雑文の旅

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猫爺の連続小説「能見数馬」 第十六回 弟子入志願

2013-07-08 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 藩学が引けて帰り、門をくぐって間もないところで数馬は数馬と同年代の集団に取り囲まれた。
   「ちょっと来な!」と、人目に付かない路地に引っ張り込まれ、
   「 お前が能見数馬か」 集団の最年長らしい男に聞かれた。
   「はい、そうです」
   「お前、スゲェ術を使うのだってなぁ」
   「いいえ、使いません」
   「嘘をつけ!手を翳(かざ)しただけで敵を倒したと聞いたぞ」
   「ただの噂で、事実ではありません」
   「そうか、試してやる」と、いきなり顔を殴ってきた。数馬は、態(わざ)と殴られてやった。
   「なんでぇ、防御も出来ねえのか」
ちっ、と舌打ちをして、数馬を蹴り倒した。
   『数馬さん、やっちゃいましょうか』
   「いや、いいんだ、こんなガキやつ付けても仕方がないだろう」
   「何を黙ってやがる、立ち上がってかかって来いよ」
   「いえ、到底敵(かな)いません」
   「では、土下座をして許しを乞え!」
 何の許しか訳が分からないが、数馬は起き上がって正座し、おでこを土に擦りつけた。
   「どうか、許して下さい」
   「何だ、腑抜けじゃないか、誰でえ滅茶苦茶強いとぬかした奴は」と、他の者にきいた。
   「本当に、唯の噂だったのかな」 一人が呟くように言った。
   「行こうぜ!」
   「こいつ、口から血をだしてやがるが、どうします」
   「放っとけ、放っとけ」
 集団は数馬を路地に残して去って行った。
   『あいつら、放っといたら癖になりますぜ』
   「いいのだ、 これで得心(とくしん)しただろうから」

 ところが、そうではなかった。 翌日もまた奴らが数馬を取り囲んだ。 今度もまた路地に連れ込まれると、数馬の学友の藤波晋次郎が人質になっていた。
   「どうだ、こいつが痛い目に遭ってもいいのか」
 集団の最年長らしき男が言った。
   「私も、その子も、何もしていないじゃないか、何故こんなことをする」
 数馬はちょっと怒った顔をした。
   「俺たちと本気で勝負するか」
   「何のための勝負ですか」
   「お前の強さを見てやるのさ」
   「バカバカしい」
   「それじゃァ、こいつをボコボコにしてやる」
 男が拳を振り上げて、藤波晋次郎の顔に振り下ろそうとしたその時、不意に腕が止まった。 暫く静止していたかと思うと、男はその場にしゃがみ込み、上を向いて数馬に言った。
   「参った、無礼を許して下さい」
 成り行きを見守っていた仲間たちは唖然とした。
   「なんでぇ、兄貴も腑抜けじゃねえか」 口々に悪態を吐(つ)きながら「チッ」と舌打ちをして散っていった。 ここもまた、新三郎の機転に救われたことを数馬は知っていた。
   「ごめんな、恐かったろう」
   「いえ、能見さんが居たから、ちっとも恐くありませんでした」
   「そうかい、誰にも言わないで下さいね」
   「はい」
 藤波は、数馬に向かってぴょこんと頭を下げて、何事もなかったように帰って行った。
   「新さん、もういいですよ」
   『ホイ来た』 新三郎が男から抜けると、男は土下座をしたまま横向けに「くたん」と倒れ、やがて気が付いた。 土下座をしていたのは男の魂を追い出した新三郎だったのだ。
   「新さん、ありがとう、また助けられましたね」
   『いいってことよ』 新三郎はちょっと得意げであった。

 気が付いた男は、きょろきょろと周りを見渡したが、仲間が誰も居なくなっているのに気付くと、何があったのか懸命に思い出そうとしている様子であった。
   「勝負は終わりましたよ」 
   「何も覚えていない」 男は気味が悪そうであった。
   「あなたの負けぶりが、あまりにも不甲斐なかったので、仲間は呆れて帰っていきました」
   「俺に何をしたのだ」
   「あなたが言う術ですよ、あなたはもう、あの仲間には入れないでしょう」
三日目は、もう誰も待ち受けてはいないだろうと門をくぐって外に出ると、藤波晋次郎が立って居た。
   「また、人質ですか」
   「違います、私を能見数馬さんの家来にして下さい」 晋次郎ペコンし頭を下げた。
   「何を言っているのですか、あなたと私は学友でしょうが」
   「それでは、弟子にして下さい」 
   「弟子になって何を学ぼうと思っているのですか」
   「妖術です」
   「私は、そんな術は使えません」
   「私は能見さんが妖術で男を負かすのを確かに見ました」
   「それは、違います、あれは妖術ではなく、心理術(催眠術)と言って医術なのですよ」
 数馬は誤魔化した。 「あれは幽霊の新三郎がやったことです」とは言えなかったからだ。 しかし、まんざら嘘でもない。 いずれはその心理術を、数馬は会得するつもりだ。
   「心の病の原因を確かめるためにかけるのです」
   「医術で人が倒せるのですか」
   「あの男は悪ぶっていましたが、本当は優しくて気が小さい人です」
 自分を拉致して殴ろうとした男が優しいなんて晋次郎は思えなかった。
   「数馬さんに喧嘩を仕掛けたあの男が?」
   「弱い者を苛めたり、喧嘩を売ったりするのも、取り巻き連中に自分の強さを見せる為です」
   「私もその医術を身に就(つ)けたいです」
   「それなら、医者になることですが、あなたは確か藤波家の跡取りでしたね」
   「そうです」
   「それでは、お父上が医者になることをお許しにはならないでしょう」
   「そうでしょうね」
 晋次郎は寂しげであったが、諦めて帰っていった。 数馬はその背に向かって、
   「私たちは友達です、これからも仲よく勉学に勤しみましょう」
 藤波は振り返り、にっこり笑ってみせた。


   「母上、数馬帰りました。 腹が減りました、すぐに・・・」
 お樹(しげ)が出迎えて、人差し指を唇に当てて「しーっ」と、数馬の次の言葉を遮った。続いて母の千登勢が出てきて、
   「まあ、何ですか、お行儀の悪い」
   「どうしたのですか いつもは何も言わないのに」
   「お客さまですよ、綺麗なお武家の御嬢さんです」
   「何方(どなた)でしょう、母上の知らない方ですか」 
   「はい」
 彼女は、武蔵の国から来たそうである。 武蔵の国と言えば、数馬は一度関本藩主に呼ばれて行ったことがあるが、そのような女性に心当たりはない。
   「お会いしてみましょう」 
 数馬が客座敷に入ると、二十一、二の武家娘が座っていて、数馬に両手をついて、丁寧にお辞儀をした。
   「お初に御目通りいたします、私は武蔵の国関本藩士、榎田(えのきだ)大蔵の娘、由樹枝と申します」
   「能見数馬です、関本藩のお殿様、関本義範様のお使いでしょうか」
   「いいえ、そのお殿様に数馬様のことをお聞きしまして、お教えを乞いに参りました」
   「こんな若造がお教えすることなどありましょうか」
   「お殿様は、数馬様がきっとお力添え下さるでしょうと仰いました」
   「そうですか、とにかくお話をうかがいましょう」
   「父上が何かに怯え、夜も眠れません、その上胸が早鐘をつくが如く高鳴り、苛(いら)ついて暴れるかと思えば、落ち込んで黙り込んでしまうのです」
   「お父上は、何も理由がないのに切腹なさろうとしたことはありませんでしたか」
   「二度ありました、家族が気付き止めしました」
   「それで、お医者様は何と仰いましたか」
   「どこも悪くない、気の所為であろうと」
   「他には」
   「仮病かも知れないと、お医者様に耳打ちされました」
   「あなたは仮病だとお思いですか」
   「いいえ、あれだけ苦しんでいるのに、仮病だなんて酷過ぎます」
   「ご家族の方々に、何か注意することを伝えませんでしたか」
   「いえ何も、祈祷師に相談したらどうかと仰いましたが」
   「医者が祈祷師に相談しろと」
   「はい、それで祈祷師に祈祷して頂きましたところ、誰かに呪いをかけられていると」
   「祈祷の効果は?」
   「高額の祈祷料を払ったのですが、なんの効き目もありませんでした」
   「心当たりがあるのですか 誰かに恨まれているとか」
   「いいえ、平常心の時の父に尋ねましたが、全く心当たりがないそうでした」
   「分かりました、お父上はきっと心と体の病です」
   「と、仰いますと」
   「お父上は、きっと性格が、細やか過ぎるようですね」
   「はい、お仕事が思うようにいかないと、それはもう気に病んで憔悴(しょうすい)しておりました」
   「その所為で心労が重なり、心悸(しんき)を起こしておられるようですよ」
   「治りますか」
   「はい、励ましたり、焦らせたりしないで、普段通りに見守ってあげて下さい、出来れば隠居されたら良いのですが」
   「兄が居りますので、お殿様にもご相談したいと思います」
   「漢方医なら、心悸を治す薬がありますので、江戸の知り合いがそう言っていたと仰ってみてください」
   「はい、わかりました」
 お樹(しげ)がお茶とお菓子を盆に乗せて入ってきた。
   「由樹枝さま、今夜はここへお泊りくださいまし」
 由樹江は、お樹の頬の傷に気付き驚いたようであったが、気遣ってそれを言葉にしなかった。
   「お世話をおかけします」
   「数馬さん、武蔵へはこの間行かれたのでしたね」
   「はい」
   「お嬢様をお国元までお送りなさいましな」
   「そうですね、お殿様へのお礼も有りますので、ご一緒しましょうか」
   「本当でございますか、嬉しゅうございます」
 お樹が客座敷から下がりかけに、正座している数馬の足を、「ぎゅっ」と踏んで出て行った。 自分が言い出したくせに焼き餅を焼いたりして、お樹はほんとうに可愛い女子(おなご)だと密かに思い、「はっ」と気が付き拙(まず)いと思ったが遅かった。 新三郎に筒抜けなのだ。
   『明日の晩は、武蔵の国で筆おろしですか』
   「バカバカ! そんなわけないでしょう! このスケベ幽霊が!」
   『何事も経験のためです』

   (弟子入り志願・終)   ―続く―   (原稿用紙15枚)

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