尖閣諸島や全千島列島が日本領土であることを、歴史的にも国際法上にも明らかにし、理性と道理で解決の道を示した、日本共産党の立場は、自民党や民主党、防衛省関係者、読売新聞は「尖閣アピール゛一番は共産党゛」と報じるなど反響を呼びました。
また、志位和夫委員長は、日本共産党綱領講座の中で、竹島(独島)の領有権をめぐる。韓国ハンナラ党との息詰まる会談の内容を公開しました。
志位和夫委員長は、韓国人の99.9%が韓国の領土だと思っている中で、2006年ハンナラ本部で日本の領土である歴史的根拠があると主張し、緊張がはしりました。
そして、志位和夫委員長は同時に、当時は日本が韓国の外交権を奪ったもとでの領有の手続きを取った事実もしめし、植民地支配という認識をもとに、冷静な検討が必要と述べて、話し合いの土台が築かれたと言っています。
自民党や民主党が領土問題で、まったく道理に立った主張が出来ないのは、侵略戦争と植民地支配の事実を求めず反省もないからだと、今日の外交のゆきづまりを生み出している根本的問題として指摘しています。
日本共産党綱領が最初に語る、戦前の日本共産党の反戦平和主権在民の命をかけたたたかいが、今、アジアと世界との信頼関係を結ぶ原点なっていると思います。
加藤周一氏は、この歴史を、宮本顕治元日本共産党議長の訃報に接してとして「赤旗」に寄稿されました。この切り抜きを今も持っていますが、「宮本さんは反戦によって日本人の名誉を救った」と評されています。
加藤氏の観察者と自ら位置づけるさまざまな主張の中で、感動した文章です。
志位和夫委員長の綱領講座は、わかりやすいものですが、深い内容と感動があります。
加藤周一氏は、「言葉と戦車」の中で「1968年の夏、小雨に濡れたプラハの街頭に相対していたのは、圧倒的で無力な戦車と無力で圧倒的な言葉であった。その場で勝負がつくはずはなかった」と述べています。
歴史は無力なはずの圧倒的な言葉を選択したのではないでしょうか。日本もまた、反戦平和主権在民を訴え弾圧された日本共産党の言葉を選択し、その歴史が今、日本人の名誉を救い、世界とまともに話のできる党として、力をはっきしているのではないでしょうか。
また、志位和夫委員長は、日本共産党綱領講座の中で、竹島(独島)の領有権をめぐる。韓国ハンナラ党との息詰まる会談の内容を公開しました。
志位和夫委員長は、韓国人の99.9%が韓国の領土だと思っている中で、2006年ハンナラ本部で日本の領土である歴史的根拠があると主張し、緊張がはしりました。
そして、志位和夫委員長は同時に、当時は日本が韓国の外交権を奪ったもとでの領有の手続きを取った事実もしめし、植民地支配という認識をもとに、冷静な検討が必要と述べて、話し合いの土台が築かれたと言っています。
自民党や民主党が領土問題で、まったく道理に立った主張が出来ないのは、侵略戦争と植民地支配の事実を求めず反省もないからだと、今日の外交のゆきづまりを生み出している根本的問題として指摘しています。
日本共産党綱領が最初に語る、戦前の日本共産党の反戦平和主権在民の命をかけたたたかいが、今、アジアと世界との信頼関係を結ぶ原点なっていると思います。
加藤周一氏は、この歴史を、宮本顕治元日本共産党議長の訃報に接してとして「赤旗」に寄稿されました。この切り抜きを今も持っていますが、「宮本さんは反戦によって日本人の名誉を救った」と評されています。
加藤氏の観察者と自ら位置づけるさまざまな主張の中で、感動した文章です。
志位和夫委員長の綱領講座は、わかりやすいものですが、深い内容と感動があります。
加藤周一氏は、「言葉と戦車」の中で「1968年の夏、小雨に濡れたプラハの街頭に相対していたのは、圧倒的で無力な戦車と無力で圧倒的な言葉であった。その場で勝負がつくはずはなかった」と述べています。
歴史は無力なはずの圧倒的な言葉を選択したのではないでしょうか。日本もまた、反戦平和主権在民を訴え弾圧された日本共産党の言葉を選択し、その歴史が今、日本人の名誉を救い、世界とまともに話のできる党として、力をはっきしているのではないでしょうか。