雑文の旅

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猫爺の連載小説「佐貫三太郎」 第二十一回 二人の使用人

2013-09-01 | 長編小説
 文助の縁談がトントン拍子で良い方向に進められた。 楓の両親も、佐貫慶次郎の後押しがあると分かると、無理押しをしていた隣村の縁談を断って、文助を受け入れた。
 池傍の婆さんも、文助のことを「この人なら、楓の婿に相応しい」と、大乗り気だった。 しかも、強がって独り暮らしをしていたので、文助と楓が婆さんと一緒に住んでくれることは婆さんにとっと願ったり叶ったりである。
 文助は、商人になる夢を捨てた訳ではない。 農業に精を出し、余剰の農産物は荷車に乗せて町へ売りに行くつもりである。
 いつのことになるか分からないが、町に八百屋の店を一軒構え、近隣の農家からも余剰農産物を買い集めて、店を大きくしたいと夢見る文助であった。

 文助と楓の祝言は、佐貫家の者と、楓の親族が集まり、慎ましやかではあるが滞りなく執り行われた。 これで、小夜が口入れ屋に依頼しておいた使用人が来てくれたら、文助は池畑の家に移り住み、晴れて楓の婿になる。

 それから間もなく、若い二人の男女が佐貫家を訪れた。
   「口入れ屋の紹介で参りました、私は農家の次男で猿太郎と申します」
   「私は、山家育ちの椿でございます」
 骨身を惜しまず、よく働いてくれそうな男女であった。
   「私はこの屋敷の主人、佐貫慶次郎の妻小夜です」
 小夜は、少しも威張らず、それでいて遜らず丁寧に応対した。
   「如何でしょうか、今日からこの屋敷で働いて頂けますか」
   「はい、是非ともお願い致します」
   「私は力には自信があります、力仕事であれば何なりとお申し付け下さい」
 小夜はそれとなく二人の男女を観察して、申し分のない働き者だと思った。

 その夜、三太は父上佐貫慶次郎の寝所を訪ねた。
   「父上、お話があります」
   「三太か、入りなさい、どうしたのじゃ」
   「はい父上、今度来た男の声に私は聞き覚えがあります」
   「そうか、話してみなさい」
 慶次郎が友人に三太を預けたことがあったが、その友人は父の命を狙った賊の仲間の男に何の抵抗もなく三太を渡したことがあった。
   「子供を渡してもらおう」 顔を隠していたが、その低い声を三太は覚えていたのだ。
   「こちらです」
   「佐貫の倅に間違いないのだな」
   「間違いない、三太です」
 そんなやりとりがあって後、三太は目隠しと猿ぐつわをされ、男の小脇に抱えられて連れ出された。 その男の声に間違いないと三太は言うのだ。

   「そうか、実はわしも怪しいと思っておった」
 農家の次男だと言うが、身のこなしは伊賀者ではないかと疑っていたのだ。
   「三太でかしたぞ、今夜あたりわしの命を狙う積りであろう、わしは気を付けるが、三太も十分に警戒するのだぞ」 小夜と権八父子を呼び寄せて、慶次郎は耳打ちした。
 深夜、慶次郎の寝所の敷居に、水が垂らされた。 襖を音も無く開く忍者や盗賊の手口だ。 慶次郎が衝立の裏に隠れて息を殺しているとも知らず、男女の忍者が忍び込んだ。 女はくノ一だった。 暗闇の中、眠っている筈の慶次郎に剣を突き立てた。 その手応えに気付き「しまった」と思ったときは、慶次郎は既に外へ逃げていた。 いや、逃げたのではない。 二人の忍者を外へ誘(おび)き出したのだ。

 慶次郎は二人の忍者と刃(やいば)で向き合った。 男が斬り込んだ剣を刀の峰で掃い、返す刀の刃で同時に斬り込んで来たくノ一を斬った。くノ一はどっと倒れ、闇に呻いた。
 男は慶次郎の脳天を打ち砕かんと飛び上ったが、慶次郎は少し屈み込んで剣を真横に振りかぶり、刀の勢いに身を預けて転がった。 この場合、相手の動きを見てから振りかぶるのでは遅い。 そのときは既に慶次郎の脳天に刀が振り下ろされているからだ。
 慶次郎は相手の動きを予測して一瞬早く斬り込んだ。 相手の男は刃で足首を斬られ、それでも持っていた剣を慶次郎目掛けて投げつけ、男はその場に落下して蹲(うずくま)った。 慶次郎は持った剣で、相手の剣を払い除けると、剣は木の幹に刺さった。 慶次郎は、決して止めを刺さなかった。 忍者は止めを刺さずとも、これ以上闘えぬと悟ると、必ず自害して果てるものだ。
 男は例に違わず自らの舌を噛み切った。 これだけではそう簡単に死ねるものではない。 忍者は舌を噛み、流れ出た血を自分の呼吸力を持って肺に吸い込むのだ。 血は気管に入り、やがて固まって気管を完全に塞ぎ死に至る。
 女は剣で自らの首を引き切り、既にこと切れていた。 慶次郎は命までも取りたくなかったが、相手は忍者である。 捕えたところで雇い主の名を吐くことはなく、まして証人には成り難いものだ。

流石(さすが)は武士の娘である。 小夜は怯(ひる)むことなく、忍者の躯(むくろ)に筵(こも)を掛けていた。
   「文助さん、深夜にご苦労ですが、このことを番屋に届けてくれませんか」
   「はい、承知いたしました」
 手で三太の目を覆っていた文助は、三太を小夜に渡し、町を目指して闇の中を走って行った。

 過去に、三太を囮(おとり)にして慶次郎の命を狙った藩士たちを、慶次郎は彼らが改心して藩に戻るように諭して命を取らずに放った。 彼らの家族のことを思ってのことだ。 だが、一人たりとも改心して慶次郎の元を訪れた者は居なかった。 これは、今なお藩侯と若君の命を狙う謀反(むほん)を諦めていないのであろう。 どこかで今もなお陰謀が練られている筈だ。
 慶次郎は決心した。 もうこの上は殿の温情も、慶次郎の慈心も意味が無い。 皆を捕えて首を刎(は)ねるしかない。 元凶は藩侯の側室、即ち次男兼伸の母であろう。 事と場合によれば、この女を尼寺に追い遣ることも考えなければならないと、考える慶次郎であった。

 慶次郎は、今度は自分が口入れ屋まで行こうと言い出した。口入れ屋に、文句の一つも言いたいのだ。それに、新しく雇う使用人の身元は、慶次郎自身が確かめたいのだ。 ひとつ違えば自分の命だけではない。 害は小夜や三太にまで及ぶであろう。
 翌日の夕、慶次郎は三太を呼んで、「明日、馬で町まで行こう」と、言った。 三太は父と馬に乗れるのが嬉しかった。 また、小夜に笑われるかも知れないが、父の体に帯で結ばれるのも愉快であった。

   「文助さんもきっと喜びます、はやく楓さんのところへ行きたがっていますから」
   「なんだ、子供のくせに、もう文助の気持ちが読めるのか」

三太は早朝から大はしゃぎであった。 馬の腹を撫でたり、馬に餌を食べさせたり、馬の周りを離れなかった。
   「父上、まだですか」と、三太が待ちくたびれているのを小夜が咎めた。
   「父上は消えて無くなりませんから、大人しく待っていなさい」
 それでも、三太は屋敷の中を覗き込んだ。 丁度、大小の刀を腰に差しているところだった。

   「さあ、いこうか」
   「はいっ」

 慶次郎と三太は口入れ屋に着いた。慶次郎は、店の者に主人を呼んでくるように言い付けた。
   「わしは佐貫慶次郎であるが、其方が遣(よこ)した二人の者は忍びであったぞ」
 慶次郎は、店主を叱りつけた。 身元をよく確かめないで、渡りの者をそのまま遣(よこ)したことを。
   「お前の不注意で、わしは命を狙われた、わしが町に御触れを出せば其方の信用はガタ落ちであろう」
 脅迫とも取れる慶次郎の言葉であった。 店主は「どうぞ、そればかりは」と、平謝りであった。
   「この次は、身元のしっかりした、働き者を遣してくれ」
   「承知しました、次は吟味してご紹介いたします」
   「わかった、今回は目を瞑ろう、奉公を望むものが現れたら、拙者が其の者を訪ねよう」
   「この度は、大変申し訳ありませんでした」
   「番屋の者に佐貫慶次郎への伝言と言えば、直ぐに伝えてくれるようにしておこう」
   「では、そのように致します」店主は、頭を下げて慶次郎を送り出した。

次の朝、鶏の三四郎がやけに騒がしかった。 三太は朝早く目を覚まし、何事かと鶏小屋を見に行った。 耳を澄ませると、何やら「ぴぃぴぃ」と、鶏小屋の中から可愛らしい声が聞こえてきた。 目を凝らしてみると、雌鶏の羽の間から黄色い雛が頭をだしていた。
 まだまだ江戸や京の都では飼っている動物を食べる習慣は無い。 鶏卵さえも「殺生」だと、食べなかったのだ。 その為、毎朝卵を産んでいることを確かめなかったので、雌鶏が卵を抱えていることさえ、三太は気付かなかった。

 孵化したのは一羽だけだった。 だが、この雛が大きくなれば一悶着ありそうな気配に、三太は早くも小さい胸を痛めていた。

       第二十一回二人の使用人(終) -次回に続く-   (原稿用紙11枚)

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