は生き物で、意思を持ち、おまけに頭がいいと。
それでわかりました。
過去何度か馬に乗ったときに、何と言うか・・・「引け目」というか、こちらが下で乗せていただく、といった妙にへりくだった気持ちを持ったわけが。
馬と気持ちが通じたら楽しいでしょうね。

秋になって涼しくなったら、本当に一度行ってみようかと思って、もう一度確かめたら「富士五湖」ではなく御殿場でしたw
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乗馬に行ってきました! (しん)
2012-08-20 11:28:07
(`・´)ゞエリス中尉殿、昨日も、乗馬に行って参りました。300kmほど離れた高原で、避暑とドライブを兼ねた感じです。昨日は、初対面の馬で、アラブ系の中型馬でした。私の準備が悪く、短パンに短ブーツと言う事で、結果的には、両すねの内側の皮が剥けてしまいました。鐙を吊っているテープ状のロープと擦れたわけです。やはり、バロンの様にちゃんと長いブーツを履かないとだめですね。また、最初は全く走ろうとせず、手綱を緩めると、博労の所に戻ってしまう為、博労に鞭を借りて再出発、20分ぐらいで思うように走ってくれました。彼の顔の周りにたかる蝿を、鞭で追い払ってあげたことが、彼の気持ちを開いたようでした。このようにすると、蝿が遠ざかった時に、速く移動しようという心理が働いていたようです。報告終わり (`・´)ゞ
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馬って可愛い (エリス中尉)
2012-08-20 13:46:50
半ズボン短ブーツは無謀ですね。
ラクエル・ウェルチじゃないんだから、馬に乗るのにわざわざ脚線美を強調しなくても。

そう言えばフランスから来た乗馬団のサーカス(名前を失念)を観に行ったとき、スポンサーがエルメスだったのですが、飾られていた見事な鞍に見入ってしまいました。
エルメスの鞍、ってさぞ乗り心地もいいんだろうなあ。

しかし、「ハエを払ってやったら喜んで心を開いた」とは、やはり頭がいいんですね。
知り合いの鍼灸師のお嬢さんは、オリンピック乗馬の候補選手を身内に持つ方ですが、彼女の話で驚いたのが
「馬に鍼を打ってやると喜ぶ」という話でした。
馬のツボがどこにあるのかがなぜわかるのかは謎ですが、何しろ「気持ちいい」ということを反応で表わすそうです。
マッサージやハリは勿論、自分でハエを追ったりすることもできない動物ですから、何か気持ちのいいことをしてくれる人には心を開いてくれるのかしら。
だったら、もし今度馬に乗る機会があったら、肩でも揉んでさしあげると気持ちよく乗せてくれるのでは、などと考えてしまいました。
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再:馬の肩たたき (しん)
2012-08-22 10:38:26
(`・´)ゞエリス中尉殿、全く笑わしてくれますね、お馬の肩もみ!失礼致しました!彼らの皮は、思ったよりも頑丈です。サイの尻の皮程では無いにしても、結構分厚くてかたいんですよ。馬の尻の皮は、コードバンと言われていますね。馬の尻は、「ハイヨー!」と手の平でたたいたぐらいでは、何も感じていない模様。カウボーイの拍車を見れば、彼らの腹の皮がいかに頑丈かご理解いただけるかと思います。彼らと私の仲良くなるコツは、初対面の時、目と目の間の鼻というか、眉間を掌なでて、トントンと叩くのが挨拶代わり。乗馬中は、できるだけ首の横を掌でトントン叩きます。それで、踵でわき腹蹴りは必要な時、一度だけにします。お灸が好きとは知りませんでしたが、厚い皮なので、かゆい所に手が届く感じかもしれませんね!何よりも大事なのは、馬が走り、歩きやすいように乗ってあげることだと思います。
(`・´)ゞ
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馬の皮 (エリス中尉)
2012-08-23 08:46:12
鞭をぴし!ぴし!ってやっても怒らないって、馬とはなんと任従的な動物なのだろうと思っていましたが、なんと面ならぬ尻の皮が厚かったのだとは・・・・。
でも、うちの父が「猫は一年で暑いと感じる日が3日しかない」
と言っていたのに対し「誰にきいたんだよ」と心の中で突っ込んでいたエリス中尉としては、痛くないって馬に聞いたのですか?と思わず誰にともなく問うてしまいます。

ところでこの欄で書くことではないかもしれませんが、先日仕事(わたしの!)でお会いした方が、KO大学のブルーグラス出身で、オープンリールから起こしたご自身のバンジョー演奏のCDをいただきました。
やっぱり最初の曲は「Foggy Mountain Breakdown」です。
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再:ラクエル・ウエルチ (しん)
2012-08-23 15:37:29
エリス中尉殿、前々回のコメントで、突然、ラクエル・ウエルチの名が出て来て…?「猿の惑星」?と、頭に浮かんだんですが、調べると彼女は、「恐竜100万年」という映画に主演していたんですね。映画ショーシャンクにポスターとして登場した彼女しか知らなかったので、てっきり、猿の惑星かと思いました。ラクエルは、恐竜100万年でも、馬に乗っていたんですか?ところで、KO大学のブルーグラス愛好家の方、CDにしてプレゼントするなんて、相当な腕の持ち主ですね。KOにも有名サークルがありました。私は、AG大学でして、ここに、関東で、ブルーグラスサークルとしてもっとも有名な、Blue Mountain Boysというサークルがありましたが、その有名サークルではなく、その他、に属するサークルでしたが、とても人様にCD化するのは無理なレベルです。バンドメンバーの結婚披露宴で2~3曲演奏するnのが常でしたが、出だしのF.M.Breakdownで、GチューニングであるべきバンジョーがAチューニングになっていて、会場騒然となった事がありました。ちなみに、その時は、バンジョー奏者が、新郎でした。(・。・;
中尉殿帰国後の、ドラマ白洲次郎への突っ込み、楽しみにしております。 (`・´)ゞ
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