雑文の旅

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猫爺の連続小説「能見数馬」 第十七回 墓荒らし

2013-07-11 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 武蔵の国から江戸に入り、ようやく我が家に近づき、ほっと気が緩んだ数馬だったが、朝靄の残る農道を追って来る僧を見た。 師が走るのは師走だが、僧が走るのは盆が近いからかなぁと、考えながら歩いていると、靄の中から現れたのは経念寺の亮啓だった。
   「亮啓さん、どうかしたのですか」
 亮啓の顔色に、数馬は徒事(ただごと)ではない気配を感じた。
   「数馬さんが今日お帰りだとお聞きしましたので、御屋敷に向かっていたところです」
 息を荒げている亮啓に、数馬は腰に下げた竹筒を差し出した。武蔵の国の榎田(えのきだ)大蔵の娘由樹枝が持たせてくれた竹筒に、数馬が宿場で水を入れたものだ。
   「亮啓さん、水をお飲み下さい」
 亮啓は竹筒を受け取ると、生温い水を一気に飲み干した。 亮啓は一息つくと、
   「数馬さん、大変なのです」
   「何事ですか」
   「新三郎さんのお墓から、お骨が盗まれました」
 朝のお勤めを終え、亮啓が墓の見回りをしていたら新三郎の墓の納骨棺の蓋が少しずれていた。不審に思い開けてみると、骨壺もろ共無くなっていたというのだ。
   「お寺はいつでも檀家の方々にお入り頂けるように、戸締りなどは致しませんので子供の悪戯でしょうか」
 数馬には、こんなことは初めてで、訳がわからなかった。
   「新さんには、自分のお骨の許へ戻る能力は無いのですか」
   『あっしゃあ、鳩や犬じゃありませんからねぇ』
   「子供の悪戯で、お骨にみんな寄ってこっておしっことかを掛けていなければいいが」
   『何 おしっこだと、そんなことをしやがったら、チンチンを腫れさせてやる』
   「新さんはミミズですか」
   「新さんと話しているのですか それならちょっと失礼して」 
亮啓は無遠慮に数馬の懐に手を差し込んだ。
   『亮啓さん、朝からご足労をかけやした』
   「いえいえ、私が迂闊でしたばかりに・・・」

 何の手掛かりもないので、どこをどう探せば良いかわからないが、数馬はとりあえず経念寺に赴き、経念寺の付近の民家で訊いてまわった。 昨夜、経念寺で大きな音がしなかったか、話声が聞こえなかったか、経念寺から出てくる人を見かけなかったか、そんなことを訊きながら虱潰しに当たってみた。 経念寺から出てくるところは見ていないが、昼間、若い男に経念寺の場所を訊かれたという老婆が見つかった。 

   「何でも、信濃の国から弟の墓参りに来たと言っていらした」
 これは、大きな手がかりである。 以前に新三郎の墓を経念寺に建てたとき、新三郎から故郷御嶽山の麓、樋里村のことを聞き、数馬は村の名主(なぬし)に手紙を送っていた。 あの手紙が次兄にも見せられたのであろう。 その次兄がどうして墓を荒らしたのだろうか。 「連れて帰り、故郷の墓に入れてやりたい」と、言ってもらえば、誰も反対しないのに。 数馬は、子犬のように首を傾げた。
   『一番上の兄貴は新一郎と言いまして木曾谷で材木の伐採をしており、力も正義感も強い男です』
   「そのお兄さんでしょうか」
   『違うでしょう、どんな訳があろうとも、人殺しのあっしを許しませんから』
   「そうですか」
   『二番目の兄貴は新二郎と言いまして、あっしと同じく筏流しをしている気の優しいへヘナチョコ野郎で、子供の頃は村の子供たちに苛められてはよく泣いて帰ってきました』
   「新さんが敵討ちをしていたのでしょう 江戸へ来たのはそのお兄さんのようですね」
   『そうだろうと思いやす』
   「新一郎さんに気を使って、今まで新さんのお墓に参れなかったのでしょう、そのお兄さんが、どうしてお骨を持ち去ったかですね」 
亮啓は「ホッ」としながらも、腑に落ちない様子だった。
   『兄貴なら、おしっこの心配も、漢方薬の心配もいりやせん』
   「そうですね、暫くは気が付かない振りをして、静観しましょうか」 と言いつつ、亮啓は手を数馬の胸に当てたまま。
   「あのー、亮啓さん、こんなところをご住職に見られたら拙(まず)くはありませんか」
   「はい、男の数馬さんですから、一向に・・・」
   『そんなこと気にするのは数馬さんだけでしょう』
   「だって、くすぐったくて堪りません」

 その日の夕方、経念寺に骨壺を持って訪れた男が居た。 木曾の新二郎であった。 弟の墓に手を合わせ、暫く弟新三郎に話しかけていたら、急に木曾へ持ちかえり、ある人に見せてやりたいという衝動にかられ、深く考えもせず板橋の宿まで行ったが、お骨を持ち帰っても兄が埋葬を許す訳もなく、途方に暮れて戻ってきてしまったという。 亮啓に「ここで謝ることはないから、能見数馬の屋敷を訪ね、謝って来なさい」と、諭された。 今夜は泊って行きなさいと必ず言ってくれると思うから、お言葉に甘えて泊めてもらい、数馬さんに今後のことを相談なさいと教えた。
   「弟さんにも逢えるかも知れませんよ」と、謎の言葉を添えて。

   「私は能見数馬と申します、あなたが新三郎さんのお兄さんですか」
   「はい、兄の新二郎と申します、弟のお骨を盗み出して、申し訳ありませんでした」
   「いえいえ、それよりよく来て下さいました、弟さんもさぞお逢いしたいでしょう」  と、またしても数馬から謎の言葉。
 もしかしたら、弟は生きているのではないかと一瞬妄想したが、お骨を思い出し妄想を振り払った。
   「経念寺の和尚さんにも弟に逢えるかも知れないと言われましたが、どう言うことでしょうか」
   「お食事を用意させますから、お風呂にお入りになって、今夜は当方でごゆっくりなさって下さい」
   「ありがとう御座います」
   「その後に、弟さんの新三郎さんにお逢わせしましょう」
   「新三郎は生きているのですか」
   「いいえ、残念ながら鵜沼で闇討ちに遭い、亡くなられています」
   「それでは、新三郎の霊にでも逢えるのでしょうか」
   「その通りです」
   「早く逢いたいです、弟は元気ですか」
   「霊ですから、元気かと聞かれてもお答えしようがありません」
   『こいつ、優しくていい奴ですが、アホでして』
   「お兄さんに向かって、そんなことを言うものではありません」
 数馬の気持ちとは関係なく、数馬は涙を流した。 これは、新三郎の涙である。
 一風呂浴びて、食事も済んだ新二郎は、離れに通された。
   「ここで、新三郎さんにおあわせします」
   「お願いします」と、新二郎は天井を見上げてきょろきょろした。 行燈の灯が、一瞬揺らめいたかのように思え、弟の幽霊を探したのだ。
   「私の懐に手を入れ、胸に掌を当てて下さい」
   「こうですか」
   「あっ、くすぐったいから手をごそごそ動かさないで、じっとしていて下さい」
   「はい、済みません」
   「もうすぐ、新三郎さんが話しかけますから、それに応えて下さい」
   「わかりました」 
   「では、新さん、新二郎さんにしか分からないことを話してあげて下さい」
   『アーアーアー、本日は・・・』
   「新さん、こんなときに冗談は要りません!」
   『新二郎兄さん、俺です、新三郎です』
   「新三郎か、本当に新三郎なのか」 新二郎は、事態をまだ信じきれない。
   『そうだよ、権六の娘、お清ちゃん、嫁にいったかい』
   「おお、まさしく新三郎だ、まだ嫁に行かずにお前の帰りを待っている」
   『俺が死んだことを、まだ知らせていないのか』
   「知らせたが、遺骨を見るまでは信用しないと言うのだ」
   『遺骨でどうして俺だと分かるのだ』
   「お前が喧嘩して欠いた前歯の形を覚えているのだそうだ」
   『行き遅れてしまうじゃないか』
   「そうなのだ、それでつい新三郎の遺骨を盗んで持ち帰ろうとしたんだ、ごめん、本当にごめん」
   『それはもういいよ、数馬さんも兄さんを責める気はないようだし』
   「こんなことってあるものだなぁ、死んだ弟とこうして語り合えるなんて」
   「新さん、まだ募る話があるだろうから、今夜は兄さんの中へ入って下さい」
   「わかりました、そうします」

 翌日は、新二郎には我が家でゆっくり旅の疲れをいやし、数馬が藩学から戻り次第、もう一度二人で経念寺へ行って、お墓を片付けこよう。 そして、もう一晩数馬の屋敷で泊って貰い、明後日の朝、帰途の旅にたたせてあげよう。 数馬はそう段取りをした。

   「新二郎さん、お骨はやはり経念寺に置いておかれますか」 二人で経念寺に向かいながら数馬がぽつりと言った。
   「はい、お詫びして、お願いしょうと思います」
   「そうですか、お清さんを説得できますか?」
   「いえ、聞き入れてはくれないでしょう」
   「では、新三郎さんに行って貰ったらどうでしょう」
   「新三郎、俺と一緒に木曾へいってくれるかい」
   『江戸への帰り道が独りだと恐い』
   「途中で幽霊が出るとでも」
   『へい』

 経念寺に着くと、墓に戻すか、木曾へ持ち帰るか分からないので骨壺は本堂の仏前に置いてあった。 結局、骨壺は墓に戻し、新三郎本人(本霊)が新二郎に付いて(憑いて)行くことにしたと亮啓に告げた。 新二郎は、亮啓に幾度も頭を下げていた。
   「新二郎さん、新三郎さんのお骨をお分けしましょうか」 これを分骨という。
   「はい、密かに墓へ入れてやります」
   「小骨を一本懐紙に包んであげましょう」
   『小骨って、あっしはイワシですかい』

   (墓荒らし・終)   ―続く―   (原稿用紙13枚)

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