虫干し映画MEMO

映画と本の備忘録みたいなものです
映画も本もクラシックが多いです

すごい、すごい…森雅之

2008年07月20日 | 映画の話題
 昨日、BSの黒澤明特集で1951年の「白痴」を見ました。初見です。
 しかし、その映画自体よりも、私は主人公の亀田役の森雅之に「すごい~、すごい~」と唸っていました。
 そもそも「すごい」なんて表現はそのあとに続く内容を明らかにする形容詞とか比喩表現が続かなければ何にも言ってないようなものですが、見てる時はあのテンションが全く緩まない画面の空気を支配してしまう森雅之にただただ「すごい」と張り飛ばされ気分で見ておりました。
 森雅之といえば、今まで「浮雲」の骨からニヒルな男に最も強烈な印象があり、市川雷蔵とはまた別種の強烈な吸引力と底の知れなさを感じさせる素晴らしい役者だとは思っておりましたが、ドストエフスキーのムイシュキンの無垢をリアリティをもった黒澤の亀田という存在を造形してしまうなんて、もう、すごい。「あにいもうと」の無学なお兄ちゃんもよかったし、本当に「すごいすごい」役者です。

 もちろん、原節子のいつでも黒い縁取りをもったような白い顔も画面にあるだけで圧倒されてましたが。

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 まあ、それでこれは小さくてもいいからぜひ映画館で見たい、見たい見たい、と強く思ったのです。
 私の個人的な事情ではありますが、やっぱり「映画は映画館という空間で見たい!」のです。
 だから、DVDで見た時点で「これは大スクリーンで音響設備のいいところで見ないとなあ…」と思うとなかなかちゃんと「この映画観ました」とは言えないのですよね。まあ、昔の映画でDVDやビデオでしか見られないものは我慢しなきゃいけません。

 そんなわけで「プライベート・ライアン」とか「バイオハザードⅢ」とかは家のテレビで見ている最中から、ああ、これはDVDだけで見てもなあ、と感じましたし、素直に「見ました」なんて言えなくなります。その点で言うと、「アラビアのロレンス」とか「卒業」とか「チキチキバンバン」を見たご近所の名画座がなくなったのは(10年以上前ですが)ほんとに残念でした。お客さんの状況みてると仕方ない事態でしたが。
 ホームシアターって、どれくらい映画館に迫ってるんでしょうか。
 でも、家じゃ空間がないもんなあ。ちょっと背伸びしないと字幕と前の人の頭が重なりそうな古い劇場でも、あのスクリーンだけが光る空間がないとだめなのよね。

再会の街で(2007/アメリカ)

2008年07月09日 | 映画感想さ行
REIGN OVER ME
監督: マイク・バインダー
出演: アダム・サンドラー    チャーリー・ファインマン
   ドン・チードル       アラン・ジョンソン
   ジェイダ・ピンケット=スミス    ジャニーン・ジョンソン
   リヴ・タイラー       アンジェラ・オークハースト
   サフロン・バロウズ     ドナ・リマー
   ドナルド・サザーランド   レインズ判事
   マイク・バインダー     ブアイアン・シュガーマン

 ニューヨークのマンハッタン。歯科医のアランは、大学時代のルームメイト、チャーリーを街で見かけ声を掛ける。チャーリーは9.11テロで最愛の妻と3人の娘を亡くして以来、呆然と日々を送っている。アランは歯科医として成功し、美しい妻と娘2人にも恵まれている。チャーリーにうとまれてもアランは彼をなんとか”立ち直らせよう”とする。

 人生で大事なもの全てを失い、崩壊してしまった世界に、人間はどう対処できるのか。
 ノーマン・メイラーがその著書の中でいみじくも指摘したように、911のその日、喧嘩したりして別れた大事な人がいなくなったものがいちばん悲惨だ。愛しているし、相手を信頼もしているから、人間関係が壊れると思わずに安心して怒鳴りも喧嘩もできる。明日にはまた仲直りできると思っているから。でもその明日がなくなってしまったら…きっと残ったほうの未来もなくなってしまう。
 とはいえ、チャーリーが911遺族であってもなくてもたとえば交通事故でも同じことだ。911はチャーリー自身に負い目のない悲劇ということが鮮明にはなる。それでも彼は自分を責めずにいられない。
 
 悲劇を抱えて苦しむチャーリーだが、妻や子をもぎ取られた悲しみに支配された心から抜け出すことが救いではきっとないでしょう。彼は死者とともに、でも他の人とも一緒に生きる道を見つけ出さなくてはいけない。いつになるかわからなくても。
 そしてアランは今日妻に「愛している」と言うことができた。

「自らに死ぬことも生きることをも禁じたいような、人を求めたいような避けたいような」身の置き所がない、やりきれない心を持て余す男を演じるアダム・サンドラーが見事でした。もちろん、ドン・チードルも十分に渡り合っています。

 それに「ワンダと巨像」! チャーリーがこのゲームしてます。お薦めがあってブックオフで買ってきたけど、なんせリアル系。まだ体調が十分でないので、これもまた酔いそうでまだ未プレイなのよね。やらなくちゃ。

パンズ・ラビリンス(2006/メキシコ、スペイン、アメリカ)

2008年07月08日 | 映画感想は行
EL LABERINTO DEL FAUNO
監督: ギレルモ・デル・トロ
出演: イバナ・バケロ    オフェリア
   セルジ・ロペス    ビダル
   マリベル・ベルドゥ    メルセデス
   ダグ・ジョーンズ    パン/ペイルマン
   アリアドナ・ヒル    カルメン
   アレックス・アングロ    フェレイロ医師
   ロジェール・カサマジョール    ペドロ

 1944年のスペイン。フランコの勝利で内戦は終結したが、その後もゲリラ戦が続く山間部。仕立て屋だった父を亡くした少女オフェリアは、臨月の母カルメンと共にある山奥へとやって来た。そこは母が再婚したビダル大尉の任地。その夜、彼女は不思議な妖精に導かれ、謎めいた迷宮へと足を踏み入れパン<牧神>に、彼女が地底の魔法の国のプリンセスの生まれ変わりで、満月の夜までに3つの試練を乗り越えれば、魔法の国に帰ることが出来ると告げられる。

 デル・トロ監督の「デビルズ・バックボーン」にやられた私としては期待しまくっていた作品でしたが、これは「デビル~」以上に哀切なファンタジーでありました。
 この映画のコピーは
「だから少女は幻想の国で、
 永遠の幸せを探した。」

になってます。ちょっと「うーん…??」て感じです。
 ファンタジーがなくては生きられない子供にとってそれが現実からの逃避場所で架空のものでしかない、というのは事実ではありません。それに呑みこまれる危険性はロアルド・ダールみたいなわかりやすいのとか、いくつも書かれています。それに、この話は幻想で現実を受け入れやすくなるような甘い話でもありません。
 私には、自分の人生を生ききれなかった、無垢なままに断ち切られた子供たちの命や、心を殺しきれずに血を流して生きた、また死んでいった人々への挽歌のようにも思えます。彼らには黄金の玉座が用意されているべきだ、と思わざるを得ません。

 それにしても、残酷シーンが多く、息苦しい映画でした。この監督は相変わらず空気の湿度の表現は抜群です。この残酷で哀しい物語は青鈍色の迷宮と血の色と、美しいメロディーで記憶に焼きつくようです。

サルバドールの朝(2006/スペイン、イギリス)

2008年07月01日 | 映画感想さ行
SALVADOR
監督: マヌエル・ウエルガ
出演: ダニエル・ブリュール    サルバドール・ブッチ・アンティック
   トリスタン・ウヨア    オリオル・アラウ
   レオナルド・スバラグリア    ヘスス
   ホエル・ホアン       オリオル
   セルソ・ブガーリョ    サルバドールの父
   メルセデス・サンピエトロ    サルバドールの母
   イングリッド・ルビオ    マルガリーダ
    レオノール・ワトリング     クカ

 1970年代のフランコ独裁政権下のスペイン。青年サルバドールは、反体制活動に関わるようになる。活動資金を得るために銀行強盗にも手を染める。警察にに追い詰められ、銃撃戦の中、彼の銃弾は若い警官を撃ち、サルバドール自身も瀕死の重傷を負う。警官は死亡し、一命を取り留めたサルバドールは死刑判決を受ける。

 スペインのフランコ政権下の一見穏やかな日常を一枚めくると…といった恐怖政治はたとえば「ロルカ 暗殺の丘」でも描かれていたとおりです。独裁政権はいやだ、恐ろしい。さはさりながら自分の生活の安泰や己の安全のためには見えるものも見ないようにする、という人間の傾向は独裁政権だろうが、民主主義だろうが変わりません。
 この映画も、オープニングタイトルからメッセージ明らか。と私は思ったんですけど。感動したけど、うすら寒い感じも持たされてしまいました。
 サルバドールは気持ちのいい好青年で、誰かがやらなきゃならないなら、自分が引き受けよう、というタイプ。活動もはじめは理想主義的。銀行強盗もおまけの冒険みたい。まあ、反体制活動の割には、あまりにも間抜け。
 囚人としての生活でサルバド-ルの人間性が丁寧に描かれるので、おそらくフランコ体制下でなければアフリカの飢えた子を救おうというような活動をしていたであろう青年が「変えなければ、行動しなければいけない」と思ったことが何であるかを悟らされます。殉教者になりたくなかった彼は、結局処刑によってシンボルになってしまったのでしょうか。

 私の知ってるスペインはヘミングウェイ「誰が為に鐘は鳴る」、オーウェル「カタロニア賛歌」、それに映画の「蝶の舌」などで見たスペインだけですが、どれでもフランコ将軍を好意的には考えられません。
 それにフランコ政権を存続させた責任を負わなきゃいけないのは、スペイン国民だけじゃないですよね。