雑文の旅

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猫爺の連続小説「能見数馬」 第二回 江戸の探偵

2013-06-09 | 長編小説
  【能見数馬 第一回 心医】から読む

 朝早く、能見篤之進の役宅の門がドンドンと叩かれた。使用人の伝兵衛が戸を開けると、当家の次男数馬に逢いたいという少年が立っていた。
  「数馬さまはご在宅で御座いましょうか?」
  「はい、どなた様ですか?」
  「わたくしは江戸北町奉行所の同心、田中将太郎さまの元で働く目明し達吉の倅、仙一ともうします」
  「もうお目覚めになる頃です。窺って参りますから、暫くここでお待ち下さい」
 勝手に通してもよいものか判断できないため、伝兵衛は失礼かと思ったが客人を門前で待たせて一旦門を閉めた。 しばらくすると、再び門が開いた。
  「お待たせしました、私が数馬です。仙一殿とは、どこかでご一緒になりましたか?」
  「いえ、お初のお目通りです」 と、仙一は深々と一礼した。
  「ここで立ち話は失礼です。伝兵衛、お客さまをお部屋にご案内して下さい」
  「はい、数馬さま」
 客間に通された仙一は、香呂の白檀の香りに促されるように口を開いた。
  「昨日、父の達吉は斬殺されました」
  「斬殺とは、何故に」
 数馬は、どう慰めてよいものか、とっさに言葉が出てこなかった。
  「同心の田中将太郎さまは、試し斬り目的の辻斬りとしてお奉行に報告すると、簡単に片付けてしまいました」
 辻斬りとは合点がいかず、埋葬するのを躊躇していたら、父の弔いを依頼した経念寺の亮啓という御坊が声を掛けて、「水戸藩士能見さまのご子息数馬さまに思いを打ち明けてみなされとお教え頂きました」
 亮啓は、数馬さまは仙一さんと同じ年頃で、とても利発な方だから、気軽に相談できるだろうと口添えしていた。
  「それで、あなたの思いとはどのような…」
  「はい、父は密かにある事件を探索していました。その事件に関わる者に殺されたのではないかと思うのです」
  「わかりました。 お父さんのご遺体は、もう埋葬されましたか?」
  「いえ、亮啓さまが、数馬さまにお見せしてから埋葬しようと仰ったもので」
  「では、今から直ぐに経念寺へ参りましょう」
 経念寺では、亮啓が本堂へ案内してくれた。 仏前に畳を敷き、遺体が安置されていた。住職の読経の中、仙一が遺体に掛けてあった白布を捲り、死装束の胸を肌蹴て傷口を見せてくれた。肋骨を避けて刀を肋骨と平行に、一突きで心臓に突きたてていた。
  「背中にも刀傷があるでしょうね」
 仙一は遺体を俯せにして、背中の刀傷も見せた。
  「これは、武士の試し斬りではありません」
 傷口を確かめていた数馬が、静かに言った。 これは、心臓を一突きにされて素早く刀抜かれている。返り血を浴びないように、しかも確実に相手を殺害する殺し屋の手口だ。こうすることによって、襲われた人は即死状態で前のめりに倒れ、血は飛び散らず、湧き出るように流れる。
  「お役人が、試し斬りだという根拠はなんですか?」
 数馬が仙一に尋ねた。
  「遺体の近くに、家紋の入った印籠が落ちていたことです」
  「その印籠を、仙一どのも見ましたか」
  「はい、同心の田中さまが見せて下さいました」
  「血は付いていましたか?」
  「いいえ、血はついていませんでした」
  「やはりそうですね」
  「なぜそのようなことを?」
  「この殺人が、偶発的な辻斬りによる殺害ではないからです」
  「と、言いますと?やはり…」
  「お父さんが殺される前に、何か大きな事件がありませんでしたか?」
  「ありました。十日ほど前に両替屋のお店が押し込み強盗に入られて、千両箱が奪われ、手代一人を除いて店の中で皆殺しに遭っています」
  「何と酷いことを…」
 数馬は、強い憤りを覚えた。
 「その手代は、小野川の渡し場で殺されていました」
  「お父さんは、その事件を追っていたのですね」
  「そうです、ようやく事件が見えてきたようで、同心の田中将太郎さまに知らせなければと家を出たその夜に殺されたのです」
  「わたしにも、事件の真相が見えてきたように思います」
 数馬の目が輝いていた。
  「本当でございますか」
  「はい、わたしはこの事件の囮になろうと思います」
  「数馬さん、危険なことをされてはいけません。お役人にお任せなさい」
 亮啓が、心配そうに言った。
  「囮ならわたしがなりましょう」 と、仙一。
  「いえ、わたしに考えがあります。どうぞ安心して私にお任せ下さい」
 数馬は、自信ありげに言った。その夜、数馬は父上の能見篤之進に事件のことも、これから自分がやろうとしている事も全部打ち明けた。篤之進は止めることなく、「よし、わかった」と、友人の北町奉行遠山影元に手紙を書くから、明日それを持って北町奉行所に行きなさいと、長文の手紙を書いてくれた。
 奉行は、人の良さそうな笑顔で、「承知した」と、言った。自分に捕り手を付けて欲しいと頼んだところ、奉行は自分も行くと言いだした。
 「それはあまりにも…」と遠慮する数馬に、能見殿のご子息に傷でも負わせてはならんからと、町人に姿を変えて付き添い、隠れて付いてくれることになった。
 行先は奉行の配下、同心の田中将太郎の屋敷であった。数馬は独りで屋敷に入っていった。
  「私は水戸藩士能見篤之進の倅で、能見数馬と申す者です」と、応対に出た使用人らしき男に告げると、すぐに将太郎が戸口に立った。
  「拙者に何か用か?」
 相手が若造とみて、ぞんざいな言葉で応対してきた。
  「はい、殺された岡っ引き達吉のことでお耳に入れたいことが御座いまして」
  「あゝ、達吉か、私の元で十手を預かっていたが、可哀想なことをした」
  「達吉さんが殺される前日に、両替屋の押し込み強盗の手がかりを掴んだと言って、こっそり話してくれました」
  「ほお、どんなことだ」
  「はい、この事件には、北町奉行の同心が関わっているとか」
  「それは誰だね」
  「私がここへ来たのは、どうしてかとお聞きになりませんね」
  「その同心が、このわしだとでも言うのか」
  「さあ、それは今ここで明かしますと、私の命が危のう御座います」
  「小野川の渡しで、押し込み強盗の手引きをした両替屋の手代が口封じに殺される現場も目撃したと言っていました」
  「貴様、達吉とどんな関係だ」
  「子供の頃から可愛がって貰っています。親子みたいな関係でしょうか?」
  「小野川を下り、大川へ出る前の、夜は人通りのない船着き場と言えば、宮里ですね」
  「それがどうした?」
  「両替屋から奪った千両箱は、宮里あたりに隠されていることでしょう。捜索はされましたか?」
  「そんな漠然とした情報で捜索は出来ない」
  「何故で御座いますか?達吉の調査では盗まれた千両箱の中身は、上方の商人と取引するための両替用の丁銀であったそうです。蔵改めをすれば出る筈です」
  「あははは、若造、考えが甘いぞ、千両箱の中身は全部小判であったわ」
  「おかしいな、そんな筈はないのだが」
  「お前は、もうここから生きては帰れぬから教えてやろう。盗賊楽天組の頭目はこのわしじゃ」
  「やはり、そうでしたか。序にその小判の行方は?」
  「貴様のいう通りじゃ、宮里のある寺の墓地に眠っておるわ」
  「そうでしょう。あの寺には、田中家の先祖の墓がありますからね」
  「よく調べておるのう。達吉が調べたのか?」
  「いえ、これはわたしの当てずっぽうでございます」
 田中将太郎は手を打って、仲間を呼んだ。
  「もういいぞ、出て参れ」
 奥から人相の悪い男たちが二人出て来た。 数馬も叫んだ。
  「遠山さま、お聞きに成りましたか」
 頬被りをした遠山影元が「おゝ、聞き申した」 その声を合図に捕り手がずらり。

 捕えた三人を吐かせて、盗賊の残りも総て捕えられ、盗まれた小判も発見された。盗賊は悉く市中引き回しのうえ、磔獄門の刑となった。仙一は父親の弔いを済ませ、数馬と共に北町奉行遠山左衛門尉影元さまのところへお礼に行った。
 お奉行は気さくな人柄で、すぐに合ってくれた。
  「いやいや、礼はこちらが言わねばならない。お蔭で事件は解決した」
 奉行は獅子身中の虫を見抜けず、達吉を死なせてしまったことを詫びた。
  「達吉さんの遺体の傍に落ちていた印籠はどうなりましたか?」
  「あれはとある藩の武士がスリに盗まれたものだった」
  「お奉行様、ひとつお願いがあります」
  「褒美の品か?」
  「いいえ、岡っ引き達吉の倅どのを、下っ引き見習いに就かせて下さい」
  「そうだなァ、成績の良い同心を見付けて、任せてみよう」
  「きっと、達吉さんのような立派な岡っ引きになりましょう」 なァ、と数馬は仙一に言った。
 仙一は嬉しそうに、よろしくお願いします。と、頭を下げた。 帰り道、「仙一さん私達、良い友達になれそうですね」
 数馬は、仙一の肩をポンと叩いていった。 末は、仙一に能見家の養子になって、同心、いや与力にもなって貰いたいと思う数馬であった。


 (江戸の探偵・能見数馬 終)-続く-   (原稿用紙12枚)


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