雑文の旅

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猫爺の連載小説「佐貫三太郎」第二十二回 佐貫屋敷炎上

2013-09-04 | 長編小説
久し振りに、雌鶏が子連れで鶏小屋から庭に出て来た。 鶏の三四郎を追って出てきたのだ。 三太は、この雛と雌鶏に名前をつけた。 雌鶏は「さだ」、雛の名は「さすけ」と付けた。 義父慶次郎は、甲賀(こうか)忍者の流れを汲み、若い頃に甲賀の里で修業も行っている。 三太はそのことを父から聞いたことがあったので、同じ甲賀忍者の猿飛佐助を意識して付けた名前である。 雌鶏の「さだ」は、猿飛佐助が仕えた真田信繁から連想した名前だ。

 慶次郎が口入れ屋に頼んだ使用人が決まったようである。 ここから三里ほど離れた農家の三男と、その妹である。 妹は、農家に嫁ぐ気がないらしく、出来得れば兄と共に働くことを希望しているという。 数日後に慶次郎が非番になる。 その時に兄妹の実家に行って、身元を確かめてくるのだそうである。

 文助は、最後のお勤めとして、三太に鶏小屋をもう一つ作ってくれることになった。 これ以上三四郎の子供が増えると、佐貫家で飼えなくなってしまうからである。 そこで、三四郎とおさだを別々に飼うことにしたのだ。 雌雄を離して飼うことにより、生まれてくる卵は無精卵である。 三太にはよく分からなかったが、無精卵は親鶏が温めても、雛にはならないということを文助に教わった。 無精卵を食べても「殺生」にはならないことも。

   「三太さんは、毎朝さだの小屋を覗いて、卵を生んでいたら母上のところへ持って行くのです」
   「はい」
   「奥様はよく御存じですから、美味しい卵焼きを作ってくれますよ」

 鶏小屋は、前と同じく半日で出来上がってしまった。 三四郎とサスケを残して、おさだだけを新しい鶏小屋に移した。 三四郎の方が子供の面倒見がよいからだ。

 二人の使用人が遣ってきた。 兄は源太二十五歳、妹はお辰二十二歳である。 兄源太は少しのんびりとしたところがあるが、妹のお辰はしっかり者のようで、兄は妹に頭が上がらないようであった。
 文助は池傍の家に移ることになった。 晴れて婿入りだ。 別れ際、文助は父親権八に約束をした。
   「八百屋の店が持てたら、お父さんを呼び寄せます」
   「わしはまだまだ元気じゃ、焦らんでもよい」
   「奥様、父のことをよろしくお願いします」
   「近いのですから、そんな今生の別れみたいなことを言わずとも、楓さんと一緒にいつでもお父さんの顔を見にいらっしゃいな」
 小夜は、よく三太の面倒を見てくれた文助に感謝して、これからは親戚付き合いをしたいと思ったのだ。
   「はい、そうします、三太さんも親父のことを頼みますね」
   「しっかり、権八おじさんのお手伝いをします」

 その夜、三太は夢を見た。 枕元に数馬が立ったのだ。
   「三太、これから数馬兄ちゃんの言うことをよく聞いて、父上に知らせるのです」
 三太は起き上がって、眠い目を擦った。
   「明日の夜、上田城の兼重候と兼良様が五人の賊に襲われます」
   「お殿様と、若様ですか」
   「そうです、父上がお護りしている藩侯と、若君です」
   「それを俺が父上に言っても、信じてくれるでしょうか」
 信じないかも知れないが、一人の藩士に無理やり酒を飲ませて眠らせてでも牢へ入れて欲しいと数馬がいうのだ。
 その藩士の名は杉森伊左衛門、三太の父慶次郎の友人であり、おめおめと三太を忍びの手に渡したあの男である。 杉森は殿の徹夜護衛のために城詰めの役を仰せ付かっている。 その武士を牢に入れろという数馬の無理難題である。 深夜ではあったが、三太は父の寝所へ行ってみた。 行燈が灯り、父はなにやら書きものをしていた。
   「父上、三太でございます」
   「入りなさい、また何事かあったのだろう」
   「はい、わたしは夢を見ました」
   「おそろしい夢でもみて魘(うな)されたのか」
   「いいえ違います、数馬兄ちゃんの夢です」
 到底信じては貰えないとは思ったが、夢の中で数馬が語ったことを漏らさず父に告げた。
   「不吉な夢を見たものだ、これはきっと禍(わざわい)の前兆であろう」
 三太に起きる様々の不思議な出来事を慮(おもんばか)れば、これは無視する訳にはいかないと、慶次郎は判断したのである。
   「今夜は城に留まる」と、言い残して慶次郎は屋敷を出た。

 慶次郎は、杉森伊左衛門を呼んだ。
   「杉森、拙者は是が非でも貴様に応じてほしい頼みがある」
   「何事で御座る、その様なしかめ面をして」
   「今夜一晩、貴様に牢に入ってもらいたい」
 杉森伊左衛門は驚いた。
   「拙者が何をしたというのだ」
   「何もしていない、だからこうして頼んでいるのだ」
   「無茶をいうな、拙者にもやるべき仕事があるのだ」
 慶次郎は、ここぞと突きこんだ。
   「そのやるべき仕事を、やらせたくないのだ、これは、殿の許可をとっておる」
 杉森の顔色が青ざめた。 慶次郎は、部下に命じて杉森を牢にいれさせた。
   「佐貫、待ってくれ、何故にこのような無体な仕打ちをするのか教えろ」
   「それは、明日の朝になればわかることだ、それまで我慢をしてくれ」
 杉森は、明らかに焦っていた。

 夜が更けると羅城門(らじょうもん=城の表門)には部下を配し、搦手門(からめてもん=裏門)には慶次郎が自ら采配を振った。 息を潜めて待つこと一時、搦手門の虎口(こぐち=通用門)が静かに「トントン」と、叩かれた。
 慶次郎が応答した。
   「何方で御座る」
 門外の者たちは、焦れている様子であった。
   「杉森、何をしておる、早く開けぬか」 部下も聞いたが、確かに杉森と言った。    「承知した、只今」
 虎口でなく、搦手門が開かれた。 門の中は松明が燃え、射手(いて)が弓矢を構え、抜き身の剣の切っ先は、賊の方に向けられていた。
   「逃げると、矢を射るぞ、観念致せ!」
慶次郎が叫んだ。 賊は七人であった。 城の警護の者たちに囲まれ、其の内一人の賊が囲いを破って逃げたが、射手に太腿を射られて、その場に倒れ込み、残りの六人は観念したかその場に膝を落とした。

 これで、八人の謀反に加担した賊が捕えられた。 だが、慶次郎は「しまった!」と、叫んだ。 八人では少なすぎる。 後の何人かは、慶次郎の屋敷に向かったと思われる。 切腹させられた家老矢倉宗右衛門の仇討であろう。

 慶次郎は馬を借り、三騎の部下と共に佐貫の屋敷へ向けて疾走した。 佐貫の屋敷辺りは火の手が上がり、暗闇に浮き上がるように赤々と燃えていた。
   「遅かったか」慶次郎はそう呟いたが、それは違う、城を襲ったのと、佐貫の屋敷に火を放たれたのは同時であったのだ。
   「四騎の武士は馬を降り、行き交う火消し人足を分け、屋敷の中へ入ろうとしたが、そこは既に足の踏み場もない火焔地獄であった。
 小夜と三太、さらに三人の使用人たちは既に焼け死んだであろう。 慶次郎の怒りは心頭に発し、心は悲嘆にくれた。
 東の空が赤みを帯びてきた頃、火はようやく鎮まった。 慶次郎は部下を帰し、せめて骨を拾って弔ってやろうと、まだ燻る焼け跡に足を踏み入れたとき、裏山の方から子供の声が聞こえた。 三太であった。
   「父上、ご安心下さい」三太が叫んでいる。
   「旦那さまー、私たちは皆無事です」小夜の声もした。
 裏山から降りてくる人影がはっきりと見えてきた。 大人の男たちは鶏を抱きかかえ、三太は雛を抱いていた。

 三太の機転であった。 謀反と並行して、父慶次郎も敵と付け狙われていることは、これまでの経験から幼い三太にもよく分かっていた。 この火付けは、父慶次郎が城に留まっていることを知らぬ賊が、慶次郎の命を狙ったものであろう。
 そんな三太の不安は、またしても夢となって表れた。 昨夜眠りに入って間もなく、三太の周りが火に包まれている夢を見た。 大人達一人一人に三太は「今夜、屋敷に火を放たれるかも知れない」と、告げて回ると、小夜と権八は素直に聞き入れてくれた。
新しく雇った二人の使用人は、「夢なんか」と、笑って受け流したが、小夜の指示で「とにかく裏山へ逃げましょう」と言うことになった。 貴重品と僅かな衣類だけを風呂敷に包み、鶏の三四郎とおさだ、サスケを連れて提灯の明かりを頼りに小高い山頂に登って様子を見ること暫し、案の定、松明の火が見えた。 一同が「あーっ」と叫んで間もなく、油の臭いが風に乗って漂い、やがて屋敷が炎に包まれた。

   「三太は不思議な子だ、いつもわしの危機を救ってくれる」
 慶次郎は、三太の身に起こる不思議な出来事を思い出し、「この子には神が味方をしているに違いない」と、思った。 それを知るのは、長崎で西洋医学を学んでいる三太郎だけであった。

 佐貫の屋敷とは言え、上田藩の藩邸である。 藩侯は直ぐに屋敷を建て替えるように老中に命じた。 将軍の膝元お江戸には普請奉行という役職が有るが、多くの地方の藩ではその役職を置いてない。 大火など特別な事態が起きない限り必要が無いので、老中が交代でその任に当たる。
 佐貫の人々と三四郎の家族は、一時近くの古ぼけた空屋敷に仮住まいすることになった。 三四郎たちは、昼間は庭での放し飼いで、夜は母屋の中に入れられた。 なにしろ、三四郎の鳴き声は半里先までも届かんばかりの大声のうえ、暫く鳴きつづけるので、佐貫家の人々は早朝に起こされた。
   「もう、うるさいなぁ」
三太は、三四郎を庭に放ち、おさだが卵を生んでいないかを探り、二度寝をするのが日課になった。

 「佐貫三太郎」第二十二回佐貫屋敷炎上(終) -次回に続く-   (原稿用紙13枚)

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