知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許発明の要旨の認定における一義的に明確でないこと、36条2項の明確性

2008-07-27 12:29:06 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10403
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 取消事由1(本件特許発明1の特許法36条6項1号違反性)について(1) 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するからである。

 そして,特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。

(2) 以上の観点から本件事案について検討することとするが,その前提として特許を受けようとする発明が認定されなければならないところ,本件請求項1の記載のうち「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」という文言の解釈につき当事者間に争いがあるので,まずこの点について検討する。

・・・

イ ところで,一般に「手段」とは,「目的を達するための具体的なやり方」を意味するものである(広辞苑第6版)ところ,本件請求項1における「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」との記載が,「前記コンピュータに前記自動起動スクリプトを起動させる手段」,「前記コンピュータから前記ROM又は読み書き可能な記憶装置へのアクセスを受ける手段」とともに併記されたものであることからすれば,上記「記憶する手段」が,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に前記自動起動スクリプトを記憶する」という目的を達するための具体的なやり方を意味するのか,それとも本件特許発明1全体の目的を達するための構成要素の一つを意味するのか,いずれに解することも可能であって,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合に当たる

ウ そこで,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」の解釈につき検討する(なお,被告は,特許法36条6項1号該当性の判断をするに当たって発明の詳細な説明の記載を参酌すべきではないと主張するが,最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決〔民集45巻3号123頁〕も判示するように,特許を受けようとする発明の要旨を認定するのに特許請求の範囲の記載のみではその技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合には,発明の詳細な説明の記載を参酌することは許されると解する。)
・・・

(イ) 以上の記載によれば,本件特許発明1は,USBメモリ等の着脱式デバイスをコンピュータに接続した際に,煩雑な手動操作を要することなく自動起動スクリプトに記述された所定のプログラムを自動実行させることを課題とするものであり,かかる課題の解決手段として,自動起動スクリプトを着脱式デバイスの記憶装置内に予め記憶し,コンピュータからの問い合わせに対してCD-ROMドライブなど自動起動スクリプト実行の対象機器である旨の信号(擬似信号)を返信することによって,コンピュータが着脱式デバイスの記憶装置内に記憶された自動起動スクリプトを起動させるという構成を備えたものであることが認められる。
 そして,かかる解決手段を実現するためには,自動起動スクリプトは,着脱式デバイスがコンピュータに接続されたときにコンピュータから読み出すことが可能な状態でデバイスの記憶装置内に記憶されていることが必要であり,かつ,それで足りる。

 そうすると,ROM等の記憶装置が,その製造時に自動起動スクリプトを記憶するものであっても,上記解決手段を実現するのに何ら差し支えなく,また,ROM等の記憶装置の製造後に自動起動スクリプトを記憶させなければならないとすることは,上記解決手段の実現にとって特段の意味を有しないものである。

(ウ) したがって,本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」という文言は,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に自動起動スクリプトを記憶する」という目的を達するための具体的なやり方を意味するものと解すべきではなく,本件特許発明1の目的を達するための構成要素の一つとして「自動起動スクリプトがROM又は読み書き可能な記憶装置に記憶されている状態であること」を意味するものと解釈すべきである。

(3) 以上のような本件請求項1の解釈を前提として,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」に対応する記載が本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されているかについて検討する。

・・・

 これらの記載に照らせば,自動起動プログラムPのみならず,自動起動プログラムPを起動する自動起動スクリプトについてもROM又は読み書き可能な記憶装置内の「CD-ROM領域R3」に記憶されていることは明らかである。

エ したがって,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」が実質的に記載されているものである。



3 取消事由2(本件特許発明1の特許法36条6項2号違反性)について
(1) 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載について「特許を受けようとする発明が明確であること」との要件を定めている。
 ところで,前記のように,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合には発明の詳細な説明の記載を参酌することも許されるものであって,こうして請求項に記載された技術的事項を確定した上で,当該技術的事項から一の発明が明確に把握できるかどうか,すなわち,特許を受けようとする発明の技術的課題を解決するために必要な事項が請求項に記載されているかを判断すべきものである

(2) そして,本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」については,その技術的意義が一義的に明確に理解することができないものであって,発明の詳細な説明の記載を参酌した結果,「自動起動スクリプトがROM又は読み書き可能な記憶装置に記憶されている状態」であることを意味するものと解されることは,前記2(2)において検討したとおりである。

(3) 以上を前提として,特許を受けようとする発明の技術的課題を解決するために必要な事項が本件請求項1に記載されているかについて検討する。

ア 前記2(2)ウ(イ)において検討したとおり,本件特許発明1は,USBメモリ等の着脱式デバイスをコンピュータに接続した際に,煩雑な手動操作を要することなく自動起動スクリプトに記述された所定のプログラムを自動実行させることを課題とするものであり,かかる課題の解決手段として,自動起動スクリプトを着脱式デバイスの記憶装置内に予め記憶し,コンピュータからの問い合わせに対してCD-ROMドライブなど自動起動スクリプト実行の対象機器である旨の信号(擬似信号)を返信することによって,コンピュータが着脱式デバイスの記憶装置内に記憶された自動起動スクリプトを起動させるという構成を備えたものであることが認められる。

イ そして,本件請求項1には,着脱式デバイスは①「主な記憶装置としてROM又は読み書き可能な記憶装置」を備え,②「所定の種類の機器が接続されると,その機器に記憶された自動起動スクリプトを実行するコンピュータの汎用周辺機器インタフェース」に着脱されるものであって,③前記ROM又は読み書き可能な記憶装置に自動起動スクリプトが記憶され,④「前記汎用周辺機器インタフェースに接続された際に前記コンピュータからの機器の種類の問い合わせ信号に対し,前記所定の種類の機器である旨の信号を返信するとともに,前記汎用周辺機器インタフェース経由で繰り返されるメディアの有無の問い合わせ信号に対し,少なくとも一度はメディアが無い旨の信号を返信し,その後,メディアが有る旨の信号を返信」すること(擬似信号の返信)により,前記コンピュータに前記自動起動スクリプトを起動させ,⑤前記コンピュータから前記ROM又は読み書き可能な記憶装置へのアクセスを受けるものであることが記載されている。

ウ したがって,本件請求項1には,本件特許発明1の技術的課題を解決するために必要な事項が記載されているものであるから,本件請求項1の記載は「特許を受けようとする発明が明確である」との要件に適合しているものである。


(所感)
 後段の36条2項に係る判断については判示にいたる理由付け・解説が簡潔なので、いろいろ思いを巡らせてしまう。・・・忘れないように書き記しておくこととする。
 
 29条2項、1項3号等の法条は進歩性・新規性を有無を決することをその趣旨とするのであるから、請求項に係る発明が明確性を欠くにはその判断が出来るように前記のような参酌を行うことも許されるべきであることには疑いはない、としていいだろう。

 しかし、36条6項2号は請求項に係る発明の明確性の判断をすることをその趣旨とするのであるから、明確性の有無を決することが第1なのであり、参酌によらなければ明確でないのであれば、明確でないとすべきであるようにも思われる。(説1)
 一方で、判決のように、複数とおりの解釈が行える程度にまで明確に記載されていて発明の詳細な説明を参酌すればそのうちの一つに決まるという場合は明確である、ということでも理論上は問題は生じないように思われる。(説2)

 ところが、実務上は複数とおりの解釈からの選択といえるかどうかがきわめて曖昧で判断が難しいことが多いように感じる。審査において説2を採用した場合、裁判を経ないと明確かどうか確定しないという特許が多くなるのではないか。
 このことは混乱を招く要因となるので、権利の明確性と安定性を重視して、審査の段階では説1を採用し審査の段階では出願人の意図での明確化を図り、特許後は権利の有効性を推定し説2を採用するというのが良いのではないか。(本件は、特許後の無効審決取り消し訴訟。)

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