◇ 殿、御乱心?
このブログに政治向きの話題はあまり書きたくないのだが、思い余って書く。
昨日のネットのNEWSで安倍首相の靖国神社参拝の記事を読み唖然とした。
なぜこの時期に参拝したのか。かつて首相だった間に一度も靖国神社に参拝できな
かったことが「痛恨の極み」だったようであるが、今回の参拝でまさに「宿願を果たした」
わけで、晴れやかな表情だったというが。国のために命をささげた人々に対する追悼の
気持ちは誰しも持っている。それと靖国神社に参拝するかどうかとは別問題であろう。
「世界の恒久平和をねがったもの」といっているが、傍では「宿願を果たし」満足げだっ
たとしか見ていない。そもそも首相の神社参拝は特定の宗教に公的にかかわることで
違憲の疑いがもたれるデリケートな問題である。個人の資格で参拝したとは言っても首
相になった途端に慎重であらねばならないのだ。でありながら首相であったときに参拝
できず痛恨な思いをしたということは、首相という身分で参拝したかったということであ
ろう。これは意識自体が問題ではないか。
元来安倍首相は美辞麗句が好きで、空疎な言葉の裏でけっこう危ないことをしっかり
と推し進めている。 今回の靖国神社参拝でも中国と韓国が言葉を極めて(中国=国
際社会に対する大きな挑戦。韓国=嘆きと憤怒を禁じえない)この参拝を非難している。
A級戦犯を合祀している神社に参拝することは、侵略戦争を正当化する行為とする中・
韓の主張を是とするつもりはないが、尖閣問題を初め防空識別圏問題、慰安婦問題・
戦事徴用補償判決問題など、山積する問題事案に対する対話も全く展望がないまま、
単に自己の宿願を果たすという満足を得るために、両国を刺激することを承知の上で
参拝に踏み切った安倍首相には国家を指導する責任者としての深謀も遠慮もない。
「対話を求めていきたい」と語ったいうが、笑止といううべきか。痛恨の極みが解消で
きて満足という晴れやかな表情で「対話を求める」と言ったところで、空疎な言葉とし
て誰ひとり信用はしまい。そもそもこのところ安倍首相は独善と慢心の言動が続く。
たまたま経済状況も味方し景気も上向いた。野田首相のおかげで消費税増税の
レールは敷かれている。アメリカの経済回復で円安も続く。
ただ幸運に恵まれただけなので謙虚に進むべきところ、憲法違反状態を司法から
指摘されながら何ら手を打とうとしないまま、憲法改正、集団的自衛権容認、特定秘
密保護法ごり押しと、ひたすら日本の右傾化を肯定するような行動に走っている。
まさに増長の極みではないか。小選挙区制のおかげで民主党の敵失に乗じて衆院選・
参院選に勝っただけであって、民意が圧倒的に自民党を支持しているわけではないと
いうことを謙虚に顧みるべきである。
今回の靖国神社参拝は中・韓両国はもとより、盟友であるはずの米国からも「失望
した」との異例の批判談話があった。今の米オバマ政権では親中派が優勢という。
日本より中国との関係が大事と思う人が多いということだ。中国の防空識別圏拡大
で当初の反応から大幅にトーンを引き下げた国務省談話がこの状況をよく表わして
いる。今回の問題でまたもや親日派が後退すると思われる。折角のケネディ大使赴
任で好転した日米関係もこれで帳消しであろう。
言葉の割に外交感覚がずれている。
(以上この項終わり)