雑文の旅

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猫爺の連載小説「佐貫三太郎」 第十八回 三四郎の里帰り

2013-08-26 | 長編小説
 池傍の婆ちゃんに貰った鶏を抱いて、三太は喜び勇んでとはいかず、心配顔で文助と共に屋敷に戻った。 馬を庭に出し、馬の背を丸めた藁縄束子で擦っていた権八が目敏く鶏を見つけた。
   「坊ちゃん、これはご馳走ですね」 文助は「言ってはダメだ」と、指を口に当て権八に知らせた。
 三太は、凄くご機嫌斜めになった。 権八の横を黙ってすり抜けると、さっさと裏庭の納屋の中に入って行った。 バタンと納屋の戸を閉めると、中に籠ってしまった。  文助が納屋の前で耳を澄ますと、鶏の「こっこっこ」 と鳴く声と、三太がなにかを探しているような音が聞こえた。
   「三太さん、納屋に鶏を入れて置くと、イタチに襲われますよ」
 三太は、動きを止めて、鶏の声だけになった。
   「三太さん、文助は三太さんの味方です、いっしょに鶏のことを考えましょう」
 ガタンと戸の支え棒を外す音が聞こえて、ソーッと戸が開いた。
   「餌のことも考えなければなりません」
 最近の鶏は、人間が作った配合飼料しか食べないようだが、三太の時代の鶏は、人間に飼い馴らされたとはいえ野生に近く、庭に出しておくと好みの草を選んで食べたり、ミミズを掘って食べたり、人間の与えるものは、野菜屑、生魚のはらわたなどを好んで食べた。
   「庭に放つと、まず三太さんの畑が狙われますよ」 文助は言った。
   「もう、大根が太くなっているから、葉を食べさせてもいいよ」
   「それもそうですね」 文助は感心した。

 鶏は、古くは「くだかけ」と呼び、食用家禽(かきん)として飼い馴らされた鳥である。 逃げて山へ住み着くものも居て、夜は高木の枝まで飛び上がり夜を過ごすが、しばしばイタチや山猫の餌食になる。 逃がせば、まず長くは生きてはいけないだろう。

   「やはり、奥様には話しておきましょうよ、どうせ分かることですから」  文助は三太を説得して、小夜に話した。
   「お婆さんは、飼いなさいとは仰らなかったでしょう」
   「はい」 三太は項垂れて、小さな声で答えた。
   「三太が責任を持って飼えるの」
   「はいっ」 今度は大きな声で答えた。
   「文助さんに手を焼かせてはいけませんよ、と言っても結局は文助さんに頼るのでしょうね」
   「奥様、私は構いません、元は百姓の子倅でしたから」
   「そう、それでは文助さんお願いしますね」  慶次郎には小夜から話してくれるようである。

 今夜は、とりあえず離れの部屋で三太と一緒に寝ることになった。 離れに三太の布団を運び込み、隅っこに納屋で見つけた古い柳行李を置き、藁を敷き鶏の寝床とした。
 夜になって、行李の中に鶏を入れてやると、大人しく屈み込み白い瞼を閉じた。 三太は夜中に目が覚めた。 なんだか腹の上が重いのだ。 何のことはない鶏が「どん」と三太の腹の上にのっている。
 行李に戻すと、暫くして今度は三太の足もとで寝ていた。 夜が明けると、三太は畑に行った。 案の定、鶏は三太の後を追いかけてきた。 鶏は大根を見つけると、夢中で葉を食べていた。 やがて葉に食べ飽きると、困ったことに畝を掘り始めた。 畑にはミミズが居ることを本能で分かるらしい。
   「こらこら、大根を傷つけるから、もうやめなさい」
 三太は鶏を抱きかかえ、庭の表側に連れて行き、小夜から残飯を貰い器に入れて鶏に食べさせた。
   「鶏って、何でも食べるのですね」 様子を見に来た文助に、三太は言った。
   「三太さん、裏山に竹薮がありましたよね」 文助が訊いた。
   「はい、父上と採りに行ったことがあります」
   「今日、馬の世話が済んだら、竹を採りに行きましょう」

 馬の世話が済んだあと、文助は太い竹や細い竹を伐って来て、「頑丈な鶏小屋を作りましょう」 と言って作業を始めた。

 周りは、少し隙間の空いた竹組み板を四枚作り、その内一枚に戸をつけた。 がっちりと合わると、頑丈な囲いができた。 イタチが入らぬようにと、底の部分は石を敷き詰め、山の斜面から採ってきた粘土で固め、太い竹を半分に切ったものを床にした。
後は屋根である。 屋根は納屋にあった樫の木の廃材で作り、細い竹で補強した。 これだけでは屋根が平板なので、床と同じように竹を縦割りにしたものの節を抜き、雨どいを並べたような物を作り、傾斜を持たせた。
   「ちょっと隙間が狭いのですが、イタチ除けにはこの位がいいのです」
 小屋の中には藁の筵を引きつめ、その上に藁をたっぷり乗せた。 文助は午後に魚河岸まで出かけて、アワビの殻を十枚ばかり貰ってきた。 この殻を鶏小屋の周りにぶら下げると、イタチ除けに成るという。 アワビの殻が玉虫色に光るので、イタチが警戒して近寄らないのだそうである。  真偽のほどは分からないが、この時代には信じられていたことだ。

 三太も入れるような立派な鶏小屋が完成した。 鶏が嫌がってなかなか入らないだろうと思えたが、三太が入ると、鶏も後に続いた。 暫くは三太も鶏小屋の中で寝っころがっていたが、三太の布団の上ではしなかったが、糞を撒き散らし始めたので三太は慌てて外にでた。 どうやら、ここが自分の巣だと認識したらしい。 三太は畑から大根を一本抜いてきて葉っぱを切り、鶏小屋に入れてやった。 鶏はまた腹が空いてきたのか、機嫌よく大根の葉を啄んでいた。

   「三太さん、明日は大根を収穫しましょう」
 文助はそう言って三太と共に母屋へ入って行った。 そろそろ夕食時なので、小夜の手伝いをする為だ。

 三太の義父、慶次郎が戻ると、佐貫家では親子三人揃って夕食を摂る。 「権八父子も一緒に」と、小夜が言ったのだが、親子は慶次郎に気兼ねをして、厨で食事をすることにした。
   「今日のおみおつけの具は、三太が育てた大根なのよ、美味しいわよ」
 小夜は、お椀に味噌汁を注ぎながら言った。  三太は得意顔であった。 収穫した大根は、そのまま数本残して、後は切り干し大根と、糠漬けのための干し大根を作るのだという。 もちろん文助の提案である。
   「三太の畑に、次は何を植えるの」
   「茄子です」
 茄子の花は、千にひとつの無駄がないと言われている。 瓜科は、雄花と雌花があり、雄花には実は成らない。 茄子は、全ての花に実が成るのだ。 そのうえ、育てやすいので、三太には打って付けであるとは、やはり文助の言葉であろう。 慶次郎は、二人の会話をにこやかに聞いていた。
   「三太、文助に鶏小屋を作って貰ったそうだなぁ」
   「はいっ、私も入れる位の大きな小屋です」
   「そうか、では鶏に名前を付けなくてはいけない」
   「父上、付けて下さい」
   「そうだなぁ」 暫く考えて、「三四郎はどうだろう」
   「強そうです、三四郎に決めます」 三太は満足であった。
   「まあ、贅沢な鶏ですこと、父上に名前を付けて貰えるなんて」 小夜もまた嬉しかった。

 翌日、仕事が済んだら池傍の婆ちゃんの家へ行こうと、三太は文助に耳打ちした。     「三四郎を連れて、父上に名前を付けて貰ったことを話しに行くのだ」
   「じゃあ、三太郎を抱いて行くのですね」
   「いいえ、歩かせます」

 鶏の三四郎は、三太の後をのこのこ歩いて付いてきた。 道草を食っては遅れるので、そのときは羽をバタつかせて、「くわーっ」と鳴きながら飛び上がって追いついた。 それを繰り返している間に疲れたのか、三太の背中に攀じ登ってきた。 三太は腰を屈めて歩かざるを得なかった。
   「今度は俺が疲れるよ」 三太はぼやいた。
   「三四郎を連れて行くと言ったのは三太さんですからね」
 文助は、決して手伝わなかった。

 お婆ちゃんは縁側に正座して、若い女性とお茶を飲んでいた。
   「お婆ちゃん、こんにちは、三太がきました」
   「おや、いらっしゃい、文助兄ちゃんと一緒だね、文助さんご苦労さん」
 これは、孫娘の楓(かえで) ですと、お婆ちゃんにお茶の追加を注いでいた孫娘を二人に紹介した。
   「楓です、お婆ちゃんがいつもお世話になりまして」 娘は行儀よく両手を突いてお辞儀をした。 婆さんは、文助が聞きもしないのに、「まだ嫁に行っていないのだよ」と、一言添えた。
   「今日は、三四郎と一緒なのですよ」 文助がお婆ちゃんに言った。
   「三四郎さん どなたです」 お婆ちゃんは周りを見渡したが、誰も居ない。
   「今、そこらで道草を食っています、すぐにこちらへ来ますよ」 文助は笑いながら言った。
 鶏が「こっこっこ」と鳴きながら縁側の三太のところへ来たので、婆さんは驚いた。
   「坊ちゃん、食べなかったのですか」
   「はい、俺の家来にしました、三四郎です」 三太が言うと、孫娘が声高に笑ったので、文助も釣られて笑った。
   「強そうな良い名前でしょう、旦那様が付けて下さったのですよ」 文助の言葉に、
   「まあまあ、三四郎はお鍋にもならずに、果報者ですこと」  と、婆さんが言ったので、また大人たちは笑ったが、三太は不機嫌になって三四郎を追って、裏の鶏小屋の方へ駆けて行った。
 三四郎は、鶏小屋の前で中を覗きこんでいた。 そのうち、鶏小屋の周りをまわって入り口を探し始め、屋根にまで飛び上がった。
   「三四郎、帰るぞ!」 三太が呼んでも知らぬ顔、 三太のことなど忘れてしまったようだ。
 三太が縁側に戻ると、婆ちゃんが奥に引っ込み、文助と楓が談笑していた。 文助も三太のことなどすっかり忘れているようであった。

   第十八回三四郎の里帰り(終) -次回に続く-   (原稿用紙12枚)

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