知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

引用例の表面的記載にとらわれ技術的検討がおろそかになった審決

2008-07-15 07:30:15 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10002
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月09日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『すなわち,甲第7号証は,甲第6号証記載の発明と同様,LCDと映像照射用光源(ランプ)とを備え,表示映像(画像)と映像照射用光源とを,左眼用,右眼用と時分割的に切り替えるように構成した立体(三次元)映像表示装置において,一方の映像から他方の映像に切り替える際に,二重画像が瞬間だけ眼に入る(・・・。)という問題点があることを指摘した上,この問題点を解決するための技術手段として,
第1に,一方の映像から他方の映像に切り替える短時間の間,左眼用光源と右眼用光源の双方とも消灯するという手段を,
第2に,上記映像の切り替えの際にLCDを暗状態(黒状態)とするような帰線消去走査を行うという手段を開示しているものといえる
ところ,
これらの手段は,いずれも,「LCDに全画面黒表示を行わせる」ための技術手段であり,上記(1)のオの「帰線消去走査が使用され,LCDが暗状態へ帰線消去されるならば,ランプは有意な画像劣化を伴うことなく帰線消去期間中発光すると云える」(・・・)との文言にかんがみて,相互に代替することのできる並列的な手段として開示されたものであることは明らかである。

 そして,このうちの第1の手段は,甲第6号証記載の発明が採用した構成であり,また,第2の手段は,本件特許発明が採用した「全画面黒信号を入力する」構成にほかならない

 そうすると,上記のとおり,表示映像が切り替わる間(・・・),線状光源LL1及びLL2(すなわち,右眼用光源及び左眼用光源)のいずれをも消灯させることにより,「LCDに全画面黒表示を行わせる」甲第6号証記載の発明について,線状光源LL1及びLL2のいずれをも消灯させることに代えて,甲第7号証に開示されている「LCDを暗状態(黒状態)とするような帰線消去走査を行う」手段を採用し,本件特許発明に係る「全画面黒信号を入力する方法により」との構成とすることは,当業者であれば,容易になし得たものと認めることができる


(3) 被告は,甲第7号証に記載された発明は,強誘電体LCDであるのに対し,本件特許発明のLCDは,誘電分極原理(ネマティック液晶)によるものであると主張するが,本件特許発明のLCDは,誘電分極原理(ネマティック液晶)によるものであることは,本件特許発明の要旨の規定するところではなく,上記主張は,発明の要旨に基づかないものとして失当である。また,被告は,甲第7号証には「黒表示」との文言はないと主張するが,上記(1)のオの「LCDが暗状態へ帰線消去される」ことは,LCDを「黒表示」することに相当するものであるから,この主張も失当である。

 また,審決は,
「甲第6号証,甲第7号証および甲第4号証のいずれにも本件特許発明の目的の開示はない。また,甲第6号証では,すでに『全面同じ側の映像を表示させて・・・左眼用,右眼用と時分割』を果たしており,『左眼用,右眼用を時分割』するために更なる手段を付加する必然もなく,甲第7号証および甲第4号証は,LCD装置の表示特性上,前後の画像が重ならないようにするために次画像を表示する際に前画像を消去するものであり,結果的に全画面が同時に消去状態にあったとしても,この消去動作に『全画面黒表示を行わせる』という思想があるわけではない。したがって,甲第6号証,甲第7号証および甲第4号証からは,『時分割した方向像を時間的に分離して表示する』ために『全画面黒表示を行わせる』思想を見い出すことはできず,本件特許発明に至る動機付けを欠いている。加えて,甲第6号証,甲第7号証および甲第4号証のいずれにも本件特許発明の『全画面黒信号を入力する』構成の開示もない。」
と説示する。
 そして,審決がここでいう「本件特許発明の目的」とは,「『左右両眼に左右映像が分離投影されず,立体映像として観察できない』という問題点の解消」のことである。

 しかしながら,甲第6号証及び甲第7号証に記載されている「左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯すること」並びに甲第7号証に記載された「LCDを暗状態とするような帰線消去走査を行う」ことが,LCDに「全画面黒表示を行わせる」ことであることは,明らかであり,また,甲第7号証には,二重画像が瞬間だけ眼に入ること(・・・)を避けるために,両光源をいずれも消灯することが記載されており(上記(1)のウ),これにより,前の画像と後の画像が時間的に分離されることも,技術常識上明白である

 そうすると,甲第7号証には,本件特許発明と同様の課題を解決する目的で,左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯することにより,LCDに全画面黒表示を行わせて,前の画像と後の画像を時間的に分離することが記載されており,かつ,上記のとおり,「LCDに全画面黒表示を行わせる」ための技術手段として,「左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯すること」と相互に代替可能な並列的な手段として,「LCDを暗状態とするような帰線消去走査を行うこと」,すなわち,「全画面黒信号を入力すること」が開示されていると認められるのであるから,甲第7号証に接した当業者が,甲第6号証記載の発明の「左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯すること」の技術的意義を認識し,かつ,この構成を「全画面黒信号を入力する」構成に置き換えて,本件特許発明の相違点に係る構成とすることは,十分な動機付けを有し,容易であることといわざるを得ず,審決の上記説示は誤りというほかない。』

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