息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

2011-04-20 18:50:55 | 著者名 あ行
今邑彩 著

かくれんぼ、だるまさんがころんだ。
こんな遊びには必ず夕暮れの橙色がつきまとう気がする。

長い夏の日、むっとする熱気が立ち込め、セミの声がまだうるさいほどに響く頃。
秋のはじめ、はっとするほど冷ややかな風に、もの悲しさを覚えるひととき。
あっという間に橙が闇に浸食され、気が急くばかりの冬。
桃色がかった橙に包まれ、輪郭があいまいになっていく春の宵。

その中にひっそりと姿を隠している、鬼。

人の心から生まれ、夕暮れの中で育ち、やがて闇を支配する。

どこにでもありそうな恐怖と幻想に、すっかりとりこにされていた。
短編なのでさらりと読めるが、8編がそれぞれに特徴的で面白い。
罪深いテーマを取り上げたものもあるが、いやらしさや拒否感よりも
なぜそうなってしまったかに想いは傾く。
じんわり怖く、静かに心に残るそんな一冊だ。

レフトハンド

2011-04-19 11:16:25 | 著者名 な行
中井拓志 著
日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。

製薬会社・テルジャパンの埼玉総合研究所の三号棟でウィルスの漏洩事故が発生。
致死率100%ということはわかっていても、詳細は厳重に伏せられている。
完全に外界と切り離された三号棟に、出入りする人たちは厳重な防護服に身を包み、
なぜか途中の通路は厳重に警戒されている。

なぜそんなウィルスがここにあったのか、何が研究されていたのか。
キーワードはカンブリア紀。進化の大爆発は現代に何を起こそうとしているのか。
そして、このウィルスを武器に一人の科学者が脅迫を始める。

ウィルスの名はLHV。感染すると左腕が脱皮し、心臓と結合して分離してしまう。
患者は死んでも、左腕だけの新生物として生き続けるのだ。

陳腐と言えば陳腐。あと、このストーリーとしては冗長かな。
しかし、それなりの盛り上がりで読ませる。
閉じ込められ、疲れはてた研究者たちの様子にはリアリティがある。
……どうにも今の原発の様子を連想してしまうのだ。
政府機関の干渉や機密への対応など、今の時期に読むとぞっとするほどにわかる。

王朝貴族物語

2011-04-18 17:48:58 | 著者名 や行
山口博 著

現代の感覚では早朝というより深夜に近い午前3時起床。
自分の属性の星に祈り、さまざまな忌みごとをクリアして出勤。
歩き方まで気にしながら、どうにか仕事をこなす。

日本の古典文学を読もうと思う時、一番難関なのはことばだろう。
聞いたこともない言葉が混じっているかと思えば、特殊用語もある。
平安時代の貴族の一日を追いながら、仕事の内容やしきたりについて
語る。
非常にわかりやすいので、初めて古典を学ぶ参考書にもぴったり。

数え方にもよるが、百人ちょっとという貴族の世界では
ささいな失敗も命とり。
人間関係を巧みにこなし、相互の姻戚関係の把握も必要だ。
その中で恋をし、噂が飛び交い、かけひきがある。
正直これが一番難しそう。

源氏物語というのがいかに選び抜かれた人物をモデルとしているか、
身に染みるというものだ。

とくに勉強するつもりがなくても、かつて古典が苦手だった人でも
そこそこ楽しめる一冊だ。

美食の貝合わせ─牡蠣は饒舌だった─

2011-04-17 12:01:48 | 著者名 か行
桐島洋子 著

とにかくおいしそうで、読むだけでうっとり美食に酔いしれてしまう。
すでに友人関係に戻った元夫・勝見洋一氏との出会いと、ともに食べた
多くの美味が語られている。

常人には真似できないゴージャスな晩餐があるかと思えば、中国の裏通りで
手作りの餃子とともに本物の古い紹興酒に出会う。パリへ旅すればとにかく
市場へ出向き、バターとワインとバゲットときのこを入手してランチ。
贅沢この上ないのだが、それを維持する人がいて初めて、美味しい料理という
文化が守られていくのだと思う。

日々おなかをいっぱいにすることのみにエネルギーを注いだり、忙しさに
かまけてファストフードやコンビニの手を借りるようでは、食文化は
衰退するばかりなのだから。

そういえば、宮廷文化というものは美食を育てるのに不可欠と聞いたことがある。
民主化して人民のものとなった国では、皮肉なことに衰えていくのだ。

私自身、料理は嫌いではないが、舌にはまったく自信がない。やっぱりこれは
天性のものなのかなあと思う。
今は昔と違っておいしいものがたくさん経験できるけれど、その反面早い時期から
ファストフードやファミレスやコンビニで濃い味に慣れて、味覚が育たないとも聞く。
で、とりあえず、子どもにはファストフードは与えず、ファミレスも積極的には
行かないで育ててみた。めんどくさいのであくまで原則ね。

確固たるポリシーなどないので親子でのお付き合いがあれば連れて行ったし、
禁止したわけでもないので小学校高学年にもなると子ども同士でも行ったようだが、
あまり食べたことがないとそんなに好きにはならないらしい。
ハンバーガーやコーラ(炭酸が苦手なのだな。今後ビールが飲めないのではと心配だ)
はほぼ食べられないので、ポテトとシェイクでお茶を濁し、
帰宅してからフードファイターのように食べている。
ファミレスはメニューの豊富さからさほど問題はない模様。

結果として、私よりははるかに味はわかるような気がする。
でも親がこんななので、実際はよくわからない。
夫は私よりはおいしいもの好きなので、単に似てるだけかも。

このテキトーな実験育児のメリットは、某ファストフード店の前で「○ッピーセット買って!」
とねだられる面倒が皆無ということである。

とずいぶん話がそれたが、突き詰めるとおいしさって素材。
どんなに手をかけても、調味料がすごくても、素材を生かすか殺すかがポイントなのだなあ。
そうなると、これからの日本の食文化、かなりの岐路に立っているといえる。
本書のような贅沢は望まないけれど、ごく普通のからだにやさしい食材を、子どもたちが
普通に食べることができる環境をつくるのは、大人の責任だと思う。重大だ。

ガーデン

2011-04-16 19:53:07 | 著者名 か行
近藤史恵 著

とらえどころのない女性、火夜(かや)。
そして彼女を探して今泉探偵事務所を訪れた真波。

不可思議な庭を舞台に、銃と血と薔薇と温室とが存在し、
現実味が失われていく。

ストーリーを追おうとすると煙に巻かれるような、しかし
きちんとエピソードを読んでいかないと面白みが掴めないような
なんとも独特の魅力のある一冊だ。

温室の中で眠る火夜はミレーのオフィーリアのようだ。
死を明確に感じさせながら、そこには花があり、
静けさがあり、そして美しい。

女性ならではの繊細な視点と、はりめぐらす伏線から生まれる
物語の組み立て。
読み応えのあるミステリだ。