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読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

日本文学100年の名作第8巻を読む

2015年07月23日 | 読書

日本文学100年の名作第8巻 『薄情くじら』   

                            2015.4 新潮社 刊 (新潮文庫)

  

   新潮文庫で1914年の作品を皮きりに『日本文学100年の名作』を出している。
   本書は第8巻で1984年から1993年までの14人の作家の短編作品が載っている。
  編集委員は池内紀、川本三郎、松田哲夫の3人。いずれも著名な編集・評論家であ
  る。短編でしかも3人が選んだ作品なので、多くが小生の全く読んでいない作品で新
  鮮な気持ちで読めた。とはいえ本当に感動的だったのはわずか2作品。

   歌は世に連れ、世は歌に連れなどというが、小説もそれなりに時代の雰囲気を映し
  ているものと考えられるが、読んでみると意外とそうでもない。作者だって永く抱いて
  いた小説の主題・舞台を作品にしているわけで、直接的に時代を映した作品が多く
  書かれているわけでもあるまい。とはいうものの第8巻の対象時期1984年から
  1993年とはどういう時期だったか。『バブルが芽生え、やがて弾けて平成不況に突
  入する転換点。この時期に生まれた名作14編』というのが本書の帯の文言。

  1984年から立て続けに電電公社、専売公社、国鉄がNTT,JT,JRに民営化した。
  1985年にプラザ合意があって、86年にチェルノビル原発事故があった。
  1989年昭和天皇が崩御、消費税が導入された。天安門事件やベルリンの壁は崩壊し
  たのもこの年。やがて1990年、バブルが崩壊し、91年には湾岸戦争が勃発、ソ連
  が崩壊。そして93年にはEUが誕生した。

  深沢七郎、佐藤泰志、高井有一、田辺聖子、隆慶一郎、宮本輝、尾辻克彦、開高健、
  山田詠美、中島らも、阿川弘之、大城立裕、宮部みゆき、北村薫の14人の作品。
  あまりなじみのない作家が6人いた。
  本の表題『薄情くじら』は田辺聖子の作品である。この作家が並みいる著名作家の中
  で文化勲章をもらっていることに不思議を覚える。勲章なんて基準が良く分からない。
  それはさておき、感動的に読んだのは佐藤泰志の『美しい夏』と大城立裕の『夏草』。 
   『美しい夏』は、物憂さと、何はかとない焦りといらだたしさに満ちた青年期の一時期
  の心裡が描かれている。結婚を考えている女友達へのいわれなき八つ当たりや甘え
  などが自身の青春期の記憶と重なって感動的だった。ただ最後の1行、富士山に向か
  っての叫びは、個人的にはいただけない。青春期の苛立ちの気分がぶち壊しで蛇足
  である。
   『夏草』は沖縄出身の作家大城立裕の作品である。作者自身は兵として中国にいて
  苛烈を極めた沖縄戦を体験していないという。しかし生死を分ける戦場にあって、男
  が理性の赴くままに妻とともに自決を覚悟したその時に、ハブに遭遇し抱きあったそ
  の時の、妻の動悸と身体の温りで生への狭間を乗り越えるくだりが実に感動的であ
  った。また行為のあと「死にたくない」という妻の呟きに、あえて死を選ばず、生の延
  長上で迎える死ならそれを覚悟するというたくましい女性の死生観を見る思いがした。

  (以上この項終わり)