知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

商標の類否の判断例

2007-10-28 20:15:59 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10205
事件名 商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


『第4 当裁判所の判断
・・・
3 本件商標と引用商標の類否(取消事由1,2,3,4)
(1) 商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。
 そして,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品の出所を誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては,これを類似商標と解することはできないというべきである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
そこで,以上の見地から本件事案について検討する。

(2) 外観の対比
 本件商標は,「大阪プチバナナ」というものである。これに対して,引用商標は,「大阪ばな奈」というものである。
 したがって,両者は,「大阪」の点では全く同じであるが,それに続く文字が,本件商標では,「プチバナナ」と片仮名で記載したものであるのに対し,引用商標は,「ばな奈」と平仮名で記載したものであって,この点において外観が異なる。
「大阪」は,近畿地方にある都市名であるから,本件商標や引用商標に接した取引者,需要者は,「大阪」について都市名としか認識せず,したがって,特にこの部分に識別力があるということはない。
 以上述べたところからすると,本件商標と引用商標は,外観において類似しないというべきである。

(3) 観念の対比
ア 「プチ」については,国語辞典に,次の記載がある。
 ・・・
イ 本件商標の指定商品である「菓子及びパン」について,「プチ」が,
「小さい」又は「かわいらしい」の意味合いで使用されている事例が,以下のとおり多くある。
 ・・・
ウ 以上のア及びイの各事実によると,「プチ」は,「小さい,かわいらしい」等の意味合いを有するフランス語(petit) の表音であって,「菓子及びパン」について「小さい」又は「かわいらしい」の意味合いで使用されている事例が多く見られるから,本件商標の指定商品である「菓子及びパン」の分野においては,商品の形状,品質等を表示する語として普通に使用されている外来語であると認められる。

エ 原告は,研究社「新英和大辞典」の記載(前記第3の1(3)ア(ウ)b)及び「インターネットInfoseek楽天マルチ辞典」の記載(前記第3の1(3)ア(ウ)c)に基づき,フランス語の「petit」については,「小さい,かわいらしい」等の意味合いを越えた独自の意義が発生しており,単なる商品の形状,品質等を表示する語ではない旨主張する。しかし,原告が前記第3の1(3)ア(ウ)b及びcで挙げる例の多くは,「petit」が「小さい,かわいらしい」の語義を有することに由来するものということができる上,我が国の「菓子及びパン」の分野における使用例でもないから,上記の各記載は,上記ウの認定を左右するものではない
 また原告は,「インターネットInfoseek楽天ハイブリッド検索」で「プチ」の造語を検索した結果(前記第3の1(3)ア(エ)a)に基づいて,「プチ」の文字は,「小さい,かわいらしい」等の意味合いを越えた独自造語となっており,単なる商品の形状,品質等を表示する語ではない旨主張する。しかし,原告が前記第3の1(3)ア(エ)aで挙げる例の多くは,「petit」が「小さい,かわいらしい」の語義を有することに由来するものということができる上,我が国の「菓子及びパン」の分野における使用例でもないから,上記検索結果は,上記ウの認定を左右するものではない

 さらに,原告は,原告が主張する使用例は,「プチ」が単に性状を表すというよりは,音自体が有する性状から言葉の響きのみで使用されている例が多いと主張する。しかし,原告が主張する使用例の多くは,上記のとおり「petit」が「小さい,かわいらしい」の語義を有することに由来するものということができるから,音自体が有する性状から言葉の響きのみで使用されている例が多いということはできず,原告が主張する使用例は,上記のとおり上記ウの認定を左右するものではない

オ 本件商標は「大阪プチバナナ」というものであるから,このうち,「プチ」の部分は,上記のとおり,「小さい」又は「かわいらしい」という意味を有する,商品の形状,品質等を表示する語として理解され,「大阪の小さな(かわいらしい)バナナ」という観念が生ずるものと認められる。
 これに対し,引用商標は,「大阪ばな奈」というものであるところ,「ばな奈」の文字は,「奈」という漢字を含み,バショウ科の果実(banana)の日本語による通常の表記である「バナナ」又は「ばなな」とはやや異なるものの,表記の類似性からして,バショウ科の果実である「バナナ」を連想させるということもできるから,「大阪のバナナ」の観念を生ずるものと認められる。
 そうすると,本件商標と引用商標とは,観念においては,商品の形状・品質等を表示する語として理解される「プチ」の部分が異なるのみで,ある程度類似するということができる

(4) 称呼の対比
本件商標の称呼は「オオサカプチバナナ」であり,引用商標の称呼は「オオサカバナナ」であるから,前半部の「オオサカ」と後半部の「バナナ」の音を同じくするものである。しかし,本件商標と引用商標は,中間部において「プチ」の音の有無に差異がある。「プチ」は,はっきり識別できる音であって特徴的な響きを有するものであるから,本件商標と引用商標は,称呼において共通する点があるものの,異なる点もあるということができる

(5) 取引の実情
ア 証拠(甲11,12の1~3,13~15の各1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成16年10月1日から,JR西日本の新大阪駅構内において,「大阪プチバナナ」という名称の焼き菓子の販売を始め,以後,本件商標を使用した焼き菓子の販売を行っていること,原告が使用している商標は,「大阪」と「バナナ」の部分を青色で記載し「プチ」の部分を白色で記載したもの,又は「大阪」と「バナナ」の部分を黄色で記載し「プチ」の部分を灰色で記載したものであることが認められる。
 したがって,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)には,本件商標には一定の信用が形成されていたものと認められる。

イ 一方,前記2(1)のとおり,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)は,訴外会社が引用商標の使用をしていることを証明せず使用をしていないことについて正当な理由があることを明らかにしないことを理由として,これを取り消す旨の審決(別件審決)がされ,この審決は確定したのであるから,訴外会社は,原告による法50条1項による不使用取消審判請求の登録時前3年以内(平成16年3月1日から平成19年2月28日)に,引用商標を使用していなかったものと認められる。したがって,訴外会社は,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)はもとより,その以前から引用商標を使用していなかったものと認められるから,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)に,引用商標に何らかの信用が形成されていたとは認めることはできない

(6) 類否の有無
 以上(2)ないし(5)を総合すると,本件商標と引用商標は,外観は類似せず,観念はある程度類似し,称呼は共通する点があるものの異なる点もある程度であり,これらの諸要素に,取引の実情として,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)に本件商標には一定の信用が形成されていたものの引用商標に何らかの信用が形成されていたとはいえないという事実があることを総合勘案すると,本件商標登録の登録査定時たる平成17年8月23日の時点において商品の出所を誤認混同するおそれがあったとは認められないというべきであり,本件商標と引用商標が類似するということはできない。したがって,本件商標と引用商標が類似するとした本件決定の判断には,類似性についての判断を誤った違法があることになる。』

異議申立の引用商標の不使用取消

2007-10-28 20:03:36 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10205
事件名 商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


『第4 当裁判所の判断
・・・
2 引用商標の不使用取消審決との関係(取消事由5)について
(1) 証拠(甲8,9の1~3,10)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成19年2月8日付けで引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)について,法50条1項による不使用取消審判請求をし,同請求は特許庁に取消2007-300137号事件として係属するとともに,平成19年2月28日付けでその商標登録原簿に商標登録取消し審判の予告登録がなされたところ,特許庁は,平成19年6月19日,被請求人である訴外会社は何ら答弁をしないから,訴外会社は引用商標の使用をしていることを証明せず使用をしていないことについて正当な理由があることを明らかにしないことになるとして,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)を取り消す旨の審決(別件審決)をし,同審決は平成19年7月30日に確定し,同登録は平成19年8月23日閉鎖されたことが認められる。

(2) そうすると,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)は,上記不使用取消審判請求の予告登録日である平成19年2月28日に消滅したものとみなされることになる(法54条2項)。
 しかし,商標登録が法4条1項11号に違反するかどうかの判断の基準時は登録査定時であると解されるところ,本件商標登録の登録査定日は,前記のとおり平成17年8月23日である(争いがない)から,そのときには,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)が,いまだ消滅していないことは明らかである

 原告は,本件決定の日である平成19年4月19日には引用商標に係る商標登録は消滅していたから同決定は違法であるとか,訴外会社による本件登録異議申立ては遡及的に申立ての利益がないことになるとか主張するが,本件商標登録が法4条1項11号に違反するかどうかの判断基準時は,前記のとおり登録査定時たる平成17年8月23日であると解されるから,原告の上記主張は採用することができない。』

「元祖」を巡る争い

2007-10-28 19:31:33 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)1229
事件名 不正競争行為差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成19年10月25日
裁判所名 大阪高等裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 若林諒

『第2 事案の概要
・・・
〔控訴人〕
(1) 「元祖」表示が品質誤認表示行為にあたるか
ア 不競法2条1項13号の趣旨からすると,顧客が商品の選定に際して参考にする情報が客観的に誤ったものであれば広く品質誤認表示にあたると判断すべきであり,また,誤認表示にあたるか否かは,一般的な需要者を基準として当該表示に接した場合に誤認が生ずるかによって判断すべきであって,商品の客観的な特色に該当する情報のうち需要者の商品選定に影響を与えるものは,広く同号の「品質」にあたると解すべきである。
 被控訴人商品のような食品については,商標登録拒絶査定審決で「元祖」の文字は「ものごとを始めた者」を意味する語であり,当該商品を初めて作り出した者の意で商品の品質を誇称して表示する場合によく使用される語であるなどと判断されており(甲27),「物事を初めてしだした人」の意味において需要者の商品選択の重要な要素になる(甲47,48)。特にアイデア商品については,今まで誰も思い付かなかったアイデアを思い付いた点に重要な価値があり,これが需要者の商品選定の重要な考慮要素となる。
 「元祖」表示を見た需要者において,かかる表示を付する者が最初に当該商品を思い付いた者であるところに希少価値を求めて誘引されることは社会通念上明らかである

 控訴人商品は,たれがあるので食べづらい伝統的な菓子であるみたらし団子を,醤油だれと餅生地を逆にした点に特徴のある画期的なアイデア商品,斬新な商品であるから,これを考え出した者であること自体に大きな価値があり,「元祖」表示は「製造販売を継続している中で最古のもの」ではなく「物事を初めてしだした人」の意味において,需要者の商品選定に大きな影響を与える。控訴人・被控訴人ともこの点に価値を見いだし,他の商品との差別化を図り販売しているものであり,被控訴人も被控訴人商品の最大の売りとして「元祖」であることを自ら積極的に宣伝広告している。

 控訴人商品がインターネット掲示板でまがい物扱いされたこと(甲28~30,40)は,「元祖」表示が一般需要者に対して与える印象を決定づける。一般需要者は控訴人商品との比較において被控訴人商品が伝統がある優位性のある商品と認識する。販売を継続できたのは優れた品質が顧客に支持されたからであるとして,「元祖」を「製造販売を継続している中で最古のもの」と解するのは,判断することが著しく困難な主観的かつ抽象的意味での品質の良し悪しを前提とするもので誤りである。』


『第3 当裁判所の判断
1 「元祖」表示による品質誤認表示行為の有無(不競法2条1項13号)
(1) 原判決「事実及び理由」第3・3記載のとおりであるからこれを引用する。当裁判所もかかる請求は理由がないと判断する。
(2) 控訴人の当審補充主張
ア 控訴人は,商品の客観的な特色に該当する情報のうち需要者の商品選定に影響を与えるものは,広く同号の「品質」にあたると解すべきであるところ,「元祖」は「ものごとを始めた者」を意味する語であり,当該商品を初めて作り出した者の意で商品の品質を誇称して表示する場合によく使用される語であって,特に控訴人商品のようなアイデア商品については,アイデアを思い付いた点に重要な価値があり,これが需要者の商品選定の重要な考慮要素になるなどと主張する

 しかるに,引用に係る原判決の認定・説示のとおり(15頁20行目~17頁7行目),同種の菓子食品であっても品質等(原材料,成分・栄養分,添加物の有無,味覚,食感,消費期限,保存方法等),様々な点に違いがあるのが通常であって,一番最初に当該商品についての着想を得る等した者が製造した商品であるからといって,必ずしもその品質が優れているとは限らないから,「元祖」を上記のように解したとしてもかかる表示が直ちに商品の特定の品質に結びついて商品選定に影響するとは認められない。また,「一家系の最初の人」も意味する「元祖」の語義からすれば,一般論としてはこれを付した商品が相応の歴史・伝統を有するものとして商品選定に何がしかの影響を及ぼすことがあり得るとしても,本件商品のような新しい着想による,歴史・伝統の浅い商品について「元祖」表示を付することが,その品質に係る優位性を強調することに繋がるとは必ずしもいえず,かかる商品についての「元祖」表示が,直ちに商品選定に影響するとは認められない

 また,仮に,かかる意味での「元祖」表示をもって品質についての表示と見うるとしても,控訴人が平成元年5月30日にした特許出願(甲3,4,16,21,22,43)より前に,レオンがみたらしだれ等の液状の蜜を餅生地で包んだ和菓子の製造機械を開発して販売していたこと(乙18),被控訴人も,レオンから上記機械を導入して,同社提供の配合表を参考としつつ,独自に被控訴人商品を開発して製造販売を開始したものであること(乙11,17),及び引用に係る原判決の認定・説示のとおりの控訴人商品の製造経緯(16頁9行目~17頁3行目,20頁9行目~22頁4行目)に照らせば,着想,研究・試作の点はともかく,控訴人が開発,及び試験販売に至るのは平成4年6月からであって,控訴人商品の製造販売の程度と対比した被控訴人商品の製造販売の経緯と規模からして,商業的には被控訴人が上記商品を一番最初に製造販売して一般需要者に認知させたともいい得るものであり,被控訴人商品について「元祖」表示をすることが品質誤認表示にあたると直ちに認めるに足りない。』

『2 「元祖」表示による営業誹謗行為の有無(不競法2条1項14号)
(1) 原判決「事実及び理由」第3・4記載のとおりであるからこれを引用する。当裁判所もかかる請求は理由がないと判断する。

(2) 控訴人の当審補充主張
 控訴人は,「元祖」を「製造販売を継続している者の中で最古の者」と解釈するのは誤りであり,また「初めてしだした人」の他が真似であることは社会通念上一般的な理解であって,特に,控訴人・被控訴人のような典型的な競業者の場合,アイデア商品の販売を後発的に開始した業者は,先発業者の商品を真似したものと一般需要者に理解されるリスクを孕んでいるから,「元祖」表示は控訴人の営業誹謗行為にあたると主張する
 しかし,前記引用に係る原判決の認定・説示のとおり(22頁13行目~23頁7行目), 「元祖」表示は,自らについて説明するものといえても,他の同業者について何ら述べるものではないから,それのみでは他の同業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布したといえない など,かかる主張は採用できない。』