風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

お相撲さん

2020-01-29 22:53:41 | スポーツ・芸能好き
 記憶にないほど幼い頃に先代・豊山を応援していたらしいから、相撲歴はゆうに50年を超え、実年齢に近いほどだが、もはやただの伊達に・・・徒に年数を重ねるだけになってしまった。最近は知らない力士が多くて、豪栄道が引退することにそれほど感慨が湧かないし、あれよあれよという間に優勝してしまった徳勝龍にも唖然とするばかり。引退した豪栄道(大関)や稀勢の里(横綱)と同い年の「花のロクイチ組」(昭和61年生まれ・・・最高位関脇の経験者に至っては実に6人もいる)の一人で、33歳というから遅咲きの初優勝だ。
 ニュースでダイジェストを見て思わずほっこりした。結びの一番で大関・貴景勝を破ると、人目をはばからず号泣し、優勝決定直後のインタビューでは、いきなり「自分なんかが優勝していいんでしょうか」と言い放ち、(場所中、優勝争いへの意識について「ないです」「自分は一番下なので」と繰りかえすだけだったのに)いざ優勝を決めたら「(優勝は)意識することなく・・・嘘です、めっちゃ意識していました」「バリバリインタビューの練習しました」と本音をぽろぽろ。なんと控えめで素直で初々しいことだろう。福福しい顔立ちに、くしゃくしゃの笑顔がまたいい。あんこ型の、絵に描いたようなお相撲さんである。
 平成21年の初土俵から丸11年間一度も休場がないのは素晴らしいが、相撲にムラがあって、幕下で足踏みしていた頃、一時期師匠だった北の湖に、「突き押し」から「左四つ」に転向するよう助言されてようやく関取に定着する力士へと躍進し、優勝を決めたのも「左四つ」からの寄り切りだった。それにしても今場所・千秋楽では、「幕尻」力士として大相撲史上初となる「これより三役」に登場し、更に「幕尻」力士として大相撲史上初となる千秋楽結びの一番に登場して大関・貴景勝と対戦するという、異例の事態となった。「幕尻」での優勝は平成12年春場所の貴闘力以来20年ぶり史上2人目の快挙であり、33歳5カ月での初優勝は年6場所制となった昭和33年以降3番目の年長で、日本出身力士としては最年長であり、奈良県出身力士としての優勝は98年ぶり2度目であり・・・と珍しい記録が並ぶ、不思議な星の下に生まれた。
 他方、横綱審議委員会は、序盤戦で途中休場した白鵬と鶴竜の両横綱に奮起を促すとともに、白鵬のプロレス技のような「かち上げ」について、「ルール違反ではない」としつつも「大関以下がそういう技を使うのと違う。より高い基準で自分を律して臨んでほしい」と改めて苦言を呈したらしい。横審は相変わらず奥歯にものの挟まったような遠回しな言い方をするが、親方ははっきりと、とても相撲技には見えない、相撲は格闘技ではない、中でも横綱は勝ちっぷり(負けっぷり)に真価が問われる存在であって、ただ強ければいいとか勝てばいいという心掛けは間違っている、何故なら相撲は様式美を尊ぶ伝統芸能だから、と厳しくたしなめるべきだ。
 この人もお相撲さん、あの人もお相撲さん・・・勝ち負けが全てじゃないという世界は、理解されにくいだろうことは分からないではないのだが。
コメント
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