雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連載小説「佐貫三太郎」 第十三回 慶次郎の告白

2013-08-19 | 長編小説
 慶次郎と三太郎は、馬を松平家の若様兼良に返し、藩士と共に歩いて上田城へ戻ることにした。 兼良は九騎の家来に護られて、善光寺へと向かった。

 三太は慶次郎に背負われて、上機嫌であった。
   「三太、よくやった」 
 三太は三太郎に頭を撫でられ、得意げに「うん」と頷いた。
 三太に短刀を突き付けている男に、三太郎は礫を投げるつもりであったが、三太に当たらぬかと気が気ではなかった。  三太が男の腕に噛みついていなかったら、どうなっていたか分からない。 作戦がうまくいったのは、偏に三太のお蔭だと思う三太郎であった。
 それにしても、三太を頼んだ慶次郎の友人は三太を拐かされて、さぞかし責任を感じて意気消沈であろうと「早く三太の無事を知らせてやらねば」 と思う三太郎だった。
   「三太を預かってくれたおじさんは、無事だったかい」
 三太は、「なんで?」という顔をした。
   「だって、おじちゃんが俺を悪いヤツに渡したのだよ」
 三太郎は驚いて、慶次郎の前に回り父の顔を見た。 慶次郎も驚いていた。
   「本当に信用できる人だったのですか」
   「今まで、そう思っていた」
 大人の親友なんてこんなものかと、三太郎は急に腹立たしくなった。 父は純朴な人柄ではあるが、純朴を愚直と言い換えたい三太郎であった。
   「奴も、家老の陰謀に加担しておったか」 慶次郎は独り言のように呟いて、寂しげであった。

   「殿、ご家老の陰謀に加担した奴等を、捕えてまいりました」 慶次郎は殿に報告した。
 藩侯松平兼重候は、床の上で半身を起こして迎えてくれた。
   「よくぞ兼良の命を救ってくれた、礼をいうぞ」
   「もったいないお言葉、恐悦至極に存じます」 慶次郎は、殿の御前に平伏した。
   「兼良は善光寺に向かったのか」
   「はい、お元気に発たれました」
   「そうか、命を狙われたと申すのに、我が子ながら剛毅なものよのう」
   「殿のお血筋でございましょう」 慶次郎は似合わぬ世辞を言った。

 陰謀に加担した藩士は、牢に入れられて後日のお調べに備えた。 首謀者と思しき家老矢倉宗右衛門は、 「われ関せず」、「知らぬ、存ぜず」を決め込むらしい。
 藩侯の寝所には、佐貫慶次郎が殿の間近に控え、寝所の隅に三太郎と三太がちょこんと座っていた。
   「誰かおるか」 藩侯は御付きの者を呼んだ。 「矢倉宗右衛門をこれへ」と、家老を呼び寄せた。
   「殿、お呼びでございますか」
   「もそっと近こう寄れ」
 矢倉宗右衛門は、藩侯の近くまで躙り寄った。

   「余と兼良の命が狙われた、よもやそちの差し金ではあるまいのう」
   「何でそれがしが殿のお命を狙いましょうか、殿、ご冗談が過ぎますぞ」
   「さようか、慶次郎、余の命を狙った者をこれへ」
 慶次郎は「ははあ」と一礼して殿の寝所を出る。
   「賊が捕まったのでござるか それは何者にございます」
 飽く迄も白を切り通そうとする矢倉宗右衛門であった。
   「まあ、待っておれ、やがて事の子細を慶次郎が明かしてくれよう」

 慶次郎は藩医の矢野光陰を伴って戻ってきた。
   「おのれ、こやつが殿のお命を狙いおったか」
 家老矢倉宗右衛門は激怒した。
   「お前が殿のお薬に砒素をま混ぜたのだな、成敗致すそこへ直れ」
 家老は、言うや否や刀を抜き、矢野光陰に斬りつけた。 慶次郎はそれを半抜きの長刀の峰で受け止めた。
   「ご家老、ご乱心めされましたか、ここは殿の寝所でござるぞ」
 慶次郎が家老の刀を撥ね退けると、家老はよろめき、尻餅をついた。
   「それともご家老、口封じでござるか」 慶次郎は強い口調で言って家老を睨み付けた。
   「なんと、口封じじゃと、お前は儂が謀反の首謀者だというのか!」
   「ご家老、語るに落ちておりますぞ、殿も拙者もお薬に砒素を入れたなどと一言も申しておりませぬ」
 藩主兼重候は、英断した。
   「矢倉、惚(とぼ)けるのもそれまでじゃ、ひとまず入牢を申しつける」
 矢倉宗右衛門は刀を持ち直すと、「おのれ」と、慶次郎に斬りかかった。 慶次郎は刀の鞘で家老の刀を振り落すと、家老の腰を打ち据えた。 藩侯が「それっ」と合図を送ると、隣室に控えていた藩士が跳び込んで来て家老を取り押さえた。
   「追って、切腹の沙汰あるものと心得よ」

 謀反(むほん)に加担した藩士どもは、皆、打ち首を覚悟したが、この後、藩侯松平兼重の温情で家族共々藩追放になっただけで済んだ。 家老の矢倉宗右衛門は切腹させられたが、娘は兼伸の母であるため、権限はすべて剥奪されたが、兼伸が元服するまで藩に留まることが許された。

 三太郎が元藩医の徳伊梅涼に教わり、藩侯の薬を解毒剤に替えると、藩侯は見る見る快方に向かい、しばしば慶次郎を話し相手に呼び寄せるようになった。
   「ところで、まだ聞いていなかったが、女仇中岡慎衛門はみごと討ち果たしたのか」
 慶次郎は、とうとう打ち明ける時が来たかと観念した。
   「中岡慎衛門は、濡れ衣を着せられたのでございます」
 中岡と慶次郎の妻の不義密通の噂は、中岡に商人とお年寄り井岡兵衛門の不正を知られ、中岡を慶次郎に討たせる目的で流したものだった。 井岡と商人が企んで米を買占め、米相場を吊り上げてその不正に儲けた利鞘を井岡が受け取り、家老矢倉宗右衛門に献上していた。 米の買い占めに不平をいう米問屋は、難癖を付けられ井岡の命令で、藩内では商売が出来なくされていた。
   「中岡は、この不正を調べ上げ、告発すべく動いていた矢先の不義密通の噂でした」
 その噂を聞かされた慶次郎は逆上して、無実を訴える妻を手討ちにしたが、中岡の話を聞いて慶次郎は自分の迂闊な行動を後悔した。 慶次郎に討たれる覚悟で会いに来た中岡に、「ひとまず時をかせごう」と、無断脱藩を勧めたのは慶次郎であった。 慶次郎も藩に「女敵討ち」の許可を申し出て、四歳の三太郎をつれて、中岡を追って江戸に向かった。

 江戸の町は広かった。 三太郎を妻の妹に預け、町人慶吉と名乗り仕送りのためにどんな仕事でもした。 道普請、左官の手伝い、荷運び、そして四年の歳月が無駄に流れ、ようやく中岡に出会ったときは、三太郎への仕送りが滞り、大金目当てでやくざの用心棒を引き受けた後だった。 これが仕事の最後にするから待っていてくれと中岡と別れて、やくざの出入りに駆り出されたが、無駄に人の命がとれなくて相手を峰打ちで倒した。
   「やくざの出入りに峰打ちとは何事か」と、雇い主の怒りを買い、出入りで死んだ相手方の親分を殺ったのは慶吉だと訴えられ、遠島の刑を受けた。

 中岡慎衛門の雪辱のためには、どんなことがあっても死なないと決心した慶次郎は、六年もの屈辱の日々送った。 ようやく赦免が決まり、江戸に着くと、十四歳になった三太郎が、父の身受け人となって現れたのであった。 その後、中岡慎衛門とも逢い、二人で国へ戻ってお年寄りの不正を暴こうと慶次郎は喜び勇んだが、中岡は断った。 戻っても無断脱藩者として処刑になるばかりだ。 それよりも江戸に残って、医者の勉強をしたいと言うのだった。

   「そうか、余が至らぬばかりに、家来たちに苦労をかけた」
 この度も、自分がしっかりしておれば、こんなにたくさんの家来を失わずに済んだものをと、藩侯は自分の不甲斐なさを悔いた。

 その日、屋敷に戻った慶次郎は、全てを聞いていたのか三太郎と三太の祝福を受けた。
   「父上、この度の働きで目付(めつけ)に昇進されるそうで、おめでとう御座います」
   「おめでとうございます」
 練習していたのか、三太もぺこりと頭を下げて言った。 平士から馬一頭を持つことが許される石(こく)取りになることは、飛びぬけた出世である。

 それでも、慶次郎の心はまだ晴れていなかった。  まだまだ商人と結びついての不正は解決していない為、中岡慎衛門の雪辱は果たせてはいない。 こんなとき、せめて中岡慎衛門がここに居てくれたら励みになるだろうものをと、慎衛門を恨みにさえ思う慶次郎であった。

 そろそろ、三太郎が江戸へ戻ると言い出しそうになってきた。 そんな折り、思いがけない人が慶次郎を訪ねてきた。 中岡慎衛門の妹、小夜であった。 小夜は兄の消息が知りたくて慶次郎を訪ねたものであった。 慎衛門は元気であるが、国へ戻る気はないようだと伝えると、小夜は目頭を拭いていた。
 小夜は、慎衛門が脱藩したことで嫁ぎ先を追い出され、いまは叔父の元に身を寄せているが、そこも居心地が悪くなり兄を頼って江戸へ行ってみようかと思っている矢先らしかった。 小夜は慶次郎と幼馴染で一時、慶次郎は小夜に惚れていた。 他人の妻になったことで諦めた慶次郎であったが、再会して再び胸が熱くなった。

   「拙者の倅三太郎は武士になるのを嫌って、長崎で医学を学びたいというのだ」
   「慶次郎様の跡取りが居なくなるではありませんか」
 小夜は慶次郎に同情した。 そのとき、三太がちょこちょこっと来て慶次郎の膝にちょこんと座った。
   「いや、拙者は構わぬ、この三太を拙者の跡取りとして迎えようと思っている」
 三太は首をねじって上を向き、慶次郎の顔を見た。
   「三太、儂の子供になってくれるか」
   「うん」 と、元気な声で承知した。
   「この子は」
   「捨て子なのだ」
 まあ、可愛そうにと、小夜は三太の頭を優しく撫でた。
   「ところで小夜さん、この子の母親になってはくれないだろうか」
   「えっ」と、小夜は驚いて口を噤んだが、「こんな出戻りでよろしいのですか」と、遠慮気味に応えた。
   「小夜さんには、子供の頃から惚れておった」
   「まあ、子供の前でそんな・・・」
 小夜は嬉しそうであった。

 三太郎が三太を探してやってきた。 三太郎は初めて会う小夜に挨拶をして、
   「三太、ここに居たのか、大人の話の邪魔をしてはいけないよ」
   「三太は邪魔していない、江戸へ帰らずに儂の息子になってくれるのだ」
 慶次郎の言葉に三太郎は驚いた。 「うそだろ」と、三太に確かめると、「うそじゃない」と、首を横に振った。
   「おにいちゃんと、長崎に行くのではなかったのか」
   「ここに居る」
 三太郎は信じられなかった。 慶次郎に「どうなったのですか」と、訊くと、慶次郎は笑った。
   「お母さんが出来たからだよ」
 小夜が、にっこり笑った。

   「佐貫三太郎」 第十三回 慶次郎の告白(終) -続く-   (原稿用紙14枚)

「佐貫三太郎シリーズ」リンク
「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ
「第二回 亮啓和尚との初対面」へ
「第三回 三太郎、長坂に試される」へ
「第四回 未来が見える病気」へ
「第五回 父の面影」へ
「第六回 水戸へ」へ
「第七回 筆おろし」へ
「第八回 亡き数馬との出会い」へ
「第九回 三太と三太郎」へ
「第十回 ご赦免船」へ
「第十一回 佐貫三人旅」へ
「第十二回 陰謀」へ
「第十三回 慶次郎の告白」へ
「第十四回 三太郎西へ」へ
「第十五回 三太の間引き菜」へ
「第十六回 雨の長崎」へ
「第十七回 三太の家来」へ
「第十八回 三四郎の里帰り」へ
「第十九回 三太の家出」へ
「第二十回 文助の嫁」へ
「第二十一回 二人の使用人」へ
「第二十二回 佐貫屋敷炎上」へ
「第二十三回 古屋敷の怪」へ
「第二十四回 哀愁の江戸」へ
「第二十五回 江戸、水戸、長崎」へ
「第二十六回 偽元禄小判」へ
「第二十七回 慶次郎危うし」へ
「第二十八回 三太改名か?」へ
「第二十九回 佐貫洪庵先生」へ
「第三十回 中秋の名月」へ
「第三十一回 三太、親殺し」へ
「第三十二回 三太郎、時既に遅し(終)」へ
「次シリーズ 池田の亥之吉 第一回 あらすじ」へ


最新の画像もっと見る