塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

毎日苦戦しながらトルコの英雄を思い出す

2018-09-18 13:45:39 | 日記
 僕は胸に抱える葛藤や悩みを他人様に打ち明けません。

 でも、さすがに心情を整理できず、課長に時間を頂いて相談に乗っていただきました。

 自分の中で

 「前の職場に戻りたい」
 「今の業務がどうも肌に合わず、溜息ばかりついている」

 事を、払拭出来ずにいたためで、心情を吐露したことで幾分ですが楽になったような気がします。

 今、トルコ代表の顔はミランの「ハカン」チャルハノールですが、僕の時代ですと同じハカンでも「シュクル」になります。

 ガラタサライの英雄はトルコの英雄でもあったのですが、彼が欧州選手権1996年の後、意気揚々と乗り込んだトリノでは彼が描いた冒険とはならず、1年でトルコに舞い戻ります。

 彼にとって1年は長く、苦痛であふれていたのではないでしょうか。

 トルコがサッカー狂いが多いことは有名ですし

 「ガラタサライは2000年のUEFAカップで優勝」
 「ベシクタシュとフェベルバフチェも、ガラタサライに劣る事のない熱狂度を持つクラブ」

 であることも良く知られています。

 それでもタイトなイタリアの空間の中で、シュクルはシュペル・リギとは異なる異質さを感じたに違いありません。

 イタリアは守備の国であり、まだまざソーンプレスの影響が色濃く残っており、ジャンフランコ・ゾラですらチェルシーに移籍することで、自分の描くプレイを取り戻したくらいです。

 僕は毎日、例え休みでも仕事が憂鬱で溜息をついてしまいます。

 それでも異国の地で奮闘する選手たちに比べたら、重圧の比重はくらべものになりませんが、でも僕個人にとっては重大な案件であるのです。
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