知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

審査対象-標章の表現手法と具体的な形体として表された標章それ自体

2008-07-08 07:17:17 | 商標法
事件番号 平成19(行ケ)10293
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

 本願商標は,平型の略直方体をした板状のチョコレートの上部に長手方向に垂直に直線状の溝を設けてこれを同形の4区画に区切り,・・・,その全体的な形状はチョコレート菓子の代表的形体の一つである板状タイプであると同時に立体装飾タイプでもあり,板状タイプに立体装飾タイプを合体させた形体のチョコレート菓子の一種であるといえる。
これによれば,本願商標に係る標章は,チョコレート菓子の形体を表現する従来の手法に従い,これを組み合わせた表現手法を採用したものということができるから,この意味で表現手法自体に新規性があるとはいえない。
 しかし,本願商標が「一般的に使用される標章であ(る)」と言えるか否かは,その表現手法自体が一般的であるか否かではなく,具体的な形体として表された標章それ自体について見るべきであるから,さらに進んでこの点について検討する

 前記認定のように,チョコレート菓子の取引の実情においては,立体形状タイプとして,植物の葉や実,エビ,貝殻,竜の落とし子等を模した立体的形状のチョコレート菓子が製造・販売されていることから見ると,本願商標を構成する各図柄を分離して個々的に見た場合,車エビ及び貝殻は新規な図柄に当たらないし,竜の落とし子の図柄については,原告は,その尾が背の側に外巻である点において腹の側に内巻である通常の図柄とは異なる新規な図柄であると主張するところ,この点の差異は指摘されて気付く程度のいわば微差と言っても良いものであるから,本願商標の自他商品識別力を評価する上でこの違いをことさらに強調することは困難であると言わざるを得ないというべきである

 しかしながら,本願商標においては,車えび,扇形の貝殻,竜の落とし子及びムラサキイガイの4種の図柄を向って左側から順次配列し,さらにこれらの図柄をマーブル模様をしたチョコレートで立体的に模した形状からなるのであり,このような4種の図柄の選択・組合せ及び配列の順序並びにマーブル色の色彩が結合している点において本願商標に係る標章は新規であり,本件全証拠を検討してもこれと同一ないし類似した標章の存在を認めることはできない
 そして,これらの結合によって形成される本願商標が与える総合的な印象は,本願商標が付された前記のシーシェルバーを購入したチョコレート菓子の需要者である一般消費者において,チョコレート菓子の次回の購入を検討する際に,本願商標に係る指定商品の購入ないしは非購入を決定する上での標識とするに足りる程度に十分特徴的であるといえ,本件全証拠を検討しても本願商標に係る標章が「一般的に使用される標章」であると認めるに足りる証拠はないし,本願商標が「商標としての機能を果たし得ないもの」であると認めるに足りる証拠もない。

オ 被告は,商品等の形状は,基本的に識別標章たり得ないし,商品等の形状には選択し得る形状に一定の幅があるのが通常であり,商品等の製造者・販売者や需要者は,そのような認識を当然に持っているのであるから,商品等の形状そのものからなる立体商標は,それが商品等の形状として一般に採用し得る範囲内のものと認識される限りにおいては,多少特異なものであっても,選択し得る形状の一つと理解されるにとどまるのであって,商品等の機能又は美感と関係のない特異な形状以外は,「商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に当たると主張する

 確かに,商品の形状は,第一次的には,当該商品自体の持つ機能を効果的に発揮させたり,あるいはその美感を追求する等の目的で選択されるものであり,取引者・需要者もそのようなものとして認識するであろうことは被告の主張するとおりである。
 しかしながら,商品の形状は,取引者・需要者の視覚に直接訴えるものであり,需要者は,多くの場合,まず当該商品の形状を見て商品の選択・選別を開始することは経験則上明らかであるところ,商品の製造・販売業者においては,当該商品の機能等から生ずる制約の中で,美感等の向上を図ると同時に,その採用した形状を手掛かりとして当該商品の次回以降の購入等に結び付ける自他商品識別力を有するものとするべく商品形体に創意工夫を凝らしていることもまた周知のところであるから,一概に商品の形体であるがゆえに自他商品識別力がないと断ずることは相当とはいえないものである。

 なお,被告は,商品等の機能又は美感と関係のない特異な形状に限って自他商品識別力を有するものとして,商標法3条1項3号の商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標ということはできないとするが,商品の本来的価値が機能や美感にあることに照らすと,このような基準を満たし得る商品形状を想定することは殆ど困難であり,このような考え方は立体商標制度の存在意義を余りにも限定するものであって妥当とは言い難い

当事者系審判の形式的当事者訴訟の性格

2008-07-07 07:27:05 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10338
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

(3) ところで,特許無効審判等,いわゆる当事者系審判に係る審決の取消訴訟は,特許庁長官ではなく,当該審判における相手方を被告らとして提起すべきものとされている点で,形式的当事者訴訟の性格を有することは明らかであり,また,形式的当事者訴訟は,本来抗告訴訟の性格を有する訴訟について,政策的配慮に基づき,処分庁(あるいは,処分庁の属する行政主体)に代えて,処分手続における対立当事者に被告適格を認めたものであることを考慮すると,本件のような特許無効審判に係る審決の取消訴訟において,被告らが審決の判断の誤りを主張することは背理であり,許されないとする考え方にも一理あるところといえる。

 他方,このような主張が許されないとする実定法上の根拠は見当たらず,また,当該主張が,審決の結論を結果的に維持することを目的とするものであることを考慮すれば,許されないとするには及ばないとの考え方もあり得るところである。

 しかるところ,仮に,被告らはこのような主張をすることができると解するとしても,本件においては,上記(1),(2)のとおり,被告らの主張には理由がないのであるから,結局,いずれの考え方を採用したとしても,本判決の結論に差異が生ずるものではない。すなわち,本件における被告らの主張は,上記の問題に関する考え方のいかんに関わらず,いずれにせよ失当といわざるを得ない。

一部の請求項に係る発明の拒絶理由で拒絶されること

2008-07-07 07:26:33 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10020
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官中野哲弘


8 取消事由5(請求項2以外の請求項に係る発明についての審理不尽)について
(1) 本願に適用される平成14年法律第24号による改正前の特許法49条は,次のとおり規定している。
・・・
また,特許法51条は,次のとおり規定している。
・・・

(2) 以上の規定によれば,特許法は,特許出願ごとに,その出願に係る発明について特許法29条等により特許をすることができないものが存するときは,拒絶の査定をし,そのような拒絶の理由を発見しないときは,特許をすべき旨の査定をしなければならないと規定していると解することができる。
 したがって,その出願に係る発明中に特許法29条等により特許をすることができないものが存するときは,その特許出願は全体として拒絶されることになるのであって,その理は,審査官による審査においても拒絶査定不服審判においても異なるところはないものと解される。

(3) そして,上記(2)のように解したからといって,特許法1条が規定する発明保護の目的や衡平の原則に反することはないし,民法1条2項及び民訴法2条に定められている信義誠実の原則に反することもない。
 拒絶査定を受けた出願人は,基本手数料に加え,請求項数に一定額を乗じた金額を納付しなければ拒絶査定審判を受けることができないこと(特許法195条2項別表「11」)は,特許がされる場合にすべての請求項について審理判断がされることに対応するものであって,上記(2)の解釈が信義誠実の原則に反することを基礎付けるものではない

 また,上記(2)のように解したからといって,特許法49条が定める拒絶理由がなければ,その出願に係る発明すべてについて特許を受けることができるのであるから,「密接に関連する一群の発明をもれなく一つの出願に含めて記載することができるように」し,「単一性の要件を満たす限り,同一発明か別発明かの区別をなくすることによって出願手続の簡明化等を図ることができるようにする」との多項性の趣旨が没却されるとも解されない。

 特許庁の審査基準(甲22)では,「拒絶査定に際しては,解消されていないすべての拒絶理由を示すとともに,その拒絶理由がどの請求項に対して解消されていないのかがわかるように,簡潔かつ平明な文章で記載する。」とされており,また審査ハンドブック63.06には「拒絶の理由を発見しない請求項を含む出願について拒絶理由を通知する場合には,…拒絶の理由を発見しない請求項を明示する」と記載されているとしても,これらの扱いは,拒絶理由通知及び拒絶査定において出願人の便宜を図る観点から規定されたものと解され,上記(2)のように解することを左右するものではない

 さらに,原告らは,上記(2)のように解すると,無用な分割手続が増えて審判経済,訴訟経済に反するとか,審決時に各請求項ごとの判断が明記されていれば,分割出願について審査請求をしないという選択肢も考えられるとも主張するが,既に述べた特許法の解釈からすると,一部の請求項に拒絶理由があるために特許出願全体が拒絶されることを避けるために分割出願の手続を採ることは,出願人にとって有用な方法であって,それをもって審判経済,訴訟経済に反するということはできないし,また,審決時に各請求項ごとの判断が明記されていれば,分割出願について審査請求をしないということがあり得るかもしれないが,特許法は,そのような目的のために審決において請求項すべてについて判断をするとの制度を採用しているものではないことは明らかである。