雑文の旅

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猫爺の連続小説「能見数馬」 第十四回 墓参り

2013-07-02 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 ある朝、突然に「今日は何も予定がないから」と、数馬は新三郎に語りかけた。 新三郎に甘えてばかりいる自分に、「もし、新三郎が居なくなったら自分はどうなるのだろう』と、不安になったのだ。
   『何でしょうか』
   「墓参りに行こうかと思うのです」
   『誰の』
   「経念寺の新さんのお墓ですよ」
   『あっしはここに居るのに』
   「魂はここに居ても、お骨はお墓にあるのですから」
   『お骨参りですね』
   「うん、まあそうとも言うのかな」
   『行きましょう、行きましょう』
   「栗拾いに行くのではないのですよ」
   『いつか聞いたことがある科白ですね』
   「亮啓さんにだけ、私と新三郎さんが同棲していることを話しておこうと思うのです」
   『そんな、男同士の同棲ですか』
   「表現が適格でなかったかな」
  経念寺は、通称萩寺と呼ばれ、秋には赤や白の萩の花が咲き乱れる。 古いお墓が多く佇む中、小さいながらも一際青く光っているのが新三郎の墓である。 数馬は、いつの日にか新三郎のこの墓を、新三郎の生国である木曾に移してやりたいと思っている。
   「亮啓さん、ご無沙汰しておりました」
   「あ、いえいえ、こちらこそ」
 亮啓の読経の声は、法然上人(ほうねんしょうにん)の弟子二人が死罪になる原因となった美しい節が付いており、板についたものだった。 法然の弟子たちは、宮廷に於いて美しい声で美しいメロディを付けて経を読んだために、宮廷の女官が二人法然の弟子たちに恋をして宮廷を辞し、弟子たちの跡を追った為に帝の怒りを買い死罪になったのだ。

 墓参りを済ませると、数馬は亮啓に言った。
   「今日は、お墓参りもさることながら、亮啓さんに話を聞いて頂きたくて伺いました」
   「そうですか、では本堂に参りましょう」
 一旦奥に入った亮啓が、茶托に乗せてお茶を持って出て来た。 湯呑の蓋を取ると、数馬が見たことも無いような赤茶けた色をしていた。
   「これは」
   「草茶です、矢筈豌豆(やはずえんどう)と申す雑草で、この豆の鞘(さや)は子供たちの草笛になります」
 現在では烏野豌豆(からすのえんどう)、子供たちは「ピーピー豆」と言っている豌豆科の雑草である。 豆が実らないうちに刈り取り、茹でて干したものを刻み、炮烙(ほうらく)で炒った粗末なお茶である。
   「ああ、香ばしいですね」と、数馬は社交辞令で言ったが、決して「お茶」と呼べるようなものではなかった。
   「お話を伺いましょう」
   「信じて頂けないかも知れませんが、私の体には私の生霊の他にもう一柱の霊が宿っています」
   「私も僧侶です、信じましょう」
   「安心しました、そのもう一柱の霊が、先ほどお参りしました新三郎さんなのです」
   「新三郎さんは、どうして成仏せずに現世に残っているのでしょう」
   「逸(はぐ)れ者なのです、成仏出来るときに逃げて旅鴉を気取りでいたのです」
   「阿弥陀様のお怒りをかってしまわれた訳ですね」
   「それを良いことに、私が新三郎さんを頼って余計な事をさせるので、益々浄土が遠くなっているのではないかと悩んでいます」
   「数馬さん、私の手をあなたの胸に当てさせて下さい」
   「亮啓さん、スケベですね」
   「はい、最近は生きた人の肌に触れてないもので・・・って、違いますよ」
   『数馬さん、こんな大事な話をしている時に、ふざけてはいけませんぜ』
   「すみません」
   「こうして意識を集中させたら、新三郎さんの思いが伝わって来ないかと思って」
   「伝わりましたか」
   「いえ、まったく」
   『あのねえお二人さん、あっしはまだ何も送っていませんぜ』
   「あっ、伝わって来た」 死者の霊の意志が伝わったことに亮啓は感動した。 
   「アーアーアー、新三郎さん、分かりますか」
   『はいはい、了解です』
   「あのねえ、ふざけているのは、亮啓さんと、新さんでしょ」
   「すみません」 『すみません』
   「もー、くすぐったいのを我慢しているのに」
 亮啓は新三郎に尋ねた。
   「いずれはここのお墓を、木曾へお移しいたしましょうか」
   『いえ、木曾の兄弟たちは、人殺しのあっしを受け入れないでしょう』
   「このまま、経念寺に置いてよろしいのですか」
   『はい、お願いします』
   「では、経念寺で永代供養いたしましょう」
   『有難うございます』
   「一日も早く成仏できますように、日々お祈り申し上げております」
 亮啓は、直接幽霊と永代供養契約は初めてであった。 なんだか、和尚と呼ばれる程も偉くなったような気がしていた。

   「亮啓さんに打ち明けて、とても気が楽になりました」
   『あっしらの秘密がそんなに負担だったのですかい』
   「いえ、新さんを独り占めにしているのが後ろめたく感じていました」
   『あっしも、いずれは成仏して阿弥陀様の許へ呼ばれるのでしょう』
   「そうですね、それまで頼りにします」
   『はいはい、あっしも精々この世を楽しませて貰います』
 そんな遣り取りをしながら歩いていると、突然両替商佐賀屋の店先で怒鳴り声がした。 見るとこのお店の丁稚らしい小僧が、武士の袴の裾に水を引っ掛けたらしく、小僧が持っていた手拭で拭こうとして武士の刀に触れてしまったらしい。
   「無礼者! 手打ちに致す、そこへなおれ」
   「どうぞ、お許し下さい」
 そこへ店の番頭が飛び出してきて、
   「どうも、大変な粗相を致しました、どうか子供のこととお許し下さいませ」
   「ならぬ、留め立てすると、小僧と共にそちも無礼討ちに致す」
 佐賀屋の主人も出てきて、土下座をして許しを乞うが、武士は一向に怒りを鎮めない。 佐賀屋の主人は立ち上がると、
   「これはお詫びのしるしに御座います」と、武士に小判を数枚渡そうとしたが、    「無礼者! こんなものは要らぬ」と、小判を投げ捨てて、益々息巻いた。
 今まさに小僧を手討ちにせんとした時、数馬が飛び出した。
   「お待ち下さい」
   「なんじゃ、そちは」
   「はい、通りがかりの者です」
   「余計な口出しをすると、貴様も手討ちに致すぞ」
   「わかりました、私も武士の倅です」
   「何、武士の それがどうした」
   「私がその子供に代わって討たれましょう」
   「よし、わかった、そこへなおれ」
   「小僧さん、お店の方々、どうぞお店にお戻り下さい」
   「見ず知らずのお方に、そのようなことはさせられません」と、店の主人。
   「よろしいから、ここは私にお任せ下さい」
   「グズグズ言わずに、早くそこへなおれ!」
 数馬はその場に胡坐をかき瞑目した。 武士は数馬の後ろに立ち、大刀を翳(かざ)し今にも振り下ろそうとしたとき、数馬は振り返って呪術師のように掌を武士の顔の方向に向けた。 武士は持った刀をはらりと落とし、仰向けに「どすん!」と倒れ後頭部をしこたま地面に打ち付けた。 店の者や、通りが掛かりの人たちは、「わーっ、凄い!手も触れずに倒した」と、悲鳴に近い感嘆の声を上げた。
   『数馬さん、格好付け過ぎ、まるで漫画です』
   「気持ち良かったー」
 立ち去ろうとした時、後ろから佐賀屋の主人が駆け寄ってきた。
   「危ういところを、ありがとう御座いました」
   「とんでもない、お気になさらないで下さい」
   「これは些少で御座いますが、心ばかりのお礼でございます」
   「いえ、それは頂けません、どうぞお収め下さい」
   「それでは、せめてお名前なりとも」
   「ごらんのように、取るに足らん若造です、名を名乗る程の者ではありません」
   「命拾いをさせて頂きました」
   「それより、あのお侍ですが、間もなく気が付くでしょう」
   「はい、役人を呼んで事情を話します」
   「頭を強く打っていますので、今の出来事はすっかり忘れてしまったでしょう」
 新三郎は、不満げであった。 礼をくれるというのに、格好を付けて断った数馬にである。
   『貰っとけば、伊東良庵先生とこの支払にもなりましたのに』
   「あっ、そうだった」
   『気が付くのが遅いよ』
 途中、伊東良庵養生所へ寄って、お樹(しげ)の傷のことを良庵の助手松吉に尋ねた。
   「もうすっかり痛みは引きました」
   「そうですか、膏薬はもう貼らなくても良いのですね」
   「はい、傷は塞がっておりますが、可哀そうですが傷跡と心の傷はどうにもなりません」
   「心の傷は、時間をかけて私が治療します」
   「そうですね、数馬さんは心医を志しているのでした」
   「治療費を持参しましたのでお納め下さい」
   「そうですか、頂戴いたします」
 屋敷に戻ると、お樹(しげ)が迎えに出て来た。
   「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
   「なんですか 坊ちゃまなんて」
   「今日から能見様の使用人として働くことになりました」
   「ずっと客人で居て下さればよろしいのに」
   「それでは心苦しいので、わたしが奥様にお願いしました」
   「わかりました」
   「今日から、お坊ちゃまのお世話はわたしがやらせていただきます」
   「よろしくお願いします」
   「着替えの用意が出来ております、こちらへどうぞ」
   「はい」
   「お坊ちゃま、意外と痩せていますね、胸板なんかぺちゃんこです」
   「放っといて下さい、そんなに眺めていないで、早く着せて下さい」
   「あ、忘れていました」
 着替えの最中に、母の千登勢が入ってきた。
   「数馬が戻る前に、佐賀屋の主人がお礼に見えられて、数馬に丁稚の命を救ってもらったとかおっしゃっていました」
   「そうですか、名乗っていないのに、何故私だと分かったのでしょう」
   「見ていた人の中に、寺子屋の立て籠もり事件を見ていた人が居て、名前を憶えていたそうです」
   「へー、世間は広いようで狭いですね」
   「ほんの心ばかりのお礼だと言って、これを置いて行かれました」
   「小判です、佐賀屋さん、はりこみましたね、十両もあります」
   『店の前では五両だったのに、増えましたね』
   「断ったのに」
   『断ってよかったじゃないですか』 
   「そんな算段で断ったわけじゃありません」

 武蔵の国、関本藩主の関本義範に貰った百両を少し使い込んでいたので、戻しておくことにした。
   「新さん、明日佐賀屋さんにお礼に行きます」
   『そうですね、これからはお金持ちからはどんどん頂戴して、人助けに使いましょう』
   「われらは、鼠小僧次郎吉みたいですね」 
   『泥棒ではないでしょう、少なくとも・・・』

   (墓参り・終)   ―続く―   (原稿用紙15枚)

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