徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

ジェット・ストリーム(再編集版)

2024-05-27 17:49:19 | 
 20代の頃、会社の担当者会議でよく東京に出張した。1日で会議が終わる時は熊本ー東京間を飛行機で日帰りした。
 ある時の出張の帰り、熊本へ向かうJAL最終便の離陸を待つ機内でラジオを聴いていた。少し遅れて搭乗してきたダンディな紳士が隣りに座った。この紳士、他の乗客と様子が違っていた。離陸する時、頭を傾げてじっと聞き耳を立てていた。僕は気にしない素振りをしていた。飛行機が上空に上がって安定飛行に入った時、その紳士が突然話しかけてきた。「いや、私もね、この飛行機を操縦するもんですからね、離陸と着陸は気になるんですよ」。そうですかと答えた僕に「今日の機長は上手いですよ」と続けた。それからしばらく、お互いの身の上などを語り合った。紳士が「どこにお住まいですか」とたずねたので、「京町です」と答えた。すると紳士は「それじゃ森さんはご存じですか」という。僕は「米屋の?もちろん知っていますよ」と答えた。それは僕の家近くの森さんという老舗のお米屋さんだった。ちょっとコワモテのご主人は僕より10歳ばかり歳上の高校の先輩だった。高校卒業後、防衛大に進み、航空自衛隊に入ったらしいとは聞いていた。僕が大学を卒業し、熊本に帰ってきた時、森さんは既に自衛隊は退職し、家業の米屋の主人におさまっていた。実はその紳士の航空自衛隊時代の操縦訓練の教官が森さんだったらしい。紳士は「森さんは私にとって神様のような方です!」と言った。そして「森さんは凄い腕を持ったパイロットでした!」。
 飛行機が熊本空港に近づき、着陸態勢に入ると紳士は再び聞き耳を立てた。着陸した時、「ほら、上手いでしょ」と言った。空港での別れ際、紳士は「森さんにくれぐれもよろしく!」と言い残して颯爽と去って行った。実は僕がそのことを森さんに話したのは何年もたってからだった。森さんは「アイツか」と言って何ともいえない笑みを浮かべた。
 聞くところによるとその紳士はJALのB777の機長として名を馳せ、パイロット引退後はJALの重役になったらしい。