虫干し映画MEMO

映画と本の備忘録みたいなものです
映画も本もクラシックが多いです

本の売り方

2005年02月17日 | 
「ネバーランド」の原作、でなくストーリーの元になった本を読んだ。書店の映画コーナーに置いてあった。
「ロスト・ボーイズ―J.M.バリとピーター・パン誕生の物語」アンドリュー・バーキン著
 想像以上にシビアで痛い話だった。バリと、デイヴィス一家の交流が舞台になり、映画になったわけだが、「ネバーランド」(ほかの名前も持っている)が現実と空想の出会う、人間の内容を豊かにもし、また逃避の場所ともなり得るところであるということをつくづくと思わされる本だった。映画では割愛されたナニーが重要なキーパーソンだったり、何より、ヴィクトリア時代のイギリス社会というのがこの話の根っこを押さえているようだ。富んでいて華やかで偽善的。
 バリが貴族階級出身でないというのもかなり周囲の受け取り方が変わっているようだ。古い映画で同じくバリ原作の「男性と女性」を見たときに、その階級の厳しい描き方にちょっと驚いた。「ゴスフォード・パーク」の時代でもあの状況だし、やはり今の私たちの感覚で捉えられないものがある。
 それは別として、「ネバーランド」はスイートだけど、抑制が効いた雰囲気がとても良かった。その中でジョニー・デップの存在感、ケイト・ウィンスレッドの美しさは素晴らしい。声高な映画ばっかりでなく、こういう映画もきちんと評価されると嬉しいなあ。

 最近は、文学系新人賞受賞者に高校生続出。楽しみではあるけど、ちょっと最近の本の売り出し方というのは私にはさびしいものがある。
「インストール」はハードカバー本なのに、20分かからず読み終わった。ちなみに速読法は知りません。なんか呆然とした。
 少し前だったら、この程度のものは2,3篇で、中短編集で本を出していたのではないか。綿矢りさという人は、好きなタイプじゃないけど、独自スタイルを持ってるんだから、そっちのほうが彼女の持つ資質を印象付けられると思うんだが、この出版の仕方は普段読まない人を取り込もうという狙いなのだろうか。でも、この方法が、本当に作家を育てることになるのか、私にはわからない。
「セカチュー」も短かったけど、これは話の長短以前に文体が駄目だった。
 センテンスが短くて、「…だった。」の繰り返し。
 そのうちに頭の中で「だった。」「だった。」だった、だった、だった…と響いてやりきれなくなった。これはあくまで好みの問題です。
 なんか叫びたくなって、内田百間(この字は本当は門の中に月)読みました。
 
 私も若くないみたいです。

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