退院後、おかあさんはリハビリに病院へ通っていますが、そのリハビリで自分の前に施術してもらっていた患者さん、こんなに症状の重い人が治るのかしらと心配して見ていました。
80歳代のその男性はミカンの木から落ちたのだそうです。やはり脊椎損傷で寝ている状態から起き上がれませんし、車いすにも一人では乗れないようです。その方が終わって自分の番になったとき、リハビリの先生に先ほど思ったことを言うと「momoさんのほうがもっと重篤だったのですよ」と言われて、そうだったんだとあらためて思い出していました。
ナースコールのボタンも押せないので、息を吹きかけて知らせる装置を口のあたりにマイクのように伸ばしてもらっていました。
ご飯も一人では食べられなくて看護師さんかヘルパーさん、もしくはちょうどその食事時にお見舞いに来た友人や家族に食べさせてもらっていました。何人の友人にお口をあ~んして食べさせてもらったことでしょう。
忙しい看護師さんやヘルパーさんとも食事介助のときはいろいろとお話できます。もう回復の見込みのない患者のように思われていたのかもしれません。ちょっとびっくりするような家庭内の話なども聞いてしまいました。
最初、入院したとき、例によって予定がびっしり決まっていたおかさんです。おとうさんにキャンセルだの、お休みしますだのと連絡をとってもらいました。容体が容体ですから、おとうさんは見舞いはしばらく様子をみてからにしてくださいと伝えたと言いました。
「あかん、あかん、今度連絡あったら、口は元気やからお見舞いに来てください言うてね」とおかあさんが頼みました。でも、心配して駆け付けてくれたお友だちが何人もいて、それからはひっきりなしにたくさんの友人が次から次、お見舞いにきてくれたのでした。
ここのブログだって長い間お休みしているのにのぞいてくださっているお友だちがいるということ、なんて、なんて、ありがたいことなのでしょう。
ぼくもおかあさんもしあわせものだと思います。ほんとうにありがとう。