◇『氷山の南』 著者:池澤夏樹 2012.3 文芸春秋社 刊
―21世紀の冒険小説いま立ち現れる―
本の帯は概ね大げさではあるが、「冒険小説」に惹かれて読んだものの、正直言って期待外れだった。
そもそも「21世紀の」という形容詞は何を意味したのか。新しいスタイルか。舞台が近未来なのか。
18歳のカイザワ・ジンはほとんど衝動的に密航者となる。船は南極の海を目指すシンディーバード号。
南極の氷山をオーストラリアまで曳航し溶かした水で灌漑を食糧難で苦しむアフリカを救おうというプロ
ジェクト。アラビアの石油王が中心となって設立した「氷山利用アラビア教会(AOIU)」が、海洋研究者・
専門技術者などを乗せて曳航氷山を探しに行くところだった。危うく海に投げ込まれそうになるが、厨房
の手伝い、船内新聞編集をする約束でなんとか海に投げ込まれる運命を逃れる。
先端技術を結集した調査船と曳航対象氷山での短期的な滞在などは冒険でも何でもない。密航直前
に出会ったオーストラリア・アボリジニの絵を描く少年を訪ね、短期間ではあるがオーストラリアの原野で
の生活を経験するが、何か説明的で体験も冒険的ではない。
シンディバード号の前に突然あやしげな飛行機が現れる。どうやら無人操縦機で機上から氷をバラま
かれた。実は「アイスイズム」という考えを信奉する団体がある。どうもこの団体が氷山曳航というプロ
ジェクトに反対する行動をとったようだ。
万物は流れる(変化するしかも悪い方に)という考えが基本にあり、この流れを食い止めるには情動
に流されない、大きな心でエゴの揺らぎを抑える。それが自分を救い、世俗の慾望からの離陸を促す。
というのがアイシストの思想なのだそうだ。
割れ目のない1億トンほどの氷山を、カーボン・ナノチューブのシートでくるんで、大きなタグボートで
曳航し始めたが、途中で割れ目が生じて曳航は不可能になった。すわアイシストの仕業か。
実は乗務していた氷山観測員は環境テロリストの一員だった。そして心理学者のジャックはアイシス
ト内通者だった。
それやこれやで、氷山曳航計画は頓挫したのだが、再度挑戦するらしい。
血沸き肉踊るというのが冒険小説だと思うのだが・・・。21世紀の小説は食わせ者だった。
池澤夏樹は1988年芥川賞受賞作家(受賞作品「スティル・ライフ」)である。
(以上この項終わり)