読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

小説「カフェ・ベルリン」

2009年04月19日 | 読書

◇『アンネの日記』男性版?小説「カフェ・ベルリン」
  著者Harold nebebzal 訳者 平田良子 1999年第1刷発行 集英社

  著者はハリウッドで数多くの映画を手がける脚本家、プロデューサー。小説は初めての
 試みであるという。
  この小説の主人公は実在の人物で、この小説が出版されたときは高齢ながら
 もロサンゼルスの土地開発業者として著名であった。

  この小説は1941年ゲシュタポから身を隠し、1945年連合軍の手によって解放さ
 れるまで、ベルリンの4階建てアパートメントの屋根裏に潜み、焦燥の中の5年間を記
 録し、回想を記した日記が元になっている。

  『アンネの日記』はナチ占領下のオランダ・アムステルダムの屋根裏に逼塞した8人のユ
 ダヤ人の中で青春時代を過ごしたアンネの内的葛藤と生活を記した日記である
 (一人生き残った父親のオットー・フランクが出版)。
  アンネは密告で連行され、悲しくも強制収用所で亡くなった。

  本書の素材となったダニエルの日記は屋根裏での生活に入って2年を過ぎた頃
 から書き始められているが、冒頭の日記をつけようと思い始めた気持ちを淡々
 と記した部分は、誠に粛然とした思いでつい身を正す。
  「1943年11月14日
   1941年12月16日から、わたしはここに隠れて暮らしている。あと1か月で2年
 になる。日記を書き始めるのをどうして今まで待っていたのか、自分でも分から
 ない。
  この不自由な生活が、何らかの偶発的な出来事によって終わりになる、という
 幸運に恵まれないであろう。そう自覚するまでに、おそらくこれだけの時間がか
 かったのだ。・・・・」

  ダニエルは生き残っって救出された。しかし、いつ見つかってしまうか。庇護者と
 して食料や新聞などを運び、排泄物を始末してくれるロフマンが10日も姿を見せな
 いとき、空腹はもちろんのこと、もしや空襲で大怪我をしたり、死んだりしたので
 はないかといった不安にさいなまれるつらさはアンネに通ずるものがある。

    
  
  主人公ダニエル・サポルタは1911年1月、ダマスカス(シリア)の中産階級ユダヤ人家庭で
 長男として生まれた(弟と二人の妹がいる。)。貿易商社を営む父の元で、裕福
 な生活を送っていたが、17歳でベルリンに住む父の友人ランドウ氏の下で働くことに
 なる。
  1929年といえば世界恐慌。香辛料を扱うランドウ商会でのユダヤ人の微妙な立場
 にも次第に目覚めてくる。ナチズが力を得始めた頃である。アーリア人種の優越と
 反ユダヤ主義を明確にし始めるのである。
  しかしここランドウ商会での生活もわずか1年で放り出されることになる。しかも保
 育婦のヒルダを孕ませたという疑いで。

  路頭に迷うダニエルは、うらぶれたカフェのビラ配りをしていたロフマンというドイツ人に
 出会う。このロフマンこそ後々までダニエルの盟友として事業を共にし、身を挺してナチ
 スの目からダニエルを匿った命の恩人である。
  ロフマンと意気投合したダニエルは、母がまさかのときのためにズボンに縫い付けて
 おいてくれた金貨で、ロフマンが働いていたクラブ「コーカサス」゛を買い取ることになる。
 そして「ダニエル・サラザール」というスペイン人になりすまし、後に「カフェ・ベルリン」という異
 名をとるほどの繁盛するクラブにまで盛り上げる。皮肉なことにそこにはエキゾチック
 なベリーダンスを求めてナチの将校たちが群がることになる。

  実は日記は屋根裏における逼塞の身のつらさを記した単なる日記ではない。
 彼ダニエルの過ぎこし方の回想が詰まっており、それは数奇といってよいほど波乱
 万丈の人生で、冒険談でもある。
  多くは語らない。しかし、ユダヤ系反ナチグループから頼まれてナチ占領下のサラエボ
 にダンサー募集の名目で入り込み、ナチ拠点に侵入、パルチザン一味に加わり鉄橋爆
 破に加担する等危ない橋を幾度か渡り、ついに1941年12月偽りの身分がばれて
 ロフマンの計らいでアパートメントの屋根裏部屋に身を隠すことになる。
  一度はヒットラーユーゲントの一人に隠れ家に踏み込まれ、ロフマンと共に殺害をし、こ
 れが見事に功を奏し事なきを得たこともある。

  実はダニエル氏の日記は連合軍によって解放されたときは建物に残されたま
 まであった。その後ベルリンの壁が崩壊し、そのアパートメントも廃棄措置を受けた。
 建物解体の際解体業者が数冊の日記を発見、学術的価値があるのではと届け
 られたものをゲーテ学術協会が入手し、1990年にロス在住のダニエル氏に返還され
 たという。

 <このところ読んだ小説>
 ・「復讐の残響」David Lorne 平田敬訳(新潮文庫)
  盲目の元音響技師ハーレックが鋭い聴覚を駆使し、妻の警官デブラと」復讐に狂う
  連続殺人者に挑む。スリリングで楽しめる。シリーズもの。

 ・「病める狐(上)・(下)」Minette Walters 成川裕子訳(創元推理文庫)
  イギリス、ドーセットの寒村で起こる不穏な動き。移動生活者を操るフォックス・イーブル
  と名乗る謎の男。その狙いは何か。
  前に「氷の家」、「鉄の枷」、「女彫刻家」は読んだ。独特の語り口で魅力的。
  
  

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする