雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

短い物語「能見数馬」シリーズ解説

2013-07-05 | 日記

 短い物語「能見数馬」シリーズが、のんべんだらりと回を重ね、15回になった。 主人公能見数馬は、当年数え年の14才、水戸藩学江戸分校に通う学生で、将来は長崎で西洋医学を学び、心医(心療科医)を目指している。 父能見篤之進は水戸藩江戸屋敷勘定方詰めの旗本。 兄篤馬は水戸城主徳川斉昭の家来で、勘定方のエリート、いずれは能見家を継ぐことになる。 兄以外は水戸藩江戸役宅に数馬と父母、そして姉一人と使用人二人と暮らしている。


 数馬は彼が関わった事件や心的病の治療などで知り合った人々を、「友達」にしてしまう魅力を持った少年で、大名である武蔵の国関本藩の藩主関本義範(よしのり)から、江戸北町奉行遠山左衛門尉景元、経念寺の僧亮啓、同心長坂清三郎、少年目明し仙一、医者の松吉などに交えて、物語の途中から知り合って一番親密なのが木曾生まれの中乗り新三である。


 彼は新三郎と言い、堅気で材木の川流しをしていた。 材木を筏に組み、水棹(みざお)と呼ばれる竹の棹で筏を操る職人である。 筏には先端に乗る人を舳(へ)乗り、真ん中を中乗り、後ろが艫(とも)乗りと呼ばれる三人で息をあわせて材木を搬送する。


 彼は、他の数馬の友達とは、ちょっと変わったところがある。 人間ではなく、数馬に憑りついた幽霊なのだ。 と、言っても、勝手に憑りついた悪霊ではなく、人恋しくて人里の廃屋に棲み着き、人に恐れられていた新三郎を、自分に憑りつきなさいと数馬が誘ったものである。 


 新三郎は、恩ある材木商の主人を救う為に逸れてやくざ者になり悪者を退治するが、卑怯な闇討ちに遭って中山道の宿場町鵜沼で殺害された。 その上、成仏への道さえも外れ、阿弥陀如来の怒りを買い、逸れ幽霊となってしまったのだ。 


 今の数馬は、新三郎に頼りがちではあるが、いずれは新三郎も成仏して浄土へ去る日が来る。 おそらく。数馬が長崎へ旅立つ前に・・・



 これは、ギャグ漫画レベルのフィクションである。 面白半分の突っ込みは歓迎であるが、マジ突っ込みには、対応する技量は当方にはない。 また、SF系ショート・ショートも当方が主張する論理ではない。 フィクションであることをよく理解してお読み頂きたい。    (猫▽爺) 


猫爺の連続小説「能見数馬」 第十五回  父と子

2013-07-04 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 お樹がどこかへ出かけようとしている。数馬が呼び止めた。
   「お樹(しげ)さん、どちらへ行かれるのですか」
   「はい、奥様のお使いで、糸屋さんまで」
   「町へ行かれるのは初めてでしょ」
   「場所は奥様からよく伺いました」
 お樹の頬の傷は癒え、膏薬は綺麗に剥がしていたが傷跡は痛々しかった。
   「私も出かけるところですので、ご一緒しましよう」
   「それは嬉しゅうございます、でもこんな私と一緒ではお坊ちゃま恥ずかしいのではありませんか」
   「何を言われますか、男なら自慢の刀傷ですが、お樹さんは女ですから気になるでしょう」
   「いいえ、この傷のお蔭で数馬様と出会えたのですし、能見様の御屋敷に置いてもらえるのですから、むしろこの傷に感謝しています」
   「それはお強い、その意気で頑張りましょう」
   「はい、それで先ほどから気になっているのですが」
   「何でしょう」
   「お坊ちゃま、わたくしに敬語をお使いになるのを止めていただけません、わたくしは能見家の使用人です」
   「お樹さんが、お武家の御嬢さんのような丁寧な言葉を使われる所為ですよ」
   「御免なさい、ご奉公していた料亭で、武家娘として振る舞わされていましたから」
   「それにしても、お坊ちゃまは恥ずかし過ぎます」
   「それでは、どうお呼びしましょうか」
   「数馬さん、と呼んで下さい。私はお樹さんを使用人とは思っていませんから」

 若い二人が喋りながら歩いていると、無遠慮な通行人が振り返って樹の頬の傷じろじろ見て通る。樹は、まったく無視している。数馬はかなり怒りを覚えるが、樹の気持ちを考えてやはり無視している。やがて糸屋に着いて、樹は店の中へと消えた。
   「あら、数馬さん、待っていてくださったの」
   「これからお酒でも買って、伊東良庵先生のところにお礼に行きましょう」
   「はい」

 伊東良庵の養生所を訪ねると、良庵先生が自ら応対に出て来た。
   「おい松吉、友達がみえたぞ」
   「いえ、今日は先生にお礼をと伺いました」
   「それはご丁寧に、お樹さんもご一緒でしたか」
   「はい、その節は有難うございました」
   「よかった、よかった、お樹さんがこんなに元気になられて」
 良庵先生は振り返って。
   「おい、松吉、どうした手が離せんのか」
   「はい只今、数馬さんがお見えですね」
 松吉とお結衣がお揃いで顔をだした。良庵は二人を見て、
   「松吉も、医者の腕を上げて来たので、給金を増やしてやって所帯を持たそうと思って」
   「おお、それはおめでとう御座います」
 大袈裟に驚いて見せたが、数馬は気づいていた。
   「祝言には、是非数馬さんとお樹さんをご招待いたします」うれしそうに結衣。
   「結衣さん、おめでとう、お幸せにね」
 お樹は、ちょっと羨ましそう。

良庵養生所を辞して、一町ほど戻ったあたりで、数馬は良庵先生に「花岡青洲」について書かれた書物をお借りするようお願いをしていたことを思い出した。
   「ごめん、ちょっと良庵先生に用があったのを忘れていました」 数馬はお樹に告げると、
   「ここでちょっと待っていて」と、駆け出していった。
 戻ってくると、お樹が四人の若い、ならず者に絡まれていた。
   「おい、姉ちゃん、頬に凄い傷があるなあ、その顔じゃ男に不自由しているだろ」
   「していません」
   「俺たちが遊んでやろうか」
   「いりません」
   「いい体してるいじゃねえか、顔を手拭で隠したら使い物になるぜ」
   「失礼な、無礼は許しませんぞ」
 そこへ数馬が戻ってきたが、若い男たちは数馬が若造とみるや、尚もしつこく絡んだ。
   「やめなさい!」
   「何だ、お前何者だ」
   「その女の亭主だ!」
   「へへーん、亭主だと、止めなきゃどうするのだ」
   「私は水戸藩の能見数馬だ、怪我をしたくなかったら、ここから立ち去れ!」
 男たちの顔色が変わった。能見数馬といえば、小僧を無礼討ちにしようとした侍を、手も触れずに倒した呪術師であることを男たちは噂に聞いて知っていたのだ。
   「やばい!逃げろ!」
 男たちは後も見ずに逃げていった。 お樹が目を丸くしていた。
   「数馬さん、お強いのですね」
   「いえ、私が強いのではなく、私に付いている守護霊が強いのですよ」
   『そうそう』 数馬に憑いている守護霊新三。
   「そんなにお強い方ですか」
   「それはもう、強いの、なんのって」
   『もっと言って』
   「守護霊ってどなたです、知りたい、知りたい」
   「それは、生前は任侠の世界の人で・・・」
   『そうとも』
   「清水の次郎長という人です」
   『ずてん!』
   「幽霊がずっこけてどうする」
   「はあ? どなたですって」
   「まあ、いいじゃないですか、団子でも奢りますから」

 屋敷に戻ると、母千登勢が心配して出て来た。
   「お樹さん、遅かったので心配していたのですよ」
   「奥様、申し訳ありません」
   「足を延ばして、良庵先生の処へお礼に行ってきたもので」 数馬が樹を庇った。
   「そうでしたか、それはよく気が付きました」
   「そうそう、良庵先生のところの松吉さんと結衣さんが、この秋に祝言をあげるそうです」
   「まあ、それはお目出度いこと」
   「数馬さんは、清水の次郎長さんとお知り合いですって」と、お樹。
   「ほほほ、嘘ですよ、誰かに任侠話を聞いたのでしょう」
   「嘘ですかァ、本当は誰です数馬さんの後ろに付いている人って」
   「きっと、お奉行の遠山さまでしょ」と、千登勢。
   「お奉行さま? どうりで無頼の男が数馬さんの名を聞いて逃げた訳です」
   「お樹さん、絡まれたのですか」
   「はい」 
   「お奉行は、この子が勝手に友達だと言っているだけですよ」
   「それに、男にきかれて、数馬さんは私の亭主だと言ってくれました」
   「まあまあ、この幼い顔でそんなことを」
   「はい」お樹は嬉しそうであった。
   「そんな物騒な人たちがうろついているのなら、お樹さんを使いに出せないわねえ」
   「これから、私が付いていきましょう」 と、数馬。
   「本当に、用心棒になるのかしら」
千登勢は、数馬を頼もしいと認めていたが。

 何やら屋敷の門前が騒がしくなった。水戸藩江戸屋敷の藩士たちだった。数馬が外へ出てみると、六人も居て「奥方を呼んでください」と、叫んでいた。
   「はい、能見篤之進の妻ですが」
   「ご家老の命で参った、篤之進殿が藩の金を一千両横領した疑いがあります」
   「まあ、何てことを言われるのですか、夫に限って絶対にそんなことはありません」
   「ご家老はお怒りになって、能見殿のお屋敷を家探しして来いと命ぜられました」
   「どうぞ、ご存分になさって下さい、ところで、夫はどうしました」
   「今、屋敷の牢に繋がれておいでです」
   「数馬、数馬は居ませんか」
   「はい、ここにおります」
   「お話は聞かれたでしょう」
   「はい、聞きました」
 藩士が屋敷に飛び込み、家探しをはじめた。土足で走り回っていたが、一人が
   「おーい、有ったぞ!」と、小判を持って出て来た。
   「百両だが、他に九百両は隠しているに違いない」
 数馬は母の昂った気持ちをおさえようと、決して慌てずに静かに言った。
   「母上、私が水戸藩江戸屋敷へ行って、父上に会ってきます」
   「頼みます、この通りです」
 千登勢は数馬に手を合わせた。 家探しはまだ続いていたが、数馬は水戸藩江戸屋敷を指して駆けていった。門は閉まっていた。

   「お頼み申す、能見篤之進が倅、能見数馬にございます」
   「おお、数馬が来たか、開けてやれ」と、ご家老。
   「お入りなさい、篤之進はお牢に入っておられるが、会っても良いぞ」
   「有難うございます」
   「案内してやれ」 ははあ、と若い藩士が数馬を促した。
   「こちらでござる」
   「ご足労をかけました」
 父篤之進は、牢の入り口に背を向け焦燥していた。数馬が声をかけると、振り向いて
   「よく来てくれた」と、もう何年も会っていなかった父と子のように、手を取り合った。
   「わしは知らぬ、濡れ衣なのだ」
   「父上、わかっております、私がきっと疑いを晴らしてみせます」
   「頼むぞ、数馬」
   「父上、私と約束をして下さい、なにが有ろうともご自害はなさいませんように」
   「わかった、数馬を信じて耐えていよう」
   「くれぐれも、お願い致します」
 数馬がご家老の元へ戻ると、能見家を家探ししてきた藩士が意気をあげていた。
   「まだ百両だけですが、やはりありました」
   「そうか、残りはまだ見つからんのか」
   「はい、今にきっと見つけてみせます」
 数馬が口を開いた。
   「その百両は、私の部屋に有ったものでしょう」
   「その通りだ、奥方が数馬の金だと申しておった」
   「それは、私が武蔵の国関本藩主の関本義範さまより授かったものです」
   「なに、お大名の関本義範様」
   「お疑いなら、武蔵の国に人を差し向けて関本様にお尋ね下さい」
   「そうか、まさかお大名のお名前をだしてまで嘘は言うまい」
   「はい、決して嘘ではございません」
   「そうか、この百両は暫く預かるが、篤之進の疑いが晴れたら数馬に返そう」
   「はい、直ぐに晴らして見せましょう」
   「わかった、それまでの間、この屋敷に居ても構わぬぞ、みなの者協力してやってくれ」
   「はい、承知しました」 数馬は藩士たちに聞いてまわった。
   「最初に横領をお気づきになったのは、どなたで御座いますか」
   「藩勘定役の、定岡卓八郎でござる」
   「定岡様は、どうして気付かれましたか」
   「お納戸役の川口隼太どのが、何度調べても千両足りないと申されましたので調べたところ、この帳簿を調べてみよと、お年寄の柿沢様に手渡された」
   「それが、父能見篤之進が管理していた帳簿だったのですね」
   「その通りだ」
 ちょっと場を外して、数馬は新三郎に川口隼太から調べてもらった。
   『こいつ、臭いですぜ、千両箱の持ち出しを手伝ったようです』と、守護霊新三。
   「新さん、定岡卓八郎はどうだろう」
   『あの人は、何も知らないようです、年寄職の柿沢貴之助に帳簿を見せられて慌てていたようです』
   「そうか、 横領の首謀者は柿沢貴之助だろう、よし会ってみよう」
 家老に願い出て、年寄職の柿沢貴之助と話をさせて貰った。新三郎が柿沢に忍び込んだ。
   「柿沢様の御屋敷のお蔵に、大きな甕(かめ)が御座いますね」
   「有るが、それがどうかしたか」
   「その中には何が入っていますか」
   「あははは、千両箱でも入っておったかも知れんな」
   「それでは、最近天井裏のお掃除を使用人に命ぜられましたか」
   「歳の暮にしか掃除はしない」
   「お屋敷の中に、井戸は幾つお有ですか」
 柿沢が動揺したのを、新三郎がしっかりと感じとった。 「二つあるが」と、答えたが、怒りが込み上げてきたようであった。
   「お前は、この儂が横領したとでも言うのか!」
   「いえ、まだわかりませんが、井戸を調べさせて下さいますか」
   「無礼な、調べて何も出て来なかったら何と致す」
   「切腹してお詫びを申し上げます」
 この遣り取りを聞いていた家老は六人の藩士に、柿沢が藩邸に居る内に、屋敷の井戸を調べて来いと申しつけた。
   「井戸の中に千両箱が隠してありました」
   「流石は数馬じゃのう、よく見抜いた」
   「父上を牢からお出しください」
   「もちろんだ」
   「それから、もう一人共犯がいます」
   「それは誰じゃな」
   「お納戸役の川口隼太様です」
   「よし、儂が問い質してみよう」
   「この不祥事は、私が水戸のお城に参り、お殿様にお知らせしておきましょう」
   「数馬、待ってくれ、もし殿に知れたら、この儂は切腹しなければならん」
   「では、父上が屈辱のあまり牢内で自害されていたら、どうなされました」
   「能見殿には申し訳ないことをした」
   「よく調べもせずに父上に濡れ衣を着せ、牢に繋いだ責任はどなたが償われるのですか」
   「すまぬ、数馬、許せ」
   「能見家の屋敷を土足で家探しして、私の百両を押収したことはどうなのです」
   「もちろん、土足で汚した詫びを付けて返そう」
 数馬の背で、篤之進が黙って聞いていたが、数馬の剣幕に思わず口を挟んだ。
   「数馬、もう良い、ご家老を責めるではない」
   「数馬は、悔しゅうございます」
   「悔しいのは父も同じだ、同じ藩士にも信じてもらえなかったのだから」
   「母が心配しています、早く帰りましょう」
   「そうだなぁ、皆が心配しているだろう」
 数馬は、父と肩を並べて歩くのが嬉しかった。父もまた、頼もしくなった我が子が誇らしかった。 

       (父と子・終)   ―続く―   (原稿用紙18枚)

  「リンク」
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  「次のシリーズ 佐貫三太郎」
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iP4830のエラーb200(ぼやき)

2013-07-02 | 日記

 使っていたキャノン製のiP4830というインクジェット・プリンターが壊れた。 エラーb200が出て、ただただ「修理に出せ」と、メッセージが出てくる。 修理代を調べてみたら、どんな些細な修理でも、11000円だとか。 これだけ出せば、安いプリンターが買える。 自分で修理が出来ないものかとぐぐったら、このエラーの殆どがヘッドの接点不良だと書いてあったので接点復活のやり方通りにやってみたがダメだった。 それにしても、b200エラーの記事の多いこと、インクジェット・プリンターというやつは、いずれはこのエラーが出るものなのか?

 アマゾンで調べたら、既にこの機種は新機種 iP4930がリリースされていて、新品のiP4830は無かった。 ただ、中古のiP4830で、A4用紙トレーなし、インクなし、CDのレーベル印刷用トレーなしで7980円だった。 修理代より安いので、これを買った。

 白黒のレーザープリンターと併用しているが、とに角インクジェットは呆れる程寿命が短い。 インクやヘッドは規格化して同クラスであれば、どのメーカーのプリンターにでも使えるようなれば良いのにと思う。 ヘッドも、以前のように単体で購入できて、長く使える製品を販売してほしいものだ。 お上も「ゴミを減らしてエコロジーに心がけろ」というのならば、それくらいのことはメーカーにやらせろよと言いたい。

 昔は、穴の開いた鍋やバケツでも、鋳掛屋で穴を塞いでもらって使用したものだ。 いつの頃からか「使い捨て」文化が幅を利かせるようになり、今日の「物を大切に使わない」風潮になってしまった。 エコだの、ポコだのと我々に押し付けても、実のいらぬママゴト遊びのエコでしかない。

 えーっと、プリンターの話をしていたのだった。 カラーレーザープリンターも安くなったものだ。 トナーがめっちゃ高いけど。 そんな話じゃなかったかな?

 


猫爺の連続小説「能見数馬」 第十四回 墓参り

2013-07-02 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 ある朝、突然に「今日は何も予定がないから」と、数馬は新三郎に語りかけた。 新三郎に甘えてばかりいる自分に、「もし、新三郎が居なくなったら自分はどうなるのだろう』と、不安になったのだ。
   『何でしょうか』
   「墓参りに行こうかと思うのです」
   『誰の』
   「経念寺の新さんのお墓ですよ」
   『あっしはここに居るのに』
   「魂はここに居ても、お骨はお墓にあるのですから」
   『お骨参りですね』
   「うん、まあそうとも言うのかな」
   『行きましょう、行きましょう』
   「栗拾いに行くのではないのですよ」
   『いつか聞いたことがある科白ですね』
   「亮啓さんにだけ、私と新三郎さんが同棲していることを話しておこうと思うのです」
   『そんな、男同士の同棲ですか』
   「表現が適格でなかったかな」
  経念寺は、通称萩寺と呼ばれ、秋には赤や白の萩の花が咲き乱れる。 古いお墓が多く佇む中、小さいながらも一際青く光っているのが新三郎の墓である。 数馬は、いつの日にか新三郎のこの墓を、新三郎の生国である木曾に移してやりたいと思っている。
   「亮啓さん、ご無沙汰しておりました」
   「あ、いえいえ、こちらこそ」
 亮啓の読経の声は、法然上人(ほうねんしょうにん)の弟子二人が死罪になる原因となった美しい節が付いており、板についたものだった。 法然の弟子たちは、宮廷に於いて美しい声で美しいメロディを付けて経を読んだために、宮廷の女官が二人法然の弟子たちに恋をして宮廷を辞し、弟子たちの跡を追った為に帝の怒りを買い死罪になったのだ。

 墓参りを済ませると、数馬は亮啓に言った。
   「今日は、お墓参りもさることながら、亮啓さんに話を聞いて頂きたくて伺いました」
   「そうですか、では本堂に参りましょう」
 一旦奥に入った亮啓が、茶托に乗せてお茶を持って出て来た。 湯呑の蓋を取ると、数馬が見たことも無いような赤茶けた色をしていた。
   「これは」
   「草茶です、矢筈豌豆(やはずえんどう)と申す雑草で、この豆の鞘(さや)は子供たちの草笛になります」
 現在では烏野豌豆(からすのえんどう)、子供たちは「ピーピー豆」と言っている豌豆科の雑草である。 豆が実らないうちに刈り取り、茹でて干したものを刻み、炮烙(ほうらく)で炒った粗末なお茶である。
   「ああ、香ばしいですね」と、数馬は社交辞令で言ったが、決して「お茶」と呼べるようなものではなかった。
   「お話を伺いましょう」
   「信じて頂けないかも知れませんが、私の体には私の生霊の他にもう一柱の霊が宿っています」
   「私も僧侶です、信じましょう」
   「安心しました、そのもう一柱の霊が、先ほどお参りしました新三郎さんなのです」
   「新三郎さんは、どうして成仏せずに現世に残っているのでしょう」
   「逸(はぐ)れ者なのです、成仏出来るときに逃げて旅鴉を気取りでいたのです」
   「阿弥陀様のお怒りをかってしまわれた訳ですね」
   「それを良いことに、私が新三郎さんを頼って余計な事をさせるので、益々浄土が遠くなっているのではないかと悩んでいます」
   「数馬さん、私の手をあなたの胸に当てさせて下さい」
   「亮啓さん、スケベですね」
   「はい、最近は生きた人の肌に触れてないもので・・・って、違いますよ」
   『数馬さん、こんな大事な話をしている時に、ふざけてはいけませんぜ』
   「すみません」
   「こうして意識を集中させたら、新三郎さんの思いが伝わって来ないかと思って」
   「伝わりましたか」
   「いえ、まったく」
   『あのねえお二人さん、あっしはまだ何も送っていませんぜ』
   「あっ、伝わって来た」 死者の霊の意志が伝わったことに亮啓は感動した。 
   「アーアーアー、新三郎さん、分かりますか」
   『はいはい、了解です』
   「あのねえ、ふざけているのは、亮啓さんと、新さんでしょ」
   「すみません」 『すみません』
   「もー、くすぐったいのを我慢しているのに」
 亮啓は新三郎に尋ねた。
   「いずれはここのお墓を、木曾へお移しいたしましょうか」
   『いえ、木曾の兄弟たちは、人殺しのあっしを受け入れないでしょう』
   「このまま、経念寺に置いてよろしいのですか」
   『はい、お願いします』
   「では、経念寺で永代供養いたしましょう」
   『有難うございます』
   「一日も早く成仏できますように、日々お祈り申し上げております」
 亮啓は、直接幽霊と永代供養契約は初めてであった。 なんだか、和尚と呼ばれる程も偉くなったような気がしていた。

   「亮啓さんに打ち明けて、とても気が楽になりました」
   『あっしらの秘密がそんなに負担だったのですかい』
   「いえ、新さんを独り占めにしているのが後ろめたく感じていました」
   『あっしも、いずれは成仏して阿弥陀様の許へ呼ばれるのでしょう』
   「そうですね、それまで頼りにします」
   『はいはい、あっしも精々この世を楽しませて貰います』
 そんな遣り取りをしながら歩いていると、突然両替商佐賀屋の店先で怒鳴り声がした。 見るとこのお店の丁稚らしい小僧が、武士の袴の裾に水を引っ掛けたらしく、小僧が持っていた手拭で拭こうとして武士の刀に触れてしまったらしい。
   「無礼者! 手打ちに致す、そこへなおれ」
   「どうぞ、お許し下さい」
 そこへ店の番頭が飛び出してきて、
   「どうも、大変な粗相を致しました、どうか子供のこととお許し下さいませ」
   「ならぬ、留め立てすると、小僧と共にそちも無礼討ちに致す」
 佐賀屋の主人も出てきて、土下座をして許しを乞うが、武士は一向に怒りを鎮めない。 佐賀屋の主人は立ち上がると、
   「これはお詫びのしるしに御座います」と、武士に小判を数枚渡そうとしたが、    「無礼者! こんなものは要らぬ」と、小判を投げ捨てて、益々息巻いた。
 今まさに小僧を手討ちにせんとした時、数馬が飛び出した。
   「お待ち下さい」
   「なんじゃ、そちは」
   「はい、通りがかりの者です」
   「余計な口出しをすると、貴様も手討ちに致すぞ」
   「わかりました、私も武士の倅です」
   「何、武士の それがどうした」
   「私がその子供に代わって討たれましょう」
   「よし、わかった、そこへなおれ」
   「小僧さん、お店の方々、どうぞお店にお戻り下さい」
   「見ず知らずのお方に、そのようなことはさせられません」と、店の主人。
   「よろしいから、ここは私にお任せ下さい」
   「グズグズ言わずに、早くそこへなおれ!」
 数馬はその場に胡坐をかき瞑目した。 武士は数馬の後ろに立ち、大刀を翳(かざ)し今にも振り下ろそうとしたとき、数馬は振り返って呪術師のように掌を武士の顔の方向に向けた。 武士は持った刀をはらりと落とし、仰向けに「どすん!」と倒れ後頭部をしこたま地面に打ち付けた。 店の者や、通りが掛かりの人たちは、「わーっ、凄い!手も触れずに倒した」と、悲鳴に近い感嘆の声を上げた。
   『数馬さん、格好付け過ぎ、まるで漫画です』
   「気持ち良かったー」
 立ち去ろうとした時、後ろから佐賀屋の主人が駆け寄ってきた。
   「危ういところを、ありがとう御座いました」
   「とんでもない、お気になさらないで下さい」
   「これは些少で御座いますが、心ばかりのお礼でございます」
   「いえ、それは頂けません、どうぞお収め下さい」
   「それでは、せめてお名前なりとも」
   「ごらんのように、取るに足らん若造です、名を名乗る程の者ではありません」
   「命拾いをさせて頂きました」
   「それより、あのお侍ですが、間もなく気が付くでしょう」
   「はい、役人を呼んで事情を話します」
   「頭を強く打っていますので、今の出来事はすっかり忘れてしまったでしょう」
 新三郎は、不満げであった。 礼をくれるというのに、格好を付けて断った数馬にである。
   『貰っとけば、伊東良庵先生とこの支払にもなりましたのに』
   「あっ、そうだった」
   『気が付くのが遅いよ』
 途中、伊東良庵養生所へ寄って、お樹(しげ)の傷のことを良庵の助手松吉に尋ねた。
   「もうすっかり痛みは引きました」
   「そうですか、膏薬はもう貼らなくても良いのですね」
   「はい、傷は塞がっておりますが、可哀そうですが傷跡と心の傷はどうにもなりません」
   「心の傷は、時間をかけて私が治療します」
   「そうですね、数馬さんは心医を志しているのでした」
   「治療費を持参しましたのでお納め下さい」
   「そうですか、頂戴いたします」
 屋敷に戻ると、お樹(しげ)が迎えに出て来た。
   「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
   「なんですか 坊ちゃまなんて」
   「今日から能見様の使用人として働くことになりました」
   「ずっと客人で居て下さればよろしいのに」
   「それでは心苦しいので、わたしが奥様にお願いしました」
   「わかりました」
   「今日から、お坊ちゃまのお世話はわたしがやらせていただきます」
   「よろしくお願いします」
   「着替えの用意が出来ております、こちらへどうぞ」
   「はい」
   「お坊ちゃま、意外と痩せていますね、胸板なんかぺちゃんこです」
   「放っといて下さい、そんなに眺めていないで、早く着せて下さい」
   「あ、忘れていました」
 着替えの最中に、母の千登勢が入ってきた。
   「数馬が戻る前に、佐賀屋の主人がお礼に見えられて、数馬に丁稚の命を救ってもらったとかおっしゃっていました」
   「そうですか、名乗っていないのに、何故私だと分かったのでしょう」
   「見ていた人の中に、寺子屋の立て籠もり事件を見ていた人が居て、名前を憶えていたそうです」
   「へー、世間は広いようで狭いですね」
   「ほんの心ばかりのお礼だと言って、これを置いて行かれました」
   「小判です、佐賀屋さん、はりこみましたね、十両もあります」
   『店の前では五両だったのに、増えましたね』
   「断ったのに」
   『断ってよかったじゃないですか』 
   「そんな算段で断ったわけじゃありません」

 武蔵の国、関本藩主の関本義範に貰った百両を少し使い込んでいたので、戻しておくことにした。
   「新さん、明日佐賀屋さんにお礼に行きます」
   『そうですね、これからはお金持ちからはどんどん頂戴して、人助けに使いましょう』
   「われらは、鼠小僧次郎吉みたいですね」 
   『泥棒ではないでしょう、少なくとも・・・』

   (墓参り・終)   ―続く―   (原稿用紙15枚)

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