◇『ワン・プラス・ワン』(原題:The one plus one)
著者:ジョジョ・モイーズ(JOJO MOYES)
訳者:最所 篤子 2018.2 小学館 刊(小学館文庫)
本書で次の展開が気になってハラハラする場面がある。それは主人公のジェスの娘
タンジーがスコットランドで行われる「数学オリンピック」に出た。果たして優勝で
きるかどうか。優勝賞金は5千ポンドである。それがあれば奨学金で私立の有名校に
入れる。タンジーはまだ10歳なのだが、数学的能力が抜群で、学校推薦でイングラン
ド南部の片田舎からはるばるアバディーンまでやって来たのだ。
ジェスは16歳で結婚しタンジーを生んだ。夫マーティは勝手に家を出て行った。前
妻との間に生まれたニッキーを残して。仕送りもしない夫は金銭的には何の助けにも
ならない。
ジェスは数学では天才的なタンジーに数学オリンピックに挑戦させたくて、ジェス
の掃除請負仕事の顧客ニコルズさんがジェスのバイト先のパブで酔いつぶれ、彼を自
宅に送り届ける車の中にエドが置き忘れた財布(£500入り)を猫ばばしてしまった
のだが。
ぽんこつ車でオリンピック会場に向かった3人と1匹(タンジーの愛犬ノーマン)
は車検切れで警官につかまったところ通りかかったエドが送ってくれた。一般道で
2泊3日(タンジーが車酔いするので高速に乗れない)の旅。
エドワード・ニコルズはIT起業家で百万長者だが目下のところ愛人に企業秘密を洩
らし、インサイダー取引容疑で召喚寸前の身にあった。内心は暗鬱状態。
ジェスは猫ばばを告白しようとするがなかなかできない。
エドとジェスは最初はぎくしゃくしていたが、孤独だったエドもいつかはちゃめち
ゃな3人家族との旅を楽しんでいた。そしてジェスは二人の子供の面倒と生活苦に追
われていた日常から束の間解放され、エドのやさしさに次第に惹かれていく。
数学オリンピックに臨んだタンジーの結果は?
散々だった。ジェスは失意に落ち込むタンジーに久しく会っていない父親に会わせ
てやろうと4人はマーティの家に向かう。
そして目にしたのは。立派な家で新しい妻と子供2人に囲まれたマーティの姿だっ
た。ジェスの心は怒り狂うのだが、タンジーがすんなりと新しい家族の中に入り楽し
んでいる姿に内心ショックを受ける(怒りに任せてマーティのトヨタ車にけりを入れ
て足を怪我した)。
いろいろあってもジェスが持ち前の楽観主義と、前向きの人生観を貫いて苦境に立
ち向かう姿を知り、読者もまあ何とかなるだろうという安心感がある。
割りない仲になったエドの腕にすがってジェスは「ワンプラスワン。二人の足し算
できっと何か良いものが生まれる」という確信を得た。
ついにジェスは猫ばばをエドに告白する。しかしエドは信頼していただけにショッ
クを受け去っていく。
ジェスの家族3人とエドそれぞれが何かしら屈託を抱えていたわけだが、4人の内
心の動きを捉え縦横かつ軽快にシーンを展開していく筆致が絶妙で、コミカルなやり
取りも含めさすがメガヒット作家と唸るところ。
エドの執行猶予付きの刑が決まった。ジェスのことが忘れられないエドはジェスの
家を訪ねる。
ある日数学オリンピックの事務局から問題の誤りが発見されて、再試験をやるとい
う電話があった。エドの勧めでタンジーは試験を受けることにする。
ひょんなことで知り合ったシングルマザーと失意に沈むIT長者が互いの美点に惹か
れて新しい家族を作りだす。そんなヒューマンドラマでありまたラブストーリーでも
ある。
(以上この項終わり)