雑文の旅

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猫爺の連続小説「能見数馬」 第十二回 悪霊退散!

2013-06-26 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

   北町奉行遠山景元から数馬に使いが来た。 武蔵の国関本藩の若き藩主「関本健太郎」の一足早い元服祝いへの招待だった。 通常、元服祝いは小正月に行うべきものであるが、健太郎の場合はこの度藩主となり、一国一城の長となった為、時期を早めて挙げることになったらしい。 元服祝いなどというものは、ただ神前で月代(さかやき)を剃り上げ後ろの髪を束ねた(髻=もとどり=現代で言う、ちょんまげ)を乗せる、少年の髪型から、大人の髪型に変える儀式であるが、武家の場合は、幼名から元服名に代わる。

   「どうだ、数馬行ってくれるか」
   「嫌ですよ、ただ元服の祝いの為に遠くまで行くなんて」
   「この前のお礼をたんまり貰えるかも知れんぞ」
   「いりませんよ、どうせお菓子の詰め合わせとか、魚の干物でしょ」
   「名刀、武蔵丸かも知れんぞ」  (武蔵つながりで)
   「私に刀は不要です」
   「大名と友達になれるかも知れん」
   「はい、行ってきます」

 奉行も人が悪い。 数馬の弱点をしっかり握っている。 数馬は旅支度を整えて、翌朝早く江戸を発ち武蔵の国へ向かった。


 儀式は氏神の社前にて恙(とどこおり)なく終った。 藩主は関本健太郎改め、関本義範(よしのり)となった。数馬に劣らぬ童顔の若様だったが、急に大人の殿様になっていた。 数馬も正式のお目通りが叶い、殿様の御前に進み出て、お祝いの言葉を申し述べた。
   「数馬殿、よく来てくれた、慎みて礼を申す」
   「有り難きお言葉に御座います」
 お互いに形だけの儀礼を尽くしているが、気持ちは「成人おめでとう」「ありがとう、よく来てくれたねぇ」 みたいな軽い気持ちで、肩を叩き合っているのだ。

   「水戸のお殿様、徳川斉昭(なりあき)様に数馬殿の長崎行きの支援を申し出たところ、断られました」
   「やはり、西洋医学だからで御座いましょう」
   「そうではない、もう既に水戸藩で支援を決めておられました」
   「藩士でもない私を、ですか」
   「斉昭様は、これからの医学は西洋医学も取り入れるべきと仰っておられました」

 義範はご家来に、「あれを・・・」と、指示すると、切り餅が四つ(百両)乗せられた三宝が出て来た。
   「これは些少だが、数馬殿への応援の気持ちでござる、長崎への路銀にお使いくだされ」
   「私一人が、こんな大金を頂いて良いので御座いましょうか」
   「これは礼金とは申しておらぬ、数馬殿への支援でござる」
   「しかし、こんな若造に大金過ぎます」
   「そうかではもそっと減らそうか」
   「はい、お心だけで結構です」
   「そうか、では五十両にしておこう、まだ多いか」
   「はい、まだ多すぎます」
   「では、二十五両にしよう」
   「まだ多おうございます」
   「では、五十文ではどうか」
   『数馬さん、あんたバカか』 新三郎が口出ししてきた。
   「バカとは、何ですか」
   「どうかしたか」と、義範。
   「いえ、何でもありません」
   「嘘だ、嘘だ!いきなり五十文で、驚いたのであろう」
   「いえ、あ、はい、ありがとう御座います、大切に使わせて頂きます」
   『そうそう、素直に貰っときなさい』 と、新三郎。

 義範は別れ際、数馬に言った。
   「余を友と思って、何か困ったときは訪ねて来てほしい」
   「はい、お殿様も、数馬に出来ることが有りましたら、お呼び寄せください」


 帰り道、民家で人だかりがあった。 土地の者に訊いてみると、江戸から来た高名な除霊師が娘に憑りついた悪霊を追い払っている最中だそうである。
   「新さん、悪霊だそうですよ」
   『へえー、恐いですね』
   「新さんが恐がってどうします」
 二十歳過ぎであろうか、苦しみ、のた打ち回っていた娘に、除霊師が呪文を唱えると娘は静かになり、やがて安らかな表情になっていった。
   「たいしたものですね、流石(さすが)高名な除霊師です」
 倒れていた娘は、何事もなかったように起き上がり、母親に抱きついた。
   「よかったねぇ、江戸からここまで先生を追ってきた甲斐がありました」 と、母親は抱き返す。
   「これは、お礼の十両です、どうぞお収め下さいませ」 母親は、除霊師に差し出した。
   「いや、それがしも旅の空、たやすい除霊で十両も戴くわけには参らぬ」
 除霊師は、一両取って九両は母親に返した。 見ていた人々は「あーっ」と感嘆の声を上げた。
   「なんと、欲のないお方」
   「お優しいですね」
   「なんと凄い除霊の術でしょう」 人々は、口々に賞賛の声をあげた。
 人々は散らばると、様々な症状の病人を連れてきた。
   「長患いのお父っつぁんを…」
   「医者に見放されたこの児を…」
   「腰を痛めて起き上がれなくなったおっ母さん…」

 もしや悪霊に取り憑かれているのではないかと、集まってきたのだ。

   「新さん、あの娘さん、元気になって帰っていきましたね」
   『あの娘さんは、さくら ですぜ』
   「そのようです」
   『悪霊はどうなったと思います』
   「初めから悪霊なんて居なかったのでしょう」
   『その通り、奴らの芝居に騙されて、こんなに依頼者が集まってきました』
   「一両盗られるのが可愛そうです、新さん、ちょっと懲らしめてやりましょう」
   『わっ、これで葵の御紋の印籠が有れば、水戸黄門みたいですね」
   「余の顔を見忘れたか」
   『わーっ、暴れん坊将軍だ! …って遊んでいる場合か』  新三郎は、除霊師に憑依した。 除霊師は次の依頼者の除霊をしようとして、突然倒れた。 除霊師の生霊(いきりょう)は新三郎に追い出されて、新三郎の芝居が始まった。 苦しみのた打ち回る演技をしながら、
   「先ほどの悪霊が戻ってきた」 「助けてくれーっ、殺されるー」 「ぎゃー、許してくれーっ」 「拙者がわるかった」 「他の者に憑いてくれー」

 病人を連れて集まった人々は気味が悪くなり、自分に乗り移られてはたまらんと散り散りに逃げ帰った。 暫くして生霊が戻り、意識を取り戻した除霊師は、自分の周りから悲鳴を上げて逃げて行く人々に気付き、「もしや、霊の祟り」と考えると、体が震えだした。

   「新さん、ちょっとやり過ぎではありませんか」
   『これぐらいしても、奴らは懲りないでしょうよ』

 先程のさくらの娘が除霊師の許に戻り、甲斐甲斐しく介抱をしているのを横目に、数馬は帰路についた。

 数馬は屋敷に帰る前に、北町奉行所に寄って遠山に報告をした。
   「お奉行様、数馬ただ今立ち戻りました」
   「おゝ、帰って参ったか、どうであった、土産は菓子の詰め合わせであったか」
   「長崎へ行くときの路銀と援助金を賜りました」
   「それは良かった、奉行もこの前の礼と申して、金子(きんす)を頂戴したので、手当として携わった者に分配した」
   「そうなのですか、関本藩のお殿さまは、金持ちですね」
   「関本家は外様(とざま)大名でな、身分が上の譜代(ふだい)大名よりも禄高が多いのだ」
   「友達になっておけば、いろいろ助かりますね」
   「数馬、お前が友を増やすのは、金子目的か」
   「いえ、決して・・・」
      (悪霊退散!・終)   ― 続く―   (原稿用紙10枚)

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